セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第37話

 

 

「貴様……っ! 生きていたのか! お前のことも随分探したんだぞ! 」

 

「久しいですねぇ。相変わらず体の成長はないようで」

 

「お前も変わっとらんだろうが! 」  

 

 エヴァンジェリンとやせ形の男が親しげに口論をしている横で、私と茶々丸は顔を合わせる。  

 茶々丸もこの人を知っているのか、いいえ、という目配せを二人でした後、私は男を観察した。男は身長が高く、中性的な顔立ちをしている。所謂、美形という奴なのだろう。ずっと軽い笑みを崩さないでいて、柔和な感じと物腰の柔らかさが伝わってきた。

 

「友人……なのか? 」

 

「ただの腐れ縁だ! 」 

 

「そんなに必死に否定せずともいいじゃないですか、キティ」

 

「その名で呼ぶなぁ! 」  

 

 エヴァンジェリンが男に飛び付いて胸ぐらを掴み、必死に前後する。が、男はそれをものともせずニコニコとしていた。やはり、随分と仲がいいようだ。

 

「立ったままで話をするのも疲れるでしょう。ひとまずそこにお座り下さい」  

 

 エヴァンジェリンに胸ぐらを掴まれながらも、男は私達を近くの机に誘導した。机の上にはいつの間にか紅茶やらクッキーやらが用意されていて、茶葉の優しい匂いが鼻先をくすぐる。  

 エヴァンジェリンが落ち着きを取り戻しクッキーを乱暴にかじり始めた頃、男も椅子に座り紅茶を一口飲んだ。その姿はどこかの貴族のように優雅であり、彼の落ち着いた雰囲気とよく似合っていた。

 

「それでは七海さん。自己紹介から始めましょうか」

 

 自己紹介する前から名前を知られている場合、それは必要なのだろうか。そう思ったが、初対面のマナーとしてとりあえず私は自分の名を告げる。すると男は、はい知ってましたよ、と笑みと共に答えた。

 ……小ばかにしている、とまではいかないが、おちょくるような姿勢ではあったので、私は困ってしまった。もしかしたら、この人のことは少し苦手かもしれない。

 

「私の名前は、そうですねぇ……。クウネル・サンダースとお呼び下さい」  

 

 ……明らかに偽名であり、それがばれていることを物ともしない顔だ。分かりきった偽名を告げられた時、普通はどんな反応を示すのだろうか。とりあえず私は、なんとも言えない顔で固まることしか出来なかった。

 

「アルビレオ・イマだ。昔の知人……というほどでもない。こんな顔をしてるが、結構な年をとった変態だ」

 

 エヴァンジェリンが私のために捕捉してくれた。彼女が年をとった、というからには、彼も人間ではないのだろうか。しかし、疑問には思ったがそのことに興味は持たなかったので、尋ねようとは思わなかった。

 彼は軽く溜め息を吐いてからエヴァンジェリンに言う。

 

「友人ぐらいの関係は築けていると思ってましたが……。それに、年は人のことを言えないでしょう」  

 

 変態という言葉は否定しないのだな、と私は少し身を引いた。

 

「偽名を名乗ったことは申し訳なかったですね。ただ、名前の方は訳あってあまり公にしたくないんです」

 

「……マスター。外部との通信機能と記録機能に障害が」

 

「ふん。用意周到なことだ。そこまで身を隠して何がしたい」

 

「何が、というほどでもありませんが。名が売れすぎると面倒なのはあなたもよく知っているでしょう」  

 

 渇いた笑いと共に、彼は優雅にティーカップを口元へ運んだ。

 

「それで? あなた達はわざわざこんな所まで何をしに来たんですか? 」  

 

 私は一度姿勢を正し、手を膝の上において彼を見た。

 

「アルビレオさん。実はあなたにお尋ねしたいことが」

 

「…………」

 

 彼は目を閉じて、まるで私の声などなかったかのように黄昏る。

 

「おい、アル。聞いているのか」

 

「…………」

 

「………クウネルさん」

 

「はい。なんでしょうか? 」  

 

 ……なんと面倒な人なのだろうか。本名を知ってしまった人の前で偽名を通す必要もないだろうに。

 私はこの人が苦手だと、彼の満面の笑みを前に心の中で確信した。

 横にいるエヴァンジェリンが若干イラつきを表していたが、ここで話を止めても仕方ないので私は要件を告げることにした。

 

「……あなたは世界樹に詳しいと聞きました」

 

「詳しい、とは言えませんが、並みの人よりは知っているかもしれません」

 

「その世界樹のことで、教えて欲しいことがあります」  

 

 彼は、ティーカップを音を立てず丁寧にソーサーの上へ置いてから、私を見た。

 

「それは、世界樹の魔力を体内に取り入れてもいいか、という質問でしょうか」  

 

 ……やはり、要件は既に知られていたようだ。学園長から聞いたか他の経路を使ったかは分からないが、名前を知られていた時点で予想は出来ていた。正直、話す手間が省けて助かる。私が頷くと、彼は私に問いかける。

 

「……まず、七海さん。あなたはここにきて体の様子はどうですか? 」

 

「……特に、変わりはありませんが」

 

「では、キティ」

 

「その名で呼ぶなと言ってるだろう」  

 

 威嚇する猫のようにエヴァンジェリンが叫ぶ。しかし、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの「K」は「キティ」だったのか。可愛らしいとは思うが、そう呼ばれるのはそんなに嫌なのか。

 

「あなたもそう思いますか? ですが、彼女はその可愛らしさが気に入らないようで。まぁ私はだからこそ呼ぶんですが」  

 

 ふふふ、と目を細めながら彼は私を見た。簡単に心を読まれたが、防ぐ術もない私にはどうしようもない。とりあえず、知られたくないと思うことは考えないようにしておこう。

 

「話を戻しましょう。エヴァ。あなたはここにきて体の調子はどうですか? 」

 

「……上出来だ。魔力が充満しているからな」   

 

「そうでしょう。ここには世界樹の魔力が多少漏れていますから。この違いが、七海さんの体質を表しています」

 

「つまり、通常ならば世界樹の魔力により、体にいい影響がある筈だが、私は体質によりそれがないと」

 

 ……これは、不味いかもしれない。世界樹の魔力でも私に影響を与えないとしたら、私の体を持たせる手は現状ない。額から嫌な汗をかき、私は俯く。そんな私を、茶々丸はちらりと見てから彼に言葉を投げる。

 

「……何かないのですか。方法は」

 

「まぁそう結論を早めずに。今まで言ったのは外部から魔力を取り込んだ場合です」   

 

 それを聞いて、私ははっと顔を上げた。

 

「ならば、内部からでは」

 

「そう。効果の違いは期待出来るでしょう。肌の乾燥を防ぐためには、化粧水なんかを塗るより食生活を正した方がよっぽど効果がある。そんな感じです」  

 

 にこりと笑って彼は言う。随分と一般的な例が出てきて逆に不安はあるが、確かにそうだとも思える。最初から私は、世界樹を食す昆虫に焦点を当てて来たじゃないか。彼らが最も影響を受けていたのは、世界樹を近くに置いた時ではなく食べた時だ。やはり試す価値は十二分にある。

 

 後は……

 

「……副作用はあるのか? 」

 

 私が気になったことを、代わりにエヴァンジェリンが尋ねる。彼女たちは本当に私を心配してくれているようだ。心配してくれる人がいる中でこんな風に思うのは駄目なことかもしれないが、私にはそれが嬉しくて、何かがそっと胸を込み上げて、暖かい気持ちにしてくれた。

 

「それは……わかりません」  

 

 初めて、彼の顔が若干真剣味を帯びた気がした。彼は一度ふぅっと息を吐いて、また私を見た。

 

「一度一つずつまとめましょうか。まず、世界樹の魔力でなくても魔力さえ充満していれば、私達のように深く魔法に関わっているものならかなり影響が出ます。封印されたエヴァンジェリンが別荘で力を出せるのも、私が学内に世界樹の魔力が満ちてる時に活動出来るのも、そのためです」   

 

 エヴァンジェリンが別荘を持っている話は今初めて聞いたが、追求せずに私は頷く。

 

「ただ、これは外部の魔力に頼りきりのため、その場所やその期間だけ有効なのです。しかし、内部に魔力を注ぐ場合はその限りではありません」   

 

 私は、同意を示すようにまたこくこくと顔を上下する。確かに、エヴァンジェリンは吸血によって魔力を蓄えていた。

 

「よって、魔力のないあなたが、体の維持のために魔力を内部に蓄えるというのは中々いい考えです。しかし、通常の魔力では、おそらくあなたが異常を起こすスピードの方が早い。幼少期から体質に気付き、定期的に魔力を得ていればもう少し体は持ったかもしれませんが……。今はそれを言っても仕方ないですね」  

 

 私がそれに気付いたのは、中学一年生の時だ。しかも、限界に達し倒れて初めて気付いた。よく考えれば、あの場にいてくれたのがエヴァンジェリンで本当によかった。

 

「…………だからこそ、通常ではない世界樹の魔力を使うつもりです」  

 

 こくりと、今度は彼が頷いた。

 

「そうですね。世界樹の魔力は決して普通ではない。魔力が漏れれば、問答無用に人の願いに干渉する力さえある。それほど強い力です。だからあなたの体の薬として使うのは適しているとは思います」

 

「願いに干渉する、というのは? 」

 

「世界樹の大発光時の前後に起こる副産物のようなものです」  

 

 つまり、普段は気にしなくていいと。しかしだとすると、世界樹の大発光の時に告白すると必ず成功するという噂は本当だったのか。強制的な告白の成功とはされる側は堪ったものではないな、と脱線した話を胸の中で収めた。

 

「おい、肝心の副作用の話はどうした」

 

「ここで話はもどります。結論から言えば、副作用については、分からない。私やエヴァンジェリンは、今魔力を取り込んでいますが、副作用はありません。ただ、内部からの場合それが同じだとは言い切れません」

 

「……長いこと話した癖に結局分からんのか」  

 

 はぁ、エヴァンジェリンは嫌みっぽく溜め息をつくが、彼に堪えた様子は全くなかった。

 

「……ただ、あなたの体はもはや分からぬ副作用を気にしている場合ではないように見えますが」  

 

 彼がそう言うと、エヴァンジェリンはじっと私を見た。

 

「…………そうなのか」

 

「…………ああ」  

 

 私は、ゆっくりと短い言葉を吐いた。

 

「とりあえず、時間もないので世界樹の魔力を含んだ薬を使ってみましょう。副作用などを心配するのは大事なことですが、だからと言って何もしないでいるよりは前向きになるでしょう。それにそんな時に限ってそこまで影響が出なかったりもしますし。ただ、濃度と頻度には一応気を付けましょう。今度ここに材料を色々持ってきなさい。私が調整を見てあげます」  

 

 ……それは、とても嬉しい申し出だ。本来ならば、すぐにでもお願いしますと此方から頭を下げたい所だ。ただ、この人の言葉ということが少し気になる。

 エヴァンジェリンも同じ気持ちのようで、怪しむように彼を見ている。

 

「……そんなに信用ないですか? 私」

 

「貴様のことだから、相応の対価を要求する気だろう? そうでなければ水着を着ろだとか、うさみみをつけろだとか言い出すのではないかと思ってな」

 

「私は猫耳派ですが」

 

「どっちでもいいわ! 」  

 

 ばんっとエヴァンジェリンが机を叩くと、食器の上のクッキーが少し宙に浮いてから落ちた。本当に彼がそう言うなら完全に変態の発想だが、背に腹は代えられない。痛々しいほどの羞恥心はあるが、一時のものだと我慢しよう。  

 私が決意を込めた顔をすると、彼は意外にも困った顔をした。

 

「心配しないで下さい。あなたに何かを求めようとはしてないですよ」

 

「……では、何故」  

 

 私と彼は、出会ったばかりだ。無償で私に協力してくれる道理など、ない筈だ。

 

「あなたは、私の古き友の、新しい友逹なのでしょう? 」  

 

 彼はにこりと、柔らかい笑みで私達を見た。

 今までの笑顔とはまた別の顔を見た気がした。  

 

 横を見ると、エヴァンジェリンは照れを隠すように無理やりふん、と鼻を鳴らした。    

 

 

 

 

 それから、また少し世界樹の話や研究の話をした。紅茶やお菓子はとても美味しく、彼の話は中々面白かった。いちいち弄られて過剰に反応するエヴァンジェリンも、私の目からは楽しそうに見えた、などと言ったら後で怒られるかもしれない。

 

「それでは、また後日会いましょう」  

 

 ひらひらと袖を揺らしながら、彼は私達に手を降った。帰ろうと足を踏み出そうしてから、私はあることを思い出して踏み止まった。

 

「アル……でなくて、クウネルさん」

 

「はい、なんでしょうか」  

 

 満面の笑みだ。相当その名前が気に入ってるらしい。

 

「入るときの暗号だけどうにかならないですか」  

 

 うまそー、ならまだしも、にゃんにゃん、等はやはり恥ずかしい。

 

「ああ、あれですが」  

 

 彼は手を口に添えて、笑いを溢した。

 

「暗号など口にしなくても、あの順に本を取るだけでエレベーターは出ますよ。というか、結局私が許可を出さないとここまでこれませんしね」

 

「な、なんだと! ならあの地図に書いてあったことは……」

 

「私がおふざけで書いたのですが、まさか本当に読み上げる人がいるとは……」

 

 ふふふ、と彼は楽しそうにしている。先程から感付いてはいたが、彼の楽しみはエヴァンジェリンを弄ることのようだ。にゃんにゃんとは可愛いかったですよ、と彼が告げるとエヴァンジェリンはぷるぷると震えだした。  

 エヴァンジェリンが再び彼に飛び付いてまたやいわいと騒いでる横で、指示を出した私も責任を感じつつゆっくりとそれを見守った。  

 

 

 

 ○    

 

 

 

 次の日から、私はクウネルさんの元へ通った。彼の話は知的で分りやすい反面、手の込んだイタズラや弄りを私にまでしてくるので、何と言うか、結局よく分からない人、という印象だった。  

 

 そしていよいよ薬を実用してみよう、という段階まできた所で、私達のクラスは修学旅行の話で大いに盛り上がっていた。  

 直前まであまり気にしてなかった私は、不意に耳に入るような形でその行き場所を聞いた。

 

 

 …………京都か。  

 

 

 私は、昔を思い出すようにしながら一人胸の中で呟いた。 

 

 

 


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