蜻蛉切りの槍が逝ったと聞いて、三角造りのその槍は、さようならと囁いた。袈裟斬り四菱の紋の刀は、また来てはくれないかと密かに思った。
無用組一週間お題、「さよならさんかく」使用させていただいてます。
御手杵と蜻蛉切、それから岩融は長柄物ということで同室を割り振られていたが、朝御手杵が起きた時に赤紫の長髪を持つ隣人は居なかった。昨晩は寝る段になっても帰ってこなかったから夜戦に身を投じることになったのは分かっていたし、槍が夜戦に向かないことも御手杵自身の身を以て知っていた。
だから。
あの常勝の槍が折れてしまうだなんて到底思えなかったけれど、部隊長の陸奥守がわざわざ言いにきたのならきっとそういうことなのだろう。なにか言いたげな陸奥守を遮って、御手杵は自分の心を誤魔化すように口を開いた。
「分かった。俺、正国に伝えてくるわ」
この時間ならあの小さな打刀は手合わせ用の鍛練場にいるだろう。放っておくと三回に一回(つまり三日に一回という意味だが)は食事の時刻をすっかり忘れて鍛練に没頭してしまうあの戦馬鹿にはきちんと知らせておかねばなるまい。
審神者ならどうとでもできるだろう無意味に晴れ渡った空を視界の端に入れながら、緑の
道場に近づけばいつもと全く変わらない叫びが聞こえてきて、御手杵はその朝で初めて安心感を抱いた。普段と変わらぬ態度のものがいるとそれだけのことを、自分がどれだけ求めていたのかがよくわかる。鍛練場の木扉を横に滑らせるとやはりそこにいたのは同田貫だけだった。普段朝の鍛練場に来る他の男士たちは既に、帰還した部隊に一人足らないことを知っていたのだろう。知った上で鍛練に来られるのは、同田貫の他にはきっと、三日前から遠征に出ている山伏国広くらいのことだろう。もっとも、もう一振りの彼でさえ可能なのは鍛練に来ることまでで、誰にも見られぬようにと道場の裏で涙を溢すのだ。
上半身にはさらしだけを巻いた黒髪の少年が、御手杵の方を向く。そのまま手に持った木刀をその場に置いて、すたすたと裸足で長身の槍に向かって小走りに駆ける。三尺ほど離れた場所で立ち止まり、自分よりも七寸高い男を見上げて傷だらけの刀は口を開いた。
「あんたが朝道場に来るなんてな。一体どういう風の吹き回しだよ?」
そう問うた同田貫だが、答えはなんとなくわかっていた。前田藤四郎が折れた晩も、今剣の砕けた翌朝も、この槍がここまで伝えに来たのだから。
「誰だ」
「......蜻蛉切が」
御手杵が実際にそう口に出せば、なおさら自身の異様さが際立った。胸の内からなにかが込み上げてくるというのが普通の反応なのだろうが、生憎この茶髪の槍にそんな人間らしい感情は期待できなかった。言ってみれば少しは感じることもあるのではないかと思ったが、全くそんなことはなかったのだ。御手杵は自分という槍の薄情さに嫌気が差して、ついそれを口に出してしまった。
「ひどい奴だよなぁ、俺ってのは。二度と蜻蛉切に会えないってのに、ぜんぜん悲しくも寂しくもないんだから」
ああ、言ってしまった。こんなことを聞かされて同田貫も困るだろうに。けどこいつならひょっとして、自分の困惑を分かってくれるのじゃあないか、と。
そう、あの蜻蛉切にはもう会えないのだ。二振り目が来たところで、
彼は武器で、彼も武器だったのなら。武人だったなら、その死はきっと、悼むものではないのだと言えた。御手杵というのは、恐怖を知らない、槍だった。
同田貫もまた、悲しみなど感じてはいなかった。けれどそれは御手杵のそれとは違った理由でのこと。
「二度と会えない?......そうか」
まあ、同じ槍のあんたがそう決めたなら俺が口を出せることじゃねえな。それだけを思って同田貫は、
目の前の槍がその言葉をどう受け取ったかなんて気にもせずに。手の木刀を扉横に立て掛けて上衣を拾った同田貫はするりと御手杵の横合いをすり抜けた。
御手杵にとって、刀剣とは唯一無二の存在だった。だから彼はその刀の言を、折れたことをようやっと理解したのだととった。こんなに察しの悪い奴だったろうかと疑念を感じつつも、まあそういう日もあるだろう、とだけ思って。
けれど同田貫は量産刀、
誰が呼び始めたのだったか無用の長物どもと括られる二振りは、「さんだる」をつっかけて中庭を渡る。折れてしまった彼らの朋を見送るために、刀剣らの集まっているだろう広間へ向かったその合間に。
───さようなら、を言わなければ。一度折れて作り直されるのは、そりゃあ嬉しいけど。代わりなんて、ないんだからさ。代わりなんて、いないんだから。
───また来いよ、と言っておこう。もしその時に。今後ろを歩く三角造りの槍が、やはりもう一度会いたいとそう思っていたのならそれは、きっと良いことだろうから。
とそんな言葉が、心をよぎった。