It's impossible to love and be wise.   作:蒼鋼

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XXVI

†

 

16:46

 

 本校舎の屋上で最愛が、部活棟の屋上は護衛の晶を伴ったほのかが陣取る。本来なら晶は義眼に宿された遺物(レリック)の能力を解放した影響でフルマラソンもかくやの疲労が蓄積されている筈だが、鷹の治療を終えた幹比古に「お願い」して、生体系の治癒咒式で体内に蓄積した乳酸をグリコーゲンに再構築させ筋肉を動かせる状態まで半ば強制的に回復させていた。

 

『いやーホント、傍付の衛士というか従者というか。光の姫と虎騎士サマとでも呼んであげた方がいいのかなぁ?』

 

 アツいなぁ、おぉ、お熱いことで。本校舎で狙撃銃型CADの照準器(スコープ)を覗きながら、最愛が軽口で茶化す。

 

「や、やめてくださいよぉ、恥ずかしいですって。でも、はい、本当に…」

 

 照れで頬が赤らんだほのかが半ば諦観の様相で呟く横で、言われている張本人はシレッと単眼鏡を覗いている。十数分前まで「私は大丈夫」「だからって心配なものは心配」「それを言ったら晶の体だって」「俺の方こそ問題ない」「そんな訳ない。私の方は大丈夫だから」と両者一歩も退かぬ舌戦を繰り広げた後だからか、少女たちの和やかさとは打って変わった静けさだ。

 あるいは、二人の沈黙に気まずさを感じ取った最愛が敢えて軽口を叩いているのかもしれないが。

 

「……。……なぁ、ほのか」

「うん? あ、ごめん。ちょっと、ちょっとだけ待ってね」

 

 太陽が移動したことで、ほのかの展開している術式――任意地点に関して、上空から地上へ照射した光波の反射波を変数とし、手元で仮想映像(ホログラム)状に再現する光波振動系術式――に調整を加えなければならなかった。

 最愛に無線で伝え、一度術式を解除しCADに想子を流し直す。0と1の起動式から変換され魔法式として返された信号の変数を演算、日没後までの発動を想定して太陽の光を入射波から除外する変数に書き直して術式を再起動、映像の端々に見られる乱れを修正。

 工程を終え術式の正常発動を確認したほのかは、改めて晶に向き直った。

 

「ごめんね。お待たせ」

「……いや、なんでもない。ごめん」

「…え……?」

「大丈夫。本当にただの些末事(どうでもいい話)だから」

「そ、そっか…」

 

†

 

仄 光:や ら か し た

 

滴静雫:この世の終わりみたいな言い方だけど、何? 晶関連?

 

仄 光:晶が話そうとした時に術式がダウンしちゃったんだけど、それ直してる間に自己完結させたっぽくて…

 

滴静雫:で、『なんでもない』とだけ言われた。と

 

滴静雫:やらかしたね

 

仄 光:ど、どうしよう…

 

滴静雫:待て。しかして希望せよ

 

仄 光:神(神父)は死んだ、もういないんだよぉ!(泣

 

†

 

 紅潮して、真面目な顔になって。一仕事を終えたと終えた達成感の表情を見せたと思ったら表情が凍り付いて蒼白もいいところで。

 

「初心だねぇ。……私にも、あんな頃があった筈なんだけどなぁ」

 

 観測手(仕事)を疎かにすることはないが、百面相の後輩少女を見逃すのも勿体ないとばかりに最愛は部室棟へも意識を割く。敵本拠地と思しき廃プラントを望遠しつつ晶とほのかの様子を観察するとなれば術式による負荷も倍掛けだが、普段やっていること--望遠術式を展開しながら《ソーラー・レイ》の複数発動--に比べれば大したことはない。

 ほのかの初々しさを微笑ましく思う中で、二人の様子にかつての自分たちが、克人への恋心を自覚したばかりの自分とそんな最愛をただの後輩とだけ見ていた--見ようと『していた』だったらしい--克人の二人の面影が重なりそうになる。そんな懐古に浸ろうとする自分の考えを隅に追いやり、再びスコープを覗き込む。

 先ほどまでの近(・)距離戦闘とは違う。今度は標的(と思しき建物)までキロメートル単位で距離が離れている。ただ観測手(スポッター)の役割に終始するだけであれば、多少は気を抜いても役目を全うできるだろう。それは慢心ではなく、日々の鍛錬と実績に裏打ちされた確信だ。

 だが、そんな手抜きの仕事を最愛は自分に求めていない。

 

『本来なら不要な事だ。それでお前に傷ついてほしくない』

「ホント克人ってば、私を喜ばせるツボをよぉく分かってるよね。……でもさ」

 

 光波干渉系魔法による望遠術式とスコープの相乗効果にて、他術式との併用という条件下で見通せる限界距離の内側。彼女の『射程圏内』を敵が拠点にしている時点で、光火射最愛という少女が遠慮する理由は、ただの観測手の枠に甘んじる理由は皆無であった。

 

「克人も些末事って、自分本位な考えなら首を突っ込まなくていいって自覚してるんだろ?」

 

 

 スコープ越しの視界が、夕日を照返す金属質の光沢を捉えた気がした。迂闊にも屋上に意識を割きすぎたせいで、屋内で光った「ように」見えただけで確信へ至るには不十分だった。

 屋上のような見晴らしのいい区画であれば、ほのかの立体投影術式で十分に観測できるだろうと判断して、最愛は屋内に意識のリソースを偏らせることにした。

 

「些末事(そんなこと)で怪我を負ってほしくない。そんなこと、私だって克人に対してそう思ってるんだよ」

 

 克人が、体を張る役目を引き受けた前衛が突撃するというのなら。

 情報を送るだけ送って、傷つく様を黙って見ているくらいなら。

 

「逮捕? 拘束? 生かしたまま警察に突き出す? 克人には悪いけど、克人と私に害を為す奴を、為そうとする輩を。私は慈悲深く許容したりなんて、しない。絶対に」

 

 余人が見れば聞けば「悲壮」と表現する者もいるだろう覚悟は、しかし光火射最愛という少女からすれば至って普通の、呼吸を止めても心臓は動く程度には当たり前のことでしかない。

 スコープに映る敵は例外なく撃つ、そして討つ。

 殺気は生まず、ただ獲物が頭を覗かせる瞬間だけを待ち続ける。

 

『…ひっ……!? な、何あれ…!』

「どうしたの? ……っ!」

 

 呼吸も限りなく浅くなり、気配が段々と薄れていく最愛の聴覚に、ほのかの息を詰めるような悲鳴は強く響いた。

 ソ(・)レ(・)があまりに異形であったとしても、彼女にとってマトの姿形など欠片ほども問題ではなかった。

 克人と共にあると誓ってから、《異貌のものども》との戦いに従事することだって少ないが零ではなかった。『十文字』のシマを荒らす違法な咒式士との取り締まり(殺し合い)に身を置いたこともあった。

 歴戦などと自負するつもりはなくとも、光火射(ミツカイ)最愛(モア)の射程圏内にノコノコと姿を現した以上、それが実弾兵器の使い手であれ《魔法》の使い手であれ《咒式》の使い手であれ《異貌のものども》であれ、先制攻撃(狙撃)は有効化させられる自信はあった。

 

 

 

---だが、今回は相手が悪すぎた。

 

 

『ば、化け物…!』

 

 屋内に照準を合わせていた最愛が、急いで屋上へ視点を合わせ直す。

 彼女の視界に映ったソレは、屋上への出入り口を鉄扉ごと吹き飛ばしたソレは、二足歩行はしていた。腕は二本で足も二本、胴体から頭が直接生えているかと見紛うほどに筋肉質な首回りとだけ身体的特徴を上げれば、筋肉達磨の大男で済んだだろう。

 

「……嗚呼、最ッ悪」

 

 鋭く吊り上がった真っ白な眼は、およそ正気を保っているようには見えない。

 棘のような牙が上下に乱雑に並んだ口元は、バケツで乱雑にぶっかけたように紅く染まっている。牙に『食べ残し』が刺さったままでも気にしていないようだが、その『食べ残し』がウィンナーであれば良かったのに。と、『食べ残し』に生え残っている爪(・)に気付いた最愛は現実逃避した。

 全身を覆う皮は皮膚と称するにはあまりにも鈍色で、高分子蛋白質の結合と結合の間に金属原子を強引に混ぜ込んだような、金属装甲じみた表皮と称した方が的確にさえ思える。

 そして何より、全身から幾つも生えている『砲身』。最愛が視認できるだけで、両肩に大型砲身が一門ずつ、両腕を盾のように覆う形で一門ずつ、胸部に至っては五門はあった。脚は踏ん張るためか鋭い爪が生えているだけのように見えたが、おそらく背中にも生えているのだろう。……その気になれば、追加で砲身を生やせるのだろうと確認を放棄したとも言える。と言うよりも、確認作業をしているだけの余裕が無かった。

 ソレが両足で床を踏み抜き、強引に自身を固定させると両肩にある砲身が上下左右に微動し始めた。砲身の上下(仰角)と左右(水平角)を微動(調整)しているということは、撃つ気マンマンということだろう。最愛の視界と砲身の穴がコンニチハしているのだから、標的は言うまでもない(第一高校校舎)。

 

「緊急! 総員、自己の生存を最優先!」

 

 インカムに向かって吠えるように叫びながら、最愛は《ソーラー・レイ》の術式で狙撃を敢行した。射線を誤魔化すために、収束させた光波を屈曲させながら狙うはソレの両目。

 砲身の微動調整が終わり砲撃が始まる直前。刹那に等しい瞬間ではあったが、最愛の《ソーラー・レイ》が砲撃の始まるより先に命中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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