セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第35話

 

 

 

 エヴァンジェリンに連れられて外に出ると、太陽はすっかり落ちていて、空には斑に浮く白い点が散らばっていた。風もなく、遠くで街灯が照らす僅かな黄色い光だけが、やけに目立って見えた。  

 行くぞ、とも言わずに歩き出すエヴァンジェリンに、私達も黙ってついていく。深夜、という時間ではないが、学生が出歩くような時間でもない。エヴァンジェリンのログハウスは林の中にあるため、明かりのない道は昼間とは全く異なる景色に見えた。

 

「夜は嫌いか? 」  

 

 エヴァンジェリンが、歩を止める様子もなしに私に訪ねた。少し先行する背中に追い付くように足を早めて、私は彼女の横についた。

 

「嫌いだと、思ったことはないな」

 

「では、好きなのか」

 

「そう聞かれると、困る」

 

「半端な奴だな」

 

 エヴァンジェリンは小さく笑い声を漏らしつつ言う。

 

「朝も昼も夜も、対等に訪れる。どれが好きだとか嫌いかだとかは考えたことがない」

 

「つまらない奴だ、と言ってしまうぞ? 」

 

「それぞれ良さがあると思う、と言ったら? 」

 

「ありきたりな答えだな、と言うかもな」  

 

 こつりと、石を蹴った音がした。地面はよく見えないので仕方ない、と私は自分に言い聞かせる。

 

「私は夜が好きだがな」

 

「分かる気がするよ」

 

 今度は、私が笑みをこぼした。確かに夜空には、エヴァンジェリンの金髪がよく映える。その答えに満足した様な顔をした後、エヴァンジェリンはしばらく口を開くのを止めた。そうして、私達はまた静かに学校への距離を縮めていく。夜の沈黙と私達の沈黙が重なって、足音だけがやけに大声を出しているように思えた。だが、私はこんな静けさが嫌いではなかったし、エヴァンジェリンもそう思っている気がした。

 

 少しすると、毎日訪れる学校が姿を現しだした。

 

「夜の学校は、一番姿が変わるかもな」  

 

 私が呟くのと同時に、茶々丸が正門をジャンプして乗り越えて、内側から私達を出迎えた。いいのか、と目でエヴァンジェリンに訪ねると、彼女は余裕そうな顔で、構わん、と答えた。

 

「なんだ、怖いのか」  

 

 茶目っ気のある顔で私に聞く。まるで、肝試し前にびくついてる子供に訪ねる時のような表情であったが、残念ながら私は子供ではない。

 

「悪いが、幽霊は見たことないんでな」  

 

 私達は律儀に生徒用玄関に向かう。何故か鍵がかかってないため、校内には簡単に入れた。下駄箱近くで靴を脱いで、学校用のものへと変える。エヴァンジェリンはそんな必要はない、というが、外履きで校内を歩けば掃除の人が大変だろう。私がそう言うとエヴァンジェリンと茶々丸も一緒に靴を変えた。学校帰りにエヴァンジェリンの家に寄ったので私は制服だが、彼女達は私服だ。メイド服とゴスロリに内履きがあまりに浮いて見えて、それを指摘したら睨まれた。  

 

 私達は生徒のいない廊下を淡々と歩き出す。

 

「幽霊は信じてないのか? 」

 

「いるとは思ってないが、完璧に否定する材料はないから、いないとは言い切れない」

 

「また半端な答えか」

 

「答えには、イエスとノーと、どちらともないがある」

 

「日本人思考だな」  

 

 あるものをあるというのは簡単だが、ないものを絶対にないというのは難しい。ひとつひとつ可能性を消していっても、確実に否定は出来ない。  

 ただ、今や幽霊という存在は娯楽に使われることの方が多い気がする。お化け屋敷などと人を驚かす道具としたり、映画にして恐怖をそそる役者にしたりと、彼らも忙しいもんだ、と思う時がある。

 

「……もし、本当に幽霊がいたらどうする」  

 

 暗い廊下の奥底まで掠れていくような声でエヴァンジェリンが私に聞く。彼女にしては、珍しい質問だと思った。そのようなifの話をするということは、もしかして。

 

「…………いるのか」  

 

 麻帆良なら、あり得るとも思った。魔法があり、吸血鬼がいて、私という前世の魂を持つものがいる中で、今更幽霊が出てきても寧ろインパクトにかけているかもしれない。

 

「……いると言っても、見えない者にとっては一緒なのかもな」  

 

 エヴァンジェリンが少し視線を上にしながら言う。 その返答は、幽霊の存在を肯定しているようなものだった。

 

「……幽霊、か」

 

 どうする、と言われても、幽霊というものが何をする存在か分からないので答えようがなかった。

 

「とりあえず、害のないものならば」

 

「……ものならば? 」

 

「会話を試みるかもしれない」

 

 幽霊ということは、一度死んだ者ということだ。

 私も一度死を体験したことがある身として、幽霊と一緒にその話をしてしまうかもしれない。こんな話を共有できるものなんて、世界に探してもそうそういないだろう。

「死ぬとは怖いよな」「うん。でも意外とさ」「あっという間だよなぁ」「静かだしねぇ」

 なんて、あっけらかんと会話できるのも、それはそれで楽しい気がする。

 

 エヴァンジェリンは、くくく、と楽しそうに笑った。

 

「くく、会話か。そりゃあいい。こんにちわでも、こんばんはでも、いってやればいいさ」

 

「幽霊と会う時間なら、こんばんはだろ? 」

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 彼女はそう呟いた後、光が漏れているドアの前で足を止めて、ちらりとこちらを見た。

 

「七海。その話の続きはまた今度だ。とりあえず、今はぬらりひょんだ」   

 

 学園長は妖怪か、と笑いかけている途中に、彼女はノックもせず前の扉を開けた。

 

 部屋の中に見える長い頭をみて、見えないこともない、と失礼なことを思ってしまった。    

 

 ○

 

 

「おお、エヴァンジェリンに茶々丸君と七海君か。どうしたんじゃ、こんな時間に」

 

「わざとらしい口調はやめろ」  

 

 学園長がくるりと椅子を回して私達に向き合う。私達の登場に驚いた、という白々しく大袈裟な演技であったのは私にも分かった。

 

「まぁそう尖らんと。菓子でも出した方がいいかの? 」

 

「出さずとも勝手に取る」  

 

 エヴァンジェリンは部屋の壁にぴったりと背中をつける棚に迷いなく足を進め、乱暴に扉を開けて手を入れた。  

 手が再び彼女のもとへ戻った時には、その掌の上にいくつかの和菓子が置かれている。

 

「……相変わらず横暴じゃのう」

 

「七海、どら焼でいいな」

 

「……あ、ああ」  

 

 私が戸惑いながらなんとなく頷いてしまうと、包みに入ったどら焼が彼女と私の間に放物線を描きながらやってきた。 

 

「それで、なんの用なんじゃ? 」  

 

 大福をかじるエヴァンジェリンに、呆れ顔の学園長が問う。私の持つどら焼は未だに封をあけられていない。

 

「わざとらしいことを言うなと何度言わせるつもりだ。貴様の事だから私の状況は既に把握しているだろうに」  

 

 もきゅもきゅと大福を頬張るエヴァンジェリンの元へ茶々丸が近づき、エヴァンジェリンの頬をハンカチで拭こうとする。ええい、人前ではやめろ、と言うエヴァンジェリンに、茶々丸はすいませんと謝りつつも、綺麗に彼女の口周りを拭き取っていた。

 

「ふむ…………。そうじゃの。一先ず卒業おめでとうと言うべきかの」  

 

「っは。卒業式は3月だぞ」

 

「ほう。それでは、まだ中学校に通うんじゃな」

 

 エヴァンジェリンは、一瞬私に目を向けて、再び視線を学園長に戻す。

 

「……今年一年だけだ。その後は、好きにさせてもらう」

 

「ふぉっふぉっふぉ。いつの間にか随分丸くなったのぅ」

 

「削ぐぞじじい」  

 

 私が所在なさそうにしているのを見た学園長が、そのどら焼は食べてよいぞ、と促してくれた。会話に置いてかれている私は、学園長に一礼してから仕方なくどら焼の封を開けた。餡の香りがすっと鼻を入ってきて、匂いだけで高級な菓子だと分かった。

 

「私が言いに来たのは、この麻帆良を覆う結界のことだ」

 

「結界がどうかしたかの」

 

「とぼけるな。私の力、いや、高位の者を抑える力を働かせているだろう」    

 

 どら焼をかじると、柔らかい生地と多目に詰められている餡が口内で上手く混じり合った。甘さが控えめな餡につられ、喉が少し渇いた。

 

「ふむ、それで? 」

 

「今すぐ解け」  

 

 茶々丸が何処からともなく水筒を出して、その蓋をそのままコップにし中身の茶を注ぐ。どうぞ、と差し出されたので私は礼を言ってから受け取った。茶々丸は準備がよすぎるな、と言うと彼女は、ありがとうございます、と返事をした。

 

 茶を飲んでかなり寛ぎながら、私は二人の会話を聞く。しかし、私がここに来る意味はあったのだろうか。

 

「それは無理じゃのう」

 

「何故だ」

 

「あの結界は、麻帆良を守るために働いておる。それに、いまあの結界をとけばお主も関係者に目を付けられて厄介なことになるかもしれんぞ? 」  

 

 エヴァンジェリンが力を取り戻したという情報が広まると、魔法使い関係者が彼女を警戒し満足に行動させてくれないかもしれない。少なくとも麻帆良にいる限りは力を抑えられていることにした方が彼女にとってもいいだろう、とまで学園長は言った。

 

「警戒された所で私を止めれる奴がここにいるとは思えないがな」

 

「じゃが、無駄な闘いは避けたいじゃろう? 」  

 

 今度は学園長が私をちらりと見た。私はどら焼きをはむりと口にしていたところであった。

 

「っち。狸が。分かったよ」

 

「……なんじゃ、随分と聞き分けがよいのう」

 

「その代わりだ」  

 

 エヴァンジェリンが、どら焼を頬張る私に突然目をやる。私はその意図を把握できず、首を傾げた。

 

「貴様と七海が何をしているか私にも教えろ」  

 

 私は声を出すために、ごくりと口の中にあるものを飲み込む。

 

「何か、とは? 」

 

「七海の体を治すために、ひそひそと何かしているだろう」  

 

 私が世界樹を使って色々な研究をしていることは、長谷川さん以外にはほぼ言っていない。それには幾つか理由があるが、学園長に口止めされているというのも理由の一つだ。世界樹が悪用されないためにも、私の持つ情報を知るものは出来る限りの少ない方がいいという訳だ。

 

「ふーむ、まぁええんじゃが」

 

「………いいんですか」

 

 確かめる様に私は言う。エヴァンジェリンに言うということは良いのだが、余りに適当な返事だ。前々から思っていたが、学園長は時々軽すぎる。

 

「エヴァンジェリンが今更世界樹を利用するなんぞ考えにくい。彼女の口は固いし、言った所で困らんわい」  

 

 飄々とそう言った。頭の固い人には下せない決断だ。しかし、学園長が心からそう思っているかは今一分からない。柔軟な思考を持ちつつも相手に考えを掴ませないように話す彼は、流石に年の功があると思わせる。

 

「よし、許可がでたぞ七海、話してくれ」  

 

 エヴァンジェリンにはよく昆虫の話をするし、私の体のことを知っている人だからこそ、何度か今までの研究話をしてしまいそうになったことはある。だから、このように学園長から許可が出たのは正直ありがたくもあった。

 

「そうだな………昆虫と世界樹の関係から話そうか」    

 

 

 

 ○  

 

 

 

 それから、私はしばらく一人で話をした。エヴァンジェリンは時々頷きながら、私に質問を投げ掛けてくる。以前長谷川さんにした所まで話を進めた所で、私は一息つい た。  

 

「なんというか、虫好きだとしてもやりすぎだな。腸内細菌ってお前……」

 

 エヴァンジェリンは笑いを溢しながらそう言った。

 

「それで? 世界樹の魔力とやらは上手く使えそうなのか? 」

 

「今昆虫と他の生物を使って実証中なんだが、恐らく大丈夫だろう」

 

「よし、その話もしてくれ」   

 

「……マスター。紙芝居の続きを待つ子供みたいですね」

 

「う、うるさいわ! 」  

 

 エヴァンジェリンは思ったより私の話を面白がってくれたらしい。  

 話をしようと口を開く前に、私はなんとなく長谷川さんの姿を探してしまった。そういえば、長谷川さんより先に誰かに研究結果を話すのは初めてである。

 

 …………彼女がここにいないのが、少し残念だな。  

 

 そう心の中で思ってから、私は研究の話を始める。

 


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