紅魔館の主、レミリア・スカーレットは謎の敵にどう立ち向かうのかーー!
永遠に紅い幼き月の二つ名を持つ吸血鬼、レミリア・スカーレットは自室で悩みを抱えていた。
「……まったく、奴はこの時期になるといつも私の邪魔をする」
彼女の敵対者。それはこの時期、桜咲き誇る春になるとその勢力を増してレミリアに攻撃してくるのだ。
しかも厄介なことに、その攻撃は完全で瀟洒な従者である十六夜咲夜や100年近くの時を生きる魔法使いパチュリー・ノーレッジの知覚すらすり抜けて秘密裏にレミリアにダメージを与えてくる。
「今年こそは二度と歯向かえないように恐怖を植え付けたいけれど」
レミリアは真っ赤な目を憎々しげに歪めて奴らを粛清する方法を考える。
だが現時点では敵についての情報が圧倒的に欠けていた。そもそも咲夜の目を盗める時点でただ者ではない。加えて攻撃を受けているレミリア自身、敵の姿を見たことすらないのだ。
わかるのは初めて幻想郷で迎えた春の時から攻撃を受け始めた以上、敵はレミリア以前より幻想郷に居を置く妖怪か神か、あるいは人間かということだけだ。
「一体どんな能力の持ち主なのかしら。運命を操る程度の能力を使ってもまるで見えてこない」
レミリアは紅霧異変で霊夢に敗北を喫した身ではあれ、吸血鬼としての身体能力と彼女固有の「程度の能力」を鑑みれば幻想郷の中でもかなり上の力を持つ実力者だ。
本来であれば攻撃を受ければすぐに反撃し、相手を叩き潰せる力を持っている。
だからこそ解せない。レミリアを超える敵であれば幻想郷では無名であるはずもない。検討くらいつくはずだ。
そもそもなぜ自分だけを攻撃するのか。紅魔館の他の住人はそんなそぶりは欠片も見せていない以上、紅魔館自体への攻撃ではないようだし。
そんな風にレミリアは苦悩を抱えていると、入室を求めるノックがなった。
「入っていいわよ」
「失礼します、お嬢様」
物音一つ立てずに入ってきたのは件のメイド、十六夜咲夜だ。紅魔館のあらゆる仕事をこなす、レミリアが一番信頼を置く従者である。
「何の用かしら」
「お嬢様にご来客です」
「……誰が来たの?」
この時期の来客は、あまり歓迎できない。それもまた、レミリアを攻撃する敵のせいである。
「博麗霊夢に霧雨魔理沙、あと東風谷早苗です」
「……通しなさい」
「かしこまりました」
その三人を無碍に扱うことはできない。太陽の下では出歩けないレミリアにとって、わざわざ紅魔館まで訪ねてくれる数少ない友人たちである。
それに三人にならばあの敵について相談できる。自分一人が攻撃されている以上、紅魔館の住人にそれを相談するのは主としての沽券に関わる。
待つこと数分、紅白の巫女と白黒の魔法使い、それに現代っ子の現人神が部屋に入ってきた。
「おっす、遊びに来たぜレミリア」
「相変わらず薄暗い屋敷ね、せっかくこんなに大きいのに台無しじゃない」
「失礼ですよ、霊夢さん。レミリアさん、お邪魔してますね」
三者三様の挨拶、それを受けたレミリアはーー
「……」
必死に敵の攻撃に耐えていた。気を抜けばすぐ持っていかれそうなほど強烈なダメージだ。
この時期に来客と会うといつもこうなる。昔はその来客自体が敵なのではと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
操られているわけでもなく、そもそも彼女たちほどの力の持ち主を攻撃の媒介にするなど不可能に近い。
一体どうやって、と考えるがやはり予想もつかない。
「おい、どうしたんだレミリア。ずっと黙りこくりやがって」
そう言ってレミリアの顔を覗き込んでくる魔理沙。早苗は心配気に、霊夢は興味なさ気を装いながらもこちらをチラチラ見てくる。
彼女たちの様子を見て、レミリアは助けを求めることを決めた。
「……貴女たちに話があるんだけど、聞いてもらってもいい?」
「……なるほどなあ、そりゃあ確かに面倒だな。知覚できない敵っていうのは一番厄介な代物だ。なにしろ『わからない』んだから対策の取りようもない。霊夢の無敵の夢想転生でさえ、実態はわかってるからこそやりようがあるけど、何も情報がないとなるとなあ」
「この人外魔境紅魔館の住人ですら認識できない攻撃ですって……?」
「レ、レミリアさんそんな攻撃を毎年受け続けていたんですか!? 体とか大丈夫なんですか!」
「ええ、幸い命を奪うようなものではないわ。だけど私をここまで苦しめるなんて、絶対に許してはおけない」
「って言ってもなあ、こんだけ情報が限られてくるとどうしようもないぜ。他になんかないのか?」
「そうね……この時期は常時攻撃を受けているんだけど、外に出たり来客を迎えると攻撃が一層強くなるってことくらいかしらね」
レミリアは夜の支配者である吸血鬼だが、最近は夜ですら外を出歩けずかなり鬱憤が溜まっていた。
「外に出たり来客を迎えるとダメージを受ける……つまり紅魔館の中と外に違いがあるってことかしらね?」
「だけどよ、霊夢。紅魔館の外になにも特別なものは見当たらなかったぜ」
「紅魔館の連中を欺いてる以上、目立ってなにかあるわけないわ。隠されてる可能性が高い」
「それはあり得ないわ、霊夢」
そこで話を止めるレミリア。霊夢はレミリアに懐疑的な目を向ける。
「なんで断言できるのよ。咲夜だって外に隠されたものなんて見つけられなくてもおかしくないわ」
「咲夜が気づく気づかないの問題じゃない。紅魔館の側に物を仕掛けるなんて、美鈴が門番をしている限り不可能よ」
「レミリアさんは美鈴さんのこと信頼してるんですね」
「私の従者を務めている以上、美鈴も並の妖怪じゃないわ。それに彼女の能力は気を使う程度の能力。気配を読み取る力には人一倍優れている」
紅霧異変の時にあっさりと攻略された故に甘く見られがちだが、紅魔館は鉄壁の要塞だ。
門番には体術に優れた紅美鈴が立ち、そこらの妖怪じゃ太刀打ちすらできない。仮に門以外から潜入したとしてもそこには時を操る咲夜が待ち受け一瞬のうちに拘束される。
加えてーー
「そもそも紅魔館はパチェの魔術結界によって覆われているわ。なんらかの干渉があるなら彼女が気づかないはずがない」
それこそ八雲紫の力でも使わないことにはね、とレミリアは続けた。
「かぁー! 完全に手詰まりじゃねーか」
「確かに紅魔館は弾幕ごっこでもなければ正面から突破なんかできないし、同時にこそこそ何か仕掛けるのも至難の技ね」
「また振り出しですか……。そもそもレミリアさん、貴女はどんな攻撃を受けているんですか?」
早苗の問いかけにレミリアは苛立たしげに顔を歪めた。
「敵の攻撃は3つよ。まず私の目を痛めつけられ、ひたすらに眼球を掻き毟りたくなる衝動に駆られる。次に鼻ね。気持ちの悪い液体が分泌され、わずかな刺激でもくしゃみが止まらなくなる。最後になにも考えられなったかのようにぼーっとさせられるわ。きっと催眠の類ね、私だからこそ脳機能の低下程度に抑えられているんだろうけれど」
一気にまくし立てられたレミリアが受けた攻撃を聞き、三人の反応はーー
「「「いやそれ花粉症じゃん」」」
ごく当然の帰結を得た。
「んだよ心配して損したぜ」
「まったく人騒がせな吸血鬼ね、花粉症程度で深刻ぶるんじゃないわよ」
「いやいや霊夢さん、花粉症というのも案外バカにできなくて外の世界ではちゃんと治療法が研究されてたんですよ?」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! 吸血鬼たる私が花粉症になんてかかるわけーー」
「うわ〜ん、お姉様〜〜〜〜」
その時、ノックもなしに突然扉が開いた。現れたのはパチュリーとフランドールだ。
「ちょっ、フランとパチェ!? 一体どうしたの!?」
「フランが花粉症になったみたいでちょっと落ち着かなくてね。レミィはいつも花粉症に苦しんでたから相談に来たの」
「えっ……私が、花粉症……?」
「……もしかして気づいてなかったの?」
「こいつは花粉症を敵からの攻撃とか勘違いしてたみたいだぜ? まったくお笑い種だよな〜」
「紅魔館に引きこもってばかりだからそんな常識すら身につかないのよ。もっと積極的に外に出なさい」
「吸血鬼にその言葉は酷ですよ、霊夢さん。でも花粉症も知らない人っているんですね。やっぱり幻想郷では常識に捉われていてはいけないみたいです!」
「……レミィのために勉強会でも開くべきかしら」
「……」
四者四様の言葉に高貴なる吸血鬼、紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは……
「う〜〜〜〜〜〜〜!」
と叫ぶ他はなかった。
花粉症のレミリア・スカーレット 了