それぞれが胸の内にしまっているものとは。
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ちかごろ飯の時間が近づくと、ソワソワしておるな、と指摘してきたのはゴロベエ殿だった。
確かに食べることは大好きだ。
ましてや心から愛するカンナのお米がふるまわれる飯時。ソワソワするのは致し方ない。
と、模範的に答えると、ふぅん、と意味有りげな瞳で見つめられた。
飯の時間にあの娘さんが現れるのではないか、と期待している事など、自分だけが知っていれば良い事だ。
***
村の女衆が炊き出しを始め、次々に握り飯をこさえていく。
それらを運ぶ役目を若い娘はやりたがった。
なにせ憧れのお侍様へ近づく好機である。
歳かさの女達は「慎みを持つように」と釘を刺しているが、あまり効果は無いようだった。
色めき立つ娘達と並んで、シノは黙々と握り飯を握った。
この握り飯があの人のもとへ届きますように。
運ぶ事は叶わずとも、せめておいしいものを食べて、元気に働いている姿が見られますように。
***
カラン、カランと小気味よい音があたりに響く。音の主は、ナタ型の軍刀を振るう元工兵。ヘイハチは構えていた軍刀をおろし、ふうと一息ついた。山に面したカンナ村の日暮れは早い。気づくとあたりは茜色に染まり、割り終えた薪から伸びる影が、ずいぶん長くなっていた。
ふと、自身に近づく気配を感じ、ヘイハチは木材が置かれた方向を振り返った。
「ヘイさん、夕餉ですよ〜」
そう言って姿を現したのは、女物の着物を羽織った、稲穂色の髮を器用に三つ髷にしている男だった。
「こんな寂しいところで薪割りとは。探すの苦労しましたよ」
ひょいひょいとあたりに散らばった薪を飛び越え、ヘイハチのもとへ近づくと、シチロージは「はいどうぞ」と握り飯の包みを差し出した。
「これはありがたい。さっそく戴きます」
ぱあっと顔を輝かせ、まだ湯気が残る包みをいそいそと開き、口いっぱいに幸せをほおばっていると、
「で、例の噂は本当なんですか」
そう不意打ちされ、ヘイハチは盛大にむせた。
なんとか米を嚥下し、涙目になりながらシチロージを睨みつけると、男は反応を楽しむようにニヤリと笑ってみせた。
「噂もなにも、私は運んだだけです!」
話は数刻前に遡る。
ヘイハチが林の中、一人で資材を運んでいると、道ばたにうずくまる老婆が居た。慌てて近寄ると、どうやら熱中症らしい。近くに民家が見えたため、ヘイハチはひとまずそこまで運ぶことにした。民家には娘が一人居り、運んだ老婆は娘の縁者だという。あの頑丈なひとが、と、娘はひどく動揺し、ヘイハチはなだめるのにずいぶん心を砕いた。熱中症は工兵の間では日常茶飯事であったから、あれこれと助言もし、看病も手伝った。そのため、老婆と娘の家を出たのは、けっこうな時間が過ぎてからだった。そこを誰かに見られ、よからぬ噂が立ったらしい。
ヘイハチが、村一番の器量よしに手を出したと。
噂を耳にした村の男衆は色めき立ち、ついには作業に支障が出た。やむなく今日の作業を終いとし、一人薪割りをしながら思案していたのだった。
「いくら弁明しても、聞き入れてもらえないんですよね」
「人の噂も七十五日。何も無かったのなら、そのうちほとぼりも冷めまさァ」
「七十五日も待てませんよ!本当に困っているんです」
「確かに、艶聞で作業が遅れるのは参りましたな。潔白が証明される前に野伏せりが来ちまう」
「え、えんぶん…。シチさん、おもしろがってません?」
ヘイハチはふだん細められている糸目を開き、じろっとシチロージを睨み上げた。
「とんでもない。カンベエ様にどう報告したもんか、アタシも困ってるんでさ」
居住まいを正して真顔になったシチロージを横目に、ヘイハチは大きくため息をついた。
「シチさんなら、こういった類いの事を収めるのは、朝飯前でしょう」
「何気に酷いですな。そりゃまあ、やり方はいくらかありますけど。ヘイさんとアタシじゃ、立場も性格も違いますし、参考になるかわかりませんが…」
そういっていくつかの方法を聞いたヘイハチは、「自分には無理だ」とうずくまってしまった。
「まあ、サムライは口でなく行動で示すもの。どんと構えてりゃいいと思いますよ」
「どんとですか…」
ヘイハチはふらふらと立ち上がり、また薪割りを始めた。
その夜。
村中を震撼させた、いわゆる「マンゾウ事件」が起こり、それまでヘイハチを侮るような目で見ていた村人達は震え上がった。その後の作業の進行速度は目覚ましく、もはや誰も好んで噂する者は居なかった。あまりの効果に、封印していた般若顔も、こういう使い道があるのだな、と、変に納得したヘイハチであった。
終