比企谷八幡の消失。   作:にが次郎

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願いは知らぬうちに染まっていく。

 

 

 

 

折本と別れた後、俺は言い知れぬ不安と焦りを感じながら帰宅した。

何故、俺はあんなにも安心し切っていたのか。

折本は、1番警戒しなければいけなかった人物。なのにも関わらず、俺はどうして?

 

 

確かに折本の記憶と俺の記憶が一致する部分はあった。だが、それだけではない。ここは潔く認めるべきだな。

 

 

そうだ。俺の心境に変化が起きつつある。

 

 

かつて忌み嫌っていた欺瞞。

その欺瞞に満ちた関係の彼女らに深く触れ合い、気がついてしまったから。

いや、これはもう既にわかっていたのもだ。あの修学旅行で葉山が、皆が守ろうとした関係性に欺瞞だけではない何かが見えたから。

これに付け加えて、現在、見舞われている現象によって俺自らがその輪の中に入り、体験してしまっている。

そして気がついてしまった。わかってしまったのだ。

彼女らの関係性には上辺だけではない、欺瞞などではない、”本物”の何かが確かにあることに。

 

 

 

本当に笑えてくる。それこそ涙が出るくらいに。

かつて欺瞞だなんだと切り捨てたものの方がよっぽど本物だったなんてな。

 

 

欺瞞に満ちていたのは俺の方だ。

 

 

だからこそ俺は間違えてしまったのかもしれない。

 

 

世界を元に戻すことができたとしてももうその間違いを消すことはできない。しかしだ。その間違えに対して反省することはいくらだってできる。

 

 

俺は再三、自分に問いかけた。

間違えなかったか?大丈夫だったのか?、と。

それでも答えが出なかったのは俺に原因がある。そう、俺は反省すべき点を間違えていた。

何故、間違えたのか。その原因もわかっている。

 

理性の化け物と言われたことがある。

理性とは感情の対義。

感情を理解しない、しようとしない。人に劣る存在。人を人として見ない、己の意識に囚われ続ける、人未満の存在。

 

 

なぜこんなものが俺の中に巣食っているのか。それは俺の今までの人生に問題がある。

自分の気持ちや感情を理解してもらえないのに、なぜ他人のそれを理解しなければいけないのか。そこに辿り着いてしまったからだ。別に悟りを開いているわけではない。実際にそうだった。幼少期からの経験が俺にそうさせている。

 

 

己に巣食っているこいつをなんとかしない限り、俺はこの先も間違い続けるだろう。いや、間違いは悪いことではない。感情を完全に読み取り、理解できる人間など存在しない。そんなことが可能ならとっくに電脳化されている。

 

 

それでもだ。自分と正面から向き合い、見つめ直し、答えを出さなければならない。

 

 

俺が欲しいかったものはなんだ?

それはすぐ近くにあって、とても遠いもの。

 

 

俺の幸福とはなんだ?

 

 

この世界の彼女らが持っていて、俺にないもの。

 

 

俺はそれを見つけ出したい。

そのためには、何をすればいい?

少しでもいい。ヒントが欲しいんだ。

 

 

たぶんそのヒントは彼女らの中にある。俺はもう何度も目にしているはずなんだ。

 

 

もう一度、彼女らに会って確かめたい。もっと深く知りたい。

 

 

 

そう思い立った瞬間、ズキッと頭に痛みが走った。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

12月20日。

外は雨が降っていた。

その冷たい雨は部屋の窓をしとしとと濡らしている。

昨日、見舞われた原因不明の頭痛は治まっていた。このタイミングで風邪とかマジでシャレにならん。

 

 

この日は自転車ではなく、電車とバスを使って登校した。

 

 

なんとか授業をやり過ごして、放課後。俺は部室に向かうことにした。

皆に別れの挨拶を告げようとすると、三浦と折本が俺を引き止めた。

 

 

「八幡、あーしも行く」

 

「暇だからあたしも行こーかなー?」

 

 

忘れてた。昨日、三浦は部室に行くと言っていたのだった。ぬかったぜ。バレないように姿をくらますべきだった。いや、そんなことしても部室にいるのだから無駄か。

折本にしても、昨日の一件から一緒には来てほしくなかった。

しかし、情けないことに彼女らの強引な押しに負け、結局、一緒に来てしまった次第である。何やってんだよ俺。

 

 

部室の前までやってきた俺たちは、戸を2度叩いて、中から返答を聞いてから戸を開ける。

 

 

由比ヶ浜はまた昨日の寸分変わらぬ場所で読書をしていた。

 

 

「よう」

 

「こ、こんにちわ」

 

 

こちらを向いて薄い笑顔を見せた彼女だったのだが、俺の後ろにいる女子たちの顔を見て、その笑顔に困惑を混ぜた。

 

 

「へえー、こんなんなんだ」

 

「結衣ちゃん、よっす」

 

 

三浦は部室に入るなり、挨拶も交わさずに部室を見回す。

折本は由比ヶ浜に挨拶をした後に近寄って行き、何か話しかけている。なんかこいつらと一緒に部室にいるのは変な感覚だ。

 

 

俺はその光景をしばらく眺めた後に、いつもの席に着く。

由比ヶ浜と折本はお喋りに夢中のようだ。前からの知り合いとだけあってなかなかに親しげに話しているように見える。由比ヶ浜もあんな風に話せるんだな。

そんな姿を見ていると、不意に由比ヶ浜の視線が三浦へと向かう。その三浦はというと、部室内を歩き回っている。由比ヶ浜の視線に気がついたのか、立ち止まり、こう問い掛ける。

 

 

「結衣ー、ここ本当に文芸部かし。本とか全然なくなーい?」

 

「え、ああ、そうだね」

 

 

由比ヶ浜は誤魔化すように笑う。

確かに三浦の言う通り、この部室にはそういったものは少ない。あるのは教室の隅に置いてある小さな本棚だけだ。しかし、その本棚には中が見えないようにカーテンのようなものがかけられている。昨日はなかったものだ。由比ヶ浜は自分にそういう趣味があることを恥ずかしがっていた。

もしかして由比ヶ浜は今日、この部室に三浦が来ることを予期して、自分の趣味がバレないようにするためにあんなものを用意したのか?

なかなかに有能だ。あちらの由比ヶ浜も見習ってもらいたい。

 

 

そんなことを思っていると、三浦の発言に反応した折本が部室を見回し、目線を本棚で止める。

それを見ていた由比ヶ浜の表情がどんどん強張っていく。

 

 

「あれは?本棚ぽくない?」

 

「あー、それは……」

 

 

由比ヶ浜が立ち上がり、誤魔化そうと努めるも、三浦がその本棚に向かって歩き出す。

 

 

「あー、言われてみれば」

 

「あのー、三浦さん、折本さん。それは……」

 

 

なんとか止めようと、必死に言葉を吐く由比ヶ浜だったが、三浦も折本もまるで聞いていない。

困った表情を浮かべてこちらに視線を送ってくる由比ヶ浜。許せ、由比ヶ浜。押しに弱いと定評のある俺ではどうすることもできん。特にこいつらはな。逆に言えば、変に隠してもいいことはないと思うのだが。

 

 

由比ヶ浜の抵抗も虚しく、三浦の手によって本棚のカーテンが払われる。

その瞬間、”あぁ”と悲しそうな声が聞こえた。

 

 

中を確認した2人は動きを止めた。

そして折本だけが振り返り、由比ヶ浜に尋ねる。

 

 

「これ、結衣ちゃんの?」

 

「う、うん……」

 

 

小さく呟くそうに返事をした由比ヶ浜は俯いてしまっている。彼女には折本の表情が見えていない。

由比ヶ浜よ、そんなに落ち込むことはないぞ?

 

 

三浦は本棚からライトノベルを1冊、手にとってパラパラと捲る。

 

 

「結衣ー、こういうのが好きなん?」

 

「は、はい……」

 

 

由比ヶ浜の声はさらに小さくなる。

きっと彼女はこう思っている。

女子なのにこういう趣味があるのは変だ。ドン引きされてしまう。嫌われてしまうかもしれない。

 

 

違うぞ、由比ヶ浜。そんなことはないのだ。前を見てみろ。三浦も折本もそんな態度は取っていない。ドン引きもバカにもしていない。

 

 

まったく顔を上げようとしない由比ヶ浜を見かねた俺は彼女のもとへと向かう。

 

 

「由比ヶ浜」

 

「何?」

 

「三浦も折本もお前が思ってるような奴じゃない」

 

 

お前が彼女らの何を知っているのだと問われればきっと俺は大したことを答えることはできない。しかし、この数日間で俺は今まで見ようとしなかった彼女らの一面を知った。だからお前も勇気を出して前を見てみろ。少しは楽になる。

 

 

三浦は別のライトノベルを手に取る。

 

 

「あ、これ海老名が言ってたやつだ」

 

「えー、どれ?」

 

 

三浦が折本にライトノベルの表紙を見せた後にページを捲ってみせる。

 

 

「あー、それ姫菜がめっちゃ面白いって言ってたやつじゃん」

 

 

彼女らの会話を聞いた由比ヶ浜はようやく顔を上げる。

そこに三浦が歩み寄ってくる。

 

 

「この本さ、あーしの友達の海老名って子が超面白いって言ってだけど、どんな話なん?」

 

「え?あ、えっと……」

 

 

由比ヶ浜は突然の出来事に戸惑いを隠せないようだった。

辿々しくなりながらも必死に説明する由比ヶ浜。それをうんうんと真面目に聞いている三浦と折本。

 

 

「へえー、この表紙の絵柄からは全然想像つかない話だし」

 

「それある。でも面白そうじゃん」

 

 

三浦の言う通り、そのライトノベルの表紙には可愛い女の子の絵が描かれている。その作品のヒロインだ。

その作品は確かに面白い。しかし、絵柄からか一般の人からは少しとっつきにくい部分もあるかもしれない。

だが、その作品がアニメ化された際には爆発的な人気が出た。それもニュース番組に取り上げられるほどに。円盤の売り上げもそのクールでは一位だった。この作品の面白さをこの手の女子に伝えるにはもう見てもらうしかない。

 

 

そろそろフォローを入れるべきかと、思い立った時、由比ヶ浜が拳を握り締めるのが見えた。

 

 

「その作品はね、絵でちょっと敬遠されちゃうだけど、内容は凄くいいんだよ。その、なんというか、変にご都合主義でもないし、登場人物の一人一人のキャラが凄くいいの。ストーリーもね……」

 

 

由比ヶ浜の熱弁をポカンとした表情で聞く2人。

熱弁を終えた由比ヶ浜は少しだけ落ち込んだような顔をする。

 

 

「ご、ごめん、こんな話されても困るよね……」

 

 

由比ヶ浜、この2人がそんな表情をしたのは多分違う理由だ。

由比ヶ浜を見て、折本がプッと吹き出したように笑う。

 

 

「ごめん、バカにしてるわけじゃないよ?」

 

「え?」

 

「結衣ちゃんがそんなにハキハキ喋ってるの初めて見たからさ。よっぽど好きなんだね」

 

 

その会話に三浦も加わる。

 

 

「マジ結衣、熱く語りすぎだし」

 

「あ、はは、ごめん」

 

「いいじゃん。本当に好きってことだよ」

 

「別に隠すことなかったし」

 

 

三浦の言葉に由比ヶ浜はやや首を傾げる。

 

 

「こういう趣味があってもバカにしたりしないし。てか、海老名より全然健全だし」

 

「健全?」

 

 

由比ヶ浜の疑問に三浦はどう答えるか悩んでいる。

 

 

「なんていうの、その、海老名って子は”BL”ってのが好きでさ。その子は全然隠したりしてないし」

 

 

そこに折本が思いついたように手を打つ。

 

 

「今度、姫菜連れて来ようよ。結衣ちゃんと話し合うって」

 

 

あのワードを聞いて、一瞬、由比ヶ浜の目が輝いたように思えたが、たぶん気のせいだ。そういうことにしよう。

それに海老名さんを連れてくること自体は悪いことじゃない。三浦が言うように海老名さんが本当にその作品を好きなら、折本の言う通り、きっと由比ヶ浜とは話が合う。てか、海老名さんBL以外にも精通してたのか。てか、海老名さんに感謝だな。

 

 

三浦は手を持っていたライトノベルの本棚に戻し、また別のライトノベルを手にとって折本と”これも海老名の言ってたやつじゃない?”とかなんとか楽しそうに会話していた。

 

 

その姿を見て、由比ヶ浜は嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

 

「な、言ったろ」

 

「うん、ありがとう」

 

 

そう言いながら彼女は俺を見上げた。その笑顔にちょっとだけキュンときたのは内緒だ。

 

 

そんなことを思っていると、不意に三浦から話を振られる。

 

 

「八幡も昔こんなの読んでなかったっけ?」

 

「ああ、そうだな。てか、今でも読んでる」

 

「そうなん?でも八幡が読んでたのはエロいヤツだったけどね」

 

「なっ!」

 

 

挿絵でちょっとパンツが見えたくらいでエロいって認定するのはおかしいと思います。

てか、最後のオチで俺を貶めるのは世界が変わっても共通なんですね。わかります。

 

 

折本のジト目で送られてくる視線に耐えかねて、由比ヶ浜を見ると、彼女までも俺を半眼で睨んでいた。おい、ちょっと待て。お前はこっち側の人間だろ?

 

 

 

×××

 

 

 

皆、それぞれに席に着き、思い思いに談笑をする。

当然のように俺はその輪に加わっていない。

由比ヶ浜は三浦と折本は先ほどからずっと質問攻めにあっている。由比ヶ浜はそれに困りながらも嬉しそうに答えている。

そんな女子たちを尻目に俺はというと、由比ヶ浜のライトノベルシリーズの一冊を手に取り、読書に耽っている。やっぱ変わらないのね、俺の立場って。

 

 

しかし、同じ部室でも人が違うだけでこんなにも雰囲気が変わるものなのか。

彼女らが時より発する楽しそうな笑い声は俺の胸をざわつかせた。

俺の居た元の世界でも、何か違うきっかけがあれば、こんな風に変わっていたかもしれない。

 

 

 

こんなにも暖かい雰囲気に包まれた部室。嘘偽りのない、欺瞞のない世界。紅茶の香りがしなくとも、この空間が………、俺は……。

 

 

 

俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、頭痛とともに頭の中にノイズが走るような感覚に襲われた。

 

 

(……………?)

 

 

 

 

なんだ?今のはいったい……?

何が聞こえたような……。

 

 

 

その痛みは俺を現実へと引き戻した。

今、俺は何を考えていた。

それだけは何があっても絶対に考えちゃいけないことだったはずだ。

 

 

なんで俺はこんなことを……!

 

 

とてつもない罪悪感に苛まれる。

 

 

 

気がつけば、頭を抱えていた。

そこに俺の変調に気がついた三浦が声をかけてくる。

 

 

「八幡、どうしたん?」

 

「な、なんでもない」

 

 

なんとか返答するも、それは由比ヶ浜や折本にも気づかれてしまう。

 

 

「比企谷、顔色悪っ!」

 

「だ、大丈夫?」

 

 

彼女らから向けられる心配の眼差しに居た堪れなくなり、俺は立ち上がる。

 

 

「なんでもないんだ。ただ最近、少し寝不足でな。飲み物買いに行くついでに顔洗ってくるわ」

 

 

どうにかはぐらかそうと口を動かす。

しかし、彼女らの顔が晴れることはない。

 

 

「私も一緒に行こっか?」

 

 

折本の提案も適当な理由をつけてやんわりと断る。

自分の体調に問題がないことを主張するために俺は彼女らに言う。

 

 

「ついでだから、なんか飲むか?買ってくるぞ?」

 

「そ?じゃああーし、レモンティー」

 

「私はミルクティー」

 

 

2人からの注文を聞き、由比ヶ浜にどうするのかと言う目線を送る。

彼女はとても心配そうな顔をして俺を見つめていた。その表情がいつか見た俺の知っている由比ヶ浜の表情とダブって見えて、それ以上言葉を発することができなかった。

 

 

「結衣はどうするん?」

 

「あ、私は大丈夫」

 

「遠慮しなくても大丈夫だって。比企谷の奢りだから」

 

 

そう折本に笑いかけられて、ようやく飲み物の名を告げる。

 

 

「じゃあMAXコーヒーで……」

 

 

それを聞いて、俺は足早に部室を出た。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

部室を出て、しばらく歩くと頭痛はすぐに治まった。

この謎の頭痛は単なる風邪の類のもではないことがはっきりとわかった。

これの原因はきっと______だ。

 

 

畜生め。俺はなんて情けない男なんだ。不甲斐ないにもほどがある。

 

 

己の中に大きく渦を巻く複雑な感情たちを一掃するために俺はトイレの洗面台で勢いよく水で顔を洗った。

身震いするほどに酷く冷たい水ですべてを洗い流す。しかし、すべてを綺麗に流し切ることはできなかった。

 

 

残った感情を胸に俺は自販機を目指す。

 

 

ズボンのポケットから財布を取り出し、必要な分の小銭を自販機に投入する。

暖かな飲み物で冷え切った手を温めながら来た道を戻る。すると、後ろから声をかけられた。

 

 

「せんぱーい!!」

 

 

振り返ると、小走りで駆けてくる一色いろはの姿があった。

いろはは俺の前で立ち止まり、頬をぷくっと膨らまして拗ねたように言う。

 

 

「比企谷先輩、酷いですよぉ!!なんで無視するんですか?」

 

「え、ああ、悪い。考え事しててな」

 

「ふーん、そうですか」

 

 

未だに頬を膨らましているいろはになぜまだ校内に残っているのかを問う。

 

 

「いろは、なんでまだいんの?」

 

「あー、あれですよ。先生に呼び出されちゃって」

 

 

なるほど。もう放課後になってから1時間は経つ。てか、1時間も先生と話してたんだよ。

そんなことを思っていると、今度は彼女の方から尋ねてくる。

 

 

「比企谷先輩はどうしたんですか?もしかしてパシリですか?」

 

 

いろははバカにしたように言う。

まぁあながち間違ってないから困る。

 

 

「ああ、そうだよ。優美子たちにお使い頼まれてな」

 

 

あれ?なんだこれ?

 

 

「そうなんですか。で、今からどこ行くんですか?」

 

「文芸部室」

 

「あー、もしかして昨日一緒にいた人ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

「ふふん、あの人可愛かったですもんね。また比企谷ハーレムの一員が増えちゃいましたね」

 

「なんだよそれ。そんなもんねえよ」

 

 

なんだこれ。なんで俺は普通に喋ってんだ?

 

 

「お前も来るか?」

 

「そのお誘いは有り難いですけど、今日は遠慮しときます。この後、用事があるので」

 

「そうか、じゃあな。いろっ……!」

 

 

その時、また頭に痛みが走った。

下を見ると、手に持っていたはずの飲み物たちが転がっている。

 

 

「あーあー、なにやってんですか」

 

「す、すまん」

 

 

俺は急いで足元に転がった飲み物を拾い集める。その中の1つが一色の足元に転がっていき、彼女はそれを拾い上げてくれる。

 

 

「はい」

 

「さ、サンキュー」

 

 

一色は拾い上げた飲み物を手渡すと、あざとさ満点の笑顔でさよならの挨拶を告げ、去っていた。

 

 

彼女を見送った後も俺はしばらくその場を動けなかった。

一体、なにがどうなってんだ。なぜ、俺はあんなにも容易く彼女らの名前を口に出せていたんだ。

 

 

あれ?なにやってたんだっけ俺?

 

 

俺は何をしようとしていたのだったか。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

自分の意識の外側から自分を見ているような感覚。あれはなんだったのか。

部室に戻った後もその感覚に度々、襲われた。

フワフワとした現実味のない感覚に_____を抱きながらも、あの暖かな部室で俺は____しんだ。

 

 

 

染まって行く。この世界の色に。

内側の叫びを無視して。

 

 

 

最終下校時刻を告げるチャイムとともに俺は彼女らと別れ、帰路に着いた。

 

 

家に着いて、中に入るなり、とてつもない疲労感に襲われた。もう玄関先で倒れてしまうのではないかと思うほどに足元がおぼつかない。

 

 

小町に”もう寝る”とだけ告げて、自室に入る。

 

 

制服のままベッドに倒れ込む。

もうめんどうだ。このまま寝てしまおう。

 

 

目を閉じると同時に俺の意識は消失した。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

目を開けると、閉まっているカーテンの隙間から日差しが差していた。あれ?寝る前に閉めたのだったか?昨日、部屋に入った時には開いていたような。記憶が曖昧だ。

なんだろうか。何か夢を見ていたような、思い出せない。

ぼんやりとしたイメージだけが頭の中に残っている。

ベットから半身を起こす。

ほんのりと頭に痛みを感じる。この感覚は二日酔いに似ているな。酒飲んだことねえけど。

 

 

意識が徐々に覚醒していく。

そして、俺は驚愕する。

俺は確かに昨日は制服のまま、寝に入ったはず。それなのに、今、俺は寝間着を着用している。

 

 

なにが起きた。また何か……。

あれ?なにが起きていたのだったか。

 

 

何故か心臓の鼓動が大きく、早くなっているを感じる。

ダメだ。気分が悪い。これ以上、思考を巡らせるのはやめておこう。

そうだ。風呂に入らなければならない。

そう思い立ち、ベットから立ち上がる。それと、同時に部屋の扉が開かれた。

 

 

「なんだ、起きてたのか」

 

「おう」

 

 

小町はそう言うと、俺のベットから這い出てきたカマクラを抱き上げる。

 

 

「最近、寝坊してばっかりだから早めに起こしに来たのに」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

部屋から出ようと、扉に近づいていくと小町は何かに気がついたように目を丸くした。

 

 

「兄貴、またやったの?それはないと思うよ?」

 

「なんの話だ?」

 

「頭だよ」

 

 

小町はそう言って自分の頭の右側を指差す。

小町がなにを言っているのかわからず、自分の髪を触る。

 

 

「そんなにコロコロ染めると髪痛むよ?ハゲるよ?」

 

 

俺は動揺のあまり、ツッコミを入れることすら忘れていた。俺の、髪……?

染めた?俺の髪の色は何色……?

 

 

 

 

そう考えた瞬間にすべてがフラッシュバックした。

 

 

 

 

 

 

 

なんで、なんで俺は忘れていたんだ。

意味がわからない。なぜだ。こんな現象に巻き込まれていたというのに。

 

 

俺は頭を抑えたまま、その場に崩れ落ちた。

 

 

「あ、兄貴!」

 

 

抱いていたカマクラを床に降ろして、俺の側に駆け寄ってくる。

 

 

「どうしたの!?大丈夫?」

 

「ああ、いや、大丈夫だ。ちょっとめまいがしてな」

 

「今のはちょっとやばい感じだったよ?本当に大丈夫?」

 

 

心配そうに俺の顔を覗き込む小町。

俺はすぐに立ち上がる。

 

 

「ちょっと寝不足なだけだ。あと低血圧」

 

 

咄嗟に思いついた言い訳にしては上出来だった。その後もしきりに”大丈夫?”と問いかけてきた小町になんとか宥める。

 

 

「まぁそう言うんなら良いけどさ。昨日も遅くまで起きてたみたいだし」

 

 

小町が言ったその言葉に背筋がゾクっとした。俺にそんな記憶はない。

その場をどうにか取り繕って、俺は洗面所にやってきた。

 

 

「マジかよ……」

 

 

つい、そんな言葉が口から漏れた。

洗面台の鏡に映る俺の髪は右側の一部だけが”金髪”に染まっていた。

 

 

 

 

 

 


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