どーも、にが次郎です。
今回はちょっと短いです。
まぁそのちょっと超展開?です。
そう来たか、何て思ってもらえると嬉しいです。笑
では、どーぞ。
全速力で学校に舞い戻った俺は、階段を駆け上がっていた。
急いだところでなんの意味もないことはわかっている。だが、そうせずにはいられなかった。
消えてしまったあいつらにようやく近づける手立てを見つけたのだ。焦るなという方が無理な話だ。
雪ノ下のいないこの学校には、奉仕部は存在していない。よってあの部室は空き教室になっているはず。おそらく鍵は開いていない。
しかし、歓喜にも似たその感情が俺を焦らせたおかげでそんなことは完全に頭から抜け落ちていた。
残念ながら、思い出したのは部室の前に辿り着いた頃。廊下の壁にもたれかかり、上がった息を整える。
しくったな。また職員室のある階まで戻らなればならない。もうダメだ。こんなに走ったのはいつぶりだろう。
膝に手を置いて、前傾姿勢を取り、大きく深呼吸。仕方ない、もうゆっくり行こう。焦って走って、階段から転げ落ちて頭でも打ったら致命的だ。
姿勢を戻して、ふと、部室の扉に目をやる。その扉はほんの少しだけ開いていた。気のせいじゃない。それによく見れば教室内は明かりが付いている。
中に誰かいる。
俺の中にある歓喜する感情と新たに生まれた困惑の感情がぐるぐると渦を巻いて行く。
放課後という時間から察するにこの教室は何かの部活動で使用されているのか?その可能性は十分にある。
俺たちが慣れ親しんだこの部室を俺の知らない誰かが使用しているかもしれない不安が俺を包み込む。
嘘だろ。もしかしたらこの世界にもちゃんと奉仕部が存在していて、俺たちではない別の誰かが活動しているとしたら。
なんだろうか。この感覚は。
自分のものを誰かに奪われたような。
いや、そもそも俺のものではない。あの空間を私物化する気など毛頭ない。
しかし、己の内側から滲み出してくる悔しさを押し留めることができなかった。
くそったれめ!なんだよ!
ずっと誤魔化して、取り繕い続けて、終いには嘘までついて。
それで、突然それが目の前から掻っ攫われたらもうダメだなんて嘆いて。
俺はバカだ。近年稀に見る大バカ野郎だ。
できることなら自分を思いっきりぶん殴ってやりたい。
そうだ。俺はまだ何1つやっちゃいない。できないできないと嘆いてばかりで何もしていない。
もうそんなのはやめだ。
もう逃げない。必ず取り戻すんだ。
そう己に固く誓い、扉に一歩ずつ歩み寄る。
そして扉に手をかける。その手が若干、震えていたが、そんなことはもう気にしない。これは武者震いだ。そうに違いない。
俺は意を決して扉を開け放った。
×××
開け放ったその先にあった光景を俺は知っている。いや、そこが奉仕部の部室だからとかそういうことではない。
俺は見たことがあったのだ。
教室中央に置かれた長テーブルの隣に置いてある椅子に腰掛け、読書に耽る少女の姿を。
確かに俺は今年の春先に今と同じようなものを目にしている。しかし、その少女の姿は雪ノ下のように気高くはない。そこに腰掛け、読書に耽っている少女は雪ノ下雪乃ではない。
俺は目の前に広がる光景を雪ノ下と出会う前に確かに見ている。
その光景はあの映画のワンシーンに酷似していた。名作と名高きあの作品のワンシーンをそのまま再現したかのような、そんな光景だった。
そこにかける少女は驚愕と困惑を合わせたように目を見開き、ほんの少し口を開けている。なんでお前がそんな顔をしているんだ。
黒い髪は肩にかからないほどの長さで切り揃えられ、眼鏡をかけている。制服もこれでもかというくらいに正しく着用されている。
まさに文学少女といったところだ。
俺はそれを見て、驚きというよりもやるせなさを感じた。
俺の置かれている状況。
目の前にいる少女の姿。
俺はここにきて、より正確に正しく現状を理解した。
そういうことかよ。畜生めが。
そこに居たのは、変わり果てた由比ヶ浜結衣だった。
髪は染められておらず、生まれたままの黒髪。控えだったメイクもまったく施されていない。その代わりにあるのは銀縁の眼鏡。正しく着用された制服。膝に届くほど長いスカート。
俺の知っている由比ヶ浜とはまったくかけ離れた姿。
なんでお前がその役を買って出ている。誰だ!誰がなんのためにこんなことをした!?
ようやく会えたというのに、俺の中に湧き上がる感情はそれに似つかわしくないものだった。
しかし、このまま呆然としているわけにもいかない。だからといって問い質すこともできない。一色の件でもう懲りた。俺は平静を装い、声をかけた。
「由比ヶ浜か?」
「あ、はい……」
我に帰った由比ヶ浜は恥ずかしそうに目線を下に落とす。
「突然、悪いな」
「だ、大丈夫」
どうしてそんなにもどもって、恥ずかしそうにしているんだ。それではまるで全然知らない男子が突然飛び込んできて、それに驚き、困惑する文芸部員のようではないか。
もうお前は俺の知っている由比ヶ浜ではないのか?
落胆しつつも、なんとか言葉を捻り出す。
「実は昨日、ここに忘れ物をしてな。ちょっと探させてもらってもいいか?」
「う、うん」
そう言って由比ヶ浜は席を立つ。そして、俺を遠ざけるように教室の隅へと移動する。
俺は少々胸にチクチクとした痛みを感じつつも、本来の目的を実行する。しかし、携帯が見つかることはなかった。
「ないみたいだ。邪魔したな」
「あ、はい……」
口ではそう言ったものの、なかなか教室の外へと出ることができなかった。なんと言えばいいか、大きなヒントは得ることができた。しかし、名残惜しいというか、今の由比ヶ浜を見て、居ても立っても居られなかったんだと思う。
なかなか立ち去ろうとしない俺を不審に思ったのか、由比ヶ浜の方から声をかけてきた。
「あの、すいません」
「なんだ?」
できるだけ優しく返答したつもりだったのだが、由比ヶ浜の口は閉じ、また俯いてしまう。
少しの間のあと、彼女は勇気を振り絞ったような表情で尋ねてくる。
「あの、忘れ物ってなんですか?」
「ああ、携帯だよ」
「それは、昨日、の、いつ……?」
辿々しく出た声はどんどん尻窄みになっていく。聞き取らず辛かったが、まぁ意味は伝わった。
「昨日の放課後だ」
「放課後?」
口にしてから失敗したことに気がつく。
おそらく昨日の放課後も由比ヶ浜はここで読書をしていたのだろう。彼女はなんらかの部活動でこの教室を利用している。本を読んでるあたり、きっと文芸部。
彼女は訝しむ顔をしている。そりゃそうだ。自分が昨日、ここで部活動を行っていた時に俺は姿を見せていない。なのに、俺は放課後に携帯を忘れたと言った。これでは矛盾が生じてしまう。これに続けて、もし俺の今日の一連のおかしな行動が彼女の耳に入っていたとしたら、完全に変質者だと思われる。
このままではまずい。できることならもう彼女に嘘はつきたくなかった。しかし、ここで選択肢を間違えれば確実に真相から遠退く。ダメだ、全然いい案が浮かんでこない。
頭を悩ます俺を見て、由比ヶ浜は困ったような表情になる。どうすればいい。
言葉に詰まっていると、意外にも彼女の方から尋ねてきた。
「放課後って、私が帰った後?」
そうか、その手があった。しかし、それではまだ疑問が残ってしまう。
彼女がどの時間帯までここにいたのかはわからないが、部活動を行っていたのだ。下校時刻まではここにいたはず。現に今日も下校時刻の少し前までここで読書していた。
彼女が帰った後となると、下校時刻を過ぎていることになる。
現在の彼女となんの関わりもない俺がそんな時間に1人でここを訪れるなんてことがあるはずがない。
考えうる限りのマイナス要素で頭がいっぱいになる。
教室の隅に立つ彼女が俺と同じ思考回路を辿っているかどうかはわからない。が、彼女は悩むような素振りを見せた後、もしかしてと小さく呟いて、教室内に置かれている本棚へと向かう。
その本棚の上に置いてある藁半紙を一枚手に取って、ゆっくりと俺に近づいてくる。
そして俺の前に立ち、恥ずかしそうに、且つ懇願するような目で俺を見ながら掠れる声で言った。
「よかったら……」
差し出されたのは白紙の入部届けだった。
やはり俺はその光景を知っていた。
×××
由比ヶ浜から入部届けを受け取った後、ちょうど下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。
俺はなんとも言えない複雑な思いを抱えたまま、部室を後にし、由比ヶ浜と別れた。
俺は現在の自分の置かれている状況をさらに良く理解した。
俺はこの物語を知っている。
今の俺の現状はその物語に酷似しているいる。
俺は大きなヒントを得ることができた。俺の中に引っかかていたものはこれだ。
いや、ヒントというよりもう答えに近いな。正確な答えが出ないのはこれを”誰がやったのか”という点だけである。
そろそろそのヒントがなんなのかをお披露目しよう。
今、俺の置かれている状況によく似た小説を知っている。
かつて一世を風靡したと言ってもいいほどの作品。一時は爆発的な人気を誇り、アニメ化映画化までされた作品。
何を隠そう、その作品の名は
涼宮ハルヒの憂鬱。
おそらく大多数の人が知っていると思う。だからあらすじなどは省くが、俺がよく似ていると言っているのはその作品の続編にあたる、涼宮ハルヒの消失。
その作品に俺が置かれている状況は非常に酷似している。
いるはずの人間が消失し、いないはずの人間が存在する。
周りの人間たちの記憶や出来事、人物像までもが書き換えられ、俺だけがそのまま取り残される。
もう本当に意味がわからない。
こんなことが現実にありえていいわけがないのだ。
この世界にはSOS団もないし、涼宮ハルヒも、SFヘンテコパワーも、小泉の所属する機関も、朝比奈さんのような未来人も、長門のような宇宙人も、ましてや情報統合思念体など存在するわけがないのだ。
小学生の頃はまだウルトラマンや仮面ライダーが本当に実在すると信じていた時期もあった。中学生の頃には世界を征服しようと目論む組織やそれに対抗し、裏で暗躍するヒーローが俺の知らないどこかで存在しているのではないか。何かのきっかけで自分もその仲間に入れるのではないか。そんな妄想に駆られた。
しかし、時間とは残酷なもので成長とともにそんなものは存在しない、すべてが想像上の産物、フィクションなのだと気がつかされた。
まだ17年という短い人生だが、それくらいのことはちゃんと理解しているつもりだ。
そこでだ。今のこの状況はなんだ。
俺が昔、夢にまで見た非日常が目の前にあるではないか。
こんなことが起きるはずがない。
だが、実際に起きてしまっている。
今起きている現象を理解することはできた。俺はなんらかの事件、ないし現象に巻き込まれた。
俺の頭がオシャカになった可能性も捨てきれないが、今は置いておこう。
で、だ。
俺は理解はしたが、認めてはいない。
これだけの事態に見舞われながらも心のどこかでまだ否定している。
認めたくないのだ。認めてしまえばそこで完結してしまいそうな気がして。
もちろんこのまま終わらせる気はない。が、どうしても雪ノ下や俺の知っている由比ヶ浜が消えてしまったことを認めることができなかったのだ。
それはなぜか。
わかっている。わかりきっている。
そんなことはここに書き出さなくても、十分にわかっている。
ここから先に進むには大きな勇気が必要になる。現実を受け止め、原因を解明し、世界を元に戻すために突き進む勇気だ。
そんなものが俺にあるのか?
そんなものはない。俺はあの物語の主人公のように非日常に見舞われたこともなければ、上記にあるヘンテコな知り合いもいない。それどころか友達と呼べる人間すらいない。
それでもだ。俺はやらなければならない。いや、違うな。俺がやらなければいけないのだ。
俺になんらかの罰が当たったとしよう。それで俺はこんな状況に追い込まれている。
罰が下された原因はこれでもかというくらいにわかっている。ならば俺がやるべきだ。
もうこれを自分に問うのは最後にしよう。
これでいいのか?
もちろん、答えは”NO”だ。