セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第36話

 

 

 それから、私は彼らに研究の経過を報告した。  

 

 特に面白い話という訳ではなくて、エヴァンジェリンの期待に応えられそうにないのは残念に思う。だがまぁ、地味な結果というのもまた研究の一つであるし、許してほしい。  

 

 結論を纏めると、マウスでは世界樹の魔力の影響は大したものではなかったから、私もきっと使えるだろう、ということを言っただけだ。  

 ならば何故昆虫では顕著な影響が出たんだ、と尋ねられ、それは昆虫と私たちの成長様式に違いがあるからだと思う、と告げた。私たちが細胞分裂や細胞の成長などにより時間をかけて大きくなるのに対し、昆虫は脱皮や変態という階段の様なステップを踏んであっという間に大きくなる。  

 マウスの実験の片手間に、バッタを使って脱皮前と後での、ホルモンなどの内分泌物、体サイズ、遺伝子の発現量などなどを調べた時、発覚したことがある。それが、昆虫の脱皮のタイミングに合わせて世界樹の魔力が組合わさると、著しく成長が許されるということだ。ある意味、いつか言った昆虫特有の受容体があるという仮説は間違ってはいなかったようだ。世界樹が潜在能力を引き上げるのだとしたら、脱皮と変態という変化を機に、階段の一段を一気に高くする。それにより、彼らは大きく姿を変えるのだろう。私たち哺乳類の多くはゆっくりと成長する上、細胞の入れ替わりも激しいため急激な成長というものは見られない。ただ、それでもマウスがそうであったように、毛や爪などは早く伸びると予想するが。

 そんな風に説明している途中で、今回の実験体はマウスだった筈が、いつの間にか昆虫の話をしていたことに気が付いた。茶々丸からもらったお茶に一口つけて、結局帰着する所はここなんだな、と自分の性根を再確認して可笑しく思った。  

 ふと、反応のないエヴァンジェリンが気になって前を見ると、彼女は気難しい顔をしていた。手を顎に軽く添えて、考え込んでいるように見える。

 

「……おいじじい。本当に世界樹の魔力とやらは安全なんだろうな? 」  

 

 エヴァンジェリンは不意に口を開いたと思うと、学園長を威圧するように言った。それを調べたのが私の実験なんだが、と私が横から口を出すと、エヴァンジェリンはゆっくりと頭を振る。

 

「七海。お前の実験を疑ってる訳ではない。慎重なお前のことだから、多くのことを調べたのだろう。だが、魔力については七海は素人だ」

 

 腕を組んで、彼女はじっと私を見る。確かに、と私は頷いた。  

 

 私がやっていることはあくまで常識の範囲での検証だ。マウスの中の魔力の推移を見たわけではないし、魔力が人間特異的何か影響を与える可能性も十分にある。さっきの幽霊の話ではないが、危険が「ない」と実用前に把握するのは、難しい。  

 

 私はエヴァンジェリンを見つめ返して、続く言葉を待った。

 

「長く生きているが、私も魔法について全てを知ってはいない。その中でも、世界樹について私の知っていることは少ない。……あれが普通ではない物だとは分かるがな」  

 

 エヴァンジェリンが流れるように私から学園長に視線を移す。学園長は、悠々とその視線を受け止めてから、自分用の茶飲みを持ち上げた。いつの間にか、彼も茶々丸からお茶を貰っていたらしい。  

 

「ふむ……。正直な所、あれはわしにもよくわからん」

 

「じじい」

 

 間髪入れず脅すようにエヴァンジェリンが呼ぶ。本当のことを言え、と言葉が続くのは察した上で、学園長は余裕そうにしていた。

 

「本当じゃよ。世界樹は、わしより、お主よりも長生きしておる。それでも、世界樹の全貌は明らかになっておらん」

 

 コトリ、と学園長は持ち上げていた湯飲みを机に置いた。

 

「一年に一度発光し、膨大な魔力を内包する木。あるタイミングに大発光し魔力を放出して面倒毎をおこす木。わしが知ってるのもこれくらいじゃよ」  

 

 あるタイミングとは22年に一度ある大発光の時であろうか、と私は自分の中で補足しながら聞いた。世界樹については結構調べていたので、公になっていることは大体知っている。しかしそれでも確実に、世界樹の情報は少ない。まぁ、いくら文献を探っても、出回る物で魔力を説明するものなどないのだから当然でもある。

 

「そんなよく分からん物を、人が取り込んでいいのか」  

 

 エヴァンジェリンが、私に一瞬目をやる。

 

「それこそ分からん。七海君のように魔力の漏れてない時期から魔力をとったものなど…………」  

 

 言いかけて、学園長がぴたりと止まった。

 

「おい、どうした」  

 

 学園長は、ゆっくり手を顎に近付け、顎髭を撫でるようにする。何かに気付いたらしく、少し黙ってからうっすらと笑みを浮かべた。

 

「…………そうじゃのう。図書館島は、当然知っておるよの? 」

 

「……それは、まぁ」

 

 その質問をあなたがするのか。といつかの記憶を思い返しながら、気の抜けた返事をしてしまう。あそこは、学園長と初めて対峙した場所だ。魔法を知るという、切欠となった場所だ。そうでなくても、あれだけインパクトがあった場所を忘れることなど出来ないに決まってる。

 

「あそこに行って見てはどうかの? 」  

 

 その提案を、私は不思議に思った。

 

「しかし、図書館島にも世界樹の文献があるようには思えませんが」  

 

 少なくても、あの日適当に本を探りながら歩いた時にはそれらしい情報はなかった気がする。

 

「というより、本に書かれてるならその内容を今話せ」  

 

 見も蓋もないことを言うエヴァンジェリンは、いつの間にか和菓子の包みを開けている。

 

「ふぉっふぉっふぉ。そういう訳ではないのじゃ。さっき言ったように、わしの知っていることは少ない。ただ、あやつに聞くのが一番早い」  

 

 あやつ? と私とエヴァンジェリンは同時に疑問符を頭に浮かべた。

 

「……誰のことだ」

 

「それは、お楽しみにしてもらおうかの」

 

 本当はこれを話しただけで怒られそうなんじゃ、と茶目っ気ある感じで学園長は続ける。

 

「面倒なじじいめ。まぁいい。それだけ情報があれば貴様に用はない」  

 

 ぽいっと手に持っていた菓子を口に放ってから、残りも頂いていくぞ、と彼女は再び菓子棚に向かった。ゴソゴソと背伸びをしつつ上半身ごと棚に侵入し、体がもとの位置に収まった時には、両手一杯にお菓子を持っていた。……しかし、いくら何でも、欲張りすぎやしないか。  

 

 とりあえず注意しようと、太るぞ、と告げると、太ったことはない、とよく分からない返しをされた。  

 学園長は既にその行為の防止を諦めて受け入れているようなので、私もそれ以上口に出すのはやめた。エヴァンジェリンは呆れる学園長を無視してすぐに体をドアへと向ける。

 

「行くぞ、七海、茶々丸」  

 

 この部屋に対して惜しげもなく、エヴァンジェリンは私達の名前を呼びながら部屋から出ていった。

 私と茶々丸は、二人で一緒に学園長に礼をしてから、彼女の手から落ちたお菓子を拾いつつ廊下に出た。

 

 

 ○

 

 

 私とエヴァンジェリンは、とりあえず学園長が言ったことに従おうと、後日図書館島へと向かうことを決めた。誰がいるかは分からないが、行ってみなければ始まらない。  

 

 …………それに、早く薬を完成させたい。正直に言うと、体がそろそろ危ない気がする。  

 

 体力の低下は著しく、走ったら即ダウンするほどだ。エヴァンジェリンからの薬で騙し騙しやってきたが、それもいつまで持つか分からない。  

 世界樹の魔力の質が本当に普通の魔力と異なって、成長などに影響をしてくれるなら、私もいくらかましになるとは思う。だからこそ、倒れる前に……

 

 そう思い、即日の学校終わりに図書館島へ寄ることを決意した。  

 因みに、ネギ先生はすっかりと元気を取り戻したようで、いつも通りの授業を進めていた。ただ、エヴァンジェリンのことを見る目が少し異常だった気もする。恐怖などの系統ではなくて、どちらかというと、尊敬とか、憧れとかそんな感じの眼差しだ。エヴァンジェリンはその視線を、終始うっとおしそうにしていた。  

 

 放課後になると、エヴァンジェリンと茶々丸がすぐに私の机に寄ってきた。

 

「七海、図書館島に行くんだろ? 早く準備しろ」  

 

 当然のように、彼女はついてきてくれるようだ。私の問題だから、と口から出そうになった言葉を飲み込む。友達だからこそ、彼女達に頼りたい。そう思った。  

 

 道中雑談をしながら、私とエヴァンジェリンと茶々丸の三人は学校を出て図書館島へと向かう。放課後の生徒達は皆騒がしくて、昨日の夜とはやはり大違いの騒々しさだった。エヴァンジェリンは煩わしいと思っているかもしれないが、私はそんな学校も嫌いではなかった。目的地に近くなった所で、私はポケットから綺麗に四角く折り畳んだ紙を取り出した。

 

「それは? 」  

 

 茶々丸が私の後ろから覗き込みながら尋ね、エヴァンジェリンは怪訝な目で紙を見る。

 

「昼休みに学園長の所へ行った時にな。目的の人物が図書館島のどこへいるのか聞きに言ったらこれを」  

 

 折り畳まれた紙の間に指を入れ、ぱさり、擦れ合う音を立てながら開く。紙は、A3用紙ほどの大きさになった。エヴァンジェリンは深く興味を示さずにまた前を向いた。

 

「よく分からんが、ナビゲーションは頼むぞ」

 

「ああ」  

 

 ………と言っても、今回は前回来たときほど長い道のりにはなりそうにないな、と紙に書かれた地図と文字を見ながら思った。    

 

 

 橋を渡り図書館島へつくと、地図に書かれているように堂々と中へ入った。一階は普通の図書館、とは言えないほど大きくはあるが、それでも地下に比べたら俄然普通である。危険のないこの階にはかなり多くの人がいて、皆静かに本を読んでいる。

 

「ここから地下へ行くのか? 」  

 

 周りに気を使ってか、小声で私に聞いた。エヴァンジェリンが周りを気遣うなんて、と失礼にも少し意外に思っていると、目立つのは得策ではないだろう、と睨まれながら小声で言われた。

 

「いや地下へは行かない」  

 

 私もなるべく小さな声で返してから、先導して本棚の谷の合間を移動していく。エヴァンジェリンと茶々丸が何も言わずついてくる中、私は地図を当てにどんどんと狭く暗い場所へと進んでいく。

 

 こんな所の本を誰が読むのか、というくらい古い本棚を横目にも、私達はまだ進む。そのうち、他の人とはかなり離れて、いくつかの本は山積みにされ、光りも僅かにしか届かないような場所にたどり着いた。

 

「行き止まりだぞ」  

 

 エヴァンジェリンは舞っている埃を払うようにしながら私に言う。もう近くに人がいないからか、普通に声を出していた。

 

「この本棚から、順番にいくつかの本を取って、キーワードを言えば何か起こるらしい」

 

「暗号、ということでしょうか」

 

「よし、七海。読み上げろ、私が本を取る」  

 

 そう言って、エヴァンジェリンが黒い本棚の前に立った。

 

「まずは、『美味しいプリンの作り方』を取り出し、『うまそー ! 』と言う」  

 

 エヴァンジェリンが無言で私を睨む。私を、本当にそう書いてあるんだ、と地図の横に書いてある注意書きを指さしながら一生懸命主張した。

 

「う、うまそー」  

 

 彼女は乱暴に本を取り出し、少し恥ずかしがりながらそう言って、その本をそのまま茶々丸へ渡した。

 

「次に、『猫耳の歴史』という本を取って『にゃんにゃん』と言う」

 

「に、にゃんにゃん」  

 

 案内するのも恥ずかしいが、なんとなくエヴァンジェリンの方がきつそうである。

 

「『水着の有用性と神秘』を取り出し、『いいなぁこれ』と言う」

 

「…………いいなぁこれ」

 

「最後に、『制服大全』を持って『制服大好き』と言う」

 

「…………制服大好き」  

 

 ゴゴゴ、と本棚が急にずれだして、その後ろからエレベーターが現れた。

 

「七海」

 

「どうした」

 

「私は下にいるやつを一度ぶん殴る」

 

「そうか」  

 

 流石に私も止めようとは思わなかった。とりあえず、今のところ変な人であることは確定し、私は会うのが少し怖くなった。    

 

 

 

 ○  

 

 

 エレベーターに乗ると、ボタンを押さずとも勝手に下へと動き出した。その場所は地下のかなり奥底にあるようで、結構な時間がかかった。

 ピン、と甲高い音がなるのと同時にエレベーターは止まり、独りでにドアが開いた。  

 

 外に出ると、地下とは思えぬほど明るい空間があった。目の前には地表の木の根が少し被さるような大きい門がある。  

 

 この門の先であろうか、と進もうとした所で、遠くから翼をはためかせるような音が聞こえた。それに応じて、エヴァンジェリンと茶々丸は若干の臨戦態勢になるが、音はそれ以上近付いて来なかったため、私達は気にせずそのまま門を開けた。  

 

 すると、そこには更に広く、明るく、メルヘンチックで、訳の分からない場所があった。広いドーム状の空間になっていて、周りには木が生え滝が流れている。中央部はぽっかりと穴が空いていて、その中心に西洋風の建物がぽつんと浮いてあった。

 

 驚きというよりも、魔法というものはここまで出来るのか、と素直に感心した。自分の感覚が狂ってきているとまでは思わないが、やはり慣れとは凄いものだと思う。  

 

 私達の場所とその建物に繋がる道が一本だけあり、私達はその道を行くしかなかった。滝が激しく水を跳ねさせる音を聞きながら私達は橋を渡り、その建物の前に立った。

 

「……入っていいのだろうか」  

 

 何せ、呼び鈴もついていない。

 

「いいだろ」  

 

 エヴァンジェリンは遠慮なくドアを開けて、ずんずんと奥へ進んで行く。適当に行くと、かなり大きなテラスのような場所に出た。椅子や机の他にソファーまで置いてあり、パーティーの会場のようだった。

 

「ええい、例のやつはどこにいるんだ! 」  

 

 中々姿を見せない人に苛立ったエヴァンジェリンが、大声を上げたその時―――  

 

 

 

「ここにいますよ」    

 

 

 

 私達の後ろに、すらりとしたローブを着たやせ形の男性が現れた。

 

 

 

 








小ネタ
『夕映は見た』





「……あれ…七海と、エヴァンジェリンさんと、茶々丸さんですか…。七海はたまにみますが、ほかの二人が来てるのは珍しいですね…。エヴァンジェリンさんも茶々丸さんも、本好きなのでしょうか」


「……すごい奥に本探しに行きますね……。相当珍しい古い本でも見つけたいのでしょうか」

『う、うまそー』

「…え? 図書館でうまそーって言いましたか? しかも今の声ってエヴァンジェリンさんですよね…」

『に、にゃんにゃん』

「……彼女はいったいどうしてしまったんでしょうか。あまりしゃべったことはありませんが、そういうキャラクターとは知らなかったです」

『……制服大好き』

「……もう完全に変態のそれですね……。ですが、趣味や嗜好は人それぞれです。近くにいる七海や茶々丸さんも見守ってるようですし、私がとやかく言うことではなさそうですね……。
彼女のために私ができるのは、今のを見なかったことにしてここを立ち去ることだけです……」




「しかし。エヴァンジェリンさん……。不思議な方だったんですね……」



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