東京都からおよそ70㎞程南下した太平洋上に一つの島がポツンと佇んでいた。
その島の名前は「夜身島」。
太平洋戦争中は要塞と化していたこの島は、今現在は島民たちが笑顔で暮らす穏やかな島となっている。
そこに駐在するのは警察官である盛田孝則巡査長だけ。
年齢26歳の若い盛田は、よく島民に話しかけるため、新参者でありながら島民と良い関係を築上げてきた。
現に個人的な相談を受けることもある上に駐在所には子供たちや近所の老人が遊びに来ることもある。
駐在して2年目の春を迎える盛田は夜身島駐在所で書類整理を行っていた。
「ふぅ、これだけ整理すればいいかな?」
作業を終えた盛田は制帽を脱いで頭を掻く。
頭を掻き終え、制帽を被り直した彼はお茶を飲もうと、奥の休憩室に向かい、そこで湯飲みにお茶を入れた。
いざ飲もうとした時、誰かが挨拶をして駐在所に入って来た。
盛田が休憩室から顔を覗かせると、そこには白髪が良く似合う老人がいた。
「美沙子さん、どうしたんですか?」
「孝則君におすそ分けよ。これ、私の畑で取れた大根とニンジン。食べてちょうだいな。」
駐在所にやって来たのは越田美沙子という90歳の老婦人で、言わなければまだ60代にも見える。
島民の中でも高齢の部類に入り、島について多くのことを知っている。
現在は夫が亡くなってしまったものの、本土から心配して引っ越してきた孫の香苗と仲良く二人暮らしをしている。
皆には美沙ばぁという愛称で呼ばれていて、良くひとりで駐在所前を通って散歩している姿も盛田は見かけていた。
その為、自然と会話が増えていき、盛田が最初に仲良くなった島民となった。
美沙子は持ってきたビニール袋から野菜を取り出して盛田に手渡した。
「おぉ!立派な野菜ですね。有難く頂きます。」
盛田は立派な野菜を受け取って笑顔を浮かべる。
美沙子は親しくなってから、いつも盛田の世話を焼いている。
「孝則君も結婚相手が見つかればいいのにねぇ。」
「ハハハ・・・何時異動があるか分からない職業なものですから。」
乾いた笑いが出る盛田だが、それを心から楽しんでいた。
島民と身近に触れ合える。
これが彼の目指していた警察官だからだ。
「そう言えば孝則君はこの島の伝承を知ってるかしら?」
「伝承?聞いたことはありますが・・・。」
島の伝承と聞かれて盛田は顔をしかめた。
彼自身、伝承があるということ自体は知っているのだが、どういうものかは知らなかった。
盛田の言葉から察した美沙子は、島の伝承について教えた。
「島にはね、こういう話が残ってるの。『水底に宿りし悪しき念が浮かび上がるとき、果敢なる魂が日を見るであろう。それらが近づきし時、島は厄災の音に包まれる。そして奇妙な姿の美女が海へ導くであろう。』私もお父さんに聞いたんだがねぇ・・・未だに理解できないよ。」
「何だか・・・怖さがありますね。」
怪談話のような伝承に盛田は何とも言えない悪寒を感じていた。
だが美沙子はすぐに笑顔を見せた。
「でも、何かあっても孝則君がいるから安全ね!」
「ハハッ、拳銃と警棒しか武器は無いですが頑張ります。」
盛田はそう言って敬礼をした。
美沙子も敬礼をする。
「さて、私は散歩の続きをしましょうかね。香苗が電話して来たら散歩してるっていっといて。」
「分かりました。道中、気を付けて下さいね。」
「はいはい、それじゃあね。」
盛田は美沙子を見送った後、駐在所に戻って仕事を続けた。
そしてあらかた業務が終わり、夜になった頃、盛田は着替えと入浴を済ませてノートパソコンを開いた。
「さてさて・・・第四艦隊を遠征に行かせてと。」
彼がやっているのは現在、ブラウザゲームとして配信されている「艦これ」だ。
太平洋戦争時代の艦艇を擬人化して謎の敵、深海棲艦と戦うというゲームだ。
元々太平洋戦争に興味があった盛田はすぐにハマり、横須賀鎮守府所属という古参プレイヤーとなった。
「アーケード版もやりたいけど業務があるからなぁ・・・艦これ改で我慢我慢。」
そう言いつつ盛田は入渠と遠征を終わらせてからブラウザを閉じ、夕食を食べてから寝床に着いた。
日が完全に沈み、闇が支配する午後11時頃。
就寝していた盛田の携帯に電話がかかって来た。
「うぅぅぅ・・・・誰だこんな時間に?」
盛田が電話をかけてきた人物の名前を見ると、そこには美沙子の名前があった。
老人の美沙子から連絡があるということは。何か緊急ではないかと考えた盛田は一気に意識が覚醒し電話を繋いだ。
「もしもし?美沙子さん、どうかしましたか?」
『・・・・孝則君。拳銃と予備弾を忘れずに持って、港に来なさい。伝承が・・・・現実になる。』
「美沙子さん?美沙子さん!」
一方的に電話を切られてしまった盛田は、何度もかけ直すが繋がらない。
異常だと思った盛田は、すぐにいつもの制服に着替えた。
制帽を被り、防刃チョッキを着たところで女性が駐在所に駆け込んできた。
盛田はその女性に見覚えがあった。
美沙子の孫である香苗だった。
「あっ!盛田さん!おばあちゃんを見ませんでしたか?」
「美沙子さんなら今、電話がかかって来たんです。港にいるそうで・・・・僕も行きますから、この車の鍵を持ってパトカーで待っててください。」
「はい、分かりました!」
盛田から鍵を受け取った香苗は派出所横のパトカーへと走り出した。
それを確認した盛田は普段、寝る時にあるものをしまっておく金庫に向かった。
武骨な錆が出始めているロッカーは一見普通だが、中身を知っている盛田には重々しい空気が感じられる。
ベルトにつないだ紐にくくられている鍵束から、金庫のカギを取り出すと、盛田は金庫の鍵を開けた。
金庫の中には、黒光りする金属でできた物。
警察官である盛田が携行を義務付けられている「S&W M37 エアウェイト」が入っていた。
盛田はそれを手に取り、シリンダーを出すとその中に一発づつ執行実包と呼ばれる弾を装填していく。
「・・・・使わないといいんだがなぁ。」
盛田はそう呟きながらシリンダーを戻し、ランヤードを拳銃に装着してからホルスターに戻した。
金庫を閉めようとした時、一緒に金庫に入れてある予備弾が目に入った。
美沙子に予備弾を持ってくるように言われた盛田は少し悩むが、結果、それを持ち出すことにした。
署に申請して、許可されたスピードローダーに弾をセットし、ローダー入れにしまってベルトに装備する。
装填している分と合わせて15発しかないが無いよりはマシな状況にはなった。
装備を確認した盛田はすぐに駐在所を出て、横に駐車してあるセダンタイプのクラウンパトカーに向かった。
車内では助手席で香苗が心配そうな面持ちで待っていた。
「遅れてすみません。これから港に向かいます。」
盛田はそう言ってエンジンをかけてパトカーを走らせ始めた。
島内は深夜ということもあってか、真っ暗闇で月明かりと灯台、パトカーのライトが照らす光しかなかった。
運転していた盛田は不安感に襲われていた。
何故か自分か消えてしまいそうな感覚、そんな奇妙な感覚に駆られた彼は自然とアクセルを踏み込んでいた。
十数分後、盛田らは、美沙子の指定した港に到着した。
数隻の漁船が波に揺られている埠頭の近くの空き地にパトカーを止めた盛田はライトを手に取った。
「香苗さん、もし何かあったら美沙子さんと一緒に逃げて下さい。」
「分かりました・・・。」
盛田と香苗は車から降りて美沙子を探し始めた。
「美沙子さん!」
「おばあちゃん!!」
二人が捜索し始めて数分後、盛田が埠頭で立っている美沙子を見つけた。
まるで何かを眺めるように立っている美沙子に盛田は優しく声を掛けた。
「おばあちゃん?」
「美沙子さん?どうしたんですこんな時間に。」
二人に声を掛けられて、海に向かって立っていた美沙子は静かに話だした。
「孝則君・・・あの伝承が分かった・・・・この島は、無人になる。」
「無人?」
「75年前の12月・・・何があったかは知ってるわね?」
戦史に興味を持って大学で勉強していた盛田はすぐに思い付いた。
1941年12月、旧日本海軍の真珠湾奇襲により太平洋戦争が開戦した月だ。
「旧日本海軍の真珠湾奇襲により太平洋戦争が開戦した月ですか?」
「そうよ・・・私は15歳だった。毎日のように軍艦がこの島の近くを通っていた・・・・あれを見て。」
盛田と香苗は美沙子の指さした方を見る。
暗くてよく見えなかったが少し時間がたつとぼんやりと見えるようになった。
香苗にはタンカーか何かに見えたようだが盛田はその艦影をみて背筋が凍った。
「そんな馬鹿な!なぜあの艦がここに!?」
「どうしたんですか盛田さん?」
「あれは・・・・旧日本海軍の航空母艦『赤城』、1942年のミッドウェー海戦で沈んだ艦です!」
盛田の説明を聞いた香苗は幽霊を見た様な驚いた表情になる。
事実、目の前には沈んだ軍艦が海を進んでいるのだ。
「美沙子さん!これは!?」
「・・・家に帰った後、倉庫である書物を見つけたの。そこには失われたモノが、この時間に海からやってくると書かれていた。もしかしてと思って来てみたら『赤城』がいたのよ。」
「それは・・・・。」
盛田が言葉を続けようとした時に突如地面が揺れ始めた。
「おばあちゃん!」
「うぉぉ!?地震か!?」
香苗は美沙子を守るように地面に伏せて、盛田はライトで周りを照らす。
少しすると揺れは収まった。
三人はほっとしたが、すぐにその気分はかき消される。
重く、身体に響くようなサイレンが響き渡った。
「うわっ!!何だこれは!?」
突然音に盛田と香苗は耳を押さえた。
美沙子は懐かしいこの音に恐れを抱いていた。
午前零時、サイレンが「夜身島」を襲った。