セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第21話

 エヴァンジェリンの紺碧の瞳が、私を見つめる。切れ長の眉は一切動かずに、金色の髪は揺れもしない。茶々丸も同様に微動だにせず、私のベッドの横で私たちの様子を見守っているが、相変わらず表情は読めない。  

 

 私は彼女たちから目を放し、何となく前方の壁に目をやる。滑らかな丸太で覆われた壁を見て、昔見たとき彼女の家がログハウスであったことを思い出した。  

 それから、ゆっくりと頭を起動させ始め、私はいつの日か学園長が言っていた言葉を追懐していた。彼は、魔力とは、空気や水その他すべての万物に宿るエネルギーのようなものと言っていた。そのエネルギーをどのように解釈すればいいかは分からないが、確かにどんなものにも少なからず存在するらしい。  

 

 それが、私には全くない。

 

 その事実がどれだけ大変な事なのかは、まだよく分かっていなかった。

 

「魔力がない人間は、どうなるんだ? 」

 

「知るか。言ったろう? 私は医者ではないんだ。だが、人には必ず少しは魔力がある。 体が魔力の器だとしたら、その器の大きさは人により異なるが、誰でも多少の中身は入っている」  

 

 エヴァンジェリンが、ピンときていない様子の私に説明を始めてくれた。彼女は椅子に座ったまま足を組み直し、横にある丸机に肘を置く。その振動で、机の上に置いてある花瓶が若干揺れる。    

 人の魔力を内臓する仕組みは分からないが、器と中身の話を理解するのは難しくなかった。   

 世界樹と昆虫の関係でも、器と中身の話に当てはまることがあるからだ。昆虫も皆が器を持っていて、普通に生きている昆虫にもそこには多少の魔力は入っている。しかし、世界樹の魔力という異質なものを器に注ぎ込まれると、器自体に影響を及ぼして彼らは姿を変えることになる。器と中身の魔力とはお互いに影響する関係であるのだろう。    

 器と言われて、私はひとつの壺を頭に思い描いた。中に入る水の潤いによって壺は清潔さを保たれるが、中に水が入らないと、どんどんと渇き朽ちていき、壺の表面からパラパラと崩れていく。

 …………そして、いつかひび割れ、壺は形を成せなくなる。  

 器を保つためには、少なからず中身が必要だとして。それがないと器が壊れるとするならば―――  

 

「…………私の体は、どれくらいもつのだろうか」

 

「知らんと言っているだろう。魔力のない人間など稀だろうし、今までそんなやつがいたとしても、どんな末路を辿ったかは私は分からん。……まぁ、今のお前の状態を見れば、今後どうなるかなんて容易に想像つくがな」

 

 エヴァンジェリンは私に突き放すように含みのある言い方をした。  

 小学生の頃は、周りと劣らないほどの体力はあった。つまり、生まれて約10年間は中身がなくても器に異常はなかったのだ。……いや、器は徐々に乾いていたのだが、それに私が気付かなかっただけなのだろう。そして、本格的に器が崩れ始めたのはおそらく中学校に入ってからだ。

 このまま段々と体力がなくなっていくのか、それともいつか一気に崩れさってしまうのかは判断できない。どちらにせよ危険なことにはっきと変わりはないのだろう。  

 エヴァンジェリンが肘を立て、掌の上に自分の顎乗せながら、私を見る。なんというか、段々と乙女らしさから離れた格好になっていくな、彼女。

 

「なんだ、現状を知ったわりには偉く冷静じゃないか」

 

「冷静なふりをしてるだけだ。十分焦ってるし、考えている」  

 

 身の危険を知って、いつも通りでいれる筈がない。エヴァンジェリンは敢えて口に出さなかったが、このままだと自分がどうなるかくらい察しがつく。……当然、命も危ないのだろう。

 

「この事実を聞いて、貴様はどうするんだ」  

 

 エヴァンジェリンの眼光が、強くなったような気がした。名目こそ中学二年生という年頃の女子が三人集まっているのに、この部屋の空気は閑寂としている。  

 ふいに私の髪がゆったりと揺れ、外からの風を感じた。窓に掛かる桃色のカーテンも、ゆらゆらと舞う。橙色の光が差し込み、部屋の隅にある棚上の人形を照らしていて、夏だというのに蝉の鳴き声も聞こえず、空気は少し冷え込んでいるようにすら感じた。  

 

 エヴァンジェリンの視線を受け止め、顔を上げた私は、膝に掛かっている掛け布団をぎゅっと握り込んでから、答える。  

 

 

「……私は、ただどうすれば長く生きれるかを、考えるだけだ」     

 

 

 このまま、体が朽ちていくのを待っている訳にはいかない。一度死んだ経験があるからといって、死が怖くなくなる筈がない。自分と世界が切り離されるあの感覚は、言い表せないほど不気味だった。また、自分だけじゃない。心優しい子達が集まるあのクラスならば、大して私と交流ないものでも心を痛めるだろう。知人と二度と会えなくなる悲しみを知っているからこそ、A組の仲間たちにはそんな想いをしてほしくない。彼女たちには、薄暗い思いなどない青春を送ってほしい。  

 

 そして私は、病院のベッドに横たわっている妻を思い出す。  

 彼女は、どれだけ自分が病に犯されていっても決して心を折ることなく、いつでも自分らしく生きようとしていた。私のことを思いやってか、辛い顔を見せたことなどたった一度もなかった。  

 そんな妻を一番見ていた私が、簡単に生きるのを諦める訳にはいかない。  

 

 

 

「…………っは。馬鹿みたいにぎゃーすか泣き出したり、生を諦め悲劇の主人公にでもなった顔をしようものなら、直ぐにでも追い出していたところなんだがな」    

 

 エヴァンジェリンは私を見て、ゆっくりと口角を上げた。尖った八重歯がちらりと見え、再び部屋に入り込む風により金色の髪が綺麗に踊る。

 

「……ククク。貴様の状態を悪化させない手段はちゃんとあるぞ」

 

「…………え。そうなのか」  

 

 エヴァンジェリンは、可笑しそうに笑う。彼女はその事を分かっていながら、私がどう回答するか試していたのだろうか。体を維持する策があったとしても充分一大事ではあるので、このような場面で人を試すのはあまりいい趣味であるとは思えなかった。

 しかしそう考えれば、先程の私の発言や心意気は随分と恥ずかしい。若干私の顔が熱くなった気がした。

 

「私達魔法使いも魔法を使いすぎて一時魔力がなくなると私達も多少のだるさを感じる。貴様はその期間が長いせいで体に影響を受けているということだ。…………茶々丸。あれを渡してやれ」

 

「はい。マスター」  

 

 俯く私を無視して、エヴァンジェリンが茶々丸に指示を出す。すると、茶々丸はどこから取り出したのか、藍色の液体が入った不穏な試験管を私に手渡した。試験管にはコルクで蓋がしてあり、軽く振って揺らすと中の液体が渦巻く。

 

「……これは? 」

 

「貴様が倒れたとき無理矢理飲ませた薬がそれだ。適当に調合して魔力を込めたものだが、器を保つ程度には使えるらしい」  

 

 私は、乾いた壺の外側に水をかけるイメージが頭に湧いた。確かに無理矢理魔力の入ったものを飲めば、器に溜まらなくてもある程度保てるかも知れない。

 だが―――

 

  「どうして、私にこれを? 」  

 

 魔力を込めるという工程が不可能な私にとって、この薬品をくれるというの感謝してもしきれないほどのものだ。しかし分からないのは、何故エヴァンジェリンが私にここまでしてくれるのかということだ。

 

「なに、それは大した物じゃないからな。あげても困るものではないし、貴様には多少興味を持ったからな」

 

「…………」

 

「…………興味。マスターそうだったんですか」  

 

 茶々丸が少し驚いた声音でエヴァンジェリンに問い直す。恋愛的な意味に捉えてしまったのだろうか。すると、彼女は喚くように訂正した。

 

「あほか! そういう意味ではないわ! 」  

 

「しかし、人が人に興味を持つときは、恋愛感情に成り得ることが多いと」

 

「だれがいった!? 」

 

「いえ、先日教室に落ちていた雑誌にそのようなことが書かれていたので記憶してました」

 

 おそらくそれは柿崎が持ってきていた雑誌だろう。年頃の女子のよむファッション誌にはそのような記事が載っていることが多い。

 

「無駄なことを覚えよって! 」

 

 エヴァンジェリンは茶々丸の後ろに回り、バカロボバカロボと言いながら、茶々丸の背にゼンマイをつけて廻す。茶々丸は珍しくたじたじした様子でやられていた。  

 

 二人の騒動が終わると、エヴァンジェリンは私に目線を戻して、何もなかったかのように言う。

 

「貴様は、そのまま終わらすには惜しいと思っただけだ。なんとなくな」  

 

 エヴァンジェリンは私に近寄り、私の持っていた試験管をとって続ける。

 

「たが、この魔法薬もただではない。当然その分は働いてもらうぞ。私もある事情でいくつか魔法薬が必要でな。研究施設に通うほどなら薬品の調合くらい出来るだろう。

 場所と材料とレシピは用意するから頼んだものを作っといてくれ。魔力を必要とする作業は私がしておく」  

 

 さらっと述べて、彼女は身を翻す。部屋のドアに向かって歩いていき、ドアノブに手をかける彼女を私は声をかけて引き止めた。

 

「…………なんだ? 」

 

「…………ありがとう」  

 

 私は深々と頭を下げる。だが、エヴァンジェリンは気にもしない様子で軽く息を吐いた。

 

「こちらも対価を求めている以上お互いに利益ある関係だ。礼など足しにならんから要らんと言ったろう。毎週金曜日にここに来い。仕事と薬はその時だ」  

 

 そういって、彼女は部屋から出ていき静かにドアを閉める。  

 

 横を見ると、茶々丸はいつの間にか立ち上がって私を見ていた。私は目を伏せながらゆっくりと彼女に告げる。

 

 

「…………君の主人は、優しいな」

 

「私も、そう思います」  

 

 ふんわりとメイド服を揺らしながら、彼女は頷いた。    

 

 

 

 ○

 

 

 それから、私は毎週金曜日はエヴァンジェリンの家に通った。あのログハウスは見た目よりもずっと広く、まさかの地下まであった。地下の一室は見たことない薬品などが収納されていて、そこを綺麗にして試薬を調合する部屋とした。  

 私は生物が専門であるが、化学の知識がない訳ではない。生物の起こり得る全ての事象と化学物質は大きく関わっており、昆虫が発するフェロモンだって化学物質である。

 なので、化学に自信がない訳ではなかったのだが、流石に全く知らない試薬を前にすると出来ない事が多かった。  

 そのため、エヴァンジェリンがどんな薬品を作ろうとしているかはよく理解できぬまま、私は受けとったレシピとプロトコルを元に調合を進めていた。  

 

 この一件で私とエヴァンジェリンの仲が急激によくなる、なんてことはなく、私達の関係は淡白なものだった。私はエヴァンジェリンには感謝しているが、彼女は私とは仕事の関係と割り切ってる部分が多かった。私を助けたのも、気紛れやなんとなくという思いだったのだろう。しかしそれでも、今までよりは会話する機会はずっと増えた。と言っても、二人とも自分の好きな話を相手に聞かせるだけのものだったのだが、お互いにどちらの話も興味を持てたようだ。私は生物、特に昆虫の豆知識などを話し、彼女は自分のことや歴史について話す事が多かった。……途中で、彼女に昔会っていたことがばれ、あの事件でしばらく虫に嫌気が差したと私は散々なじられた。  

 

 そして、そこで聞いた彼女の生い立ちは、想像を絶するものだった。  

 なんと彼女は、600年もの時を生きる吸血鬼なんだとか。  

 600年など私には全く想像出来ないが、彼女は様々な想いや経験をしてきたのだろう。そのことを彼女が詳しく話すことはあまりなかったが、それだけの月日を歩んできたという事実だけで、彼女は尊敬に値する人物であった。  

 

 そして、それだけの長い期間生きてきた彼女が見たことないという私の現象は、相当稀有な例のようだ。  

 

 

 だが、私は自分の魔力がない理由について心当たりがない訳ではなかった。  

 万物に宿るエネルギーが魔力と言っていた。だがそれは、この世界における万物の事だろう。私という別世界の前世の記憶は、その万物に属さない。もし、生まれたばかりの時に考察したように、記憶が魂などというものにも存在するとすれば、その魂が私に魔力を与えてるのを妨げていると私は予想した。  

 

 何にしても、このままエヴァンジェリンの世話になり続ける訳にはいかない。体力などは衰えたままだが、今のところあの時のように急に倒れたりすることはない。だが、エヴァンジェリンの薬はあくまでも体の状態を維持するものであり、回復させるものではない。いつまた悪化するかなど分からない。そのため、私は私でなんとかこの体をどうにかしようと試行錯誤していた。    

 

 それから、昆虫の研究も進めながら自分の体についても調べ始め、週に一度エヴァン ジェリンの家に通うという日々を送り、私の夏は過ぎていった。    

 

 

 

 ○  

 

 

 

 月日はまたゆるりゆるりと過ぎていく。クラスで起こる様々な楽しいイベント、体の状態について悩む日々。世界樹と昆虫の関係についての新しい発見。色々な出来事を越えて、A組の生徒は少しずつ前に進んでいく。部活に励む子も、趣味に励む子も、恋に励む子も、皆同じように時の流れに乗っていく。    

 

 そして、夏の暑さを越え、秋の静けさを越え、冬の寒さを身に感じ始めた頃、A組ではある噂が流れ始める。    

 

 なんと、私達のクラスに、新しい先生が来るらしい。

 




小ネタ
『当時のこと』




「そういえば、貴様はどうして私を気にかけてたんだ」

「ああ、それはだな、昔君と会ったことがあったんだ」

「なに? どこでだ」

「この家の外で。私が小学校に上がる前だな」

「……覚えてないな。その時に、何かあったか?」

「エヴァンジェリンが私を見つけて近寄ってきて」

「……ふむ」

「妙な気配をするだとかいって、頭を押さえようとしてきて」

「幼稚園児にやる行為とはおもえんな」

「やったのは君だがな」

「だから明智さんはマスターを気にかけてたんですね」

「……幼少のトラウマとしては十分すぎるな。それで、どうした」

「虫をばらまいて逃げた」

「……虫…。っ!! 思い出したぞ! 貴様! あの時の! 」

「本当に忘れていたんだな」

「マスターと違い明智さんは成長してますから、外見では気付かなかったのかもしれません」

「貴様! 私があの後どんな想いをしたのか分かっているのか! 口の中に羽ばたく蝶を入れた時の気持ちが貴様に分かるか!!」

「……もとはマスターが原因だと思いますが」

「それにあの時虫籠にいれていたのは蝶ではないぞ。蛾だ」

「ぐはぁ!! 」

「ああ、マスター大丈夫ですか」

「大丈夫だ。昆虫食は地域によってはポピュラーな食べ物でもあるし」

「そういう問題ではないわ!!!」




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