セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第17話

 

 

 学園長からその言葉を聞いたとき、私の心は想像よりもずっと落ち着いていた。前々からこのような場面が起こり得ることを想定していたと言うこともあるし、この場所の異様な雰囲気が逆に私の気持ちを落ち着かせているというのもあるかもしれない。  

 ちらりと、石像の方を見る。物々しい灰色の石な綺麗に研磨され、まるで3Dのフィクション映画を見ているようだった。目には一丸の黄色い光が宿り、真っ直ぐと私を見ている。手に持っている大きな剣を両手で地面に突き刺しており、なんとなくだが、いきなりそれで切りつけられるということはない気がする。 

 

「…………一体なんの話ですか ? 」  

 

 私が初めに選択したことは、とぼけるというものだった。この場から最も綺麗に離脱する、つまりはこの問答の私のベストな帰着点は、私がしていたことを隠し通した上で、地上に帰してもらうことだ。  

 学園長が一体何者で、世界樹を調べる者をどうしたいかは分からないが、何事もなくこの場をやり過ごし、明日からまた今まで通りの日常になれるのが一番良いのは明白だ。

 

 目を下にやり、③の場所だけ崩れている台をみる。隙を見て先程夕映達が落ちていった穴に飛び込もうとも思ったが、地上に戻る仕組みを学園長が管理している可能性を考えると、それは危険でしかない。トランシーバーも突然音がしなくなり、再び使用できるとは思えなかった。

 

『フォッフォッフォ。とぼけても無駄じゃよ。お主たちの今日の教室での一連の会話はその時クラスに残っていた者に聞いておるし、世界樹の枝を大学の研究室に持ち込んでおったのも、裏がとれておる』

 

「…………」  

 

 どうやら学園長は確定的な証拠を既に掴んでいるらしく、簡単には言い逃れできないようだ。これで、もはや私のベストな条件の達成は不可能であることが分かった。  

 私は安易に口を開かず、学園長の目的を考える。この本のことや世界樹のことを探ろうとする訳を聞くのは、何故なのか。  

 

 当然最も思い当たる理由は、これらのことは、誰にも知られてはいけないことであるから、というものだ。  

 いつか長谷川さんに話したように、麻帆良には異常を異常と認識出来ない仕掛けがある。それを仕掛けたのが、世界樹などの秘密を外部に漏れないようにするためであり、 学園長が主犯だとすれば、この問答の意義は納得できる。

 私が世界樹の仕組みを探り、そのために魔法の本を手にしようとしたことも、学園長は把握していると考えた方がよさそうだ。  

 

 これらの秘密をなんのために一般市民に隠そうとしているかを考えるのは、とりあえず置いておこう。  

 不思議パワーの異常さを考えれば、それらを流出させないために隠すのは理解できるし、他にも理由があるのだろうが、はっきりとした答えを得るには参考材料が足りていない。

 

 

「……そうですね。単純に興味があったから調べてみようとしただけですが」  

 

 とりあえず、当たり障りのないことを言う。だが、実際に嘘はついていないどころか、これが真実で全てである。

 

『興味…………のう。それで、調べてみてどうじゃった』  

 

 石像は、全くといっていいほど動かないまま私に尋ねる。相変わらず黄色に光った目は私に向いていて、どこか薄気味悪く感じる。

 

「それは、もう。驚くことがたくさん」  

 

 私は不安を撒き散らすために大袈裟に動作をとりながら述べた。ついでに顔の横に両手を挙げ、やれやれとため息を吐きながらポーズをとってみた。決して余裕がある訳ではなく、動揺を隠すための行動である。

 

 学園長が世界樹などの秘密を知ったもの、もしくは知ろうとしている者をどうするつもりなのかは分からない。だが、私と石像しか存在しない部屋に閉じ込められ、逃げ場がまったくない私には、学園長の質問に答えるという選択肢しかなかった。

 

『ほう。どんなことがお主を驚かせたか、わしに聞かせてくれるかのう』

 

「まだ確証を得られてはいないので、その時に話しますよ」  

 

 学園長は、私が何を知ったかを探るように尋ねるが、私はのらりくらりと抽象的に言う。

 

 そんな風に、私達の間を何度か言葉が往復した時、学園長がため息を吐く声が聞こえた。

 

 

 

 

『……このままじゃ、らちがあかんのう。…………少し、手荒になるが、仕方ないの』    

 

 学園長がそう言った次の瞬間、私の背中は、ぞわりと何かが這いずるような感覚に襲われる。

 

 

 石像の目の光が強まり、急にさっきまでてとはまったく違う空気が漂い、私は怯む。  

 

 夕映達が落ちた穴から吹く風の音が激しくなっていた。こぉぉと、普段なら気にしないよう な音が、私の鼓膜を小刻みに揺らしている。  

 

『……ふむ。それで、七海くん。君は、知ったのじゃろう。世界樹の力の一端に、気付いたのじゃろう』  

 

 おそらく、不思議パワーの事を言っているのだろうか。  

 言葉を吐きながら、動いていない筈の石像から、言い表せない圧力を感じる。目には見えないが、私と石像の間には何かが流動するようで、先程とまったく同じ石像が、まったく別なもののように見えた。

 

 

『その力を、一体どうするつもりなんじゃ。なんのために、力を得ようとしておる。…………もう一度だけ、聞くぞい』

 

 圧力はどんどん増していき、私を追い詰めていく。感じたことのない感覚に、私の足は震え始めていた。身体中から汗が吹き出し、心臓はずっと私の胸を叩きつけ続ける。  

 

 

 

『世界樹を調べているのは、何故じゃ』

 

 

 

 

 止まらない圧力の増加に、私はついに膝をつく。周りがぼやをかけたように滲んで見え、朦朧とする、頭の中で、学園長の言葉が、もう一度響く。

 

 ―――世界樹を調べているのは、何故か。    

 

 何か、答えを、言わなければ。  

 

 ―――どうして、私は……

 

 勝手に口が開き、義務感のように言葉を吐こうとする。

 

 喉から声を発しようとしたその瞬間、気付くと、私は前世の記憶を思い出していた。    

 

 

 

 ○    

 

 

 私は、初めから昆虫が好きだと言う訳ではなかった。初めて昆虫採集に言ったのは、小学生のころ、トンボを採る遊びが周りに流行っていたときであった。  

 当時昆虫に大して興味を持っていなかった私は、嫌々ながらも友達についていく。何人かで池のほとりに訪れ、それぞれ不器用なりに網を振り回す。最初は皆、採ったトンボを見るたびに喜んでいたのだが、小学生の飽きとは早いもので、次の季節が来る前には、網を置いてボールを蹴っていた。  

 

 そんな中、私だけ、網を振るのをやめなかった。  

 池の魚が跳ねる音を聞きながら、靴を泥だらけにしながら、トンボを追う。捕まえたトンボの、蛍光色に光る綺麗な目を見て、私の心は昂っていた。トンボの生態や構造なんかは何も知らない。それでも私は網を振り、捕まえたトンボを観察するだけで、無性に愉しくなる。ある時、珍しいトンボを一匹捕まえた。チョウトンボと言われるそれは、名前通り蝶のように綺麗な羽根を持っていた。従来のトンボと違い、青紫色の美しい翅を見ながら私は子供らしく興奮した。その瞬間から、私は捕まえて見るだけじゃ満足できなくなる。

 

 ―――同じトンボなのに、どうしてこんなに違うんだろう。  

 

 そう思った次の日には、図書館にも通うようになった。貸し出し禁止の大きな図鑑を、涼しく静かな雰囲気が流れる図書館の中で広げて、多種多様の昆虫を見る。  

 信じられない姿をした昆虫、何のためにそんな形態をつけているのか。何故そんなに鮮やかな色をしているのか。専門の本の難しい理由を見ても理解できなかったため、自分で沢山想像した。  

 

 冬が過ぎ、雪が溶け始めたら、私は色んな場所に行って網を振る。周りが呆れ、カードゲームなんかしている時も、私だけは網を持って走り回っていた。  

 涼しげな朝の庭、足元に繁る草木の匂い、太陽の光を透かせる木々の葉、水辺で鳴くカエルの声。全てを体中で感じながら、私は日々新しい発見と興奮に疼く。

 

 中学、高校と行っても、私の趣味は熱を引くどころか、活動範囲を広げていきどんどん活発になっていく。  

 大学は、当然のように昆虫の研究を専門にしている研究室があるところに入り、同じように馬鹿がつくほど虫好きな同士と、幾つもの夜を飲み明かす。  

 そのまま大学院にも入り、より研究できる場所へと移り変わって行くと、気付けば昆虫を研究することが私の仕事となっていた。  

 

 

 

「私たちが研究してることって、必ずしも人の役に立つものではないわよね」    

 

 妻が、私にこんな風に言ったのはいつだっただろうか。確か、付き合って初めて入った喫茶店で、二人でコーヒー飲みながら語っていた時だった気もする。    

 

 「…………私達の研究は、どちらかと言えば文化だ。何かに役立つなど分からないが、 新しい知見の発見を喜ぶ人がいる。それでいいじゃないか」

 

 きっとこの時の私は、暑いコーヒーに舌を火傷させながらも、それを妻に気付かせないようにしながら、冷静に言っていたと思う。

 

「そうよね。国からお金を受け取りながら、好きな研究ができる私達って幸せだわ」  

 

 妻が、店員に冷たい水を頼む。私が火傷したことはばれていたようで、恥ずかしそうな顔をする私を見て、妻はふんわりと微笑みながら、私に聞いた。  

 

 

 

「…………ねぇ、貴方は何故、昆虫を研究をしているの ? 」    

 

 

 

 …………そんなの、決まっているだろう。    

 

 私を見つめて、ゆっくりと笑う妻に対して、私は―――

 

 

 ―――そうだ。私は、確か、こう答えた筈だ。    

 

 

 

 

 ○    

 

 

 

 震える足を押さえつけて、私は立ち上がる。未だに心臓の音は大きく鳴り続け、煩わしさすら感じる。  

 石像から放たれる圧力は先程と同様だが、それでも私は、その質問には堂々と答えなければならない。    

 

 

 ―――調べるのは。研究するのは、何故かだって?

 

 そんなの、決まっているだろう。

 

 

 頭を上げ、しっかりと石像を見る。    

 

 私を動かす原動力は、昔から、いつだって同じで、これからも同じだ。    

 

 私が、研究する理由、それは――――――

 

 

 

「好奇心に決まっているだろう! 」    

 

 

 石像の光る目を力強く見つめて、大声で言う。  

 小学生の頃から、私を動かすものはずっと変わっていない。昆虫が好きで、昆虫に関わるものが好きで、だからこそ、それらを知りたい。

 前世では人生をかけて、好奇心を胸に抱え続けて、研究してきた。  

 

『…………好奇心…………のう。では、その力を知って、如何にするつもりじゃ』  

 

「どうもこうも、しない。私はずっと、知りたいだけだ」  

 

 知りたいという欲求だけで、私はここまで来た。不思議パワーという道が、麻帆良の生物にどんな影響を与え、進化の道筋を示してきたのか、私は考えてみたかっただけなのだ。

 

『万が一、世界樹が、お主に大きな力を与えることがあるとしても ? 』

 

「そんなの、まったく私の琴線には触れないし、私の興味の範囲ではない。私が調べたいのは、世界樹の影響による昆虫の変化だ。力など、必要だと思ったことはない」    

 

 自分の運動神経が上がるだとか、不思議な能力が使えるだとか、そんな力が世界樹にはあるのかも知れない。しかし、私はそれを求めようなどとは一切思っていない。  

 

 

 そんなことよりも、私は私の知りたいことが知りたいだけだ。    

 

 石造の瞳に映る黄色い光が、いまだに私を見つめづづける。

 だが、私はその光から決して目を逸らそうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

『………………フォッフォッフォ』

 

 石像が笑い出す声が聞こえたのは、私たちの間に長い沈黙が流れた後であった。

 それと同時に、いつの間にか体の重みがなくなっており、妙な圧力も消えていた。

 

 

『フォッフォッフォッフォッフォ! 』  

 

 

 いきなりおかしくなり始めたのか、学園長はずっと笑っている。私はそれを見て、どうすることも出来ずに、呆然としていた。  

 

 

『好奇心、知りたいだけ、力に何も興味がないとはのう。お主には悪いことしたわい』

 

「…………何が言いたいのでしょうか? 」

 

『いや、何でもないぞ。そういえばわしも世界樹の全てを知っている訳ではなかったの』

 

 石像がやっと動き始め、髭など生えていないのに顎の下をなぞるような動作をする。

 

『因みに聞くが、世間に公表するつもりは? 』

 

「ないです。誰にも信じて貰えないのは明白ですし、いまや私の趣味として調べているだけです」

 

『そうかそうか。お主が勝手に調べる分には、わしが許可するわい。ほかの者にも言っておこう』

 

 やはり、世界樹の管理は学園長がしていたらしい。しかし……。

 

「……どうして突然……」

 

 先ほどまでの態度とは、あまりに違いすぎるのではないか。

 

『ふむ……そうじゃのう』

 

 石像は再びない髭をさするようにした。

 

『知識を得ようとする学生を止めるのは、教師として失格だからのう』

 

「……」

 

 言いたいことは幾つかあったが、私は何も言わないことにした。

 色々とあったがひとまず世界樹の管理者から研究の許可を得られたのだ。そのことだけで私のテンションは上がっていた。  

 

 

 

 

『さて…………では問題じゃ!! 』

 

「は? 」  

 

 

 しかし、いくらテンションは上がっていようと、突然問題などと声をあげる石像に、私は疑問の言葉を投げかけずにはいられなかった。それを無視して学園長は続ける。  

 

 

『……魔法使い初心者が始めに習う、火を灯す魔法の呪文の詠唱は? 』  

 

 …………魔法使い? 呪文? 詠唱?  

 

 聞き慣れない単語を耳にして、私の思考は止まる。  

 このふざけた質問の答えなど考えるつもりはなく、私は質問の意図は探ろうとしていた。

 

 わざとありもしないことを言って私を不正解にさせたいのか、それとも…………  

 

 

 

 

 ……本当にそれらが存在していて、学園長は私にそのことを教えようとしてくれている………… ?

 

 

 

 

『……時間切れじゃの。正解は、「プラクテ ビギ・ナル 火よ灯れ(アールデスカット)」…………じゃよ』    

 

 

 

 

 学園長がそう言うとガコンと音がなり、私が立っていた地面がいつの間にか消える。    

 

 

 

 真っ暗な空間へと落とされていった後、気がついたら、私は図書館島の外にいた。

 

 


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