比企谷八幡の消失。   作:にが次郎

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どーも、にが次郎です。



申し訳ない、連投するつもりが1日空いてしまいました。
ここからはオリジナル要素が強くなっていきます。


では、どうぞ。






辿り着いた先で、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。気がつけば、廊下には生徒の姿は見えなくなっていた。

 

 

ははっと、乾いた笑いが出る。

なんてこった。マジで何がどうなってんだっての。

 

 

その後、突然飛び出していった俺を心配した三浦たちが探しに来た。

三浦は俺に葉山に送っていたような眼差しを向け、戸部は体調を心配するようなことを言い、海老名さんは優しく慰めるようにどうしたのかと尋ねてきた。

 

 

俺はただ大丈夫と返すので精一杯だった。

 

 

教室に連れ戻され、俺の席だという場所に座らされた。

隣には三浦。前には戸部。その隣に海老名さん。そして、後ろに折本。

 

 

今の俺にとっては最悪の構図だ。

皆で俺を取り囲み、大丈夫か?どうしたの?と取り調べかと思うほどに質問された。

 

 

彼らは俺を心配してくれている。心の底からそう思っての行動だと、裏などないと皆の表情からそう読み取ることができた。

しかし、俺は自分にそういう感情が向けられていることが恐ろしくて堪らなかった。本当に気が狂うかと思うほどに。

 

 

だってそうだろ?

本来、向けられるはずのないものが自分に向けられる。

彼らの言葉や態度は葉山に向けられていたものと変わらない。

昨日まで自分に見向きもしなかった人間たちが一夜にして一変し、葉山に向けていたものを自分に向ける。そしてその理由は不明。本来いるはずの人間が消え、いないはずの人間が当然のように居座っている。

 

 

これで気が狂わない方がおかしい。

 

 

最終的にその場は三浦が収めてくれた。

今の俺を見て、何かを察してくれたのかもしれない。

その後、俺を保健室に連れて行こうとしていた。最悪、そのまま病院へと連行される。それは避けたかった。

しかし、もう一度、先ほどのように取り乱せば、本当に精神病院に連れて行かれる。

俺は今できる限りの平静を装い、なんとかその場を切り抜けた。が、結局、放心したまま授業を受けることになった。

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、昼休みになっていた。

皆で机を並べ、弁当を広げる。当然、その輪に俺も加わっている。しかし、俺は弁当を持ってきていない。

 

 

俺は1人になりたかった。

購買に行くと告げ、俺はその場を後にする。三浦は一緒に行くと言ったが、それをなんとか宥めて、席を立つ。

俺が言った言葉に三浦はやや頬を染めていた。その顔を見て、なんだか申し訳なくなって足早に教室を出た。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

フラフラとした足取りで購買へと向かう。

 

 

その途中、見覚えのある女子生徒の姿を見つけた。俺はすぐに後を追い、声をかける。

 

 

「一色!」

 

 

名を呼ばれて振り返った彼女はパァと明るい笑顔を俺に向け、パタパタと駆け寄ってきた。

 

 

「どうしたんですかぁ?」

 

 

変わらない。そのきゃるるんとした声は何1つ変わらない。その声に涙が出るほどに安堵する。一色。お前の声に感動する時が来るとは思いもしなかったぜ。

 

 

俺は一歩踏み出して、一色に現状を説明する。

 

 

「一色、聞いてくれ。葉山がいなくなった。それと雪ノ下と由比ヶ浜も!」

 

「ふえ?」

 

 

あざとさ全開に首を傾げて一色はそう声を上げる。そうだよな。突然こんなこと言われてもそうなるよな。

 

 

「葉山だよ。葉山隼人!お前の好きだった葉山!今日、朝来たら忽然と姿を消しやがって。雪ノ下と由比ヶ浜も一緒だ!」

 

 

一色の表情はどんどん曇っていく。そして終いには何言ってんのこいつ?みたいな顔になる。そう、それだ。お前は俺の知っている一色いろはだよな?

 

 

しかし、彼女が次に発した言葉でまたも俺の希望は打ち砕かれる。

 

 

「”比企谷先輩”?何言ってるんですか?誰ですかその人たち?」

 

「そ、そんな……」

 

 

俺の知っている一色いろはは俺のことを比企谷先輩とは呼ばない。

一色、お前もなのか。

 

 

くそ!どうしたらいい!

頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

 

 

頭を抱えながらも、苦し紛れに言葉を捻り出す。

 

 

「一色、お前は生徒会長だよな……?」

 

「もう何言ってるんですかぁ?私が生徒会長なんてやるわけないじゃないですか」

 

 

なんの悪びれもなく彼女は俺にそう告げた。

もうなんだってんだよ。人が消えただけじゃない。出来事さえも改変されている。

 

 

もうダメだ。お手上げ。降参。だからお願いだ。もうやめてくれ。

 

 

俺の様子を見て、一色は心配そうに声をかけてくる。それもあざとさ全開に。これはきっと葉山に向けられていたもの同じ。

 

 

「ああ、大丈夫だ。変なこと言って悪かったな。もう行っていいぞ」

 

「なんですかそれ。らしくないですね?本当に大丈夫ですか?」

 

 

今度は本当に心配そうに俺の顔を見つめてくる。一色は何も悪くない。わかっている。しかし、俺は苛立ちを抑えることができなかった。

 

 

「大丈夫だと言っているだろ!」

 

「……!」

 

 

俺の大きな声に一色は体をビクつかさる。それを見て、我に帰った。

 

 

「わ、悪い……」

 

「い、いえ、もう行きますね」

 

 

彼女は怯えたように去っていった。

 

 

 

そろそろ本当にやばいな。

もうどうなってんだよ。俺が狂ったのか?それとも世界がおかしくなったのか?

 

 

俺は購買に辿り着くとこはできず、またフラフラと教室へと戻った。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

教室へ戻ると、俺に向けられる視線に少々変化があった。先程までとは違う、どこか疑うような視線。

 

おそらく先ほどの一色とのやりとりを見ていた人間が居たのだろう。

 

 

そして今日の俺の一連の奇行。

いくら葉山と同等の地位があったとしても、こんなことを繰り返せば、そうなるのも当然のこと。

 

 

まぁもうそんなことはどうだっていいのだ。

 

 

時間を確認すると、もう間もなく昼休みが終わる。はぁ、昼飯食い損ねたな。腹減ってねぇから別にいいけど。

 

 

教室へと帰還した俺を三浦が出迎えてくれる。

 

 

「パン買えたん?」

 

「いや、売り切れてたよ」

 

 

そう伝えると、自分の鞄が置いてある机に一旦戻る。ガサゴソと鞄を漁って中から何かが入ったビニール袋を取り出し、また俺の元へと舞い戻ってくる。

三浦はビニール袋の中から菓子パンを取り出し、俺に差し出してくる。

 

 

「そんならこれ。八幡、好きでしょ?」

 

「え?」

 

 

三浦が俺にくれるという菓子パンを俺は確かに知っている。コンビニとかによく売っているパンだ。一時期、コンビニ行くたびに買っていたこともある。しかし、このパンを俺が好きだと言うことは小町くらいしか知らないはずだ。このパンにハマっていたのは一年の頃。

その頃の俺は誰かと喋ることもなければ、関わることもなかった。今のような中途半端ではなく、真性のボッチだった。

このパンを俺が好きなことを三浦が知っているわけはない。

どういうことなのだ。すべてがまるっきり違うということはなく、どこかで繋がっている。もう意味わかんねえよ。

 

 

若干、照れ臭そうにパンを差し出す三浦の顔はまた少しだけ朱色に染まっていた。

 

 

「あ、いや、その、いらないなら……」

 

「いや、もらう。ありがとな」

 

 

そう言ってパンを受ける。

認めたわけではない。今の現状を受け入れたということじゃない。

しかし、今の三浦やその周りの人物からは俺をなんとかして元気つげようと奮闘する意思が見える。そのなんというのか。これが優しさというものなのだろう。普段から他人の優しさに気づいてはいる。なのに、受け入れることができない。自分に向けられる優しさが怖かったんだ。

 

 

何か裏があるのではないかと、絶対に勘繰ってしまう自分がいる。

 

 

こんな状況に堕ち入らなければ、他人からの優しさを素直に受けることができないとは、俺はよっぽど捻くれているな。って今更か。

 

 

席に戻って、受け取った菓子パンの袋を開け、中身を取り出して、かぶりつく。

 

 

今の俺に食欲などありはしない。だが、口にしないわけにはいかなかった。

俺の好物であったその菓子パンはどちらかというと乾燥系。口の中の水分を一気に持ってかれる。しかし、そんなことは気にもならない。

 

 

息をするのも忘れて、一心不乱に口の中に押し込めた。そして、ほんの数十秒で平らげる。

 

 

突然、がっついて菓子パンを食した俺を心配そうな目で見つめていた三浦に感謝の意を述べる。

 

 

「サンキュー、三浦。助かったわ。ごちそうさん」

 

「こ、これぐらいどってことないし」

 

「そうか」

 

 

そんな言葉を交わす。すると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

三浦はどこかモジモジしたような態度を見せた。

 

 

「どうした?」

 

 

そう尋ねても、なかなか返事が返ってこない。

ほんの少しだけ間を置いた後、三浦は意を決したように俺の名を呼んだ。

 

 

「は、八幡」

 

 

三浦にそう呼ばれると、なんだか背中のあたりがむず痒くなってくる。

少しばかりの変調を見せる三浦をしばらく見つめていると、思いもよらない言葉を投げかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、いつもみたいに”優美子”って呼んでよ」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

そのまま午後の授業を受けることになった。当然、内容など何1つ頭には入ってこない。

 

 

俺はいくらか思考を巡らせられるほどに落ち着いた。

なぜそんなにも落ち着けるのか。まぁなんというか一周回った感じ。午前中一杯という長い時間、ずっと放心したままだったのだ。否が応でもそうなる。よくあるだろ。通り越して笑いが出てくるみたいなあれだ。しかし、今の俺はそこまで悲観的ではない。

 

 

理由はもう1つある。

 

 

三浦の存在だ。

 

 

彼女の存在は今の俺にとってすごく大きい物になっている。別にあんなことを言われたからだけじゃない。彼女が俺に与えてくれはものがある。

彼女が近くにいてくれなければ、俺はとうの昔に発狂し、カウンセラーを求めて走り回っていたことだろう。

 

 

彼女が俺に向けてくれた大きな優しさ。きっとその中には愛情なんかも含まれている。

だが、俺もそこまで勘違い野郎ではない。彼女が俺に向けてくれた優しさのすべては今の俺はではなく、なんらかの理由によって書き換えられた彼女の中の記憶の俺に向けられている。それは本来、俺ではなく、葉山。

 

 

そのことについては正しく認識している。

 

 

わかっているのだ。ちゃんとわかっている。

なのにだ。俺はそれを嬉しく感じてしまった。気持ち悪い男だよな。本当に。

 

 

先ほど、そういう感情を向けられるのが怖いと言った。落ち着いた今でもまだ恐ろしいと感じている。

 

 

しかしだ。彼女はそれすらも大きく包み込むほどの優しさで俺を包んでくれた。

これまで他人にこんなことをされた記憶がない。その優しさは母親が子に向ける愛情に似ているような気がした。

 

 

 

これは偽物だ。本物なんかじゃない。

いや、違うな。俺が偽物なんだ。

彼女の感情は本物。

 

 

その本物の感情が俺は嬉しかった。

形はどうあれ、それは俺が心のどこかで欲していたもの。絶対、手に入らないと諦めていたのもの。

 

 

それを無償で与えてくれた彼女にはもう感謝してもしきれない。下手すりゃ惚れてる。

 

 

そこでだ。俺の辿り着いた結論。

こうなった原因を突き止めなければならない。

今の俺は三浦やその他のメンバーが求めている俺ではない。悪く言えば、今の俺は彼女らからすれば偽物なのだ。騙していると言ってもいい。

これ以上、彼女らを嘘をつくわけにはいかない。

 

 

なにより、そう言った感情を送ってくれる彼女らに申し訳なくて、罪悪感に押しつぶされそうになったからだ。

 

 

一刻も早く、原因を突き止め、雪ノ下や由比ヶ浜、葉山を見つけ出し、三浦たちを元に戻す。

 

 

これが俺の出した結論。

 

 

頭ではそう力強く考えるものの、どこかの主人公のように行動力があるわけではない。現状での俺はただ目の前で起きていることに頭を悩ませていることしかできない。だが、これでいいのだ。

 

 

起きている現象について考えることはなにより大事なこと。放心し、ただ呆然としていることしかできなかった午前中よりは随分と進歩した。

 

 

ここで授業2時間分を潰して考えついたものに関して、記述する。

 

 

1つ目は世界がおかしくなった説。

これに関しては少々飛躍しすぎていることは自覚している。

残念ながら、俺の生きている世界には、世界を丸ごと改変させることのできるSFメルヘンパワーは存在しない。仮にしたとしてもそれが一般市民でなんの変哲もないただボッチである俺に関わってくるはずがない。

いや、百歩譲ってそれが俺なんかに関わってくる物好きだったとしよう。

今の現状は一体、なんだ。

未知の存在であるそれが昨日の俺の頭の中を覗き見て、今の状況を作ったとしよう。なんの説明もつかない。そもそも俺が昨日妄想していたものとは大きく異なる。

なにより俺をリア充にしてなんのメリットがある。

 

 

それから消えた人間たちについて。

雪ノ下や由比ヶ浜、葉山の存在を消してなんの意味がある。

 

 

これが俺への精神攻撃だとするならば、大いに大成功と言えよう。

しかし、これについても何かメリットがあるとは考えにくい。

 

 

俺が誰かに恨まれていたとして、学校規模のドッキリ。今朝の小町の様子も少しおかしかった。下手をすれば学外に広がるまでの大規模なイタズラなんてあるはずがない。

 

 

一介の高校生である俺にこんなことをする意図が理解できない。

 

 

 

2つ目に移ろう。

 

 

これについてはあまり考えたくないのだが、本当に俺の頭がおかしくなったという可能性。残念ながらこれも現状では捨てきることはできない。

本当は雪ノ下や由比ヶ浜なんて人物は最初から存在しない。

彼女らの存在は俺の頭の中だけであって、現実には存在しない。所謂、統合失調症というやつだ。

正確にはわからないが、”まさかとは思いますが、それはあなたの想像上の”云々のコピペを見たことがある。

 

 

今の俺が当てはまるのかどうかは定かではない。が、俺の思考はまだまともだ。いや、こう思う自体がもうそれに近いことなのかもしれない。自分を自分でおかしいと思うやつはこの世にはいないだろう。

 

 

もうこれ以上、これについて考えたくない。そろそろ結論を出そう。

今の俺の持っている記憶自体がすべて妄想。俺はボッチではなく、リア充。俺は自分がボッチだと思い込んでいる。被害妄想というやつだ。

雪ノ下や由比ヶ浜なんて人物は俺の想像上の存在でしかない。

 

 

もしこれが本当だとするともうお手上げだ。自分自身でどうにかすることはできない。

 

 

しかしながら、1つだけ疑問がある。

リア充が統合失調症になどなるものなのか?

こればかりはリア充ではない俺にはわからない。だが、リア充の彼らであっても人間関係に悩み、苦しむことを知っている。残念だが、この可能性を完全に否定するほどの材料にはならない。

 

 

以上のことから、現実主義な俺からすれば悲しいことに2つ目の方が現実じみている。

 

 

悲しいにも程がある。自分が哀れにされ思えてくる。

 

 

これまでの俺の人生はすべて自分で捏造したもの。

 

 

マジかよ。原作で言うなら8巻分。アニメで言うなら一期と二期を合わせたDVD12巻分の俺の活躍を書き換えられたようなもの。

 

 

例えるなら、銀〇んが金〇んにDVD60巻分の活躍を乗っ取られたような感じ。そのまんまだな、おい。

 

 

 

まだ大丈夫。俺はまだ大丈夫だ。

こんなくだらないことを思いつけるほどにはまだ大丈夫だと思う。いや、そう思いたいだけか。

 

 

おそらくこの先、誰かからの協力を得ることはできないだろう。

 

 

それでもだ。俺は原因を突き止める。

 

 

 

俺はバチが当たったのかもしれない。

散々、逃げ続けたから。今だからそこ思うことがある。

 

 

俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ。

 

 

あの部室をそのまま放っておくわけにはいかない。

 

 

 

最後にもう1つだけ。

俺の中で何かが引っかかっている。

 

 

しかし、どんなに頭を捻ってもそれがなんなのかを突き止めることはできなかった。

 

 

 

×××

 

 

 

終業のチャイムが鳴っていることにさえ気がつかないほどに考え込んでいた。既に帰りのHRは終了しており、教壇の上には担任教師の姿はない。クラス内の生徒たちも皆、一様に帰り支度を始めている。

 

 

まだ彼らからは心配や疑いの眼差しは向けられている。しかし、それ以上は何かしてくることはなくなった。たぶん三浦のおかげだ。特に何かしているところを見たわけではないが、そんな気がした。

 

 

ただ何もせずに自分の席に座っている。すると、隣から声をかけられた。

 

 

「八幡、帰んないの?」

 

「ええ?ああ、帰るよ」

 

 

三浦からかけられた言葉になんとか反応した。

いつもなら俺はあの部室に行く。だが、雪ノ下のいないこの学校に奉仕部があるとは思えない。

おそらくあの部室はただの空き教室になっている。

 

 

 

いくら落ち着きを取り戻したと言ってもそれはほんの少しだけ。こんな状況に追い込まれている俺の精神的疲労は極限にまで到達していた。

なかなか席を立とうとしない俺の周りにこのクラスのトップカーストの面々が集まっていた。

 

 

その中から戸部が一歩踏み出て、俺の肩に手を置く。

 

 

「何があったのかわかんねえけど、元気出せよ!」

 

 

そう元気付けてくれた戸部に続いて、大和、大岡が声をかけてくる。

 

 

「なんかあったらすぐに言えよ!」

 

「俺たちにできることがあれば協力するぞ」

 

 

なんだよ。やめろっての。もう優しくすんなって。泣いちゃいそうになるだろ。

そして、最後に戸部が言う。

 

 

「じゃあ俺ら、部活行くからさ!じゃあな八幡!」

 

 

俺を励ましてくれた男子3人は軽く手を挙げ、部活へと向かっていった。

残されたのは三浦、折本、海老名さんの女子3人。

 

 

「比企谷、マジで大丈夫?いつもと全然違うし」

 

 

俺の顔を覗き込んで、そう言った折本の肩に海老名さんが手を置く。手を置かれた折本は振り返って海老名さんの顔を見る。そしてなぜか頷き合った。なんらかの意思の疎通があったようだ。

 

 

「ごめんね、ハチハチ。今日はちょっと用事があってすぐに帰らなきゃいけないんだ」

 

「あ、私も他の高校の友達と約束あったんだっけ」

 

 

突然の申し出に三浦も驚く表情を作っている。

 

 

「ちょ、あんたらいきなり何言ってんだ……」

 

 

三浦が最後まで言い切る前に海老名さんの耳打ちする。

そして、彼女らは俺と三浦を残して、この場を去っていく。

 

 

「じゃ、ハチハチのことよろしくねー」

 

「優美子、比企谷、じゃあね」

 

 

彼女らが最後に見せた含みのある表情はなんだったのだろうか。そう思うも、そんなことを考える余裕は俺にはなかった。

三浦はというと、少し顔を赤らめて憤慨していた。

 

 

「余計なことすんなし……」

 

 

その言葉を最後に少しの沈黙。

その後に三浦が口を開く。

 

 

「八幡、帰ろ?」

 

「お、おう」

 

 

ようやく重い腰を上げた俺は、三浦とともに教室を後にした。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

先ほど、落ち着きを取り戻したと言ったが、俺の精神状態は自分が思っているよりも酷い状態にあるらしい。それを知らしめる出来事が起きた。

 

 

自転車を学校に忘れた。

 

 

絶対にありえない。毎日自転車に乗って登校しているというのに忘れるなんてことがあり得るわけがない。

しかし、一緒に下校している三浦に指摘されるまでまったく気がつかなかった。

幸い、指摘されたのは校門の前。なんとか取り繕ってすぐに取りに戻ったが、三浦の怪訝そうな視線をさけることはできなかった。

 

 

そろそろやばい。本当にやばい。

そのことにとてつもないくらいに途方にくれる。しかし、これ以上三浦に心配をかけたくないという気持ちから俺は気丈に振る舞う。

 

 

でもそれは完全に見抜かれていた。

 

 

三浦は電車に乗って帰宅するらしい。俺はそれに付き合って、駅へと向かっていた。

 

 

道中、大した会話はなかったが、駅を目の前にした時、彼女は意を決して問いかけてきた。

 

 

「八幡さ……」

 

 

立ち止まった彼女に合わせて、自転車を押す手を止める。

三浦は目線を下に落とし、言いづらそうに言う。

 

 

「なにがあったの?」

 

「いや……」

 

 

答えることができない。

そもそもどう説明したらいいのか、どこから話せばいいのか、なにより、今の俺は三浦の知っている俺ではないなんて言いえば確実に精神病院に担ぎ込まれる。

 

 

結局、そのままなにも言うことができなかった。

そんな俺を見て、耐えられなくなったのか、彼女の方から彼女らの名が出る。

 

 

「今日の八幡、いつもと全然違う。それに雪ノ下さん?と由比ヶ浜さん?って誰なの?」

 

「それは……」

 

 

たじろぐ俺に三浦はグイグイと詰め寄ってくる。

 

 

「ねえ!あーしは心配してんだよ?それにみんなも!急にどうしたん?髪も黒くしたし、なにがあったんだし」

 

「三浦……」

 

 

もう勘付かれつつある。当たり前だ。これだけの悪態を披露してしまっているのだ。気づかれないわけない。もうバレるのも時間の問題か。

一層の事、すべてを告げてしまうべきか?これは賭けに近い。

失敗すれば、頭のおかしいやつだと思われる。成功すれば、協力を得ることができるかもしれない。しかし、彼女を巻き込んでしまっていいのか?

もしかしたら、俺はとんでもない事件に巻き込まれている可能性も十分にある。

ダメだ。やはりそうすべきではない。

 

 

彼女はただの高校生。実はピュアで見た目がちょっとだけ派手目な今時の女子高生なのだ。

 

それに今が1番楽しい時期でもある。巻き込めば、人生でたった一度しかない高校生活を潰してしまうかもしれない。

そんなことは絶対にあってはならない。偽物である俺に彼女の青春を奪いことなど許されない。

 

 

それに俺はまだなにもしていない。なんの行動も起こしていない。

 

 

まだ俺にはやれることがたくさんある。

 

 

そう決意を新たにしたのだが、三浦は口をへの字に曲げ、大変不機嫌そうな様子。

 

 

「また言ったし」

 

「な、何をですか?」

 

 

三浦は強い眼差しで俺を睨む。おお、怖い。あと怖い。女王さまはご健在なのですね。

なぜ突然睨みつけてきたのか。大体、見当はついている。

 

 

「さっき名前で呼んでって言ったし」

 

 

やっぱりか。さっきはどこか照れくさそうに言っていた気がしたのだが、今回は違う。彼女の目は”2度目はねぇぞ?ああん?”と言っているような気がした。そんなこと言われても。

 

 

そのまま蛇に睨まれたごとく固まる俺。やばい。何がやばいってまじやばい!

 

このまま笑ってごまかすか、それとも謝って素直に名前を呼ぶか。

というか、三浦は葉山にこんなこと絶対に言わないし、やらないだろ。この世界においての俺と葉山の扱いは完全に同じというわけではないか?

いや、こんなこと考えている場合じゃない。この状況を切り抜ける策を考えなければ。

 

 

俺たちの間に沈黙が流れる。

 

 

 

 

そしてなぜか三浦から笑みがこぼれた。

 

 

 

「ふふ、マジウケる。八幡、何本気でキョドってんだし」

 

「な、なんだよ」

 

 

いや、俺がこうなってるのあなたのせいだからね?

恨めしそうな顔をする俺を見て、三浦はさらに声を上げて笑う。

 

 

「マジウケる!マジでどうしたんだし」

 

「ウケねえよ」

 

 

何回マジって言ってんだよ。しかし、こんなに楽しそうに笑う三浦を初めて見た気がする。

なぜだかはわからない。たぶん釣られたんだろ。気づけば俺も一緒に笑っていた。

 

 

一通り笑ったあと、俺は三浦に声をかける。

 

 

「三浦」

 

「また言ったし」

 

 

なかなかに食い下がってくるんですね。まじでやばいし、優美子なんて呼べるわけないし。

 

 

「まぁもういいけど」

 

「いいのかよ」

 

「うん。もうなんとなくわかったから」

 

 

一体何がわかったのだろう。

それについて尋ねることはできなかった。

 

 

「じゃああーし行くね」

 

「お、おう」

 

 

三浦は軽く手を振り、身を翻す。

三浦は本当に優しい女の子だ。

今日、俺は何度彼女に救われたことか。

彼女は何かに勘付き、一度は尋ねて来たものの、結局、最後までそれを聞き出そうとせず、グッと堪えてくれた。

 

 

そして今の俺を笑わせるなんて至難の技をいとも簡単にやってのけた。

面倒見もいい上に顔も可愛い。俺なんかにはもったいない。

 

 

去っていく彼女の後ろ姿を見つめながらそんなことを思った。

 

 

すると、クルッと振り返って三浦は言う。

 

 

「なんかあったらすぐ電話ね!絶対だかんね!」

 

「お、おう」

 

 

声が届いたかどうか不安だった。代わりに右手を挙げて見せる。

それを見て、はにかんだ笑顔を見せた三浦はまたクルッと振り返って駅へと歩いて行った。

 

 

電話ってお前の電話番号知らないし。

 

 

そんなことを思いながら、あることを思い出す。

 

 

 

 

電話……。携帯……?

 

 

携帯!?

 

 

完全に忘れていた。昨日、部室に携帯を忘れたままになっていた。

 

あの携帯には、由比ヶ浜の番号が登録されている。

もし、あの携帯がまだあの部室に残っていればこの状況を打開する手がかりになるかもしれない。

 

 

俺は急いで自転車をUターンさせ、学校へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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