セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第33話

 

 

 

 シャリシャリと、エヴァンジェリンがリンゴを噛む音が耳に届く。かけ布団で膝までを覆い、少し乱暴にリンゴを頬張る姿は、ちょっと生意気な10歳の少女にしか見えなくて、微笑ましい。そういえば風邪は、と忘れかけた情報を思い出して彼女の顔色伺うが悪くなく、私はほっと息をついた。そんな私を彼女はちらりと見ていたが、私が顔をあげると目を逸らすように、またリンゴを一つ手にとって軽快に音を鳴らした。チラチラとこちらを伺うその様子は、人への近付き方を探る猫のようであった。私は胸の内で笑みを浮かべながら、黙ってリンゴの潰れる音を聞いていると、突然後方の扉がバタンと開いた。    

 

 驚いた私とエヴァンジェリンが同時に扉に目を向けると、そこには俯いたネギ先生と、茶々丸がいた。  

 

「……! 貴様、何故……! 茶々丸、どうしてこいつを家に入れた? 」

 

「…………ぅ、ぅ」

 

「ネギ先生がどうしてもと」   

 

「………うぅ。ひっく、ひっく」

 

 エヴァンジェリンが尋ねている間、不思議な音がネギ先生の方から聞こえた。ずるずると何かをすするような音で、しかも時々呻くような声まで聞こえる。

 

「あほか! 敵対してるものをそのまま招くやつがいるか! すぐに帰らせ―――」

 

「―――エヴァンジェリンさぁん! 」

 

「おおう!? 」  

 

 いきなりネギ先生がエヴァンジェリンのいるベッドに飛び込んで来た。下を向きながらエヴァンジェリンの肩を掴んで動きを止めたネギ先生に、私達は顔を合わせるようにして戸惑う。ちょうど声を掛けようとした時に、ネギ先生はぐいっと顔を上げた。    

 

 その顔は、鼻水と涙でぐちゃぐちゃだった。  

 

「ぼ、ぼく! 感動しちゃいました! よく分からないんですが、こう、なんというか胸が、こう……っ! 」

 

「っな! 貴様まさか聞いていたのか……! というより離れろ! うっとおしい! 」

 

「ぼく勘違いしていたかも知れません! もっとすんごい悪い人と聞いていたのに……」

 

「離れろと言っているんだ! 鼻水をつけるなボケ! 」  

 

 二人が楽しそうにしている横で、私はゆっくりと近づいてきた茶々丸に声をかけていた。

 

「……全部聞いていたのか? 」

 

「はい。申し訳ありませんが、初めから最後まで」  

 

 私の顔がみるみると熱を持っていく感覚がした。思い返せば、随分とキザな台詞を吐いていた気がする。

 

「いるなら入ってくればよかったんじゃないか」

 

「邪魔をしていいような雰囲気ではなかったので」  

 

 ゆっくりと首を降るようにして茶々丸は答える。横ではネギ先生が未だにずびびっと鼻を鳴らしながらエヴァンジェリンに近付いていて、エヴァンジェリンの苛々がそろそろ限界に達しそうだった。私達はそんな二人を見守るようにしていた。

 

「……ネギ先生の気持ちが分かる気がします。私も、言葉には表現出来ないような……」

 

「……よしてくれ。普通に気恥ずかしい」

 

 自分の言葉を言及されるというのは、大概恥ずかしく感じる。先程の台詞なんて、最上級クラスかもしれない。

 

「この気持ちを解析するためにあの会話シーンを何度も聞き直すつもりなのですが」

 

「頼む。勘弁してくれ」  

 

 懇願するようにおもいっきり下げた。茶々丸は意識していないと思うが、なんというか弱味を握られた人の気分だ。

 

「―――ええい! いい加減にしろ! 」  

 

「え、え、わーー! 」

 

 エヴァンジェリンの叫び声が聞こえたかと思うと、彼女はあっという間ネギ先生を布団ではし巻き状態にし、転がした。流石と言える手際のよさだった。    

 

 

 

 ○  

 

 

「それで? 貴様は何故馬鹿みたく敵の本陣に一人で突っ込んできたんだ? 」  

 

 布団にくるまれたネギ先生に向かって、ベッドから降りて椅子に座ったエヴァンジェリンが高圧的に尋ねた。ネギ先生の涙と鼻水はもう治まっていて、今は苦笑いの表情を浮かべている。エヴァンジェリンはどこから持ってきたのかロープを取りだしてきて、彼はくるまる布団の上からきっちりと縛られ転がされている。解放してあげたらどうだ、という私の提案は、今のところ無視されていた。  

 

 はし巻きの布団を殻にした蝸牛のような状態のネギ先生が、顔を上げて答える。

 

「エヴァンジェリンさんが体調不良と聞いたのでお見舞いに……それとお話しがあって来ました」

 

「敵の体調を心配する奴がいるか」

 

「敵の前に生徒ですから」

 

「……はぁ、甘ちゃんだな貴様も」

 

「というか、エヴァンジェリンはどうして頑なにネギ先生を狙っているんだ? 」  

 

 呆れたと言いたげな顔をして息を吐いたエヴァンジェリンに、私は疑問に思っていたことを尋ねる。  

 私は何のためにエヴァンジェリンが吸血をして、魔力を集めているのかを未だに知らない。ネギ先生を狙ったのは、やはり魔法使いの方が魔力を持っているからだろうか、とも考えた。しかし彼女がわざわざ子供を狙わずとも学園内には他にも魔法使いはいるだろうし、何よりも、彼女がなんの理由もなく子供を襲い続けるとは思えなかった。

 

「……僕のお父さんが、エヴァンジェリンさんに呪いをかけたらしいんです」

 

「呪い? 」

 

 ネギ先生の父親も魔法使いだったのか、と思ったが、話の腰を折ることになるので追及しなかった。

 

「いつか話したろう。登校地獄というやつだ。その呪いのせいで私は中学校に通い続けなればならない」  

 

 魔法に呪い。あまりに非現実的な言葉であるのに関わらず私の脳は、そういうものがあるのだ、とその存在を認めていた。慣れと適応があれば、人間はどんな世界に置かれても生きていけるような気さえした。

 

「つまり、その呪いを解くためにネギ先生の血が必要だと」

 

「そういうことだ。どうせ抵抗されると思って他の生徒から血をもらって力を蓄えていたのだが―――」  

 

 ジロリとエヴァンジェリンはネギ先生に視線をやった。

 

「どうやらそんな必要はなかったな。今なら遠慮なく血を貰えそうだ」

 

「……僕の血を吸うんですね」  

 

 ゴクリと、ネギ先生が唾を飲み込む音が響いた。

 

「そうだ。貴様の父親には苦い思いをさせられたからな。貴様が干からびるまで―――」

 

 言いかけて、エヴァンジェリンはちらりと私に目をやった。  

 

 その時私は、思考を巡らせていた。エヴァンジェリンは友達だが、ネギ先生を襲うのはやめてほしい。しかし、ネギ先生を襲わないと彼女の呪いが解けない。魔法や呪いに詳しくないため、どちらも万事解決という策を思い付けないことが、もどかしい。

 

「…………えー、っと、貴様からそれなりの血を貰うぞ」  

 

 そんな私の想いを察してか、エヴァンジェリンは訂正するように言った。  

 

 どうやら、生死に関わるまで血を吸わなくても大丈夫なようだ。だが、ネギ先生が血を提供することに変わりはなく、彼も素直にうんとは言えないだろう。他の選択肢は、と私が再び考えていると、ネギ先生が意外な答えを出した。

 

「―――あげます。僕の血で良ければ吸って下さい」

 

「…………なに? 」  

 

 それは、エヴァンジェリンにとっても意外だったようで、彼女も眉を眉間へ寄せていた。ネギ先生は小さく困ったように笑いながら、もとは僕のお父さんが原因ですしね、と言った後さらに続けた。

 

「但し、条件があります」

 

「貴様、その状態でそんなことを言い出せる立場だと思っているのか? 私は今ここで血を吸うだけでいいんだ。条件なぞ―――」

 

「お父さんの情報と交換です」  

 

 不意に時間の流れが止められたかのように、ぴたりとエヴァンジェリンの動きが止まった。再び体の時間を取り戻した彼女は、ゆっくりとネギ先生の顔を確認するように、じっと彼を睨み付け、疑うような表情をする。エヴァンジェリンとネギ先生の父親は、ただ呪いをかけたかけられたの関係ではないらしい。私は詳しい事情を知らないため、黙って会話の様子を見届けることにした。

 

「貴様の父親は既に死んでいるだろう」  

 

 エヴァンジェリンは語尾を上げて確かめるようにネギ先生に尋ねたが、ネギ先生は首も振ることなく、にやりと笑みを浮かべるだけであった。ここから先の情報は条件を受けてもらってからです、という彼の心の声は語らずとも分かった。

 

「…………っは。いいだろう。受けてやろう。条件を言ってみろ」  

 

 どかりと、椅子に座り直してからエヴァンジェリンが言う。あくまで上からの目線は崩さない様子であった。その口調から、どうせ大した条件ではないだろう、というエヴァンジェリンの想いがはっきりと表れていて―――  

 

「エヴァンジェリンさん。僕と手合わせしてください」

 

「―――ほう」

 

 

 だからこそ、ネギ先生の答えを聞いたとき、想像を上回ったことに感心するような声を出していた。  

 

「エヴァンジェリンさんは、お父さんと戦ったんですよね? ……僕は、知りたいです。自分がどれだけ近付けているのか。どこまでできるのか。だから、エヴァンジェリンさんと正々堂々闘ってみたいです」  

 

「つまり、貴様が提供するのは血とナギの情報、私は手合わせをすればいいという訳か。あまりに私に有利だが、貴様はそれでいいと」

 

「はい」     

 

 迷いなく、彼は頷く。

 

「何のために力を求める。今のようにクラスの連中と仲良く楽しく過ごすのならば、要らぬ力だ」

 

「……力がないと、いざという時大切なものを守れないことがあります」

 

「……手合わせに、命の保証はされているかも分からん。それでもか? 」   

 

 試す様な言い方をしたエヴァンジェリンに、私は思わず声を挟もうとした。そんな私を、エヴァンジェリンは一瞥して目だけで伝える。少しだけ様子を見ていろ、と。

 

 ネギ先生は、じっと考えるように、悩ましげな表情をした後、決意を示すかのようにぐっと顔を上げた。

 

「……それでも、前に進まなければ変われません」  

 

 エヴァンジェリンはその答えを聞いてから、暫くネギ先生を見つめ続けた。それから、視線を下にして、肩を若干上下させる。どうやら、込み上げる笑いが押さえられなくなっているようだ。

 

「…………くっくっくっ! はっはっは! 中々面白い感じに成長してるじゃないか! 初めはただの温室育ちの甘っちょろい餓鬼だと思っていたが、少し見直したぞ。いいだろう。実力のほどを見てやる」  

 

 エヴァンジェリンは茶々丸にネギ先生を解放するように指示した後、椅子から腰を上げ、着替えてくる、と一言告げながら部屋の奥の方へ行った。  

 茶々丸がロープを切り、ようやく布団から解き放たれたネギ先生は、窮屈であった体を伸ばすような仕草をした。  

 そんなネギ先生に私は近付いて、声をかける。

 

「…………ネギ先生、大丈夫ですか? 」

 

「ちょっときつかったですが、あれくらい大丈夫ですよ! 」  

 

 微笑みながら私にそう告げるネギ先生に向かって、私は、首を横に振った。

 

「そのことではありません。手合わせのことです」    

 

 私は、魔法使い同士の手合わせがどんなものかなど知らない。単に魔法をぶつけ合うものなのか、それとも格闘技のように体を使って闘い合うのか、インドアの私には映画や漫画でありがちなものしか想像できなかった。だが二人の言い合いの様子から、そんなに単純なものではないとは予想できる。  

 私は、本心と、ネギ先生の心配をなくそうという想いから、エヴァンジェリンはああ言ったがきっとネギ先生を本当に危険な目には合わせないと思う、と告げた。  

 

 それを聞いて、彼はくすりと笑う。

 

「……本当は、手合わせを頼む気はなかったんです。お父さんの情報をあげるから、僕を襲うのをやめてくれって。そう言うつもりだったんです。でも、ここにきて、七海さんとエヴァンジェリンさんの会話を聞いて」  

 

 あ、盗み聞きした形になってしまってすいませんでした、と申し訳なさそうに笑ってから、彼は続ける。

 

「あの会話を聞いていて、どうしてもエヴァンジェリンさんが悪い人に思えなくなってしまって。それなら、血をあげて呪いを解いてあげようって、なんとなく思っちゃいました。ついでに、僕とお父さんとの距離も測ってもらおっかなって。……あんな風に言っても、僕の命をとろうとしてないことは、僕にも分かりましたよ」

 

 少年らしく、柔らかい笑みを浮かべながらそう告げるネギ先生の発言は、とても少年には見えなかった。生まれて約10年、決して長いとは言えないその時間で、何を経験してきたのだろうか。

『力がないと大切なものを守れない時がある』  

 そう言った時の彼は、どこか儚げで、いつかを悔やむような、そんな表情であった。彼の過去に何があって、どのように育てられたらこのような少年になるのだろうと、彼の背景がふと気になった。  

 

 ちょうどそれを尋ねようとしたとき、ゴスロリチックな普段着に着替え終わったエヴァンジェリンが、奥からネギ先生を呼ぶ声がした。

 

「外でやるのはあまりに目立つ。良いところを用意してやったからそこでやるぞ。ああ、手合わせ前に血を少し寄越せ。満足に力も出せんからな」  

 

 そのまま、ついてこい、という意思を背中で語りながらエヴァンジェリンは地下へと降りていこうとした。  

 

 しかし、良いところとはどういうことだろう。私の知っている限りは、エヴァンジェリンの家の中にそんな広いスペースなどなかった気がする。

 

 

「……それと、茶々丸と七海は来なくていい。…………貴様らは外にいるやつらの相手でもしていろ」

 

「……外にいるやつら? 」  

 

 一度振り返ったエヴァンジェリンが私達へ言った言葉に疑問を持った直後に、バン、と玄関の方から大きな音がした。  

 

 

「ネギー!! 生きてるー!? 」

 

「兄貴ぃー! まだ血は残ってるかー! 」    

 

 明日菜と喋るオコジョの声と、ドタドタと家の中を探る音が鳴り響く中、エヴァンジェリンは、後は頼んだ、と私と茶々丸に告げて、ネギ先生を引っ張り地下へと潜って行った。

 

 









小ネタ
『夢』







『よぉエヴァ。久しぶりじゃねぇか』

『……夢だな、これは』

『おおー。そんなすぐに分かんのか』

『当たり前だ。今更突然貴様が現れたなどと、信用できるか。どれだけお前のことを調べたと思ってる』

『そか。わりぃな』

『ふん。謝罪の言葉など、それこそ今更だ』

『……学校、どうだ』

『……なぜ夢の中の貴様にそんなことを言わねばならん』

『いいじゃねぇか。教えてくれよ』

『……』

『やっぱ面倒か? 』

『……ああ、面倒だ。暑苦しく騒がしい餓鬼どもに囲まれて、何度うんざりしたことか』

『そっか……』

『…………ただ、な』

『……おう』

『最近は、悪くないぞ』

『……くくく。そりゃ、なによりだ。なら、こっからが本当の学生生活かもな』

『……さぁ、どうだろうな』

『楽しくやれたらいいな』

『……まぁ、な』



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