セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第34話

 

 

「へぇー。じゃ七海は魔法を使えるってわけじゃないんだ」

 

「そうだな、存在は知ってるが大して詳しくもない」  

 

 私と明日菜は木製のテーブルに座って向かいあっている。茶々丸は私達にそれぞれお茶を用意してくれて、それを机にそっとおいた後、私の斜め後ろに位置をとった。お茶のお礼を言った時に、座らないのか、と提案したが、ここで大丈夫です、と丁寧に断られた。  

 

 明日菜の肩には例の喋るオコジョがいて、オコジョはじっと私と茶々丸を観察している。

 

「でも少し安心したー。実は七海が昔から魔法使いだったなんて言われたら私どーしよーかと」  

 

 苦笑したまま明日菜は湯飲みを掴み、お茶をぐっと飲んでから、美味しい、としみじみと呟いていた。  

 

 明日菜には、たまたま魔法というものを知ってしまった、という風に説明した。魔法を知ったのは偶然というよりかは自ら未知に飛び込んだ結果なのだが、そこを説明しても話が長くなるのでかなり適当な言い方をした。明日菜はあまりにあっさりとその話を受け止めて、そんな人の良さが少し心配になった。  

 勿論、私の体のことは言っていない。不必要に心配させても仕方ないだろう。

 

「明日菜の方はどうだ? 」

 

「どうって、何が? 」

 

「ネギ先生との同室は」

 

「うーん。正直そんなに苦労はしてないかな。ネギはなんだかんだ真面目だし。今時の子供って皆あんな感じなの? 」  

 

 年齢的にはネギも明日菜もまだ子供であるのだが、自分より年下と一緒にいることで年上としての責任を感じているのかもしれない。いや、どちらかといったら心配する姉という感じだろうか。子供が嫌いと明言していた明日菜のそんな変化が何だか嬉しく て、私はそっと微笑みながら答える。

 

「あの子はちょっと特別かもしれないな。……それでも、子供であることに変わりはないが」  

 そう言って、私もゆっくりと湯飲みを口元へ運んだ。世間的に見たら私も十分子供な訳だが、生きていた時間を考えたらこんな風に言うのも許されるだろうと、勝手なことを思いつつ、喉に温かいお茶を通す。優しい味が、じんわりと胃に広がった気がした。

 

「……姐さん! なに敵と仲良くお茶してるんすか! 」  

 

 突然、オコジョが声を上げた。明日菜は耳元でその声を聞かされていて、とっさに片手を上げで耳を塞いでいた。

 

「もー! 何よ突然! びっくりするじゃない! 」

 

「姐さん! そんなこと言ってる場合ですか! やい! やいやい! そこのあんた! ネギの兄貴を早く出せ! 」

 

 オコジョは明日菜の肩の上で身軽に立ち上がり、器用に私を指差す。

 

「さっき言ったろう? ネギ先生とエヴァンジェリンは地下だ。二人で手合わせをしてるから私達はここにいろと言われたんだ」  

 

 エヴァンジェリンに言われたことを正直に話す。ついでに、エヴァンジェリンはこれでもうネギ先生を狙うことはないし、手合わせも命に関わりはしないと私が保証した。明日菜はそれを聞いて安心した顔をしたが、このオコジョはそう簡単に納得しなかったようだ。

 

「姐さん、これはきっとあれですぜ! ネギ先生の元へ行きたかったら私達を倒してからだ、ってパターンっすよ! 」

 

「え、そういうパターンなの? 」  

 

 明日菜が確認するように私に聞き直すが、私は首を左右に行き来させて、そんなわけないだろう、という意思を伝えた。

 

「いんや、間違いないっす! このパターンは定番ですしね! お茶で油断させた後、俺っちと姐さんを襲う気だったのかも! 」

 

 その喧しさにうんざりとしながら明日菜は再び私と茶々丸に目を向けたので、今度は茶々丸と同時に首を振ってそれを否定した。

 

「姐さん! 2対1は不利ですが地形を上手く使って1人ずつ―――」

 

「あー! いつまでも耳元でうるさいっ! 」

 

「ぎゃっぷ! 」

 

 オコジョは明日菜からくらったでこぴんで軽く空を飛んだ。肩から落ちていく様子に、危ない、と思ったが、オコジョそのまま華麗に机に着地した。

 

「……あ、姐さーん。攻める相手が違いまっせー」  

 

 オコジョは額をさすりながら涙目で明日菜に言うが、明日菜はふん、と鼻を鳴らした。

 

「あんたねぇ、七海と私がどれだけ長い付き合いだと思ってるのよ。少なくとも女性の下着を盗むあんたよりよっぽど信用できるわ」  

 

 じろりと明日菜がオコジョを睨み付けると、オコジョはうう、と声を漏らして後退りした。心なしか、茶々丸もオコジョに軽蔑の目を向けている気すらした。  

 

 しかし、オコジョが何故人間の下着を欲しがるのだろうか。生殖は同じオコジョ同士でしか出来ない筈だろう、なんて考えながら私もオコジョをじっと見た。  

 

 まぁ、明日菜はああ言うが、オコジョの気持ちも十分に分かる。彼は、敵地で敵と認識していたエヴァンジェリンとネギ先生が二人でいることを心配しているのだ。エヴァンジェリンや私と交流をしたことないのだから、私達を信じられないのも当然ではある。むしろ、明日菜が簡単には信用しすぎなのかもしれない。私としては信用されていることは嬉しいのだが。

 

「そんな心配しなくても大丈夫だって、エヴァちゃんも茶々丸さんも何だかんだずっと同じクラスメイトだったし。……それに、このお茶とっても美味しいし! 」  

 

 そう言って、明日菜がにっと明るい笑みを茶々丸に向けた。茶々丸はそれを聞いて目をぱちくりとさせていて、私は明日菜の考えていることを何となく察し、くくっと笑い声を溢した。

 

「ねぇ、茶々丸さんは七海と友達なんでしょ? 」

 

「……はい。お友達と、言ってもらえました」  

 

 茶々丸は、私をちらりと見てからゆっくりと頷く。それを聞いて、明日菜がまた満面の笑顔を浮かべて言う。 

 

「ならさ! 私ともお友達になれないかな! 」

 

「…………明日菜さんと、私がですか? 」

 

「そう! 友達の友達は友達ってやつ! 茶々丸さんとはあんまり喋ったことなかったし、良い機会だと思うのよね」

 

「しかし友達とは、親しくしている仲、という意味です。私と明日菜さんはまだ」

 

「そんなの今から仲良くなればいいのよ! 仲良くしたいから、友達になりたい。だめ? 」  

 

 いつの間にか椅子から立ち上がって、明日菜は首を傾げながら茶々丸にそう言った。オコジョは、呆れたようは表情をしていて、茶々丸は戸惑ったように私と明日菜を交互に見る。

 私は茶々丸を見つめ返して、ゆっくりと頷いた。  

 

 明日菜は、こういう子だ。暗く大人しかったいつかとは違い、今ではどんな人にも隔てなく笑顔を向けられる。細かい理由や、事情を考えるよりも、すっと体が動いている。クラスメイトには遠慮のないその行動がたまに鬱陶しく思われることもあるが、皆そこが明日菜の良いところだと分かっている。  

 茶々丸は、少し迷ったような表情をしながら、小さく口を開けた。

 

「…………私は」

 

「何を勝手に人の従者を誘惑してるんだ? 神楽坂明日菜」  

 

 茶々丸の返事は、いつの間にか戻ってきたエヴァンジェリンの声によって被せられてしまった。

 

「エヴァちゃん! ネギは!? 」

 

「誰がエヴァちゃんだ! ……坊やなら地下室で寝かしている」  

 

 くいっと可愛らしい親指を後方にあるドアに向けてエヴァンジェリンがそう言うと、明日菜とオコジョはそれぞれネギ先生の名を呼びながら慌ただしく地下室へと降りていった。

 

「エヴァンジェリン、ネギ先生は」

 

「……そう心配そうな顔をするな、七海。今はちょっと貧血気味なだけだ」  

 

 目を伏せて笑みを織り混ぜながら、エヴァンジェリンはそう言った。一時間ほどで戻ってきた彼女は、いつもより随分機嫌が良さそうに見える。

 

「ネギ先生との手合わせはどうだった? 」

 

「まだまだだな。戦闘経験がなさすぎる。ただ、光るものはありすぎたくらいだ」  

 

 エヴァンジェリンは面白そうにしながら、流石奴の息子なだけある、と続けた。

 

「……呪いは解けたのか? 」

 

「くくくっ! そうだ! 万事解決という訳ではないが、やっとこの呪いから解放されたぞ! これで私をこの地に縛るものは何もない! 」  

 

 エヴァンジェリンは腰に手を当てながら、大袈裟に笑う。私はそれを聞いて、少し寂しさを感じながら苦笑してエヴァンジェリンに祝いの言葉を言うと、彼女は怪訝な顔をした。

 

「……どうした? 何故そんな顔をする」

 

「……君がこれでいなくなると思ったらな」    

 

 ……15年。それだけの長い間この地に捕らわれていた彼女は、卒業を待たずにすぐにでも麻帆良から去ってしまうだろう。卒業式など、彼女は何度も経験した筈だ。やっと自由を手に入れた彼女にはその権利があるし、それを望むのなら止めようとは思っていない。ただ、せっかく友達になったのにな、と思わずにはいられなかった。

 

「…………あー。いや、うん。だが、その、直ぐにでも行かねばならぬという理由もないなぁ」  

 

 エヴァンジェリンは、腕を組んでくるりと私に背を向けた。

 

「そうだな。うん。……まだしばらくここにいてもいいと私は思ってるぞ」  

 

 彼女の後ろ髪の間から見える耳が、若干赤くなっているように見えた。  

 

 私は、照れているように話すエヴァンジェリンがちょっと面白くて、頬が緩んだ。

 

「それは嬉しいな」

 

「……そうか、嬉しいか」

 

「ああ」

 

「そうか」  

 

 未だに背を向けるエヴァンジェリンを私が見ていると、ドタタっと階段をかけ上がる音がした。

 

「エヴァちゃん!? ネギのやつ寝っぱなしだけど大丈夫なの!? 」  

 

 バン、とドアを開けてすぐに明日菜が叫んだ。その背中には、疲れた顔で目を瞑るネギ先生がいた。

 

「騒がしい奴だな。心配するな、ただの貧血だ。直ぐに目が覚める。あとエヴァちゃん言うな」

 

「そっかーよかったー。あ、茶々丸さんごめんね、話の途中で」  

 

 いいえ、と静かに首を振った茶々丸に明日菜は言葉を続ける。 「それで、どう!? 私と友達に―――」

 

「駄目だ」  

 

 何故か、エヴァンジェリンがきっぱりと断る。

 

「……なんでエヴァちゃんが決めるのよ」  

 

 明日菜はすっかり口を尖らせてしまっていた。

 

「私はお前が好きではない」

 

「関係ないじゃない」

 

「あるさ、茶々丸は私の従者だからな」  

 

 エヴァンジェリンがそう言うと、茶々丸は申し訳なさそうに明日菜にそっと頭を下げた。

 

「エヴァンジェリン、いいじゃないか、茶々丸に決めさせてあげれば」  

 

 私は黙って聞いてられなくなって、つい口を出してしまった。

 

「うぐ、七海。だがなぁ、私は」

 

「茶々丸にも、自分の意志があるだろ? 」

 

「し、しかし……」

 

「まるで子離れ出来ない父親とそれを宥める母親みたいだな」  

 

 オコジョがぼそっとそう言うと、エヴァンジェリンにギロリと睨まれた。オコジョは直ぐに明日菜の背中に隠れた。

 

「あーもう! 分かったわよ! まずはエヴァちゃんに認められるわ! だから、茶々丸さん、待っててね! 」  

 

 明日菜が、ぐっと親指を立てて茶々丸に向ける。それを見て茶々丸は少し頬を綻ばせて頷き、待ってます、と静かに言った。  

 ……確かに、親に結婚を認めてもらえないカップルに見えないこともなかった。

 

「それじゃ! 七海、茶々丸さん、エヴァちゃん、また学校で! 」  

 

 明日菜は大きな声でそう告げて、ネギ先生を背負ったまま部屋を出ていった。  

 

 その後、落ち着きを取り戻した部屋で私達はまた机につき、お茶を飲みながら一言二言雑談をした。  

 それから、エヴァンジェリンが立ち上がった。

 

「……よし、茶々丸、七海。残りの問題を片付けに行くぞ」

 

「……残りの問題? 」

 

「全て解決した訳ではないと言ったろう。どうやら、私の力を抑えていたのは呪いだけではなかったようだ」  

 

 それに聞きたいこともあるしな、と続けたエヴァンジェリンに、私は何処へ向かうつもりなのかを訪ねると、彼女は私をちらりと見て言った。  

 

 

「あの狸じじいの所だ」

 

 


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