ときどき自分は何をしているのか、と思うことがある。
ぽかぽかとした春のはじめ、やわらかな光が窓から差し込み、部屋の畳たたみをあたためていた。
キュウゾウは御前の供で出張。俺は非番。
ふとんでも干すか、とヒョーゴは何とはなしに窓を開け、ぎょっとした。
コワモテの男が屋根の上でくつろいでいる。
それもたくさん。
庭の桜から花弁が舞い、そこでまどろむ用心棒たちを少しずつおおい隠すさまは、なんとも異様な光景である。
「あ、ヒョーゴさん」
だらだらとねそべるセンサー男が、のんびりと声を上げた。
「何してる」
「俺たち光が動力源なもんで、こうして充電してるんです」
「……大変だな」
「いえいえ。けっこう楽しんでやってますよ」
ふと、ヒョーゴはセンサー男のとなりでねむる人物に目をとめた。
仰向けで目をつむり惜しげもなく花を受ける男。両手は胸の上で祈るように組み、口元はうすく開かれていた。
いつもならやたら目立つ男が、えらくおとなしいのが珍しい。よほど疲れているのか、はたまた。
「今日は静かだな」
視線をはずさないまま告げると、ああ、と解したセンサー男は「最近眠りが深いんです」と、ため息まじりに答えた。
「支障が出るようなら医者に診てもらえ」
「それを直接言ってやってくれませんか。俺が言っても聞きやしない」
ヒョーゴさんなら言うこと聞くかも。
冗談半分で話すセンサー男は、となりでねむるボーガン男の腹を、たしたしとはたいた。
「ヒョーゴさんがいるぞ」
声をかけても無言。
「死んでないか?」
「じゃあ昼寝のまま花葬ですねぇ。贅沢なやつだ」
そう言ってセンサー男は手元の花びらをすくいとり、桃色の髮へ桜色をはらはらとかぶせていく。
呆れたヒョーゴは、式には呼べよ、と言い残し、ふとんを干すべく引っ込んだ。
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その日、ギョッとするのは二度目だった。
ふとんを取り込むべく窓に近づけば。
まさかとは思ったが、いた。
おおぜい転がっていた用心棒たちは跡形もないが、ぽつんと花に埋もれるようにして身を横たえている男がいる。あれからずっと眠っているのか。
春先とはいえまだ冷える。
「おい」
呼んでみる。
「ボーガン」
反応無し。
「晩飯だぞ」
ピクリとも動かない。
最後のはさすがに無かったなと思いつつ、さてどうするかとヒョーゴは思案した。
ひとまず生きているのかだけでも確認することに決め、窓枠から飛び降りた。男に近づき、顔にかかっている花びらを払い落とす。薄く開いた口元に手をかざし、呼吸の有無を問う。
特に何も感じられない。
念のため胸に手を当ててみるが、鼓動もなく。首筋に指を添えるが、すでに身体が冷たかった。
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そして男がここに残されていった理由を知った。
めちゃくちゃ重いのだ。
よく屋根瓦が割れなかったものだ、とヒョーゴは男の顔を小憎らしく見つめながら、その長軀を担ぎ直した。
苦労して自室に運び入れてから、ハタと気づく。
カムロに連絡もいれず、現場検証も済ませぬまま、素人判断でひと一人を移動させたこの状態。
厄介なことになるのは明白だった。
頭痛の種である男は、ヒョーゴが一日かけてぬくぬくにしたふとんの上で、のんきにねむり続けている。本格的に頭が痛くなってきたヒョーゴは、盛大なため息をひとつ吐いて、事の次第をとどけ出るべく腰を上げた。
そのとき、にょきりとあらわれた生っちろい腕がヒョーゴの羽織を掴む。
ギョッとするのは本日三度目のこと。
次いで、腕の持ち主が叫んだ「晩飯!」という台詞に、心底から脱力したのだった。
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「お前は死んだふりが趣味なのか?」
調理場で玉ねぎの皮をむきながら、ヒョーゴは手を清めているボーガン男に問いかけた。
「なかなか迫真だったでしょう」
支度を手伝うべくついてきた男に、ヒョーゴは玉ねぎと包丁を手渡し、指示を出す。
考え、考え、包丁を入れるボーガン男と、不揃いに刻まれていく哀れな玉ねぎを横目に、
「くたばるのは勝手だが、俺の目が届かぬ所で勝手に果てろ」
片手鍋に調味料を入れ、さわらの切り身を投入し、
「迷惑だ」
そう言って蓋を閉めた。
「ヒョーゴさん、これ、目にめっちゃ染みる」
大の男が情けなくもボロボロと涙をこぼし、鼻をグスグスいわせながら訴える。
「口から息を吸って、鼻から出すとマシだ」
おお、本当だ、と感動しているようすに、
「最初だけな」
と付け加えると、ボーガン男はまたぽろぽろ涙を流しはじめた。
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「こんなまともな食事を拝んだのはひさしぶり」というボーガン男は、たいそう感動しながら夕飯を味わった。
「今日の礼はいずれ必ず。また飲みに行きましょう」
そう言ってニカッと笑った顔貌はずいぶんおさなく見えて、仕事時の酷薄な雰囲気からはちょっと想像しにくい。
「期待しとらん。礼を受け取れる保証もない」
「そうですねェ……あ」
何かを思い出し、ふところをあさるボーガン男が取り出したのは、かわいらしい葛湯の包みだった。
「コレ。買ったものの、湯を沸かすのがめんどうで。もらって頂けるとありがたいです」
ずいぶん健康的なものが登場し、面食らったヒョーゴは、差し出されて思わず手に取ってしまった。「ごちそうさんでした」の言葉とともに消えるボーガン男の背中を見送り、ヒョーゴは軽く舌打ちした。
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ときどき自分は何をしているのか、と思うことがある。
生身の体も、機械の体も、いずれ終わりが来る。
友として気をゆるす相手は一人で充分だった。充分だったのだ。
葛湯の包みから花弁がはらりとこぼれ、しんしんと冷える部屋に、あわい桜色を灯した。
元和十三年、春分のことだった。
了