セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第14話

 

「長谷川さんはカブトムシの力の強さを知ってるか? 」  

 

 私は長谷川さんが見ているカブトムシの入った虫籠を持ち上げ、膝ほどの高さの丸テーブルの上に置く。それから私と長谷川さんはその丸テーブルを挟むようにして座った。

 

「……逆に聞くが一般の女子中学生がそれを知ってると思うか? 」  

 

 長谷川さんは、むしろ知っている私がおかしいと言いたげな表情をしていた。まぁ確かに一般の女子中学生ではないんだが、そこまで眉を寄せた表情をされるとなんとなく面映い気持ちになる。

 

 私は虫籠から一匹のカブトムシを取り出すために中に手を入れる。敵襲だ、と騒ぐようにカブトムシが一瞬抵抗するが、両脇をなすすべなくつかまれるとそのまま引き上げられて机の上に置かれた。ついでに脚に付いていた土などが机にこぼれるが、私は気にしない。

 

「基本的には自身の体重の約20倍の重りを引っ張ることが出来ると言われているんだが……」

 

「その前にちょっとまて。こいつなんかでかくねーか? 」  

 

 話を遮るようにして長谷川さんが言う。指でつんつんと背中をつついている所を見ると、カブトムシに触るのにあまり抵抗はないらしい。カブトムシは机の上でふてぶてしい態度になり、なんだよ、と強気で長谷川さんを見ている気がした。

 

「確かに標準よりは大きめだな。何より角はかなり大きい」

 

 カブトムシなど幼虫期間がある昆虫は、幼虫時のサイズによって成虫時の大きさが作用されることが多い。幼虫期間に世界樹の朽木で育てた分、大きなサイズのカブトムシが誕生するのは予想の範疇であった。雄同士の闘争に使われる角は特に影響を受けるらしく、少し不格好にも見えた。まぁ自然界では、角が大きければそれだけで有利ということでもないのだが。  

 余談だが、私はカブトムシの雌にも角が生える可能性も期待していた。カブトムシの先祖はそもそも雌雄共に角を生やしており、雌は進化の過程で二次的に角を無くしたと言われている。つまり、潜在的には角を生やす能力はあるわけで、世界樹にそこまでの力があることも若干期待したのだが、そんなことはなかった。流石に雌雄差をひっくり返すまでは出来ないようだ。

 ……もしそんな力があり、人にも作用していたら、中々悲惨な事になっていたかもしれないが。

 

「そんで? 世界樹の影響受けたこいつは一体どのくらいの重さまで引っ張れるんだ? 」

 

「まだ詳しく計測したわけではないがな、自重の約60倍はいけそうだった」  

 

 つまり、影響を受けてない個体の約3倍の力を出せることになる。

 

「ほーん。結構すげぇんだな、お前」  

 

 長谷川さんはカブトムシに話しかけながら、胸部に生える角を指でうりうりと押していた。カブトムシは長谷川さんの指を一生懸命に押し返していて、その動きが嫌がっているようにも甘えているようにも見えた。

 

「…………思ったより反応がうすいな」  

 

 適当な反応に何だか寂しく思ったりしてしまった。

 

「いや世界樹のおかげで力強くなりました。って言われても、何となく予想が出来たというか」  

 

 それもそうか、と私も自分で納得した。この情報も前回分かった白蟻の件があってこそであり、長谷川さんにとっては新鮮味が少なかったのであろう。実際、表現形の変化 と力強さの変化は結構異なる話ではあるのだが。

 

 そして、この話の本質はそこでない。

 

「実は、この話には続きがある」  

 

 そーなのか? と呟いて、長谷川さんはカブトムシから手を離した。やっと長谷川さんの手から解放されたカブトムシは、何だか疲れきった表情をしているような気もした。  

 

 私は少しもったいつけるように時間をおいてから言う。

 

「通常より約三倍の力をもつこのカブトムシ。だが、調べるとこいつらはそれだけの重さの物を動かせる筋力を持っていないということが分かったんだ」  

 

 平均より少しサイズが大きいといっても、3倍ものサイズ差があるわけではない。当然筋組織もそこまで膨れ上がるわけでもなく、何匹か解剖もしてみたのだが、筋繊維の密度が極端に変わっている訳でもなかった。つまり、60倍もの重りを動かす筋肉が備わっていないのだ。それなのに、このカブトムシは重りをつけて悠々と歩くことができる。  

 

 これを聞いて、長谷川さんは頭を傾けた。

 

「……んん? そんじゃどんな理屈でその重りを引っ張ってるんだ? 」  

 

 この話を聞いてその疑問が浮かぶのは当然だろう。長谷川さんがその質問を私にぶつけるのは、予想していた。

 

 しかし……

 

「わからん」  

 

「…………」    

 

 きっぱりと答えた私を、長谷川さんはなんとも言えない顔をして見ている。

 

「…………いや、仮説は幾つかあるんだがな、あまり現実味がないというか認めたくないというか」  

 

 私が、口ごもりながら述べる。そんな様子の私を見て、長谷川さんは少し驚いた表情をした。

 

「珍しいな。明智がそんな風にはっきり言わないなんて」

 

「いやな、この仮説は自分でも何を言っているかいまいち分からないんだ」

 

「…………とりあえず、言ってみてくれよ。役に立つかわかんねーけど私も考えるからよ」  

 

 長谷川さんは、真剣な目で私を見る。一緒に考えると言ってくれたのが、何だか嬉しくて、一呼吸してから、私は言うのも躊躇うような仮説を述べた。  

 

 

 

 

「世界樹に宿る不思議パワーがカブトムシに力を与えた。しかもそのパワーは私たちの目に見えずにカブトムシに力を与えている」

 

 

 

「……………………」

 

 

「……………………」    

 

 若干の沈黙が二人の間に流れる。時計の針が何度か音を鳴らした後、長谷川さんはゆっくりと私に尋ねる。  

 

「……ちなみに何%正しいと思ってる? 」

 

「……………………5%」

 

「前より自信なくなってるじゃねーか」  

 

 長谷川さんが私に突っ込むように言いつける。

 

 いや、仕方ないだろう。不思議パワーなんて言ってしまったら。今まで未知であった様々な事象の原因に、私たち多くの科学者は必死に研究して理由をつけてきたのだ。なのに、不思議パワーがあるなど言ったら完全に科学者失格である。学会で発表しようものなら異端扱いどころか大笑い者だ。しかし、私もなんとかこの現象に現実的な理由を着けようと四苦八苦するのだが、中々上手くいかない。白蟻が潜在能力を発揮する事については、ギリギリ説明ができた。世界樹の特殊な物質が遺伝子の発現量を無理矢理あげることが出来るのならば、可能ではあるのかとも思えた。その特殊な物質を解析できれば答えに近づけるかとも思った。しかし、力の出しかたは生物により差はあるが、筋肉の太さに比例するというのが通例なのにそれに逆らい、筋タンパク質の内成分を調べても通常と変わりがない。物理的にあり得ない現象なのだ。他の意見も考えたが、調べれば調べれるほどこの不思議パワー説が一番可能性が高くなる。  

 私はぶつぶつと考えていることを呟きながら頭を抱える。    

 

 そんな私を見て、長谷川さんも、不思議パワーかぁ、とさりげなく言った。

 

「私はそんな悪いと思わねーけどな。不思議パワー説」 

 

「…………え」  

 

 柄にもなく、気の抜けた声を出してしまう。私が視線を上げて長谷川さんを見ると、ネーミングセンスはどうかと思うが、と前置きしてか彼女は言った。

 

「明智はなんか理論的な理由を付けようとしてるけどよ。肝心なこと忘れてるぜ?

 ここは麻帆良なんだ。白蟻の時にはもうここがおかしいことは分かってたじゃねーか」  

 

 長谷川さんは横からカブトムシの入った虫籠を覗きながら続ける。

 

「理論的に説明出来ないならよ、いったん常識から外れてみてもいいんじゃねーか? 非常識麻帆良だぜ? 不思議パワーの存在を認めて、そこから研究を進めていってもいいと思うんだが。私は実験とかできねぇから、あんま勝手なこといえねぇけどよ」

 

「……………………」  

 

 その言葉を聞いて、私は何も答えられなかった。  

 そうだ。私は、大事な事を忘れていた。そもそも、私の存在だって理論的に説明できるものではないのだ。赤ん坊のころから大量の知識を詰め込み、しかもそれで前世の記憶まであるなど不思議パワーどころではない。常識の中で見ていては決して分からないような現象が、この世界にはあるのだ。

 彼女の言う通り、一度枠から飛び出して考える必要があるのだろう。  

 前世で何度も見た昆虫を使ったせいなのか、私の視野は随分狭まっていたらしい。  

 

「そう……だな。長谷川さんの言う通りだ。知らぬ間に私の頭は固くなっていたようだ」 

 

 しかし、2年前は非常識をかなり嫌っていた長谷川さんからこのような意見が出るとは思わなかった。……いや、むしろ非常識に悩みながら今現在それと向き合おうとしている彼女だからこそ言えた言葉なのだろう。  

 

「……長谷川さんのお陰で少しすっきりできたよ」  

 

「あー、と、こんなんで私は役に立てたのか? 」    

 

 頭を掻きながらいう彼女に対して、勿論、と答えてから私は言った。  

 

「長谷川さん」  

 

「ん? 」  

 

「ありがとう」  

 

「……!いや、その、あー、うん、ど、どういたしまして」

 

 どうやら彼女は、不意討ちに弱いらしい。急にお礼を言われて照れたように顔を少し赤らめる長谷川さんを見て、私は目を細めた。  

 

 

 

 ○  

 

 

 

 それから、私はこの不思議パワーへのアプローチを進めて行くことにした。カブトムシ以外でも同様に実験を行うと、種間差はあるがほとんどの昆虫でも力の増加が見られた。  

 また、朽木など食さない昆虫でも、近くに世界樹の枝木をさして置いておけば、ほんの少しだが影響を受けるものがいた。  

 世界樹が存在しているだけで、麻帆良の生物多様性が大きいのも頷ける。世界樹があるだけで昆虫は少しは影響を受け、環境への適応度をあげているのだ。  

 さらに、世界樹の影響を受けた昆虫の子供も、個体差はあるが希に不思議パワー(自身の出せる限界以上の力を与えるものと定義した)を宿っていることがある。つまり、不思議パワーは遺伝することもあるということだ。  

 遺伝するとなると、麻帆良の昆虫は不思議パワーを持つやつで溢れてしまうと考えるかもしれないが、そうではない。

 世界樹の影響により、通常よりサイズまで大きくなることで、彼らにはリスクが生じてしまうことの方が多いのだ。  

 例えば、角を大きくしすぎたカブトムシは、同種間の競争は強いが、鳥などの天敵から発見されやすくもあり、コストでもある。  

 彼らにとって大きくて強いということと適応的であるということはイコールでは結ばれない。  

 このように、私は何日もかけて世界樹の昆虫に対する影響を調べてきた。しかし、どれだけ時間をかけても、原因である不思議パワーについては何も答えを得ることが出来なかった。不思議パワーとは一体何で、他にはどんな力があるのか。研究したい気持ちはあるのだが、目に見えず何の予備知識もないというこの状況では、ほとんど手詰まりに近い。    

 

 だから、まず私は資料集めに励むことにした。  

 もし、この麻帆良の不思議パワーの存在を認知した上で、一般の人たちにそれを気付かせないようにしてるとしたら、不思議パワーについてまとめた資料がどこかにあると踏んだのだ。  

 

 そして、麻帆良で一般人が近付けないような場所で、資料を保存できる場所といったらあそこしかないだろう。

 

 

 

 ○  

 

 いつものように、授業を終えた放課後。 木々は段々と葉を落とし痩せた姿になっていき、外を歩く人も厚着に変わっていた。  

 

 私のクラスメイトも同様で、何人かは既にマフラーを首に巻いている。しかし、スカートが短いままなのを見ると、普段あれだけうるさくても彼女達はやはり女子なんだなとしみじみ思う。  

 

 私は席を立って、ある生徒の前まで行く。その生徒は本を開いていて、私が前にいるのにも気付いていないようだ。授業が終わった瞬間に机の中の本を取り出していた所を見ると、相当本の続きが気になっていたらしい。

 

「……夕映、ちょっといいか」  

 

 私が声を掛けると、彼女はゆっくりと顔を上げる。

 

「………七海? どうしたんです? 」  

 

 夕映は私の顔を見て、名残惜しそうに本を閉じた。わざわざを本を閉じさしてしまったことに若干の罪悪感を覚えながらも、私は言う。

 

「実はだな、ちょっと頼みたいことがあるんだが」

 

「……えーと、この前貸すと言ってた本の話ですか? すいません。今はのどかに貸していてですね、返してもらったらすぐに渡そうと。あ、この本もとても面白いですよ? まだ途中ですが」

 

 

「確かに、個性的な表紙をしている」

 

 図書館で借りたものなのか、その本にはカバーはしていない。表紙には宙で座禅を組んでいる女子高生に、手を伸ばし祈るゾンビたちが描かれている。凄い世界観だ。

 

「読み終えたらこちらもお貸しします。あ、しかし市の図書館で借りたのでなるべく早めに返してもらえると嬉しいのですが……」

 

「その話もとても嬉しいが、今は違う話なんだ」  

 

 少し慌てた感じで言う夕映の言葉を私は区切る。夕映が、では何の話です?

 と首を傾げるのに対して、私は答えた。  

 

 

 

「図書館島について、教えてくれないか? 」

 

 


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