セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第30話

 

 

 結論から言うと、我らが2―A組は無事に学年一位となれた。それも、二位と結構な大差をつけてだ。ネギ先生は子供らしくはしゃぐように喜んだし、バカレンジャー達は小学生のようにくちゃくちゃになりながら騒いだ。後日個人の成績をそれぞれに知らされた時、桜咲が安堵の息を吐いていたところを見ると、彼女もそれなりに点数を取れたようだ。

 

 ……A組で誰が一番低い点数だったとか、バカレンジャーに負けた人は誰だという話は止めておこう。夕映が高得点だったのでもはやそれに負けた人がバカレンジャーなどとは言えなかったし、何よりも、皆が自分のベストを尽くして結果が出せたのだ。それ以外の事を探る必要などない。    

 

 無事に期末テストというイベントを越えて、彼女達はいつも以上に騒がしく日々を過ごしていく。しばらくテストがないということが嬉しくて仕方ないのだろう。  

 

 桜咲と私は、前より少し良好な関係になったと思う。テストが終わった後はわざわざお礼を言いに来てくれたし、その後もあちらから挨拶をしてくれることが増えた。

 …… 木乃香が側にいないときに限ってだが。  

 木乃香との仲は、そう簡単に解決するような問題ではないようだ。しかし、桜咲の方から木乃香へばれないようにチラチラと視線を送ることもあり、時間が経てば上手くいくのでは、とも思った。……二人の関係はまだ分からないが、是非仲良くなってもらいたいと心から思う。    

 

 それからまた様々な出来事を過ごし、寒さが薄れ新芽が出るかという頃、二年の三学期という時期が終わった。  

 来年からは妹のういが同じ中学に通う事となるため、春休みは実家に戻り親に顔を見せるついでに、妹の荷物纏めの手伝いなどに時間を使った。勿論、実家にいながらも研究室やエヴァンジェリンの元へは通っていた。移動の時間は長くなったが、道中の電車で夕映に借りた本を読んでいれば億劫に思うこともなかった。  

 

「ななねぇ! 桜通りの吸血鬼って知ってる? 」

 

 ういがそんな風に聞いてきたのは、母の料理を美味しく食べていた時だ。母の料理はしばらく自炊など出来なかった私には身に染みるものだった。私は机の中央にある大きな皿に盛られているサラダを、適量自分の皿に移しつつ答える。

 

「いや、知らないな」

 

「うい、口の中の物を食べ終えてから喋りなさい」

 

「んぐっ」  

 

 母にそう言われると、ういは咀嚼する速度を上げ、もぐもぐもぐもぐと一生懸命噛む事に集中する。噛む度に揺れるツインテールを見ながら、別に急いで食べる必要はないのに、と思いつつトマトを口に運んだ。  

 

 ういがゴクリと飲み込む音を立てると、また母に行儀が悪いと叱られ、それでもめげずにういは話を続ける。

 

「なんかね。最近満月の夜になると桜通りで黒くてボロい布を被った吸血鬼が出るんだって。うぅん、こりゃ怖い! 恐ろしいねっ! 」  

 

 怖いなどと言いながら、ういの顔は満面の笑みであった。来年度から中学生という期待や、その中学校でそんな摩訶不思議なことがあるという好奇心の方が遥かに大きいのだろう。母は学生の頃はそういう怪談が流行ったわねぇなどとしみじみしている。  

 私は、カボチャの煮物を箸で摘まみ口に運ぶ。噛むと柔らかくカボチャが崩れ、甘味と醤油の塩辛さが丁度よく、すっと喉を流れていく。

 

「あぁ! 私の狙ってたカボチャがっ! 」

 

「あぁすまん」

 

「じゃなくて、信じてないでしょ。私の友達の友達も桜通りで貧血で倒れたって証拠もあるのにっ」

 

「あらら、大変ね」

 

「そりゃ大変だ」

 

「……全然信じてくれない」  

 

 打ちひしがれる妹を前にして、私はもう一つカボチャを摘まむ。母はういを慰めようとういの小皿に沢山おかずをよそってあげると、彼女は機嫌を戻した。

 ……妹の話は、普通は母の言う通り怪談話と解釈するだろうが、実は私には心当たりがありすぎる。私の頭には、命綱である魔法薬をくれる、金髪の幼女が浮かんでいた。  

 

 本当に彼女がそんなことをしているという確証はないが、後日彼女の家に行ったときに聞いてみようか、などと軽く思いながら私は箸を口へと持っていった。    

 

 

 

 ○  

 

 

 

 それから金曜日となり、いつも通り私はエヴァンジェリンの家の地下で仕事をこなしている。  

 頼りないランブの光しかないこの部屋は薄暗く、少しじめじめとしているがもはや気にならなかった。この仕事にも慣れたもので、既にプロトコルに書かれた手順は覚えており、手際よく作業は進んでいく。丁寧に計量した白い粉を薬包紙に乗せて、右手に持った青色の試薬の入ったフラスコにサッと流し入れる。次第にコポコポと泡が立ち始めたのを確認してから、温度を調整したお湯にフラスコを浸す。泡が消えたのを目視してから、メスシリンダーで計量した緑色の液体を少しずつ滴下した。フラスコ内で緑と青が混ざり合うように渦を描くのを見てから一息つき、着けていた手袋とマスクを外した。

 

「随分と手早い動きじゃないか」  

 

 声に反応して振り替えると、エヴァンジェリンが壁に寄り添いながら此方を見ていた。手に持った手袋とマスクをゴミ箱に放りながら私は問う。

 

「いつからいたんだ? 」

 

「ずっとだ」  

 

 全く気付かなかった。私が集中しすぎていたのか、それともエヴァンジェリンが気配を消すのが上手だからのどちらだろうか。

 

 水道の蛇口を捻り、水を出す。パシャパシャと水を弾かせて丁寧に手を擦りつつエヴァンジェリンを横目に見る。

 

「珍しいな。様子を見に来るなんて」

 

「さぼっていないか確かめに来てやったぞ」

 

「……私がさぼった事があるか? 」

 

「くくく。冗談だ。今日の仕事はそれで終わりでいい。上に上がって茶々丸から茶でも貰え」  

 

 エヴァンジェリンは愉快そうに唇を剃り返してニッと笑ってから、付いてこいと言わんばかりに地下室から出ていった。まだ来て大した時間も立っていないのにこのように言われるのは初めてだった。私は水を止めて横に掛かるタオルで手を拭きとり、エヴァンジェリンの言葉を不思議に思いながらも、彼女の後をついていった。    

 

 

 

 ○

 

 

「今後はここに仕事をしに来なくていいぞ」  

 

 茶々丸からもらったお茶を啜る私を前に、エヴァンジェリンはそう言った。私はテーブルの上にまだ暖かい陶器をおいてから、不安を感じつつ尋ねる。

 

「……何故か、理由を聞いてもいいか? 」  

 

 エヴァンジェリンは口角を上げて歯を見せた。

 

「魔法薬など必要なくなるからだ。あぁ、薬の心配はするな。これからはただでやる。貴様は私の想像より仕事をしたからな」

 

 そう言いながらも、エヴァンジェリンはずっと嬉しそうだった。最近はずっと機嫌がいい。私は彼女の側にいる茶々丸に目を向けるが、茶々丸の表情はやはり読めない。  

 

 薬を貰えるということで安心はしたが、それでもただで物をたかるだけというのは私もスッキリしない。世界樹の実験もまだ完成しておらず、エヴァンジェリンからの薬は貰っておきたいが、何もせずに薬だけもらうというのは自分の中で納得しきれなかった。せめてそうなった理由くらいは知りたいと考えてから、尋ねるつもりだったことを思い出した。  

 

「それは……桜通りの吸血鬼とやらと関係があるのか? 」  

 

 すると、エヴァンジェリンは、ほう、と声を洩らした。

 

「なんだ、知っていたのか。…………そうだよ、私がその桜通りの吸血鬼とやらだ」  

 

 再びエヴァンジェリンはニヤリと笑う。まるで私を試すかのような笑みであった。  

 

「確かに人を襲い血も吸っている。私は人に害をなす吸血鬼だよ。…………さて、明智七海。貴様はそんな私を前にして何を思う? 」  

 

 腕を組み、ふんぞり返りながら彼女は私を見る。 

 

 私は、彼女の言葉を聞いて恐る恐る声を出す。

 

 

「エヴァンジェリン……君は……」

 

「…………」  

 

 

 私の発する言葉を、エヴァンジェリンはじっと待つ。口元は笑っているが、それでも彼女は私を真剣に見つめていた。  

 

 彼女が最近機嫌がいいのはそういう訳か、と勝手に想像してから、私は息を飲み込んで、言った。    

 

 

 

 

 

「妊娠したのか? 」        

 

 

 

 

 

 ガタタ、と音を立ててエヴァンジェリンが椅子から転げ落ちた。

 

 

「あ、あほかぁ! 何をどう考えればそうなるんだ! 」

 

「マスター、なぜ急にお転びに? 」

 

「うっうるさい! こいつが急にたわけた事を言うから驚いただけだ! 」  

 

 エヴァンジェリンはすぐに立ち上がり机を両手で叩いた。そのすぐ側で茶々丸がエヴァンジェリンを気遣っている。  

 私は吸血鬼の吸血事情など知らない。そのため、吸血する生き物として初めに頭に浮かんだのは「蚊」である。蚊は、一般的によく知られているように血を吸う。しかし、血を吸うのは雌の蚊で、しかも産卵のためのエネルギーを蓄える時だけだ。そう考えると、エヴァンジェリンも出産が近く、だから機嫌がいいのかと納得がいったのだが、この反応からするとどうやら違うらしい。

 

「貴様…………。真祖の吸血鬼を蚊と同類にするだと…………っ」  

 

 理由を言うと、エヴァンジェリンは震え出した。茶々丸はそれを抑えようと横で頑張っている。私が軽く謝ると、エヴァンジェリンはふてくされた表情となる。

 

「はぁ……。貴様はいじりがいがなさすぎる。もっと怖がったり出来ないのか」

 

「マスター、寧ろいじられてます」

 

「うるさいわ! 」  

 

 声をあげるエヴァンジェリンを前に、私は机の上にある煎餅に手を出す。煎餅似合わないぞ、という彼女の声を無視して歯で噛むと、パリパリと爽快な音が口内で鳴る。飲み込み、お茶で口をスッキリさせてから会話を続ける。

 

「……と、言われても、エヴァンジェリンはこの場で私を襲わないだろ? 」

 

「それはそうだが……。なんせ貴様は魔力がないしな」

 

 ……魔力を集めていたのか。そういえば、元はとてつもない魔法使いだったと言っていた気がする。今は何故か力を押さえられているんだったか。それで魔法薬はもういらないということなのだろうか。

 

「それに、血を吸い尽くすという訳ではないのだろう? 」

 

「マスターは基本的に軽く血を貰われるだけなので貧血程度の症状です」

 

「茶々丸! 余計な事を言わんでいい! 」  

 

 貧血だからいいと言うわけではないが、創作に出てくる吸血鬼と比べると、私の前にいるこの吸血鬼は可愛く見えていた。まだ私は彼女の全てを知った訳ではないし、本当の彼女はとてつもなく怖いのかも知れないが、結構な時間一緒にいて、それも元から吸血鬼ということを知っているのに今さら怖がれという方が無理な話だ。  

 

 それに、私は吸血鬼としての生態を知らない。吸血鬼と言う生物として吸血が必要不可欠ならば、彼女が生きるために行うことを大々的に止める権利は私にはない。

 

「……だが、適当な生徒の血を吸っているのは事実なんだぞ? 」

 

「何故今になって君が吸血活動を始めたのから分からないが、勿論出来ることなら吸血をやめてほしくもある。しかし、優しい君が理由もなく人を襲うとは私には思えなくてな」  

 

 彼女の中にも、何か考えがあるのだろう。彼女は、直感的に感情任せで物事を始めるタイプではない。自分の胸で、何がしたくて、そのために何を犠牲にするかを理解し天秤にかけた上で、自分の意思を優先し決断した筈だ。600年もの人生経験が、エヴァンジェリンにはあるのだ。私が何か言っても、彼女は自分で考え思うように動くのだろう。彼女が自分で理由を説明してくれるまで、無理に聞こうとするつもりはなかった。  

 

 前をみると、エヴァンジェリンは私の言葉を聞いて目をぱちくりさせていた。その後、少し考えるようにして、あやふやな表情を見せた。  

 

 落胆と共に安堵したような、切なく笑うような、そんな表情だ。

 

「……っは。私が実はいいやつとでも?  闘いもなく、平和な世界で育った、いかにも性善説を信じますって奴の意見だな。……甘すぎる。世の中には理不尽な悪も理解出来ない悪もある」

 

「…………」  

 

 

 私は、答えることが出来ない。彼女は、まるで自分は悪だと言っているようだ。エヴァンジェリンは、乾いた笑いを私に向けた後、そっと呟いた。

 

「ただ…………まぁ、貴様はそれでいいのかもな。………茶々丸、こいつを見送ってやれ」

 

「はい、マスター」  

 

 そう言うと、エヴァンジェリンは立ち上がり私に背を向けた。帰れということなのだろう。私は椅子を引いて両の足で立ち、先導する茶々丸に付いていく前に彼女の後ろ姿 に向かって述べる。このまま帰るだけではいけない、と直感的にそう思った。

 

「エヴァンジェリン、ただでは薬は貰えない。……仕事はなくても、家事でも手伝いにくるぞ」

 

「好きにしろ」

 

 気の効いたセリフのひとつも思いつくことが出来ず、私はただ言葉を続けた。  

 

 

「それでは…………また学校でな」

 

 

「………………ああ」      

 

 茶々丸に見送られ玄関についた時、私は茶々丸に、エヴァンジェリンを宜しく、と言い、困ったことがあったらいつでも連絡していい、と伝えた。      

 

 

 そして、また少し時が歩みを進め、桃色の花弁が道を覆う頃、私達は3年生となった。

 

 

 


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