セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第15話

 

 

「……図書館島について、ですか。別にいいですけど、どうしてです? 」  

 

 夕映が小首を傾げながら私を見る。話が長くなることを察したのか、閉じた本を机の中にしまっていた。

 

「え! なになに! ついにななみんも図書館探検部に入っちゃう感じ!? 」  

 

 私たちの話を聞いていたのか、一人の少女が話に割り込んでくる。眼鏡をかけ触角のように登頂部の髪を跳ねさせている「早乙女 ハルナ」は、言葉の勢いのまま座っている夕映に後方から抱きついたため、夕映はぐえっと唸っていた。  

 ちなみに私はハルナからの呼ばれ方はあまり好んでいないが、髪の触角部分を結構気に入ってたりする。理由は当然、昆虫っぽいからだ。

 

「そう言うわけではないんだがな、ただ誰も見たことないという本が気になってるんだ」

 

 ハルナにのしかかられて机とハルナにサンドイッチにされている夕映を見て見ぬ振りをして、私は述べた。  

 不思議パワーに関する本を探したい、などとは勿論言えなかった。そのこと自体を秘密裏にしているということもあるが、不思議パワーなどという単語をあまり口にしたくないという思いもある。  

 図書館島に本当に不思議パワーに関する本があるとは分からないが、あるとしたら人の手が未だに進んでいない所だろう。明治の中頃に作られ、蔵書の増加に伴って地下に地下にと増設された図書館島の全貌を知るものはいないと聞いている。もし不思議パワーの本を保存しておくならば、人が手を出せないような地下深くに置くのがベストだと思ったのだ。  

 そのために、私は図書館島の地下のどの辺りまで行けば未開の地なのかを夕映に聞きたかった。  

 

 夕映とハルナは私の発言を聞いて顔を合わせ、何か心当たりがあるような顔をした。

 

「あー。もしかして噂になってるあの本を探したいとか? 」

 

「確かに私達も気にはなっていますけど、七海には必要ないかと……」  

 

 夕映はいい加減重いです、とハルナを退けながら言う。二人はある本について述べているらしいが、私には見当がつかない。

 

「………? なんの話だ? 」

 

「あれ? 魔法の本の話じゃないの? 頭良くなるってやつ」

 

「魔法の…………本…………」  

 

 私がゆっくりと復唱したのを聞いて、夕映は私が呆れていると思ったのか訂正するかのように言い直した。

 

「「魔法」なんて流石に大袈裟ですが、おそらくとても優れた参考書だとも言われてるです。もしくは、今までのテストの過去問をすべて綴ったものだとかも言われています」

 

「…………それは、是非見てみたいな」

 

「魔法」だなんて、今までならまったく信じることなく、戯れ言だと切り捨てていただろう。だが、ここまで不思議パワーを調べてきた私にとって、その言葉は決して揶揄してよい言葉ではなかった。勿論、素直に魔法という言葉を鵜呑みするわけではないが、見てみる価値は十分にあると思われる。まさか図書館島に潜入する前に調べるべき本に見込みをつけれるとは思ってはいなかったが、とりあえずの目標はその本でいいだろう。

 

「それは、図書館島のどこにあるんだ? 」

 

「まだ誰も見つけたことがないので確定的な情報ではないのですが、地下11階の地下道を進んだ先に祀られてるという噂があるです」

 

「そうか。助かったよ夕映、ハルナ。ありがとう」

 

「ちょちょちょいまち!! まさかななみん一人で行くつもり? 」  

 

 お礼を言って立ち去ろうとした私の肩を、ハルナはがっしりと掴み、私を引き止めた。

 私は首を後ろに回してハルナを見て答える。

 

「そのつもりだが……」

 

「甘い! 麻帆良スイーツ店のデラックスチョコレートパフェよりも! イチャイチャカップルの醸し出すオーラより甘いよ! ななみん! 」

 

 訳の分からない比較をしながらハルナは私を叱咤する。

 

「ぜんっぜん図書館島のことが分かってないじゃん! 」

 

「流石に七海でも、一人でそこまで行くのは不可能です。道中は迷路のように複雑ですし、危険な罠もたくさんあるです」  

 

「だが、命にかかわるような場所ではないだろう? 」

 

「そう、ですが……。あそこで迷ったら救助が来るまでしばらく一人ですよ? 寂しいですよ? 」

 

「大丈夫さ。本でも読んで気長に待つ」

 

「ですが……」

 

 

 夕映も引き止める言葉を言いながら、私を不安げな表情で見る。  

 勿論、図書館島が普通な場所でないことは知っている。しかしここまで情報があって何もしないという選択肢は私の中にはなかった。

 

「そんなに心配しないでくれ。危ないと感じたらすぐに引き返す」

 

「……七海には悪いですが、信用できないです」

 

「そーだねぇ。ななみんは顔に似合わず意外と無理しながら突っ走るタイプっぽいからねぇ」

 

「本当に地下11階まで行くならかなり本気で準備が必要ですね。私は部室の方に行って荷物と地図をとってくるです」

 

「うんにゃ。んじゃ私は他に協力者を探してみるねー」

 

「ちょ、ちょっとまて」

 

 先程とは立場が逆転し、今度は私が二人の行動を止めるように呼び掛ける。  

 いつの間にか私に付いてこようと準備をする彼女達を、止めない訳にはいかなかった。危険な場所と聞いていたので誰かと行く気など毛頭ない。自分のせいで他人を危ない目に会わせるなど、出来るはずがなかった。  

 立ち上がりすぐに行動を始めようとしていた二人は、煩わしそうな顔をして私を見た。

 

「なんだよー。悪いけどななみん一人には行かせないよっ! 魔法の本はネタになると思って私も狙ってたんだから」

 

「私は正直魔法の本などさして興味はありませんが、図書館探検部として七海一人に行かせる訳には行きません。どうせ止めても勝手に行こうとするんなら、私たちは付いていくです」

 

「…………分かった。二人が来るというなら、私は行くのを止める」  

 

 二人を巻き込んでまで、行く場所ではない。場所は割れたので、後で一人でひっそりと行けばよいのだ。  

 私は図書館島行きを諦めたと二人に伝えたのだが、彼女達は釈然としない表情をしていた。どうやら私の信用はあまり多くないようだ。

 

「……七海の顔を見れば、どういうつもりかは何となく分かるです。結局一人で行こうとしてますね? 」

 

「まったく諦めたって表情してないもんねぇ、ななみん」

 

「…………」  

 

 思惑までばっちりばれているようで、私はため息を吐く。二人はどうあっても今日私に付いてくるつもりなのだろう。

 

「……七海、私たちは何度もあそこに行ってるから分かりますけど、あそこは素人が一人で行くような場所ではないのです。ましてや地下11階だなんて、私達図書館探検部でも到底行けないような場所です」  

 

 夕映が、私を諭すように語る。その表情は、本当に私を心配しているようで、私は心が痛くなった。

 

「ななみんってそんな運動神経良い訳じゃないっしょ? なら余計あそこは一人で行くべきじゃないと思うけど」   

 

 ハルナも私に追撃をかける。確かに私は小学生までは運動が出来る方であったが、今となっては全然であった。というよりも、周りが部活などで本気で運動を始めているのに比べ、研究室に籠っている私が、もはや運動で勝てる訳がなかった。小学生の頃と違い、今じゃ皆すでに身体の使い方を分かっているのだ。そのアドバンテージを無くした私が、他の生徒より運動で優れる筈がない。……それにしては体力の低下具合が急であった気もするが。

 

「実際問題、私達がついていっても恐らくそこまでたどり着けないでしょう」

 

「そだねー。せめて凄い動ける人が何人かいればいいんだけど」

 

「それならば、拙者達の出番でござるな」  

 

「そうアルね! 」

 

 急に聞こえた新たな声に、私たちは驚きながらも顔を向けると、そこにはニンニンと呟く長身の少女と、腕を腰に当て人懐こい表情をした褐色の少女が立っていた。普通の人が不意に現れたら多少不審がるのだが、いきなり現れても何故か納得がいく二人であった。

 

「ワタシたちならバッチリ動けるアルよ! 」  

 

 如何にも中国人だと表す語尾をつけて、クーがにぃと無邪気な笑顔を私たちに向けていた。夕映が二人の姿を見て、手を顎に添えて考えるようにしながら述べる。

 

「……確かに、この二人がいれば話はかなり現実的になるです」  

 

 二人の突然な参戦により、心強い味方を得たと夕映とハルナは少し弾んだ顔をするが、私はそれを承諾するわけにはいかなかった。 

 

「二人とも、話を聞いていたのか? 普通の場所ではないんだぞ? 」  

 

 私はクーと楓をしっかりと見つめながら言う。夕映とハルナを巻き込む気すらないのに、これ以上の人数など尚更だ。  

 若干言葉を強めて言ったのだが、クーと楓はにこりと笑ったままであった。

 

「勿論、聞いていたでござるよ。危険な場所に行くから、腕っぷしの強い助っ人が必要なのでござろう? 」

 

「そういう訳ではなくてだな……っ」

 

「あいやー、いいタイミングだったアル。ワタシたちちょうど今七海に次回の小テストの勉強を教えて貰おうとおもてたアルよ。いつも教えて貰えるだけじゃ申し訳ないと思てたから、やっと恩返しできるアル」  

 

 中国では礼はとても大事アルよ、と相変わらずニコニコとしながらクーは言う。なかなか私の言いたい事が伝わらず、私は段々ともどかしい想いを抱える。  

 気付いたら私を抜いた四人で図書館島を探索する作戦を立てだしており、話が盛り上がっていた。  

 このままだと本当に全員で行くことになると察した私は、話し合いを無理矢理中断させて、注目するように呼び掛ける。四人が私を見ているのを確認してから、私はおもむろに述べる。

 

 

「……皆が、協力してくれるという気持ちはとてもありがたいし、嬉しい。だが、私は自分の都合に皆を巻き込みたくない。これは、私の課題だ。…………大丈夫、私も自分の身を最優先にして戻ってくるさ」

 

 最後、私は微笑みながら彼女達に伝える。  

 いくら私が行くのを諦めたと言っても、彼女達は何故か信じてくれない。ならば、私の本当の想いを伝えた方が言うことを聞いてくれるのではと思ったのだ。    

 私が話を終えると、夕映がゆっくりと溜め息を吐いた。夕映が一人一人の顔を見渡すようにすると、それぞれが頷く。私はその様子の意味が分からず、状況を飲み込めずにいると、夕映はどこから取り出したのか手に広辞苑を持ち、徐々に腕を上げて―――

 

「てい」

 

「っ! 」  

 

 私の頭の上へとぶつけた。それほど痛みはなかったが、予想していなかった衝撃のせいで私の頭はぐるぐると回り、ぺたんと尻をついて座り込む。異を唱えるような気持ちで上目で夕映を見つめると、彼女は再び溜め息をついた。

 

「七海は何を見当違いなことをいってるんです? 」

 

「…………? 」  

 

 私は未だに夕映の言わんとする事が分からず、ぼーっと彼女を見つめる。すると、夕映はやれやれとポーズをとりながら肩をすくめた。

 

「七海殿。拙者たちが一緒に図書館島に行くというのは、別に七海殿のためではござらんよ」  

 

 楓が膝を折り、自身の細くした目と私の目が合うよう屈んでから述べる。

 

「そうアル! ワタシが七海と一緒に行くのは、今までの勉強のお礼と、これからの勉強を見てもらうためのお駄賃アル! 」  

 

 クーもばっと勢いよく座り込み、子供みたいな笑顔を浮かべて私を見る。

 

「勿論、拙者もそのつもりでござる。拙者の勉学を手伝ってもらうため、言わば、自分のために、自分の都合で一緒に行くでござる」  

 

 ニンニンと、猫が笑ったような表情で楓が言う。

 

「大体、そんなゲームのラストダンジョン行くみたいな気持ちにまでなんなくても大丈夫だって! 危険っつっても今まで死人が出たなんて話は聞いたことないし、罠に当たっても大抵しょぼい打撲か気付いたら外で寝てたとかだから。そもそもそんな危険なら部活として存在する訳ないじゃん! 」  

 

 ハルナもひょいと私のそばに座り込み、可愛いげある触覚をぴょんと揺らす。

 

「さっきも言ったけど、私は自分の漫画のネタ作りのためについていかせてもらうよっ!私の都合、私のためにね! 」

 

 

 最後に、目の前いる夕映がゆっくりと屈み私と目を合わせる。

 

「七海、私は図書館探検部として七海を一人で行かせる訳にはいかないです。それに、あなたを一人で行かせるのが心配だという気持ちもあるです。…………だけど、これは別にあなたのためではないです。私が、そうしたいからそうするんですよ」  

 

 そう言って、夕映は私に手を差し出した。     

 

 その手と、彼女たちの笑顔をみて、私は胸を強く突かれたような想いをした。

 

 一体、何を思い上っていたんだろうか。  

 

 

 前世の記憶があるからと、勝手に一人で年上気分になって、勝手に彼女達を子供だと思い込んで。  

 彼女達は、私を対等の友達として、仲間として見てくれている。なのに、私だけ何故か保護者気分で、一人で大事に大事にと制限するように扱っていた。結局、彼女達を一番信用していなかったのは、私だったのだ。私だけが、最も自分のことを考えていて、自意識過剰になっていたのだ。    

 そう気付かされたことが、恥ずかしくて、もう一方で誇らしくもあった。周りにいる彼女たちがこんなにも心強いことが、嬉しくもあったのだ。

 

 私は夕映の差し出した手に、そっと自分の手を重ねた。

 

 

 

「……皆、悪いが私と一緒に図書館島に行ってくれるか? 」  

 

 

 

 

 私がそれぞれの顔を見て尋ねると、彼女達は当然のように同時に頷いてくれた。


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