セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第2話

 

 

 看護師に胎盤から体を引っ張りあげられ、私は再び世に生を受けた。

 赤ん坊だからなのか、体はまったく思うように動けず、久々の光の眩しさに未だに目を開ける事ができない。 

 呼吸をするためひとしきり泣いた後、割れ物を抱くように看護師に体を持たれた。それから、ゆっくりと暖かいお湯に浸けられ体を多少洗われる。体温と同程度の温度のお湯はとても気持ちよく、そのまま眠ってしまいそうだった。

 

「珍しいほど、泣かない子ですねぇ」

 

 主治医だろうか、先ほどと違い少し歳を感じる声が優しく語りかけるように言う。

 

「ふふ。そういう頑固な所は夫に似たのかしらね」

 

 はにかみながら答えた声には、慈愛を感じた。その声だけで、底知れない安心感が私の胸にすっと落ちてきた。

 この声が私を産んだ母の声か。

 二度目の生を私にくれた母に何とも言えない感情を抱いた。

 私の二人目の実母に感謝するべきなのだろうか分からなかった。ただ、母が声を発する度に、私の気持ちは落ち着き穏やかになる。

 これが、本能的に感じる子から母への思いなのだろう。

 

 そして、連鎖するように一度目の生の時の母を思い出していた。

 厳しくも私の事を一番に考えてくれている母だった。学生の時も、社会人になってからも、私の事を細かく気にかけ、いつも何かしらの注意をする。父親は私が幼い時に亡くなっていたため、一人っ子である私を常に心配していたくれたのだろう。学生の時はそんなことには気付かず鬱陶しく感じていたこともあった。だが、結婚式の日にいつも周囲に気を配っていた母が周りを気にせず大声で泣く姿を見て、私は初めて母の愛を深く感じた。前世でろくに親孝行出来ず亡くしてしまった母を思い出して、私は少し涙腺に気が緩む。

 その時であった。大人の時は上手に使えていた感情の抑制やスイッチなどまったく効かず、本能のままに泣き叫びたい感情に襲われる。恐らく、赤ん坊である私は自分の想いに素直に反応し、表現することを抑えられないのだろう。

 精神が四十路を越えているのに、少し昔を思い出しただけで泣くことは何故だかとても恥ずかしいことのように感じて、必死に涙を堪えるが本能には勝てる気がしなかった。

 これは、泣いてしまう。

 そう思った直後、再び赤ん坊の使命を果たすかのように私は大声で泣き声をあげる。

 反対に周りの大人は私を見ながら微笑んでるように思えた。

 

 ○

 

 散々泣いた後、私は疲れきってしまったようですぐにぐっすりと寝てしまった。

 その後は数日病院で過ごし、体の状態や母の体調を検査された。

 やっと目を開けることが叶い、多少手足程度なら動かす事が出来るようになった時には、母に抱えられ退院していた。

 

 たどり着いた家は立派な一軒家で、表札には「明智」と書かれていた。

 扉を開けると、洋風な雰囲気と大きめの玄関が私たちを迎え入れる。母は私に振動を与えないように上手に靴を脱ぎ、家に上がる。あらかじめ用意してあった赤ん坊用のベッドに私をゆっくりと置き、少し待っててね。と軽く私を撫でてから母は離れていった。 

 

 生まれ変わってから数日たったであろう今、私は何度も考えていたこの状況について再び思考していた。

 私は、生まれ変わった。これは確実だ。赤ん坊として存在している私が、何故前世の記憶を保持しているのかなどの疑問は今答えを出す事は不可能に感じたため、ひとまずその問題は置いておく。

 生まれてから今まで気付いたことと言えば、この世界と私の前世との幾つかの相違点だ。

 この家の住所は麻帆良と呼ばれる場所にあるらしいが、私はまったく聞き覚えのない場所であった。また、私は初め、私が死んだ後の時間軸に生まれていると思っていたが、現在は未だ20世紀だという。

 それにしては技術の進歩が進み過ぎているように感じるが、別世界だと考えると大きく矛盾しないようにも思える。

 とりあえず、この世界の資料や歴史を読み漁ればもう少しこの事実を納得できる形に納める事が出来るだろう。

 

 母が部屋に戻ってくる足音が聞こえた。片手に電話を持ち、耳に当てている。

 会話から察すると、どうやら父に連絡しているらしい。受話器を手にしながらも、私の顔を覗き込んで母は幸せそうにはにかむ。

 その笑顔だけで、私は少し嬉しさを感じてしまう。 

 私は、四十路を越えた精神と、生まれたての赤ん坊の本能を両立させたというとても面倒な事になっている。

 私を産んだ母には無条件に安心感を抱き、乳房を吸うことにまったく抵抗がない。いや、抵抗がないというよりも、それが当然な事だと本能的に思ってしまっている。また、頭では沢山の事を考えるが、赤ん坊の脳には長時間の思考がリスクなのか、すぐに強い眠気により思考を中断させられる。体は当然筋肉がないため満足に動かせず、舌や歯が発達していないからか声を未だに発生できていない。

 

「パパがもうすぐ帰ってくるよー」

 

 母が赤ん坊の私にも聞き取りやすいようにゆっくりと言う。

 ……そういえば、前世と最も異なっている事が一つある。

 当然私にはどちらかを選ぶことが出来ないため仕方のない事なのだが、この問題が一番不安であった。

 

「ななみよかったねー。パパにあえるよー」 

 

 二度目の人生での私の名前は「明智 七海」。

 性別は、♀であった。

 

 

 ○

 

 

 赤ん坊としての日々もそれなりに時間がたった。今はまだ女性であることを不便に感じる事はないが、将来的な事を考えると不安を感じないとは言えなかった。

 男として約半世紀を生きてきたのに、今更女性として振る舞える気がしなかった。

 開けていた窓から、蝶が入り込んでくる。白い羽を持つモンシロチョウは部屋の上空をぐるりと一周したあと、私の寝ているベッドまで近づき、私の鼻の上で止まった。前世で幾つもの虫を研究していた私には、不快に感じる事など微塵もなく、蝶と見つめ会う形になった。

 

「ななみは本当に虫に好かれるねー」 

 

 部屋を掃除しながらも、横目でその様子を見ていた母が呟く。母が虫嫌いではないと言うことが分かり少しうれしくなった。

 

 ……私が今、生まれ変わったこの世で生きていくにつれて、最も考えている事が2つある。 

 

 一つは、この世界の両親についてだ。今の母は優しい。父も優しい。二人とも初めてできた子供である私にひたすら愛を注ぎ込んでいる。

 前世の私は子供に恵まれなかったが、愛の結晶と言われる子供を大切にする気持ちはとても理解できた。それだけに、私は自分の存在を甚だしく邪魔なものだと思った。 

 もし、自分が産んだ子供に40歳を越えた男性の精神が入っていたら、それはどれだけ気持ちの悪い事なのだろう。

 二人で零から子供を育て、様々な経験をさせて、立派に育ってほしい。それが親の気持ちであることは明らかだろう。

 それを、私は奪ってしまった。 

 出来ることならこの精神を今すぐなくしてしまいたい。あるべき子供を二人に返してあげたい。しかし、私にはその方法も手段も分からなかった。強いショックを与えれば私は消えるのだろうか。

 そんなことを思うこともあるが、私が傷付いたら最も悲しむ二人を思い浮かべるとそうすることも出来なかった。

 

 だから、私は決めたのだ。

 私の精神が存在するという事実は変えられない。ならば、せめてこの事実は誰にもばれないようにしよう。

 この生涯尽きるまで、二人の前では二人の子供に成りきろう。二人が私が私の精神を持っていることに気が付かなければ、ショックを受けることなどない。

 それが、事実上二人の子供を奪ってしまった私に出来る唯一の事だ。

 

 

 ……そして、私はもう1つこの世でやりたい事がある。

 少女が夢見るおとぎ話のような、絵空事だ。そんな事有り得る訳がないと分かっている。だがほんの僅かの可能性でもあるなら、私はその夢を叶えたい。 

 

 私は、妻に会いたい。前世では死んでしまった妻。二度と会えないことなど、もちろん分かっていた。

 だが、私のように彼女も生まれ変わっていたら?

 いや、生まれ変わっていなくても、この世界にも彼女が存在していたら?

 

 彼女は死に際に確か言った。「死んでもあなたを愛してる」と。

 私は死に際に確かに思った。「もう一度妻に会いたい」と。

 

 別に前世のように寄り添わなくてもいい。私が女に生まれた以上それは叶わないだろう。

 だから、一目でいい。

 もう一度、妻に会いたい。

 

 前世を見せないという現世への誓いと、現世で会いたいという前世からの願い。

 

 二つの矛盾する想いを胸に、私はこの世界を生きていく。

 


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