セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第11話

 

 

「僕は1―Aの担任となった高畑だ。これからよろしく頼むよ」  

 

 無精髭を生やし眼鏡をかけ、スーツを着た壮年の男性が教壇の上で皆を見渡しながら言った。  

 

 高畑先生が教室に入る前、小学生低学年ほどの身長の仲の良さそうな双子と、短髪で元気のよさそうな少女が黒板消しをドアの間に挟むなどのトラップを様々仕掛けていたのだが、高畑先生はそれらを難なく突破し、何事もなかったかのように自己紹介を初めていた。  

 それを見て、何人かの生徒は「おおお!」と感嘆の声をあげ、明日菜なんかはうっとりとした表情をしていた。

 高畑先生のことは明日菜に耳に蛸ができるほど聞かされていた。何でも両親のいない明日菜の面倒を見てくれているのだとか。自分を一番よく見てくれていてとても優しいと、彼の事を語る明日菜の顔は、完全に恋する少女のそれで、あやかからはおっさん趣味だとからかわれていた。

 私は乙女の恋愛事情などよく分からないが、明日菜が本気の想いであることは何となく理解出来たので、教師と恋愛はまずいのでは、などとは言えなかった。  

 

 

 それから、高畑先生が今後の中学生活についての注意点などを述べていくが、私はほとんどそれが耳に入らない。  

 

 ちらりと、横目で金髪の少女に目をやる。小さく白いその顔はまさしく西洋人形のようで、幼くも大人っぽくも見えた。そして、終始面倒だと言いたげな顔をしていた。    

 

 席順は相坂さよという名の生徒以外は特に指定されておらず、各々が好きな場所に座っていた(その相坂さよは来ていないようだが)。金髪少女は廊下側の最後列に座っていたため、その姿が見えるように私は窓側の最後列に席を決めていた。

 

「それじゃあ、まずは1人ずつ自己紹介をしてもらうかな」  

 

 高畑先生が最前列にいる人を指定すると、その子は立って自己紹介を始めた。

 順々にそれぞれが自分をアピールしていき、あるものは笑いを誘い、あるものは特技を披露したりなど自分の個性を示していく。

 また、聞く方も大きくリアクションをとって教室を騒がしていた。

 

 ……長谷川さんなんか、普通に自分の名前を告げたたげで、「千雨ちゃーーん!!! 」と誰かがコールをし、彼女は頬をひきつらせながら顔を赤らめていた。

 

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」

 

 同様に、金髪少女も自分の名前だけを告げて座る。再び周りの生徒は「エヴァちゃーーーん!!」と声を挙げるが、彼女は顔色一つ変えなかった。

 

 

 ……やはり、声もあの時と変わっていない。  

 

 私は、7年前の記憶にある声と現在の彼女の声を照らし合わせるが、まったく同じように聞こえた。  

 あの時のことは、よく覚えている。この世界で、初めてはっきりと恐怖を抱いた瞬間であり、どれだけ時間が経ってもあの場所には近付かないと誓ったほどだ。何度彼女を見ても、あの時と変わっている所はない。初めは、7年前の者の妹、もしくは親戚なのでは、と思ったが、それしてもこれほどそっくりな事があるのだろうか。教室にイタズラを仕掛けた双子でさえ、違いがあるというのに。    

 

 

 私は、前世で私の妻が病院で言った言葉を思い出す。  

 

 

『年をとることに逆らおうとするのって、人間だけなのよ』    

 

 

 …………ならば、年をとらない彼女は?  

 

 まだ、あの時の少女と、今ここにいる少女が同一人物であると決まった訳ではない。

 むしろ、7年経って成長期の少女がまったく同じ姿でいることなどありえないだろう。

 だが、ここが麻帆良という土地であることを考えると、その可能性が捨てきれない。彼女のことが気になる一方で、私の秘密がばれそうになったあの瞬間の恐怖もあり、私は彼女に接触するかどうか思い倦ねていた。

 

 

 

 ○  

 

「そ、それじゃ、今日は解散で……」  

 

 高畑先生がそう告げると、教室は一斉に騒がしくなった。入学して一日目、特に授業など行わず式と連絡事項を告げるのが主だったのに、これだけ教師を疲れさせるとは、このクラスのポテンシャルは相当なものなのだろう。これからの高畑先生の苦労を察して、私は心のなかでひっそりと応援することにした。

 

「七海! 部活はどうするんですの! 」  

 

 あやかが私の机に手をつけ、荒々しく言う。周りの生徒も、これから目を付けた部活動を見学、またはすぐに入部するつもりらしく、何人かは騒ぎながら外に出てってしまっていた。

 

「ああ…………あんまり考えていなかったな……」 

 

「……七海? なんだか、今日は少しぼーっとしていますね。何かありましたの? 」  

 

 あやかが私の顔を覗き込んで尋ねる。本気で私を心配してくれているその表情に、私は何か悪いことをしてしまったような気持ちになった。

 

「……いや、新しい環境に少し疲れてしまっただけだ。心配かけて、悪かった」  

 

 私がそう告げると、あやかは安心した表情に変わった。

 

「……そうですか。確かにこのクラスは少し騒々しすぎますわ。楽しそうではありますけど」  

 ふふっと微笑みながらあやかが言う。

 

「一緒に部活動見学をしようかと思いましたけど、今日はゆっくり休んでてください。 私はお猿さんとでもまわりますわ」  

 

 お大事に、と告げてあやかは私の席から離れていった。私はあやかの背中を見ながら、今日考えていたことを再び反芻する。  

 エヴァンジェリンは、初めの自己紹介が終わった後の休み時間で姿を消し、それから二度と教室には戻ってこなかった。そして高畑先生は、それをまったく気にしない様子で再び教壇についていた。  

 

 それからもしばらく私は彼女のことについて考え、ついさっき結論を出した。  

 結果から言うと、エヴァンジェリンとの接触はしばらく様子を見ることにした。彼女があの時と同一人物だとして、確かに彼女の体の秘密は気になるが、私の秘密がばれるリスクを犯してまでのことではない。

 今私の一番の興味は世界樹に向いているため、二兎を追うつもりはないのだ。

 ……まぁ、彼女の体も世界樹の影響の可能性もあるのだが。  

 

 幸い、彼女の方から接触して来ない所を見るとあの時から成長している私に気付いていないらしい。もしくは、私に対する興味そのものをなくしてしまったという事かもしれない。触らぬ神になんとやらだ。今はとりあえず、自身の環境を整えていくことにしよう。

 

 私はゆっくりと机の上の荷物を片付けて、鞄にしまう。

 周りの生徒はまったくいなくなっており、さっきまでの騒がしさが嘘のようだった。

 私もこれ以上教室に用事はない。今日は、寮に戻って荷ほどきでもしよう。

 ちょうど私がそう思った時に、廊下から1人の少女が教室に飛び込むように入ってきた。

 

「おお! ラッキー! まだ人残ってるじゃん!」

 

 前髪をピンで結び、後ろ髪を縛っている元気の良さそうな彼女は、私を見つけるとすぐに近寄ってきた。

 

「確か……明智 七海だっけ? ちょっといいかな」

 

 強引に私をもう一度座らせて、机を挟んで向かい側に彼女も座る。

 

「君は朝倉と言ったっけ。急にどうしたんだ」  

 

 私が尋ねると朝倉は少し驚いた顔をした。

 

「おお! 私の名前覚えてるとは! やるねぇ」

 

「そういう君も、私の事を覚えていたろう?」

 

「そりゃねぇ。報道部に入る身としては当然! 情報は力だよ! 得れるものは得れる時に得ておかなきゃ!」

 

 朝倉はカメラと「ネタ帳」と書かれたノートをもってにやりと笑う。彼女のことは途中配られたクラスの名簿を見た時に、私の出席番号は三番で、朝倉は四番であるため何となく覚えていた。

 

「と、いうことで! 新しいクラスメイトの情報を掴もうと思って取材にきたのさー」

 

「……ということで! と言われてもな。大体自己紹介しただろう? 」

 

「そうなんだけどさ、やっぱり一対一じゃないと詳しい事は分からないじゃん? このクラスは一癖も二癖もありそうな奴が多いからやりがいがあるよー!」

 

 うっしっし、といかにも悪役っぽい笑い声を溢しながら朝倉は言う。

 

「まぁ、いいんだがな。悪用しないと約束してくれるなら、私が言える範囲で答えよう」  

 

 勿論、自分の秘密に関わることや他人の情報を流すつもりはない。彼女の言う、情報は力、というのは確かな事で、それは大人になればなるほど痛感していくことなのだが、この年でそれを理解している者を珍しくも思った。

 

「そこは大丈夫! 私は私の人情に従ってジャーナリストしてるからね! 悪戯に人を貶めるだけの情報は流さないと心に決めているのさ!」

 

 そう言うと、彼女はペンを取りだしてボイスレコーダーを使っていいか私に問いた。 抜け目がないな、と思いつつも万が一のためそれを拒否するとあっさりと引き下がってから質問を始めた。

 

「えーと、まずは、名前と趣味とスリーサイズから」

 

「……」

 

「あははー。冗談冗談。七海は足腰のスタイル良さそうだけど胸はないっぽいしね」  

 

 デリカシーのかけらもない言葉を吐きながら朝倉は私の胸を見る。別段コンプレックスなど抱えていないし、そもそも自分のスリーサイズを覚えてすらいないのだが、それを答えさせることがセクハラに近いということくらいは分かっている。  

 それとは別に、親しげに自分の名前を呼び、冗談から話に入って情報を引き出しやすくする彼女の才能にも若干感心した。

 

「……はぁ。名前は明智 七海。趣味は昆虫採集だ」

 

「昆虫採集とは珍しい趣味だねー! それじゃあ部活動は生物部とか昆虫愛好会とか?」

 

 朝倉はスムーズに部活の話題に切り替えていく。しかし、昆虫愛好会などあるのか……。考えてみてもよさそうではある。

 

「まだ部活動についてはっきりと決めたわけではないな。出来ることなら昆虫を研究できる所がいいのだが」

 

「お! 七海は理系なんだねー! このクラスは研究気質の人がちょいちょいいるなー」

 

「……他にも研究をしようとしてるものがいるのか?」

 

 つい気になってこちらから尋ねてしまった。朝倉は何ともないことのように応える。

 

「そうだね! 超 鈴音ちゃんと葉加瀬 聡美ちゃんはどっちも大学の研究室に顔を出してるらしーよ! 二人とも初等部の時からすごい才能って有名だったんだから!」

 

「…………」  

 

 思わぬところで有益な情報を手に入れることができ、思わず顔が緩む。  

 

 そうか、既に研究室に出入りしている先駆者がいたのか。  

 研究をするためには、当然様々な機械や薬品が必要で、中学生の私が簡単に手を出せるようなものではない。そのため、なんとか大学や研究施設に潜り込んでそれらの材料を借りれないかと思っていたのだが、一端の中学生などが大学にいった所でろくに話を聞いてもらえないだろうと悩んでいたのだ。

 しかし、先駆者がいるとなれば話はよっぽど楽になる。その天才少女たちの事を考えれば大学の研究員たちも話くらいは聞いてくれるだろうし、待遇もそれなりに良いだろう。  

 

 

 情報は力だ、とはよく言ったものだ。  

 

 朝倉からむしろ情報を得る形で、次に行うべき道がうっすらと見えた事で、私は少々上機嫌になりながら朝倉の質問に答えていくのであった。  

 

 

 

 

 

 

 

 ○  

 

「マスター、教室にいなくて宜しいのですか」  

 

 私がいつものように屋上でサボっていると、茶々丸がお茶を渡しながら聞いてきた。

 私以外の学校のもの全員が校舎の中にいるため、他には風の音しか聞こえなかった。見上げる空には緩やかに進む雲がいる。いつも騒がしいこの学校が珍しく静かな様子が、私は嫌いではなかった。

 

「いいんだよ、あんなものは。中等部の最初の連絡事項など聞きあきてる」  

 

 私はお茶を受け取りながら応える。ゆっくりと茶飲みに口をつけると、程よい温度のお茶が喉に通り、するりと胃に染みる感覚がした。  

 

 うむ、うまい。

 

「……何人かの生徒はマスターに注目しているようでした」  

 

 今回のクラスはどんな奴がいるのだろうと、本当に些細な興味だけを抱いて、初めの自己紹介の辺りだけ顔を出した。裏に精通しているものは当然私に注目するし、武道の心得があるものも私を見てただ者ではないことには気付くだろう。

 

「今年の生徒は、中々面白そうな奴が多いな」  

 

 と言っても、それだけだ。いつもと比べたら、随分特殊な生徒を一纏めにしたとは思ったが、私にはさして関係ない。どうせこいつらも3年後にはまたいなくなって、もう一度私だけ繰り返す。深い関係になるものなど、いないのだ。

 

「特に、明智 七海という生徒が、マスターに何度も目をやっていました」  

 

 当然私もそれには気付いていた。私に最も注意を配り、しつこいほど視線を送る生徒が一人いたのだ。しかしそいつは裏にも関わりなく、武道もやっているようには見えない、単なる一生徒。魔力や気を持っているわけでもなく、どう見てもただの一般人だ。

 その筈なのだが、そいつが一番私を気にかけていた。

 

「何か、関わりが?」

 

「そんなもん知らん。だが、なんだろうな。どこがで見たような気もするし、見てないような気もする」

 

 よく観察した訳ではないが、妙に変な気配も感じた。しかし、あのクラスにおいてはそれも些細なものであった。あそこにはもっとおかしな奴が何人もいるため、大してそいつのことは気にならない。

 

「まぁ、覚えていないということは、大した者ではないのだろう。力を持っているわけではあるまいしな」

 

 ただ、そいつを見ていたら、何か口の中がぞわぞわするのはどうしてだろうか。  

 

 

 

 再び風が吹くが、私も茶々丸も寒さなど感じない。むしろ、心地好いほどだ。

 私はふと横にいる従者に言う。

 

「茶々丸。貴様は教室にいていいのだぞ。初めての学校だろう」  

 

 何も私に合わせることはない。こんな昼間に敵が来るとも思えないし、できたばかりのこいつに色々な経験を与えるのもの必要なことであろう。  

 

「いえ。ここにいます。私はマスターの従者ですから」    

 

 茶々丸は相変わらずの無表情でいう。しかし、ほんの少しだけ声色が優しく聞こえたのは気のせいだろうか。    

 

 

 

 まったく、いい従者をもらったもんだ。

 


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