セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第24話

 

 

「長谷川さんはコーヒーか紅茶どちらが良い? 」

 

「……悪いな。コーヒーで」

 

「了解」  

 

 部屋の中央にある丸テーブルの側に座っている長谷川さんから若干だれた返事を聞き、私は台所に移動した。寝間着であろうジャージを着てクッションの上に座り、机に両肘を置く姿は、彼女には失礼だが、幾分か老けて見えてしまった。  

 私はそんな彼女の姿に苦笑しながら、台の上にあるコーヒーメーカーに紙でできたフィルターをひき、購入したコーヒーの粉を入れる。そして、側部に付いている容器に水を汲んでパチリとスイッチを押す。次第にコポコポと音を立て始め、苦味を思い出すような匂いが辺りを漂い、私の鼻を掠めた。眠気を飛ばすこの匂いは、嫌いではない。

 

「ミルクと砂糖は? 」

 

「なしで」

 

 即答で返ってくる辺り大人だなぁ、なんて思いながら、少し経って出来上がった黒色の液体を二つのマグカップに入れる。一つはそのままで、もう一方には砂糖を入れてから冷蔵庫から取り出した牛乳を注ぐ。黒色の表面に白い液体が流れ込み、緩い渦を巻くように混ざりあった後、それは濃いクリーム色に変わった。  

 二つのマグカップのとってをそれぞれの手で持ち、台所から移動して長谷川さんのいる丸テーブルのそばまでいく。ブラックである方を長谷川さんの前に置くと、彼女は私に軽くお礼をした。  

 私はそのお礼に返事をして、そのまま長谷川さんと対面するように座る。軽く熱気を感じながらも、ゆっくりとマグカップを持ち上げて、カフェオレを飲む。ミルクのおかげで温度も丁度よく下がり、甘味もあってとても飲みやすい。  

 気が付くと、そんな私の姿を長谷川さんはじっと見つめていた。

 

「……? どうかしたか? 」

 

「……明智はイメージだと完全にブラック派ぽかったからよ。いや別にそれが悪いとか言うわけじゃなくて」

 

「ブラックも飲めない訳じゃないんだが、甘い方が好きなんでな。そういう長谷川さんはブラックだなんて格好いいぞ」

 

「や、やめろよ! 格好つけて飲んでるみたいじゃねーか! ブラックのが目覚めが良くてよく飲むだけだ! 」  

 

 そう言って、長谷川さんは照れ隠しにマグカップをぐっと上げて口元へ運んだ。

 

 

 ……私のカフェオレは冷えた牛乳を入れたため、飲める温度であった。しかし、熱したばかりのコーヒーを飲んだ長谷川さんは…………

 

「…………あひぃ(あちぃ)」

 

「だろうな」  

 

 湯気で曇った眼鏡の奥に涙目が見える。火傷して真っ赤な舌べらを出す長谷川さんがなんだか可愛らしくて、不謹慎ながら私はクスリと笑ってしまった。その後、笑った事に対してじろりと涙を貯めた目で睨まれたため、すぐに冷えた水を入れたグラスを運ぶことにした。    

 

 

 ○  

 

 

 

「それでだ。今日はどうしたんだ? 」  

 

 二人ともマグカップに入った飲み物から湯気が消え、量が半分ほどに減った時、私は長谷川さんに尋ねた。と言っても、正直内容は想定しているのだが。

 

「……なぁ。この日本にはさぁ、法律とかあるよなぁ」 

 

「……あるな」  

 

 舌の火傷は治まったようで、長谷川さんは先程までと違い流暢に喋る。しかし、何故急に法律の話なのかは私にはまだよく分からない。

 

「……その法律は麻帆良にも適応してるよなぁ」

 

「……してるだろうなぁ」  

 

 静かに、しかしはっきりと話す長谷川さんの声が何か怖い。私が、彼女に何を言わんとしてるか聞こうとした所で、彼女は大きく息を吸い…………  

 

「労働基準法機能しろっ! 」    

 

 叫んだ。わしゃわしゃと自らの頭を掻きむしりながら長谷川さんは叫んだ。

 当然ネギ先生が教師をしていることについての訴えであろう。あー、話はそう繋がるのかぁ、とのんびり思ってから、とりあえず夜も近いので静かにしようと私は彼女に告げた。  

 

 

 

 ○  

 

 

 

 少し経ち、彼女が落ち着きを取り戻してから私達は再び話を始める。

 

「明智はどう思ってんだよ。あの子供先生のこと」

 

「……不安はあるが、頑張ろうとはしてるんじゃないか」

 

 私がそう言うと、長谷川さんは目を見開いて私を見る。

 

「おいおい明智。子供だぜ? おかしいのは分かってる……よな? 」

 

「大丈夫だ。ちゃんと認識できてる」  

 

 私の言葉を聞いて、長谷川さんはほっと胸を撫で下ろす。どうやらこの非常識を自分だけでなく私もちゃんと認識出来ているか心配だったようだ。

 

「それじゃなんでだ? 」

 

「ネギ先生が本当に何にも出来ないような子供だったのなら私も思うところがあったさ。だが、今日の授業はどうだった? 」

 

 長谷川さんが少し考えるようにしてから答える。

 

「まぁ、悪くはなかったけどよ……」

 

「そうだろう? 確かに彼は頭が良いようだし、子供というだけで評価するのは早計じゃないかと思ってな」  

 

 うーんでもなぁ、とそう簡単に納得出来ずに長谷川さんは頭を抱えている。この調子だと、ネギ先生が魔法使いなどと言ったら彼女の頭はパンクしてしまうだろうなと心配にもなった。    

 

 実のところ、長谷川さんには魔法や魔法使いのことについては話をしていない。学園長が言うには魔法とは秘匿されるべきものであり、それを知ってしまった者の記憶を消すことさえあるようだ。……そう考えると、私が図書館島で記憶を消されなかったのは本当に運が良かったのだろう。いや、学園長が私に甘かっただけか……

 魔法使いの存在を知ることがどのように不利益で危険を及ぼすかは知らないが、その危険がある以上長谷川さんを無理に巻き込むことをするべきでないだろう。  

 ただ、学園長には長谷川さんのことについて話してある。認識阻害という魔法の効果を受けにくい彼女は、幼少から苦労していたということを、学園長に伝えた。すると、学園長は申し訳なさそうな顔をして、私に頭を下げた。私に謝っても仕方のないことで、いつか本人に謝って上げて下さい、と言うと彼はいつか必ず、と私に約束してくれた。  

 

 因みに長谷川さんに、魔力ではなく不思議パワーと称して世界樹と昆虫の話は聞いてもらうことは許可をもらっている。魔法を絡めず公にはしないと約束はしたし、私の話を聞こうとしてくれる数少ない人をなくしたくなかった。……隠し事しながらも聞いてほしいことは聞いてもらうという勝手な都合ではあるのだか。

 

「……はぁ。それじゃ明智の言うことを信じて子供先生についてはもう少し様子を見てみるか……」  

 

 一人で罪悪感を感じている私を前にして、彼女は溜め息を吐いてから、半ば無理矢理自分を納得させるように言う。それから、マグカップの取っ手をもってゆっくり中身を飲み干した。湯気が消えたからといって先程火傷した飲み物への警戒心が消えた訳ではないらしく、慎重になる彼女の姿は年相応の少女に見えた。  

 私も釣られるように少し冷えたカフェオレを飲もうと、胸の前までマグカップをあげると、彼女はキョロキョロと私の部屋を見渡した。  

 私はカフェオレを一飲みして、マグカップを机の上に置いてから聞く。

 

「……なにしてるんだ? 」

 

「いや、あの時のカブトムシがいないなって」

 

「……寿命で、なくなったさ」  

 

 日本のカブトムシの寿命は、成虫になってから長くても2、3ヶ月だ。世界樹の影響を受けてその倍は生きたが、あの時から一年以上たった今まで生きることなど出来ない。  

 

 そうか、と少し目を伏せてから彼女は再び私の部屋の物色を始めた。

 ……長谷川さん、段々と私に対する遠慮とかなくなってきている気がする。別に構わないのだが。  

 

 長谷川さんが去年カブトムシとじゃれあっていた事を考えると、虫自体には大きな抵抗はないらしい。

 

「ここにいるのは……蟻? いや黒いけど白蟻か。……お。水槽もある。ついに昆虫だけじゃなくなったのか」

 

 長谷川さんは、網目状でステンレス製の棚にある虫籠を順に眺めていき、中段にあるガラス張りの四角い水槽を覗き込む。魚の姿でも探しているのだろう。

 

「ちゃんと昆虫が入ってるぞ。そこにいるのはホタルの幼虫だ」

 

「へ? …………ホタルの幼虫ってまさかこの気持ち悪いやつ? 」

 

「気持ち悪いって……」  

 

 長谷川さんは、水槽内にいる黒い細長の生き物を指差して言う。ホタルには種により陸生と水生の幼虫がおり、水生のものは水辺で生活して貝を食べる。幼虫の姿は成虫とはかけ離れていて、芋虫に近い体型で、腹部などいくつかの節に分けられている。さらに、各節に生え並ぶ鰓が足のようにも見え、これを初見でホタルの幼虫と気付ける人はいないだろう。

 

「そんで今度はホタル使って何してるんだ? 」

 

「ホタルに世界樹パワーを与えたらどうなるかを調べようとしていてな」  

 

 成虫となったホタルは、皆が知っているように尾部を光らす。それはコミュニケーションや交尾の誘導など個体間の信号として使われるため、他の個体への相互作用をみるのに適している。  

 ここまで説明すると、長谷川さんは頭を傾ける。

 

「……ホタルの幼虫って木を食べるのか? 」 

 

「食べないな」

 

「…………どうやって世界樹の影響受けさせたんだ? 」  

 

 世界樹の影響を顕著に受けさせるためには食すことがキーである、といつか言ったのを覚えていたようで、長谷川さんは疑問を浮かべていた。  

 私はそんな長谷川さんを前にして、前回と同じようにニヤリと笑ってから応える。  

 

 

 

「そうだな、じゃあその辺の研究成果について話をしようか」

 







小ネタ
『英語』






「しかし子供先生、英語も日本語もぺらぺらってのはすげえな」

「確かにすごい。十歳で二か国語も話せるのは。相当頭が良いのだろうな」

「私英語って苦手なんだよな」

「……そうだったか?テストの点数も取れてないという訳ではないのだろう」

「勉強すんのが苦手って訳じゃなくて、なんだろな、存在が苦手」

「……どういうことだ?」

「なんで日本人なのに海外の言葉学ぶ必要あるんだよ、っていつも思っちまう。こちとら日本に引き籠る気満々なのに勉強させられてもなって」

「ああ、そういう……。日本に引き籠るというのは引き籠りとしてはかなり行動範囲が広そうだな」

「そこは比喩だ」

「分かってる」

「それによ、万が一私らが海外行くとなったら、普通行く国の言葉とかある程度調べて、ガイドブック片手に現地の人には現地の言葉で話すだろ?」

「まぁ、そうだな」

「でも英語圏の奴らって、日本来ても大抵英語で話してくるじゃんか」

「……そうか?」

「そうなんだよ。英語ですけど、まぁ世界一の言葉ですし理解できますね?って感じで始めから英語でくんだよ。それがなんか気に入らん」

「ひねくれてる考えだなぁ」

「自覚はある」

「真面目な話をすれば、英語を学んでおくことは、将来自分の可能性を広げるのにとても重要だぞ」

「例え日本で引き籠りでも?」

「例え意外と行動範囲が広い引き籠りでも、だ」

「比喩だぞ」

「分かってる。日本のことを狭い世界、だとは言わないが、やはり世界は広い。色んな世界のことを知るために、英語というツールはとても役に立つ。もちろん、日本にいたままでも英語の文献に触れる機会はあるからな」

「……うーん。まだそういう実感というか、考え方は出来ないんだが」

「……まぁ、今は授業をちゃんと受けていればそれでいいと思う。いつの日か、長谷川さんが必要だと思った時にしっかりと向き合えばいいんじゃないか」

「日本で英語を話してくる外人にはどうしたらいい?」

「できる限り頑張って答えてあげてくれ。彼らはほかの国の言葉を学ぶ機会が少ないから、ある意味仕方がないんだ。だけど、ゆっくりと簡単な英語で話してくれるし、それに……」

「……それに?」

「最後はきっと、敬意をこめて、『アリガトウ』、って言ってくれる」


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