比企谷八幡の消失。   作:にが次郎

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どーも、にが次郎です。
だいぶ間が空いてしまいました。申し訳ない。


では、どーぞ。


彼は理由を知る。

 

 

 

 

 

 

その後、残念ながら会話が続くことはなく、お互い、距離感を掴めずにいた。

 

 

何気なく、部室を見回す。

この教室は本当に文芸部室らしくない。それはなぜか。教室の隅に置いてある小さな本棚以外に文芸に通ずるものが何1つない。

そんな光景を見て、俺はあることを思いついた。

文学少女となった由比ヶ浜がどんな本を読んでいるのが興味が湧いたのだ。俺はその本棚に近づいてみることにした。すると、彼女は小さく”あ”と声を上げて立ち上がり、俺の行く手を阻んだ。

 

 

「どうした?」

 

「比企谷くんこそ、どうしたの?」

 

 

由比ヶ浜はまだ潤みが取りきれていない瞳で俺を見上げてきた。

全然、関係ないことなのだが、初めて会った時よりはだいぶ喋ってくれるようになったし、どもらなくもなったな。少しは気を許してくれているのだろうか。

 

 

それはいいとして、由比ヶ浜は俺の前から退く気はないようだった。

 

 

「いや、俺も本が好きでな。由比ヶ浜がどんな本を読んでるのかと思って」

 

「ああ、そっか」

 

 

思っていたことを素直に伝えたのだが、彼女はどこか思い悩んだような素振りを見せた。何か見られたくないものでもあるのか?

 

 

「で、どうした?」

 

「あの、えーと」

 

 

怪訝そうな目線を送っていると、由比ヶ浜の頬がほんのり染まった気がした。何をお照れになっているですかね?

 

 

「ば、バカにしない?」

 

「ああ、大丈夫だ。普段からずっと罵倒されてきたからな」

 

 

そうだ。俺はその痛みを知っている。昔から母ちゃんに教えられてきたんだ。自分がやられて嫌なことは人にやったらダメだって。だから俺はやり返したりしない。本当だよ?ハチマンウソツカナイ。

 

 

そんなことを思っていると、由比ヶ浜は尽かさず”誰に?”と尋ねてきた。

不意にまた”友達”という言葉を発してしまいそうになった。いや、正確には友達ではない。2回断られてるし。

結局、その問いは適当に濁して、本棚の話に戻す。

 

 

「なんか恥ずかしいものがあるのか?」

 

「は、恥ずかしいというか、こういうのが好きな女子が、その、どう思われるのかと思って」

 

「心配するな。これでも相当な修羅場は潜ってきたつもりだ。大抵のことなら驚かない」

 

 

”ほおー”と感心したような声を上げる。やっぱり由比ヶ浜は由比ヶ浜なんだな。垣根の部分は変わっていない。なんというかすぐに騙されちゃうところとか。

 

 

由比ヶ浜は意を決したように俺を本棚へと導く。そして本棚の中を拝見する。

 

 

 

「マジか!」

 

「驚いてるじゃん!」

 

 

思わず声を上げてしまった。

いや、だってまさかライトノベルがずらりと並んでるなんて思ってもみなかったんだもん!!てか、今、普通にツッコんだよね?八幡、そこ見逃さないよ?

 

 

由比ヶ浜の方に顔を向けると、自分で気がついたのか、恥ずかしそうにプイと顔を背けた。

それ以上追求するのはなんだか可哀想なのでやめておく。

 

 

ずらりと並ぶライトノベルたちは俺の知っているものばかり。やべえ、なんかテンション上がってきた。

偏見かもしれないが、こういうライトノベルを由比ヶ浜のような女子が好き好んで読んでいるなんて思ってもみなかった。これはあくまで俺の知っている由比ヶ浜のイメージだが。

しかし、俺は知っている。ここでやけにハイテンションで話すと、ドン引きされるパターンだ。ソースは中学時代の俺。

 

 

高ぶる気持ちを抑えつつ、その中から1冊手に取る。

 

 

「こういうのが好きなのか」

 

「女子がこういうの好きなのって変、かな?」

 

「いや、全然。寧ろ嬉しい。なんなら嬉しくて小躍りするまである」

 

「え?」

 

 

やべ。全然、抑えられてなかった。

仕方ないだろ。こんな可愛い女の子がラノベ大好きなんて嬉しいに決まってるだろ。

だが、由比ヶ浜の訝しむ視線が痛すぎて我に帰る。

 

 

「妄言だ。忘れてくれ」

 

「ええ、あ、うん」

 

 

由比ヶ浜は不思議そうに俺を見る。

待てよ。ということはだ。ラノベが好きならおそらくアニメも好きだ。

なら、そういうネタぶっ込んだら反応してくれるかな?

いや、やめよう。またドン引きされたら心にヒビが入っちゃう。

 

 

別に取り入ろうとかそういうことではなくだ。自分もこういうライトノベルの類が好きなことを告げる。

 

 

「え、嘘だよね?」

 

「本当だ。なんならここにあるラノベは大体読破してる。アニメ化されているものは全部視聴してる」

 

 

俺の言葉を聞いて、由比ヶ浜の顔がパァっと明るくなる。

 

 

「じゃ、じゃあこれは?」

 

 

彼女は鞄から1冊のライトノベルを取り出してブックカバーを外し、見せてくる。

 

 

「おお、それも読んだぞ。去年アニメ化されたよな」

 

「さ、最終回!凄かったよね!」

 

 

すこぶる興奮している由比ヶ浜は目を輝かせて、グイッと詰め寄ってくる。

ああ、中学生の頃の俺ってこんな風に見えてたのか。由比ヶ浜は顔がいいからまだ許せるが、これを俺がやっていたと思うと、マジでしばらく落ち込むわ。

というか、さっき俺がやろうとしてたことそのままやられてる。てか、近い。あと近い。

 

 

そのラノベについて熱弁を始めようと拳をギュッと握り締める由比ヶ浜だったが、すぐに我に帰り、一歩後ずさる。

 

 

「ご、ごめんなさい」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 

これは予想外過ぎた。まさかこの由比ヶ浜にこういう趣味があったとは。

途切れてしまった会話を取り繕うように手に取ったライトノベルのページをパラパラとめくる。

 

 

すると、中からはらりと一枚の栞が落ちた。

 

 

栞……?

 

 

俺の頭の中にあのシーンが蘇る。

 

 

あの小説では、ハードカバーから現れた栞に脱出の”鍵”となるメッセージが書かれていた。

 

 

確か、”プログラム起動条件、鍵をそろえろ。”だっけか?あれには期限が付いていた。

この栞に同じようなことが記載されているかどうかはわからない。

そもそも俺をこんな目に遭わせている奴が、こんなものを用意するとは思えない。だが、もし誰かからの助け舟が出されていたとしたら。

 

 

期待と不安が合わさり、心拍数が一気に跳ね上がる。

俺は片膝をつき、床に落ちた栞に手を伸ばす。

 

 

手を伸ばし、栞を拾い上げる。

表面には何も書かれていない。

手が微かに震えていた。怖い。恐ろしいのだ。俺はこの後に及んで、一体何に恐れを抱いているのか。

もしこの栞の裏側に何も書かれていなかったら。あの小説と繋がる点をようやく見つけ出したというのに。

 

 

栞を持つ手にはいつの間にか力が入っていて、栞にはシワが寄ってしまっていた。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

 

俺の突然の変調を心配して声をかけてくる由比ヶ浜。

情けないことに声を出して返事をすることもできなかった。

 

 

「その栞……」

 

 

彼女がそう呟いたと同時に、俺は意を決して持っている手を返して、裏面を見る。

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ……」

 

 

 

悔しそうに呟いた俺のを手は力無く降ろされた。

御察しの通り、裏面には何も記載されていなかった。

 

 

「その栞がどうかしたの?」

 

「いや、なんでもない」

 

 

心配する由比ヶ浜を宥めるようになんとか取り繕った。

この栞にこの状況を脱出する鍵となる情報は何もなかった。しかしだ。俺は何よりも重要なことを思い出した。

 

 

それは”鍵”。

 

 

ここまで状況が酷似しているのだ。

きっと解決方法を同じ。もしくは似通っているはず。ならば、鍵をそろえればいい。

 

 

あの小説で”鍵”となっていたのは、SOS団のメンバーをすべてあの文芸部室に集めること。ということは、俺もこの部室に奉仕部のメンバーをそろえればいいのか?

既に由比ヶ浜と俺はそろっている。あとは雪ノ下を見つけ出して、ここに連れて来ればいい。

だが、何処か引っかかる。これではあまりに簡単過ぎやしないか?

いや、雪ノ下をここまで引っ張ってくるにはかなりの徒労を要するに違いないが、それだって頑張ればなんとかならないこともない。

 

 

どうすればいい?

どれが解決方法なんだ?

どれを信用すればいい?

 

 

俺は考えることに夢中で、その場に固まってしまっていた。

どのくらいそうしていたかはわからない。が、不意に聞こえた戸が開く音でようやく我に帰る。

 

 

由比ヶ浜とともに戸の方へと顔を向ける。そこには思いも寄らない人物が立っていた。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

「よっす」

 

 

笑顔を見せながら手を挙げ、軽い挨拶をしてきたのは折本かおり。

なぜ彼女がここに?

 

 

「姫菜に聞いたら優美子にここいるって聞いたって言ってたから」

 

「そ、そうか」

 

 

折本の口ぶりから察するに俺に用があるということなのか?

 

 

「何キョトンとしてんの?」

 

「え?あ、いや」

 

「まさか忘れてたの?今日委員会の集まりだったじゃん」

 

 

委員会?まずい。これは俺の知りえない情報だ。

この世界の俺は折本と同じ委員会に所属していたのか。しかし、委員会とは何の委員会だ?

 

 

「悪い、ちょっと用があってな」

 

 

折本は俺の言葉を聞いて”ふーん”と言いながら少しだけ笑みを浮かべた。

 

 

「用って結衣ちゃんに?」

 

「ああ、そうだ……」

 

 

なぜそんなにも親しげに由比ヶ浜の名前を呼べる。もしかして知り合いなのか?

突然の折本の出現により頭がこんがらがる。

折本は後ろに手を組んで、意味深そうな笑みを浮かべたままこちらに近づいてくる。おい、まさかだよな。その後ろに組んだ手から物騒なもの出てきたりしないよな?まだその展開には早い。

 

 

彼女のこの世界のおいての立ち位置から勝手に体を硬くしてしまう。

折本はそのまま俺たちの前までやってきて立ち止まる。しかし、立ち止まったのは俺の前ではなく、由比ヶ浜の方だった。

 

 

「久しぶりだね。結衣ちゃん」

 

「うん、久しぶり。折本さん」

 

 

折本はそう笑いかけ、由比ヶ浜もそれに応えるように笑みを作る。その笑みは無理をしているようには見えなかった。

 

 

「知り合いなのか?」

 

 

そう尋ねると、由比ヶ浜は頷いた。

折本は体をこちらに向け、俺の問いに答える。

 

 

「うん、比企谷の入学式の事故の件で知り合ったんだ」

 

「そ、そうか」

 

 

ということはかなり前からの知り合いということになる。ならなぜ昨日の朝、俺が教室で半狂乱になりながら由比ヶ浜のことを皆に尋ねたときに答えなかったんだった。

 

 

その時の記憶を遡る。

確か、折本が登場したのは1番最後だった。あれ、待てよ?

俺が皆に問い質した後に折本が来たんだっけか?ということは折本は由比ヶ浜や雪ノ下、葉山の名前を聞いていないことになる。

 

 

しかしだ。他の奴らから聞いていてもおかしくないはずだ。知っていて言わなかったのか?

確かに折本との会話は他の奴らに比べて少なかったように思える。ダメだ。”朝倉”と立ち位置がダブっているせいかどうしても疑ってしまう。

 

 

考え込む俺を見て、不審に思ったのか怪訝そうな顔をして俺のことを見る。

 

 

「どうしたの、比企谷?そんな怖い顔して」

 

「いや、なんでもない」

 

「そか」

 

 

まずいな。精神に乱れが生じている。すごく心が重くなった気分だ。このままここに居てもいいことはなさそうだ。

 

 

俺は帰ることを由比ヶ浜と折本に告げ、教室の戸に向かって歩き出す。

一瞬、由比ヶ浜が悲しそうな顔をしたように見えた。悪いな。でも大丈夫だ。どうせまた明日も来る。

 

 

心中でそう告げて、戸に手をかける。

すると、折本が声を発する。

 

 

「あ、私も帰るよ」

 

 

マジかよ。やめてよ。確かに出身中学が同じだから家は割りかし近いのだが。えー、マジかよ。女子と一緒帰るとか初めてで緊張しちゃうだろ。疑ってた俺はどこに行ったんだよ。

 

冗談は抜きにしても、本当に嬉しいわけではない。何というか苦手なのだ。少し前の葉山と出かけた時の一軒のおかげでちょっと気まずい。この出来事は俺しか知らないことであって、この折本は知らない。よって気まずさを感じているのは俺だけ。まぁ折本なら知っていても気まずさなど感じそうにないが。

 

 

俺は嫌そうな顔を見られたくなかったので、振り向かず、戸を開けた状態でその場で待つ。

折本は由比ヶ浜と少しだけ何かを話していた。が、すぐに終えてこちらに歩いてくる。

 

 

2人で部室を出て、俺は由比ヶ浜にさよならの挨拶を告げる。

 

 

「また明日な」

 

 

俺の言ったその一言で憂鬱そうだった由比ヶ浜の表情は少しだけ明るくなったように思えた。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

帰り道、折本と2人並んで自転車を漕ぐ。

まさか俺の人生でこんな青春染みたことが起こるなんて思いもしなかった。

 

 

折本の漕ぐスピードはとても緩やかで、俺もそれに合わせてペダルを踏み込む。

 

 

「比企谷さー」

 

「なんだ?」

 

「よかったね」

 

 

いや、何がだよ。主語を言え。主語を。

 

 

そう言った折本の顔を見ると、なぜだか嬉しそうにはにかんでいた。何笑ってんの、この子。

俺の訝しむ視線でようやく主語が抜けていたことに気がついたのか、”ごめん、ごめん”と手刀を切って謝ってくる。

 

 

「お礼、言われたんでしょ?」

 

「ああ、何で知ってんだ?」

 

「さっきも言ったけど私が結衣ちゃんと知り合ったのは比企谷の事故の時でさ」

 

 

折本はそこで一旦言葉を切って、前を向く。

 

 

「あの時の事故で比企谷が優美子に目つけられたじゃん?」

 

「随分な言い方だな」

 

「あ、ごめん。でも本当のことじゃん?偶然、あの事故見てた子はすごくかっこよかったって言ってたよ?」

 

 

彼女の発言は俺の記憶とは、少し食い違う。あの時、俺は本来登校すべき時間よりも早く家を出て、事故に遭遇した。事故が起きた現場の周囲にどれだけ人間がいたか記憶が曖昧だが、目撃者はそう多くなかったはずだ。

しかし、俺の記憶もどこまで正確なものか確かめる術がない。

それに三浦本人が目撃していないのならなぜ俺などに目をつけた。中学までの俺はボッチだったんだ。いくら俺の行いに心打たれたとしても少し雑な気がする。

 

 

そんな疑問を抱いていると、折本が懐かしむように口を開く。

 

 

「私と優美子でお見舞いに行ったじゃん?」

 

「お見舞い?」

 

 

俺が入院していた期間にお見舞いに来たのは親族以外では1年のときの担任の教師だけだった。これも俺の記憶とは食い違う。

俺の疑問符のついた返答に折本は困ったような笑みを浮かべる。

 

 

「え?忘れちゃったの?行ったじゃん。お見舞いの色紙を渡しに優美子と一緒に」

 

 

そういえば折本は1年の時、同じクラスだったと言っていたな。この世界のクラスメイトたちは優しい奴らだったんだな。八幡、涙が出そう。

しかし、そんな気持ちは折本の言った”あれ、先生とか皆に同じ中学出身って理由で押し付けられちゃったんだけどね”という言葉にぶち壊された。返して!俺の感動返して!!

 

 

まだ疑問は残る。なぜ三浦が一緒来たのか、だ。

俺は遠回しに聞き出すための探りを入れる。

 

 

「ああ、そういえば、ゆ、優美子も一緒だったんだっけか」

 

 

慣れない名前に少しだけ噛みそうになったが、たぶん大丈夫だ。

 

 

「そうだよ!優美子も同じクラスで私、仲良くなったばっかりだったんだけど、比企谷の話したらなんか興味出たみたいで来るって言うから一緒に行ったんじゃん」

 

「そ、そうだったけな」

 

 

なるほど。そういうことか。

三浦は交通事故から犬を救った奴の噂を聞いて、それが仲良くなった友達の知り合い。話を聞いてどんな奴なのか気になり、俺の病室を訪れた。確かに辻褄は合う。

 

 

「でも優美子連れてってよかったよね」

 

 

彼女の発言の意図がよく理解できない。

折本は再度、こちらを向いて言う。

 

 

「だってあそこで優美子と仲良くなってなかったら比企谷、ずっとボッチだったんじゃない?」

 

「お、おう」

 

 

同じ中学だった折本には俺の黒歴史をすべて知られていることになる。というか俺、こいつに告白してるやん。残念ながらそのことは改変されていないようで。

 

 

「中学の頃に告られた時に比べたら月とスッポンぐらい違うよ」

 

 

以前、ドーナツ屋で再開した時よりは心を抉られなかった。刺さりはしたけどね、心に。

まぁあの時も思ったとこだが、よく告白されて振った相手と普通に喋れるよなこいつ。

 

 

「でもあの時、比企谷マジうけた。お見舞い行ったのに全然喋んないんだもん」

 

「しょうがねえだろ」

 

「でも優美子も凄かったよね。キョドリまくってる比企谷にいきなり”アドレス教えろし”だもんね。あれはウケたわ。比企谷も教えちゃうし」

 

 

まぁなんとなくだが、逆らえなかったんだろうな俺。

ここまででの話で推測するにおそらくそこで三浦との関わりを持ったことで俺はリア充として成り上がっていったようだ。すべては三浦のおかげ。三浦さん、マジパネェっス。

真性のボッチだった俺をそこまで更生させるとは。奉仕部なんかよりも三浦と仲良くなったようが俺の更生が早かったんじゃないんですか、平塚先生。

 

冗談はさておき、そういえば病室で美少女がお見舞いに来て云々なんて妄想をよくしてたな俺。思い出すだけで身震いするほど恥ずかしい。

 

 

俺がリア充へと変貌を遂げた理由はわかった。あと残っているのは由比ヶ浜の件だ。このことについては臆することなく聞ける。

 

 

「そういえばなんで由比ヶ浜のこと知ってんだ?」

 

 

折本は”ああ、そうだった”と思い出したように話しだす。

 

 

「比企谷が学校に戻ってきて結構経った頃かな。なんか比企谷の周りウロウロしてる子がいて、声かけようと思ったんだけど逃げられちゃって」

 

 

由比ヶ浜は三浦と折本が居て近づけなかったと言っていたな。

 

 

「なんか用かなーとか思ってたんだけど、そのまましちゃってね。またしばらく経った時に選択科目の授業が一緒なのに気がついて」

 

「それまで気がつかなかったのかよ」

 

「だってあの子、地味だし」

 

 

折本に悪気がないのはわかっている。彼女の言う通り、今の由比ヶ浜は俺と同レベルに存在が薄い。

 

 

「で、どうしたんだ?」

 

「そうそう、それでね。思い切って聞いてみたんだ。そしたらあの事故で助けてもらった子だってわかって」

 

「ほう」

 

「お礼がしたかったって言われたんだ。だから手伝ってあげる言っていったんだけど、それはなんか嫌だったみたいで自分で頑張るって一点張りでね。だから関係ない私が勝手になんかするのも変かなーと思って。その後は会うたびにどう?って聞いてたんだけど、なかなかできなかったみたいでここまでズルズルきちゃったみたい」

 

 

なぜそんなにも頑固になっていたのかはわからない。何か思うことがあったのか。

しかし、折本は三浦とは違う考え方なんだな、とそんなことを思った。

 

 

「まぁでもやっと言えたみたいだし。よかったよかった」

 

「まぁそうだな」

 

「なにそれ。他人事みたいじゃん」

 

「そういうんじゃねえよ」

 

 

口ではそう否定したものの、本来、お礼を言われる相手は俺じゃない。正確に言うのなら俺は既にお礼を言われている。

 

 

その後はたわいもない会話をしたながらペダルを漕いだ。

俺よりも少しだけ先を行く折本がブレーキを踏む。止まったのは自販機の前。

 

 

「なに飲む?」

 

「マッカンで」

 

 

冗談で答えたつもりだったのだが、彼女は自転車から降りて、自販機に小銭を入れボタンを押す。

 

 

「はい、マッカン」

 

「マジで買ってくれたのか。悪いから金返す」

 

「なに言ってんの?いつものことじゃん」

 

 

え、なにそれ。俺いつも奢られてるのん?

差し出されたマッカンを受け取ることを躊躇しまう。養ってもらうことが将来の夢ではあるが、今現在でヒモになるつもりはない。とかなんとかよくわからない理念を掲げていると、折本は”お互い様”と笑った。そういうことね。奢り、奢られる仲なのね、俺たち。なにこの青春ラブコメ。まちがってるよ!?

 

 

俺も自転車から降りて折本の隣に立ってマッカンを受け取る。

 

 

「サンキュー」

 

「うん」

 

 

返事をしながら自分に買ったペットボトルの紅茶に口をつける。

俺もそれに習ってマッカンを煽る。

 

 

しばしの沈黙。

そのあと、また折本は懐かしむような顔をする。

 

 

「さっきの話じゃないけど、本当比企谷変わったよね」

 

「そうか」

 

「だってこんな風に話しながら帰るようになるなんて思いもしなかったもん」

 

「まぁそうだな」

 

 

確かに折本の言うようにこんな風に話す時が来るとは思いもしなかった。少し前に再開した時や葉山とともに出かけたときには微塵にも思わなかった。

まぁすべてはこの現象のせいなのだが。

中学の頃の俺を知っているからこそ折本には思うことがあるのだろう。

今の俺とこの世界の俺がダブっている部分を知っているからこそ折本は何かを感じているのかもしれない。

 

 

この時の俺は安易過ぎた。完全に油断してしまっていたのだ。なぜか安心していた。何に安心したのだろう。きっと自分の知っている情報と同じ記憶を持つ折本に気を許してしまったのだ。

そんなことをしていいはずがないのに。

 

 

少しの間のあと、折本は不意に尋ねてくる。

 

 

「ね、比企谷」

 

「どうした」

 

「なんで髪黒くしたの?」

 

 

油断し切っていた俺はその言葉に心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。

 

 

「と、特に理由はないが……」

 

 

そう答えると、折本はどこか遠くを見ながら”ふーん”と持っていたペットボトルのキャップを閉める。見ると、中はいつの間にかに空になっていた。

気づけば俺の持っている缶も既に冷め、温くなっている。

 

 

折本は身を翻して、自販機の隣にあるゴミ箱にペットボトルを入れ、俺を一瞥。そしてこう告げた。

 

 

 

 

 

「なんかさ、比企谷。”昔に戻ったみたい”だね」

 

 

 

その言葉は俺の心をギュッと締め付けた。

 

 

 

 

 

 


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