今後追加していく予定です。
「夜身島」(やみじま)
人口は87人という非常に少ない人数の島。
東京から70㎞ほどで天気が良いと本土が見えることがある。
電力は本土から伸びている海底ケーブルによって供給されている
大きさは父島より少し小さい位で、1940年代の太平洋戦争時代には旧日本軍の要塞であった。
故に島内には多少劣化しているものの、いまだ当時のトーチカや塹壕、司令部、防空壕が手つかずの状態で点在している。
しかし崩落などの危険があるため、現在は立ち入り禁止となっている。
その為、稀に不発弾の手榴弾や砲弾が発見されて陸上自衛隊が呼ばれることがある。
島民の殆どが戦争中から住んでいる者で高齢者が多く、戦争についての物品も多く残されている。
現在、この島に駐在する公務員は駐在警官の盛田孝則(もりた たかのり)巡査長だけである。
モデルは東京都 小笠原諸島の父島と硫黄島及びSIREN2の「夜見島」。
「夜身島の伝承」
夜身島にはある伝承が残っている。
『水底に宿りし悪しき念が浮かび上がるとき、果敢なる魂が日を見るであろう。それらが近づきし時、島は厄災の音に包まれる。そして奇妙な姿の美女が海へ導くであろう。』
口伝えで残されてきた伝承である為、詳細なことは分かってはいないが少なくとも『明治頃の島民は知っていた。』と太平洋戦争中の島民から伝えられているということが分かっている。
事実、昔の島民の中には海を駆ける少女や女性を見たという話が残っている。
だが、夜に見た為トビウオかなにかの見間違いとして終わらされていた。
「盛田孝則」(もりた たかのり)
夜見島の駐在警官で、階級は巡査長。
26歳という若さからくる接しやすさと積極性から、島民たちと早くなじんだ。
父親が派出所勤務の警察官であったため、幼少期から父親にあこがれを抱いていた。
父がある事件で死亡したのを境に、本格的に警察官を志す。
現在は独身で、島民から度々結婚しないのかどうかについてからかわれている。
元々太平洋戦争に興味があり、大学で戦史を勉強していた。
その為、艦これも横須賀鎮守府所属の古参勢である。
「越田美沙子」(こえだ みさこ)
夜身島に住む島民の一人。
90歳にもなる老人だが年齢を感じさせない元気ぶりである。
島に長く住んでいる為か、島に関することについて熟知している。
その上、夜身島が要塞化されていたり、父親が海軍軍人だったため、海軍艦艇についても少しだけ知識がある。
「越田香苗」(こえだ かなえ)
夜身島に住む島民の一人。
大学卒業後、祖父が死んで90歳になる祖母の事を思って夜身島にやって来た美沙子の孫。
両親は本土の海上保安庁に勤務している。