セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第18話

 

 

「高畑せんせーさよーならー! 」  

 

 廊下を勢いよく走り抜けながら、すれ違い様に二人の女子生徒が僕に挨拶をしてくれた。廊下を走らないように、と注意する間もなく楽しそうに駆け抜けていく彼女たちを見て、僕は少しの苦笑いを浮かべる。

 しかし、担当するクラスの生徒でなく、学校内で何度かあっただけなのにこのように元気に挨拶してくれるのは、嬉しくもあった。  

 窓から差し込む夕陽の光によってオレンジ色に染められながら、僕は学園長室に向かって廊下を歩く。その後も何度かすれ違う生徒と挨拶をしながら進み、学園長室が目にみえる場所までつくと、その部屋の扉が開いたのが分かった。    

 

 長い黒髪を流しながら学園長室の中から出てきたのは、僕のよく知ってる生徒だった。  

 彼女は僕に気付いて会釈した後、近寄って話しかけてくれた。

 

「高畑先生、戻ってこられたんですか」

 

「そうだね。ちょうど今こっちについて学園長に報告するとこなんだ。七海君、僕のいない間A組はどーだった? 」

 

「いつも通り、ですね」

 

「いつも通り、かぁ」

 

「はい。いつも通り、騒がしいクラスでした」  

 

 七海君はそう言いながらも少し微笑んでいた。その様子から彼女があのクラスを好いてることが分かって、僕も釣られて笑みを浮かべた。

 

「高畑先生も、大変でしょうが頑張って下さい」  

 

「ははは、生徒にそんな心配されるなんて、僕もまだまだだなぁ」  

 

 片手で後頭部を描くようにしながら僕は言う。  

 そして、あのクラスを御しきれていないのは事実である。  

 

 僕のクラスは他のクラスよりも元気が余るほどありすぎて、よく暴走してしまう。多少子供っぽい生徒が多いせいか、少しのことで大袈裟に喜んだり驚いたりと彼女達はとても忙しい。青春を全力で謳歌することはまったくもって構わないのだけれど、たちまち廊下中に声を響かしているため、当然新田先生には何度も怒られている。僕も注意はするんだが、その時は聞き分けがよくても目を離すとまた騒がしくなっているということは、少なくなかった。  

 

 そんなとき、クラスをまとめようと率先してくれるのは委員長のあやか君と七海君だ。

 あやか君は皆の前に立って行くべき道を示し、七海君は後ろからそっと静めようと修正してくれている。

 

 「…………君たちには、迷惑をかけるね」  

 

 不意に、そんな言葉が口から出てしまった。普段世話になっていたからか、何度もクラスを離れてしまっている罪悪感を感じたからかは、分からない。  

 七海君を見ると、きょとんとした顔をしていた。

 

「迷惑だなんて、思ったことないです。私もあのクラスが好きですし、高畑先生が一生懸命なのは彼女達に伝わっています」

 

「…………そうかな」

 

「そうですよ」  

 

 にこりと微笑んで彼女は僕に言う。こんな風に会話をしていたら、七海君が年下の生徒だと言うことを忘れてしまう時がある。普段は生徒にこんな話をすることはないんだが、あまりに大人びた彼女にちょっとした弱音を吐いてしまったのは、そのせいだろう。

 

「では、私はこれで失礼しますね。呼び止めてすいませんでした」  

 

 礼儀正しく会釈して、彼女は僕が来た道を戻っていく。生徒の中でも珍しい膝下まで伸ばしたスカートを揺らしながら歩いていく彼女に、思わず僕は声をかけてしまった。

 

「…………七海君! 」

 

「…………?まだなにか? 」

 

 ゆっくりとこっちを振り向いて、彼女は小首を傾げる。

 

 

「……いや、気を付けて帰るんだよ」  

 

 

 

 彼女は僕に再び会釈して、夕陽に染められながら僕から離れていった。    

 

 

 

 

 ○  

 

 

「失礼します」

 

「おお、帰ってきたのかね」

 

「ちょうど今戻りました」  

 

 学園長室に入り、大きな机を前にして座っている学園長に報告をする。長い後頭部と無造作に生えた白い眉と髭は相変わらずであった。

 

「ついさっきまで、七海君と話をしておったんじゃ」

 

「ええ、彼女がこの部屋を出ていく所を見ましたよ。…………彼女は何の用でここに? 」  

 

 僕がそう聞くと、学園長は伸びきった髭はなぞりながら答える。

 

「ふむ。彼女が魔法の存在を知ったのでのう」

 

「…………記憶を消したのですか? 」

 

 七海君が世界樹を調べているという情報は、既に聞かされていた。魔法先生の中でそのことを知っているは僕と学園長だけで、彼女の存在をどうするかという議論は二人で何度か行っている。僕は彼女が悪事を働くとはどうしても思えず、彼女の真意が分からぬまま記憶を消そうと踏み出すことは出来なかった。

 …………自分でも、甘いとは思っている。

 

「いや、何もしておらん。彼女がこの学園に害を与えるつもりでないのは、確認した。それどころか、最終的に魔法の存在を教えたのはわしじゃ」  

 

 ふぉっふぉっふぉと、何がおかしいのか全く分からないが、学園長は笑う。学園長がそう言いきるからには、多少強引に魔法を使ってでも彼女の意思を確かめたのだろう。  

 僕はその言葉を聞いてほっとする反面、不安も抱える。

 

「……いいんですか? 彼女に危険が及ぶのでは? 」  

 

 自分の受け持つ生徒の記憶を消したいなどと思ったことはない。しかし、その記憶のせいで本人が危険に及ぶのであれば話は別だ。特に、世界樹の情報など持っていてろくなことにはならないだろう。

 

「今更七海君の記憶を消したところで、彼女はまた同じところに行き着くわい。どうやら中等部に入る前から世界樹には興味を持ったそうだしのう」  

 

 記憶を消す魔法も、完璧なものではない。たまたま見てしまったときなんかは一時の記憶を消去するだけですむが、長い期間それについて知識を持っているものの記憶を消すと、副作用が多くなってしまう。また、魔法など関係なく世界樹そのものを調べようという意識が強い彼女の場合、記憶消去をしてもまた世界樹に手が延びるだろう。  

 

 しかし、記憶消去が無駄だからと言って行わなくても、それでは危険から遠ざけることにはならない。  

 僕がそう考えているのを察したのか、学園長は僕を見て聞く。

 

「……七海君に何故世界樹を調べるか聞いたときなんじゃが、何と答えたと思う? 」

 

「……彼女はなんと言ったんですか? 」  

 

 学園長は愉快そうに目を細め、長い眉により彼の目の場所が分からなくなる。  

 

 

「好奇心、じゃと」  

 

「好奇心、ですか…………」    

 

 彼女らしいな、と思うのと同時に、気付けば僕は少し微笑んでいた。

 

「この学校の生徒は、皆何かに一生懸命じゃ。熱心に部活動に励んだり、趣味に没頭したり、サークル活動に精をだしたり、ひたむきに楽しんでおる。七海君の場合、それが世界樹の研究だったわけじゃ」  

 

 学園長は、髭に包まれた口をもごもごと動かして話す。いつも通り陽気な顔をしているが、真面目に語っているということが分かるほど、真剣にはっきりと言葉を発していた。

 

「しかし、好奇心は猫をも殺すとも言います」  

 

 僕がそう言うと、学園長はゆっくり椅子から立ち上がり後ろにある窓に目をやる。夕日に染まる外を見ると、揃えたユニフォームを、来ている少女達がいた。列になり、必死に声を出しながら、彼女たちは白線の上を走っている。

 

「…………その通りじゃのう。だがの、自分のやりたいこと、興味あることに一生懸命な生徒を後押しすることこそ、わしらの仕事じゃと思うのじゃ。彼女に危険が伴う可能性があるというのは否定できん。しかし、そんな危険から生徒を守るためにこそわしら魔法使いがいるのじゃろう? 」  

 

 生徒には学校生活を精一杯楽しんでもらう。魔法を知ってようが知っていまいが、そんな彼らを影ながらも守るために僕達はいる。  

 学園長はそう言って、外にいる生徒たちをみて満足げな表情をしている。

 

「…………そう、ですね。僕達が、頑張らないとですね」  

 

 僕は学園長に同意しながらも、こんな風に言う学園長を珍しくも思った。

 七海君への対応もそうだが、学園長はA組の生徒達には何か思うところがあるのだと思う。一癖も二癖もある生徒を集め、頻繁に出張にいく僕をわざわざ担任につけた。推測だが、学園長は、今後起こり得る何かを予知し、このようなクラス編成にしたのだろう。

 

   …………そこにどんな想いがあったかは分からない。だけど、僕はこんな言葉を言った学園長を、信じようと思った。    

 

 

 それから、その話に区切りをつけて一つ二つ話をした後、僕はある少年のことを話題に出した。

 

「そういえば、ネギ君の顔も見てきましたよ」

 

「…………彼の様子は、どうじゃった? 」  

 

 学園長は、数年前に起きたあの悲劇後の彼の心配をしているのだろう。  

 ……あれは、今思い出しても、酷い事件だった。

 

 

「今はかなり元気を取り戻して、熱心に魔法の勉強をしています」

 

「ほう。それはよかったのう」

 

「きっと、彼の周りの人の力が大きいと思います」  

 

 事件後のネギ君は、本当に見ていられなかった。何故か一連の出来事を自分のせいだと決めつけ、酷く憔悴していた。そんな彼を、彼の幼なじみや村の住人たちは、何度も何度も励ましていた。特に、ネカネさんは彼に寄り添って言葉をかけ続け、彼女こそが彼を立ち直らせる要因であったと思う。優しくもはっきりと物を言い、同じ目にあったのに凛としている彼女は、輝いて見えた。

 

「彼の成長もまた、私たちの楽しみの一つじゃのう」

 

「ええ。…………本当に」  

 

 英雄の息子。そのレッテルだけでネギ君の人生は大きく影響されるのだろう。だが、あの悲劇から立ち直り、何とか前に進もうとがむしゃらに頑張る彼と、その彼を支えるネカネさんたちを見ると、僕はあの英雄を思い出す。  

 

 勝手かもしれないが、ネギ君ならば、どんな困難でも乗り越えられるような青年になれると、僕はひっそりと期待していた。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 学園長室で学園長と会い、廊下で高畑先生と軽く話をした後、私は真っ直ぐに寮に向かい、自分の部屋に戻っていた。  

 

 昨日の夜、学園長に図書館島から無理矢理外に出されると、夕映達はすぐに私の元に近寄ってきた。トランシーバーが通じなくなったことで、私をすごく心配してくれたらしい。  

 私は彼女達に頭を下げ、「魔法の本」を手に入れることが出来なかったことを謝った。しかし、彼女達は私が無事ならばと笑って私を迎え、皆で寮に戻った。    

 

 そして今日、私は放課後すぐに学園長の元へ向かい、話をしに行った。  

 本当に魔法などあるのか、何故私にその存在を示唆させたのかと私は彼を問い詰める。  

 

 すると、学園長は隠そうとする様子もせずに私にその存在を語った。  

 目の前で杖から炎を出し、フォッフォッフォと笑う彼を見て、私はついに魔法を認めてしまった。何故突然私にその存在を教えたかと言うと、やはり世界樹を調べていると危険なことが起こり得るらしく、その時私を守ろうと魔法を使っても驚かれないためだと、彼は言った。  

 

 その言葉がどこまで本気かは分からないし、他に裏がある気もするが、今はその言葉を信じることにした。  

 

 その後、世界樹を調べる時のルールを学園長と二人で決めた。  

 1.夜には絶対に世界樹に近づかないこと。

 2.世界樹から研究材料をとる前に学園長に一言述べること。  

 3.たまにここで学園長と囲碁でもすること。  

 

 最後のルールはよく分からないが、1と2については同意した。管理者に話を通してから採集に行くのはある意味当然のことであり、私は特に抵抗がなかった。  

 

 その後、魔法使いのことなどの話も少々聞いたが、私はあまり興味がなかった。  

 相変わらず私は魔法になんぞに憧れを抱かないし、立派な魔法使いを目指しているなどと言われても、私には特に関係ないな、とまで思ってしまった。  

 彼らが何を持って立派だとしているのかは分からなかったが、世の役に立てるように頑張っているとするなれば、私は立派であると思う。ただ、それらのことを聞いても、私は応援するくらいのことしか出来なかった。    

 

 部屋に戻ってきて、制服のままベッドに倒れ込む。

 ふわふわの掛け布団が下から私の体をやんわりと押し、柔軟剤の匂いを感じながら私は心地よい気持ちになる。    

 

 昨日夜、「魔法の本」は手にすることは出来なかったが、魔法の存在とそれを知るものとコンタクトを取れただけで、私としては大収穫だったな。  

 

 そんなことを思いながら布団に顔を沈めると、急激に睡魔に襲われる。昨日の疲れが一気に来ているようだ。  

 

 半分寝ぼけながらも、私は人差し指を空に揺らしながらふざけて唱える。

 

 

 

「…………プラクテ ビギ・ナル 火よ灯れ(アールデスカット)」  

 

 

 当然、杖も持たず何も考えないでに唱えても火が出ることはなかった。  

 

 幼少の頃、魔法などアニメの世界を信じていた時と同じようだなと思い、恥ずかしさを感じるのと同時に、ここ2,3日でのあり得ない出来事に簡単に順応してきている自分は、図太くなったぁと可笑しく思った。

 

 

 


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