セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第22話

 

「ネギ・スプリングフィールド君」  

 

 校長先生が、いつもより真剣な声で読み上げる。元気よく返事をしてから、窓から幻想的な光が入り込むこの場所を、 僕はゆっくりと進んでいく。静寂な空間で、かつんかつんと靴が床を叩く音が響く。制服の上に着ている緑のローブも新鮮に感じて、初めての場所じゃないのに、なんだか少し緊張してしまう。  

 皆の注目の集まる中、段差を上り、校長先生のいる台座の前までつくと、僕は練習した通りにスッと交互に手を前に差し出した。長い髭をなびかせて校長先生はやんわりと微笑み、僕に卒業証書と書かれた紙を渡す。

 

「卒業おめでとう」

 

 校長先生が目を細める。学校を卒業するという実感はまだ分からなかったけれど、その優しい顔が、僕の胸をぐっと込み上げさせた。  

 形式通りに卒業証書を受け取って、席に戻ろうと礼儀正しく歩いていくと、お姉ちゃんのにっこりと笑う顔が見えた。それがまた嬉しくて、思わず手を振りそうになるけれど、我慢して顔を崩さないようにしながら元の位置につく。

 

 次の子の名前が呼ばれて、ぎこちない動きで前に行くのを見ながら、僕は少しずつ実感していく。    

 

 

 ……これでやっと、次のステップにいけるんだ。      

 

 

 

 ○  

 

 

「ネギ」

 

 僕が廊下を歩いていると、後ろから声をかけられる。振り向くと、お姉ちゃんとアーニャがいて、お姉ちゃんはいつものようにふんわりと微笑んでいた。窓から射し込む光でお姉ちゃんの薄黄色の髪は照らされて、とっても綺麗に見えた。

 

「お姉ちゃん! 」  

 

 僕がすぐにお姉ちゃんの元まで駆け寄ると、アーニャが呆れた表情をした。

 

「あんたねぇ、いつまでネカネお姉ちゃんに甘えてるのよ」  

 

 子供ね、と言いたげな顔をしてアーニャは僕を見る。僕はむっとした気持ちになって、アーニャを睨むと、睨み返される。二人でむむむと牽制しあっていると、お姉ちゃんが僕達の頭に手をぽんと置いた。

 

「いいじゃない、甘えたって。卒業式、ネギもアーニャも、かっこよかったわ」  

 

 そう言って、またいつもの笑顔。横を見ると、アーニャは真っ赤な髪を揺らされつつも、照れながら嬉しそうな顔をしているのが分かった。    

 

 僕の従姉であるネカネお姉ちゃんは、いつも優しくて、暖かい雰囲気で、堂々としていて、僕とアーニャの憧れの人だ。  

 小さい頃から僕達の面倒を見てくれて、僕達にいろんなことを教えてくれた。村の人たちにも頼りにされていて、彼女を嫌う人など僕は見たことがない。  

 

 …………僕達の村が襲われて、皆が石にされてしまって、アーニャも僕も暗かった時でも、お姉ちゃんだけはずっと前を向いていた。僕達を励まし続けて、新しい村でも皆の力になろうといつも頑張っていた。    

 

 僕達は、そんなお姉ちゃんのことが大好きだった。    

 

「それで二人とも、修行の場所はどこだったの? 」

 

 お姉ちゃんが、優しく言う。  

 僕達魔法使いは、卒業証書をもらってすぐに終わりと言う訳ではない。それぞれに場所と役割を与えられ、それを全うしきって、やっと一人前に近付ける。

 

「私は…………ロンドンで占い師だって! 」  

 

 卒業証書を広げたアーニャは、期待に満ちた顔でお姉ちゃんを見上げる。アーニャは占いが結構好きだったし、合っている気がした。  

 僕も負けずに、丸まった卒業証書を開く。名前の横の空いたスペースに、じんわりとピンク色の文字が浮かび上がってくる。  

 

 

 

「「……日本で…………教師? 」」    

 

 

 

 アーニャはいつの間にか僕の卒業証書を覗き込んでいて、僕と一緒に書かれた文字を読み上げていた。咄嗟にお姉ちゃんの顔を見ると、なんだか小難しい顔をしていて、少し不安になる。  

 

「ネギ、修行の場所はどこだったんじゃ? 」  

 

 気付くと前から校長先生がやってきていて、僕に尋ねてきた。

 

「…………校長、これは本気ですか? 」  

 

 少し力の入った声で、お姉ちゃんは校長先生に言う。それが珍しくて、僕はちょっぴり怖くなった。  

 校長先生は僕の卒業証書をちらりと見て、ゆっくりと目を閉じながら言う。

 

「……ここに書かれているということは、これがネギにとっても周りにとっても、必要なことなんじゃろう」

 

「…………そう」

 

 お姉ちゃんはため息混じりに声を出して、少し屈んで僕達と目線を合わせた。

 

「…………ネギ、それにアーニャも。あなた達に与えられた修行は、どちらも人の人生に大きく関わることなのは分かるでしょう? 」  

 

 お姉ちゃんが僕達を撫でながら言う。真剣な声音だったけれど、いつの間にかいつもの優しい表情に変わっていた。  

 教師も、占い師も、確かに人と関わる仕事だ。僕は生徒に勉強を教えなければいけないし、アーニャはお客さんに運勢を教えなければならない。  

 僕達はしっかりとお姉ちゃんの目を見つめて、話を聞こうとする。  

 

「あなた達はまだ子供よ。失敗することもあるし、分からないこともたくさんあるでしょう。……それでいいのよ。そうやって成長するんだから」  

 

 お姉ちゃんも、僕達を見つめていて、お姉ちゃんの瞳には、僕とアーニャの姿がしっかりと映っていた。

 

「でもね。そういう職を経験するからには、覚悟だけはしておかないとだめ。気持ちだけは持っていないとだめ」  

 

 お姉ちゃんは一息ついてから続ける。  

 

「自分の人生と他人の人生を交える覚悟を、しっかり持たないと」    

 

 そう言って、お姉ちゃんはまた僕達を撫でた。  

 その言葉の意味はまだよく分からなかったけど、僕達二人がゆっくりと頷いたのを見て、お姉ちゃんはまたふんわりと笑った。

 

 

 ○  

 

 

 それから、それぞれが修行の場所に出発するまでの期間は、色々な準備を行っていた。アーニャはもう一度占いの教本を読みなおして、どこまで人に教えていいかなどを確認していた。

 僕はお姉ちゃんに日本語を教わっていた。  

 何故かお姉ちゃんは日本について詳しくて、文化とかも教えてくれた。それと、僕の行く先は女子中学校のようで、お姉ちゃんに魔法のコントロールをしっかり出来るようになりなさい、と耳に蛸が出来るくらい言われた。くしゃみで女の子を脱がせるようなことは、絶対に駄目らしい。お姉ちゃんは魔法が使えないから、僕は独学で自分の魔力のコントロールを勉強した。  

 そうやって、僕達は修行の場所に行く日まで過ごした。もうすぐお姉ちゃんと離れてしまうと思って、僕もアーニャもその分お姉ちゃんとずっと一緒にいた。お姉ちゃんは嫌そうな顔など一切見せることなく、僕達と色んな話をした。    

 そして、とうとう日本に飛び立つ日が来た。  

 

「ネギ、体に気を付けなさいね」    

 

 がやがやと騒がしい空港で、お姉ちゃんは僕に向かって言う。アーニャは少し早い便に乗ったので、もういなかった。

 

「…………」  

 

 僕は、自分の身の丈以上ある杖を抱えて、じっとお姉ちゃんを見る。    

 

 

「…………もしかして、泣きそう? 」    

 

 

 優しい声で、お姉ちゃんはそう言った。僕は、ぶんぶんとおもいっきり首を左右にした。    

 

 僕は、早く一人前の魔法使いにならないといけない。   

 村の人達を、石化から治してあげたい。  

 お父さんにも、会いたい。  

 そして、お姉ちゃんを守ってあげたい。  

 欲張りかもしれないけど、全部やり遂げるために僕は頑張ると誓った。だから、こんなところで泣いてなんかいられない。  

 

「…………そう、残念」    

 

 ちょっぴりいたずらっ子ぽくお姉ちゃんは微笑む。その顔から、本当は僕が泣きそうなのはばれてる気がした。

 

「お姉ちゃん、薬飲むのを忘れちゃだめだよ? 」  

 

 仕返しに、お姉ちゃんに注意してみる。すると、クスクスと声を漏らして、分かったわ、と答えた。  

 

 お姉ちゃんは、何故か全く魔力がない。  

 

 こんな症状は珍しくて、たまに調子を崩すお姉ちゃんは、魔法使いの医者でもどうすればいいか分からないらしい。  

 今はとりあえず応急措置で魔力の入った薬を飲んでいるけど、これからどうなるかは分からない。  

 そんなお姉ちゃんの症状を治す手掛かりをつかむのも、僕の誓いの一つだった。  

 

「……そろそろ時間でしょう? 」

 

「……うん」

 

「……手紙送るのよ? 」

 

「……うん」

 

「……頑張ってね」

 

「……うん。頑張るよ」    

 

 

 僕は、そう言って飛行機乗り場に向かう。後ろを振り向いたら、僕が涙を流しているのがばれてしまう。強がって、大きく足を踏み出して進んで行った。      

 

 

 

 ○  

 

 

「すごいなぁ、ここが日本かぁ」  

 

 誰に言う訳でもなく、僕は周りを見ながら呟く。高いビルがいくつも聳え立ち、沢山の人が道を行き交う。  

 

 僕は途中人に道を聞きながら、調べていた道順通りに進んで行き、街中を走る市電に乗りついた。珍しさで市電の中をきょきょろと見渡していると、周りの女子学生にクスクスと笑われていた。なんだか恥ずかしく思っていると、急に鼻がむずむずとする。

 

「…………は、は、はっくしゅん! 」

 

 くしゃみが出そうになるのと同時に、僕は頑張って魔力の放出を抑えようとした。僕は何故かくしゃみをすると武装解除の魔法が暴発してしまうため、そのたびにしっかりと堪えなければならない。    

 

 でも、僕のくしゃみに合わせて、車内に風が吹き荒れて、女子学生達のスカートをはためかせてしまった。

 

「あ……」  

 

 女子学生達は、何が起きたか把握しきれていなくて周りを見渡す。  

 僕はまずいと思いつつ、早々に止まった駅で降りた。

 …………脱がしてはないから、ギリギリ大丈夫。うん。    

 

 駅で降りると、制服を着た人達が大量に流れていき、まるで台風みたいだった。僕も、時間に遅れないように人混みにあわせて移動していると、目の前に二人の女子学生がいた。一人はオレンジ色の髪をツインテールに縛っていて、爽快に走っていて、もう一人は 黒髪を靡かせてローラースケートで移動している。

 

 なんとなく見ていると、オレンジ色の髪をした子に失恋の相が見えた。    

 

 ……これは、教えた方がいいのかな? 余計なお世話かもしれないけど、お姉ちゃんに女の子には優しくしなさいって言われたし、うん。教えたあげた方がきっといいよね!    

 

 僕は移動している二人の横について、言う。  

 

「あの、失恋の相が出てますよ? 」  

 

「…………はぁ?! 」    

 

 これが、僕が教える生徒との、ファーストコンタクトだった。  

 

 

 

 

 ○  

 

 

 

 

「学園長! 本当ですか! こんなガキが教師だなんて! 」  

 

 先程会ったオレンジ色ツインテールの女の子―――神楽坂 明日菜さんが、学園長の前にある机を叩いておもいっきり抗議する。  

 ……そんなに言わなくてもいいのに。さっきタカミチの前でまたくしゃみをしてしまって、その時に明日菜さんのスカートをめくってしまったのは確かに悪かったけど …………

 

 僕と明日菜さんは、さっき失恋の相が出ていることを教えてしまったせいで少し揉めていた。そして、そのあとやってきたタカミチの前で僕は明日菜さんのスカートをおもいっきり捲ってしまった。そのせいで明日菜さんは余計に怒って、この学園長室についたらすぐに学園長に文句を言っていた。

 

「ふぉっふぉっふぉ。本当じゃよ。しばらく教育実習という形をとるが、今日から彼がお主たちのクラスの先生じゃ」  

 

 とても長い後頭部をした学園長が、明日菜さんに向かって言う。  

 それを聞いて明日菜さんは、そんなぁ、とがっくりと項垂れてしまっていた。横にいたもう一人の女の子、このかさんはちょっぴり微笑みながらまぁまぁと言いながら明日菜さんを励ましていた。  

 

 ……そんなに僕が先生なのが嫌なのかな………

 

 早々にちょっぴり凹んでいると、学園長は僕に話しかける。

 

「だが、ネギ君。修行とは決して簡単なものではないぞ。駄目だったら故郷に帰らねばならん。そして二度とチャンスはないぞ」  

 

 先程までの飄々として雰囲気とは一転して、学園長はじっくりと僕を見る。

 

「……やります。やらせてください」  

 

 自分の誓いを押し通すために、今まで頑張ってきた。そのためにどんな修行でも、全力で取り組むつもりだ。  

 

 僕としばらく目を合わせてから、学園長はゆっくりと頷く。

 

「…………うむ。わかった! では、今日から早速やってもらうのじゃが……。まだお主の住む場所が決まっとらんのくてのぅ」  

 

 ぽりぽりと学園長は髭をかく。

 

「このか、アスナちゃん。悪いが、しばらくはネギ君を二人の部屋に泊めてやってくれんかの」

 

「……はい? 」  

 

 いきなりの申し出に明日菜さんは、固まってしまった。……僕も、どうしたらいいか分からなくて、困惑してしまう。

 

  「ちょ、ちょっと待って下さい! なんで私達の部屋なんですか! 他にも…………例えば!七海なんか一人部屋ですし! 」

 

 ばんばんばんと明日菜さんは学園長の机を何回も叩く。……流石に僕も、こんな怖くて意地悪な人の部屋はちょっと……

 

「……七海君はのう。しょっちゅう研究室にいて、いつも部屋にいるという訳ではないし、あの子にこの子の世話を任せるのはのぅ」

 

「……だ、だからって! 」

 

「うちはえーよー。かわいーやんこの子」 

 

「ガキは嫌いなんだってば! 」    

 

 マイペースに言うこのかさんに、明日菜さんは突っ込む。そうやってわーわーと騒いでいると、扉がコンコンとなった。  

 

 

「……お、噂をすれば、ちょうどじゃの。七海君、入ってよいぞ」  

 

「……失礼します」    

 

 

 そう言って学園長室に入ってきたのは、他の子達よりも長いスカートを履き、綺麗な 黒髪でキリッとした目をした女の子だった。

 





小ネタ
『お約束』





「日本ってどんなところかなぁ」

「とってもいい所よ。四季があるし、料理はおいしいし」

「へぇー。お姉ちゃんは物知りだね」

「……ただね、不思議な風習もあるのよ」

「え、どんな?」

「例えばね、ネギが熱々のお湯の前に立ってたとするでしょ」

「うん」

「押さないで、押さないで、って言うでしょ」

「うん、きっと言う」

「そしたらね、日本人は押してくるのよ」

「え!?? どうしてそんなひどいことを!!」

「風習なのよ。お決まりで、お約束なの」

「アーニャ、どうしよう。僕日本怖いよ」

「まずお湯の前に立たなきゃいいんじゃない?」

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