セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第13話

 

 

「あー、高畑先生ほんとに素敵だなー」

 

 授業が終わった放課後、私は机に突っ伏しながらそれとなく言う。今日は職員会議があるため部活動が休みのところが多いらしくて、他の生徒も教室にたくさん残っていた。私も今日は美術部の活動がないため、のんびりとしている。

 …………実はこの部活も高畑先生目当てで入ったことは秘密だったり。まぁ結構ばれてるんだけど。

 

「明日菜はほんまに高畑先生のこと好きやなぁ」

 

 このかが朗らかに笑いながら私の頭をぽんぽんと叩く。相変わらず心がほんわかするような笑顔で、私も顔が緩む。

 

「明日菜さんのおやじ趣味は今に始まったことではございませんわ。まったく、理解できませんけどね」

 

 いいんちょが髪をかきあげながら、私を馬鹿にするように見ていた。わざわざ挑発するその物言いに私はまんまと乗っかってしまう。

 

「うっさい! 別にあんたの理解を得ようとなんかしてないでしょ!」

 

「あら、ごめんあそばせ。でもおやじっぽいあなたにはお似合いの趣味だと思っていますよ?」

 

 ぐぎぎぎ。馬鹿みたいに高笑いを浮かべるいいんちょにムカムカして、毎度の事のように掴み合いの喧嘩が始まろうとしたとき、横からひょいと柿崎が顔を出した。

 

「でもさ、いーことじゃん。どんなんでも好きな人いるって。うちのクラス結構レベル高いのにそういう浮いた話ないからちょっとつまんないんだよねー」

 

 いいんちょも好きな人いないでしょ、と柿崎が続けるといいんちょは、うっと黙ってしまった。いいぞ、柿崎。もっと言え。

 

「このクラスでこんな話する機会あんまないしさ! 色々聞いちゃうよ! このかとかはどーなの? 好きな人とか」

 

 柿崎は目をキラキラとさせながらこのかに迫る。少しギャルっぽい印象の柿崎は、最近彼氏が出来る出来ないと噂になるだけあって、こう言う話は私達より好きらしい。

 

「うちなんか、全然やわー。おじいちゃんが無理矢理お見合いとかさせるんやけど、ほんとに嫌なんやー」

 

「お、お見合い!? 」

 

 

 珍しくがっくりと項垂れながら、このかが言う。急に話が飛んでお見合いなんて単語が出てきたから、詳細を聞こうとこのかにぐいぐい迫っていた。このかが緩い感じでなんやこんやと答えていると、話はまた別な子別な子へと移っていく。年頃の女子だし、やっぱりこう言う話は大好物なのだ。

 

「そんじゃ、七海ってどーなの? このクラスにしては大人っぽいし、美人な顔してるじゃん」

 

「んー七海からそういう話聞いたことないなぁ」

 

 すでに教室を出ていった七海の席を見ながら私は答える。小学校から一緒だったけど、七海が恋愛とかに興味を持っている姿を見たことない。クラスの女子が少女漫画とか恋愛ドラマとかにはまっていても、七海は全然気になっていなかった。それに、七海は確かに美人だけど何て言うんだろう、あんまり女子っぽさがない気がする。もったいないことに、お洒落とかもそんなに興味がないみたい。どっちかといったら、母性じゃなくて父性を感じるかな、私は。

 

「…………」

 

「……あれ? いいんちょどうしたの」

 

 何だか神妙な顔をしているいいんちょを珍しく思って、私は問いかけた。

 

「いえ。……七海の好きな人の話……ですよね」

 

「え! なになに。委員長なんかしってんの! 」

 

 柿崎が机に乗り出しながらいいんちょに迫る。それでも、いいんちょの顔は浮かないままだった。

 

「……昔、少しだけ聞いたことがありますけど、小1でしたから、今はどうでしょう ね…………」

 

 濁すように答えたいいんちょの言葉を聞いて、柿崎はなーんだ、昔の話か、と少しがっかりした様子だった。その後も、私たちは他の子の恋愛事情について喋っていたけど、いいんちょはずっと何か考えるような顔をしていた。

 

 そんな風にしばらくだべっていると、何人かのケータイが同時に鳴った。何事だろうと、ケータイを開くと、送り主が朝倉であることが分かった。件名には『大ニュース! 』なんて書かれてあり、全員でどーせまた下らないゴシックでしょ、なんて思いながら一斉にメールを開く。

 

 

『大ニュース!! 我がクラスメイトの1人の明智 七海に彼氏が! しかも相手はおっさん!? 』

 

 

 

 メールには、こんな風に書かれた文章と、写真がついていた。その写真には、制服で凛とした姿で歩く七海と、その横にくたびれた感じの30代くらいの男性が映っていた。

 

 

 ケータイから目を離し、ゆっくりと顔をあげると皆と目が合う。え、まじ?っと一瞬フリーズした後、皆で声をあげて盛り上がりだした。

 フリーズした後、皆で声をあげて盛り上がりだした。

 

「ええええ! まじで?! 七海もおっさん趣味だったの! しかもこの冴えない感じのが!? 」

 

「いやいやいや、父親ってことも! 」

 

「ゆーなじゃあるまいしないでしょ! それにしては若いし! 」

 

「じゃあこの人が七海の彼氏ってこと!? 」

 

「でも七海、恋人といるって感じの表情じゃない気がするんやけどなぁ」

 

「え…………。そ、それってつまり……」

 

「そんじゃ、これが噂の、え、援助こうさ」

 

「ないないない! 七海に限って絶対それはないわよ! 」

 

「それじゃ、ほんとに明日菜と同じおっさん趣味ってこと!? それもあり得ないでしょ! 」

 

「こら! ついでに私も馬鹿にしてるでしょそれ! 」

 

「ちょっと! 少しは落ち着きなさい! 」

 

 わーわーとはしゃぐ私たちを鎮めるため、いいんちょは机をおもいっきり叩いた。その音に驚いて一気に辺りが静まる。皆がいいんちょに注目すると、いいんちょはゆっくりと口を開いた。

 

「私の親友に妙な噂を立てると許しませんわよ! それに、七海がこんな冴えない中年の男性とお付き合いするはずありませんわ! 」

 

 そこまで言っちゃこの人も可哀想なんじゃ……と思ったけど誰も口に出さない。

 

「良いですか! すぐに朝倉さんに連絡をとって、現場に行きますわよ! ちゃんとこの情報は間違いだということを確認して、修正させるんですわ!」

 

「え? 今すぐ? 」

 

 柿崎がまじで? と表情でいいんちょに訴えるけど、いいんちょは聞く耳もたない。

 

「当たり前ですわ! さ、行きましょう!! 」

 

 その場にいた私とこのかと柿崎を引っ張りながら、いいんちょは勢いよく教室を飛び出していった。

 

 

 

 ○  

 

「あー、あとはなんだ、必要なもん」

 

「サンプルをラベリングするシールと無菌用にゴム手袋、それと試薬遮光用にアルミホイル紙もあったほうがいいかもしれません。あとは箒と塵取りくらい部屋に置いて下さい。いくらなんでも汚すぎます」

 

 

 私が睨みながら小言のように言うと、教授は分かった分かった、と面倒くさそうに頭を掻いていた。私は少しため息をついて、また麻帆良の商店街を歩きだす。平日だからか人はあまり多くなかったのだが、それでも外を歩くのが嫌なのか、だるそうにしながら彼は私の横を歩いていた。

 何故私たちが二人で街を歩いているのかというと、話は今日の朝まで遡る。早朝いつものように研究室に顔を出し、ついに教授の実験が最後まで終わる事ができたので、余った時間で私は自分の実験に必要そうな物品を確認していた。すると試薬などは大体揃っているのだが、細かい道具がないことに気が付き、どうしたものかと悩んだ。なくてもすぐに困るような物ではないのだが、研究室を借りている身としては私が補充しておくべきなのだろう、と考え、一応彼に確認をとるために、教授室の扉を叩いた。

 

 扉を開くと、そこにはゴミと書類が散乱し、謎の匂いを撒き散らす中で仕事をする教授を見つけた。流石に呆れてしまい、掃除をするように勧めたのだが、信じられないことに、教授は資料を纏めるファイルと掃除用具すら持っていなかった。このままでは彼の作業効率にも関わるのに加え、体調すら崩してしまうような環境であることは明白であったため、放課後即刻それらの必要物品を揃えようと彼に提案したのだ。

 

「いやいいよ、俺こまってねーし」

 

 鼻をほじくりながら教授は適当に返事をした。まさしく子供のような言い分を吐く教授に対して、私は半ば説教するかのように、緊急のときに大事な書類や必要参考資料をすぐにとれないことによる深刻さなど様々な弁論をかますと、ようやく彼の心は折れたようで、今に至る。

 

 私1人で買い物をしてもよかったのだが、流石に教授室に置くような物を私が決めてしまうのはどうかと思い、彼も引っ張り出したのだ。

 

「お前も物好きだな。学生の貴重な放課後をこんなことに使ってよ」

 

「どっちにしろ買わなければいけない物はあったので。あとはまぁ、研究室を借りれるお礼でもあります」

 

「お礼、ねぇ。十分助かってんだけどな」

 

 盛大に欠伸をしながら、教授は私に言う。

 普通に考えて、女子中学生を大学に入れるなんてそんな簡単ではなかった筈だ。

 私は超やハカセと違って、初等部にいるときになんの功績も出していない。そんな人物を研究機関に出入りさせるなど、それなりの信頼と実績のある者にしか出来ないであろう。身の回りの汚さは置いておいて、私は教授に感謝しているのだ。

 

 

 二人で時々話をしながら歩いていくと、目的にしていた百貨店の近くまでたどり着いた。

 いざ入ろうと足を進めると、後ろから聞き覚えのある声が聴こえてくる。

 

(ほら! ほんとに二人で歩いてるじゃん! )

 

(だからといって付き合ってると決まった訳ではないでしょう! )

 

(でも、七海が手に持ってるの日用品に見えるやんなー)

 

(え。…………てことは…………同棲? )

 

(どどど同棲!?あ、あ、あり得ませんわ!! 七海があんな身なりも整えられないような男性と! 七海には相応しいのは、紳士的で、凛々しくて、シャキッとしていて!)

 

(あーーいいんちょ声大きい! ばれるばれる! )

 

(委員長て七海のこととなると若干人変わるね)

 

(委員長て七海のこと好きなん? )

 

(…………え。ななな何を言ってるんですか! わ、わたしは! な、七海の!……し、親友!親友ですわ! )

 

(わー! 押さないで押さないで! )

 

 …………。  

 

 街中の道路近くにある茂みから散々声が漏れている。私は教授の顔を見ると、当然彼も聞こえていたようで大きくため息をついた。

 

「明智、しっかり訂正してこい。頼むから俺をぶた箱に放り込むような情報を流さないでくれ」

 

 女子中学生に手を出したなんて洒落にならん、と教授は片手で頭を抱えている。

 

「……すいません迷惑をかけてしまって」

 

「なにいってんだ。年頃の女なんてあんなもんだろ」

 

 さっさと行け、とでも言うように彼は上下に手を振った。

 

 私は教授に一礼したあと、もはや隠れる気もないほど騒がしい茂みに向かう。覗くと、何故かいつも通り明日菜とあやかの喧嘩が始まっていて周りはそれを抑えるのに必死になっていた。

 

「…………何をしているんだ」

 

 

「「あ」」

 

 

 呆然としながら一斉に此方を振り向いた彼女達に、少しばかりのお説教をふるうこととなった。

 

 

 

 

 

 ○  

 

 

 あやか達の誤解を解いたあと、朝倉に訂正のメールを送らせ、買い物を続けた。成り行きで彼女たちも買い物に付いてきたせいで、教授の顔がげっそりと痩せ細ったように見えたのは気のせいではないだろう。散々彼に謝ると、「気にすんな。だがしばらく外は出ん」と言って教授室に引きこもってしまった。悪いことしたなと私は反省し、今度またお仕事を手伝うことを誓った。

 

 私もなんだか疲れてしまったため、早めに研究を切り上げ、ちょうど今寮に戻ってきた所だ。

 自室に入り少しのんびりとしていると、扉をノックする音が聞こえた。

 

 私は玄関に出て扉を開けると、そこには長谷川さんが片手を挙げて立っていた。

 

「よ」

 

「どうしたんだ長谷川さん」

 

「いや、ちょっとよ」

 

「……? とりあえず中に入ってくれ」

 

 私は長谷川さんを中に迎え入れると、小声でお邪魔しますと呟いて彼女は部屋に入っていく。

 いつかと同じように私はクッションを取り出して床に置き、彼女に座るように促した。

 

「それで、どーしたんだ? 」

 

「いや、えーと、あのよぉ」  

 

 長谷川さんはいつもと違って何だか歯切れが悪い。最近私と話す時はずっとさばさばと話していたのに。私はゆっくりと彼女の次の言葉を待っていると、長谷川さんはおもむろに口を開いた。

 

「……金とかに困ってないよな? ちょっとぐらいなら貸せるぜ? 」

 

「…………? なんの話だ? 」

 

「…………援助交際とか、やめた方がいいぜ? 」  

 

「……………………」  

 

 これ以上ないくらいがっくりと項垂れた後、真剣に誤解を解いた。私は必死に説明しながら、朝倉の部屋に大量のゴキブリを放り込んでやろうかと一瞬頭によぎってしまった。

 

 

 

 ○  

 

 どうやら長谷川さんはケータイの充電が切れていたため、朝倉の修正メールを見ていなかったらしい。さらに珍しく教室に残っていたためあやか達の会話だけ聞いていたようで、あり得ないとは思ってはいたものの段々本気で心配になってしまったようだ。友達として、辞めさせるべきなのは分かっているがそれを口に出すのは長谷川さんにとって度胸がいる事だったようで、誤解を解いたあとは安心しきった顔をしていた。それを言うためだけに私の部屋まで訪れてくれた長谷川さんに感動もしたが、それ以上に大事にした朝倉を恨んでもいた。

 

「なんつーかあれだな。相変わらず殺風景な部屋だ」

 

「必要な物以外あまり置いてないんでな」

 

「そういえば飯とかはどーしてんだ? 」

 

「イ…………インスタントを少々」

 

「明智ぃ…………お前…………」  

 

 私でももうちょい気を使ってるぞ?と長谷川さんにじろりと睨まれる。分かっている、私もこのままではまずいとは思っている。いつか、このかにも注意され、いつでもうちに食べにきてや、と言われていた。とりあえず少し自炊を始めよう。

 

「これは………カブトムシか? 」

 

 何か面白いものはないのかと部屋を動き回っていた長谷川さんは、部屋の隅に置いてある虫籠を見つけ、中を覗いていた。

 

「そうだ。この時期になるとそろそろ寿命なんだが、世界樹の影響か長生きしている」

 

 カブトムシの幼虫は朽木の中で住むことができる。私は森で見つけたカブトムシの幼虫を、世界樹の枝を朽木と似たような環境にさせて、その中で成長させた。すると、本来10月になると寿命を迎え始めるのだが、未だに生きていた。

 

「……へぇ。それで、あれからなんか分かったことあったのか? 」

 

 長谷川さんはちらりと此方を見ながら聞いてきた。それに対して、私はにやりと笑って応える。

 

 

 

「そうだな、研究はほとんど進んでいないが、途中報告といこうか」

 


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