アレはまだ出てきません。
アレとアレするのはもう少しだけ先なのじゃよ。
「やるぞ。奴等にひと泡吹かせてやろう」
そう言葉を残したガービーが屋上へと向かった後、ノエルはスタージェスに向き直った。
「スタージェス、キミは一応コレ持っといて」
そう言って、ノエルはスタージェスにレイダーから奪い取った拳銃と弾を渡す。その意図自体は理解はしたのだろうが、スタージェスの口から出る言葉はやはり若干のアイロニーを含むものであった。
「嬢ちゃんが何のためにコイツを渡したかはよく分かる。だが、俺はこういうのはてんで不向きでね。出来ればコイツを使うような事態にはなって欲しくはないね」
「分かってるわよ、人には得意不得意があるもの。それでも何もないよりは安心でしょ?―――それにさ」
そこで言葉を止めたノエルは、傍らで待機していたコズワースの球状のボディを、軽くなでるように触れて。
「万が一のときのために、コズワースもここに待機させとくから。もし突入してくるようだったら、二人で伸しちゃってあげて」
その言葉に異を唱えたのは、当のコズワース本人であった。
「ノエル様、お言葉ですがそれは、」
「んーん、よーく聞いて、コズワース」
だが、コズワースの反論を途中で遮るようにノエルが言葉をかぶせる。
「今回は撃ち合いがほとんどになるわ。キミの事を頼りにしてないわけじゃないけど、キミはリーチの長い攻撃手段を持ってないでしょ?」
「ノエル様の仰る通りでは、ございますが」
なおも納得がいかない様子のコズワースに、ノエルはもう一度、諭すように言った。
「それにね、万が一アタシとガービーに何かあったら、後はもうスタージェスとキミしかいないの。…ね?」
「――――そこまで仰るのであれば、従いましょう。ですがノエル様方に危険を感じたら、その際は勝手ながら助力をさせていただきます」
食い下がるコズワースに、そこが妥協点と判断したのだろう。ノエルは頷いて、もう一度コズワースのボディを撫でた。
「そうね、やばそうだったら大声で助け呼ぶわ。ちゃんと聞いててよ?」
茶化すような口振りは、要らぬ心配をさせぬためのノエルのささやかな気遣いであろう。だがそんな言葉とは裏腹に、ノエルはいつになく真剣な顔つきであった。
(この後の展開を考えると、今コズワースを外に連れてくのはちょっと危ないわよね)
ゲームの中で起きた展開がこの世界でも必ず起きるとは、ノエルは思っていない。それでもゲームと同じ展開になる可能性は、もちろんゼロではない。ノエルの知っているこの後の『展開』は、警戒するに十分なものであった。
ガービーの援護に向かうため、ノエルがPip-Boyからレーザーマスケットを取り出したタイミングで、にわかに外が騒がしくなる。それは気の立ったような人間の声と、散発的な火薬の音。
「始まったみたいね。んじゃ、行ってくるわ」
クランクを回転させながらバルコニーへと向かうノエルの背に、二つの声が重なった。
「―――どうかご無事で、ノエル様」
「戻ってきたらいい物やるからな、そいつを受け取るまで死ぬんじゃないぞ、嬢ちゃん」
ノエルの楽しみは、一つ増えた。
扉を開き、外のバルコニーに出た瞬間に身を屈め、辺りの状況を確認する。ノエルの視界で見える範囲には、レイダーは五人。
左手の建物の屋上に一人、その階下に一人。あとの三人は正面の道路、土嚢や廃棄された車の陰にいる。そうして彼らの銃口は一様に、ノエルにではなくその左上、ガービーのいる屋上に向いている。ノエルのいるバルコニーからは屋上のガービーの様子は見えなかったが、重い足音が響き、それがノエルに無事を伝える。
「んじゃあ、まずはアタシから……」
ノエルが狙いをつけたのは、左手の建物、屋上のレイダー。一番狙いやすい位置と言うこともあるが、理由はそれだけにとどまらず。そのレイダーが手にしていた武器が拳銃ではなく、それよりも威力の高そうに見える―――ライフルであったから。
ノエルは構えたレーザーマスケットを慎重に動かし、より精密に狙いを定める。スコープも付いていないその武器は正直なところ、狙撃と言う行為には不向きのものである。
「今のうちに、銃に慣れとかないとだからね……」
実のところ、ノエルは銃器の扱いがそれほど得意ではない。彼女に与えられたSPECIALの値自体は、銃器への適性を窺わせるものであった。ただしそれは、彼女が元の世界で銃器を好んで使用していたらの話である。
慣れない道具は得意でない、至極簡単な理屈である。が、慣れなくとも潜在的な適性はあるのも間違いなく。
「ッ―――――!!」
息を止めて手ブレを抑え、狙いを定めたレイダーに向けて、光の矢を放つ。距離はおよそ20メートル。スコープなしで放ったその光の矢は、見事にレイダーの右肩を貫いた。
「っ……がァ、ッ!」
一瞬の間の後に、風に流れて苦悶の声が聞こえる。見ればそのレイダーの右肩は、とてもライフルを構えることなどできないほど酷く焼け爛れていた。
「あは、アタシって意外とやるじゃない!」
上機嫌に自画自賛の言葉を口にしながら、レーザーマスケットのクランクを回し、再びエネルギーを充填するノエル。
そうして屋根上のレイダーを無力化したことに気付いたのであろう。ノエルの頭上から間断のない炸裂音が響き、それは路上のレイダーに鉛の雨を降らせる。言うまでもなく、それはガービーの放つミニガンの弾であった。
だがその弾は土嚢や放置された廃車に阻まれ、レイダーたちを傷つけるには至っていない。強力な火器にわざわざ己の身を晒すほど、レイダーたちも愚かではない。
だが、そんなレイダーたちよりも一枚上手だったのは、ガービーの方であった。レイダーが遮蔽物を利用して身を隠していることを悟れば、その射線をレイダーから離し、レイダーの傍にあった廃車に向けてシャワーを浴びせる。
鉛の雨は廃車に穴を空け、廃車は炎を吹き上げ、そこから数秒とおかずに大きな爆発を引き起こす。その爆発に巻き込まれた二人のレイダーは、この世界からその存在が消し飛んだ。悲鳴をあげるどころか、自身に何が起こったかを認識する間すらなく。
「さっすがガービー!よぉっし、アタシも負けてらんないわ!」
派手な爆発に高揚したノエルは、階下のレイダーに近づくため、バルコニーから身を躍らせた。もちろんそこは三階であり、高さにしておよそ8メートルほどはあろうか。そんなところから落下すれば、当然ながら生身の人間であれば大怪我は免れない。
だが、ノエルには考えがあった。その考えを実践するため、限界までチャージしたレーザーマスケットの銃口が彼女の足元、即ち真下に向いている。重力に従い地面に近づいていくノエルは、半分ほどの距離を落下した時点で『地面に向けて』そのレーザーを解き放った。
重い音と共に反動がノエルに伝わり、そしてその反動はごく僅かではあるが、確実に彼女の落下速度を緩めて。
もちろん完璧な着地などは望めず、バランスを崩して地面に転がるノエルであったが、結果として彼女は彼女のLuckに救われたのか、無傷であった。
「わお、今日のアタシ絶好調!さっすがおとめ座、今週の運勢一位なだけあるわ!」
既にこの世界では廃れているであろう、星座占い。『今週』の適用も怪しいところではあったが、気にするべきはそこではなく。身を起こした彼女に迫る危機は、無力化したと思った上空からである。
「食らいやがれ、ビッチがッ!!」
それは、最初にノエルが狙撃した屋上のレイダーであった。焼け爛れた右肩こそ当然そのままであったが、無事な左の腕でノエルに向けて投げ放たれる、グレネード。それはさすがにノエルの顔色を変えさせるには十分であった。
「あっ、…………ヤッバぁ」
辺りに遮蔽物となる物はない。立ち上がって離れるのも間に合わない。爆発すれば当然致命傷であろう。
効果的な策を見出だせず、それでも生存本能に突き動かされ、その場を離れようと立ち上がったノエル。その彼女を再び地面に転がすように、強い衝撃が襲う。
―――だが、その衝撃はグレネードの爆発ではなかった。上空から落下した大きな黒い塊が生み出した衝撃は、地面に大きな窪みを生み出し、そしてそのついでにノエルに尻餅をつかせた。
直後、ノエルの視線の先、その黒い塊の向こうで、レイダーの投げはなったグレネードが炸裂する。それはより大きな衝撃となって黒い塊を襲うが、それは全く微動だにしなかった。
金属で出来た巨大な人の形をした影。バケツを逆さにしたような形状の頭部。
チェリーT-45、パワーアーマー。それこそが落下してきた物体の正体。そうしてそれを着用している人物など、この場には一人しかいない。
「ガービー!」
「なんてムチャクチャなことをするんだ。……だが、借りは一つ返したぞ、ノエル」
アーマーの中のガービーの顔は見えなかったが、ノエルにはその表情が容易に想像できた。すなわち、それは笑顔。
グレネードの爆発の直撃を受けたはずのパワーアーマーは、表面の装甲板に多くの傷や凹みが付いていたが、そのどれもが致命的な損傷とは程遠いものであった。
ガービーは視線と銃口を屋上のレイダーに向けると、屋内での言葉通りに5mmのシャワーを浴びせる。瞬きほどの時間の間に、その熱いシャワーはレイダーの体に良好な通気性を持たせた。
「……うわ、強烈」
距離が離れていてはっきり見えなかったのか、ノエルの呻き声は比較的軽いもので。近場に残るレイダーは屋内の一人と路上の一人のみ。
その二人を殲滅しようと、ガービーがミニガンを、そしてノエルがレーザーマスケットを構えた瞬間。通りのはるか奥で爆音と、大きな土煙が上がる。
その土煙の向こうに、決して人間ではない巨大な異形の影がひとつ、蠢いていた。
[クエストがアップデートされました:When Freedom Calls]
・残ったレイダーを殲滅する
・○○○○○を倒す