セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第38話

 

 

 太陽がゆっくりと高度を上げて、全ての物へ平等に陽を当てる。朝を知らせるその光を窓越しに浴びながら、私はせっせと制服に袖を通す。先日より纏めておいたいつもより大きい荷物を背負うと、それは想像よりも重く、一瞬体を後方に持っていかれる。焦りながらもなんとか踏ん張り体勢を立て直し、一人でほっと息をついた。洗面所に足を向け、覗き込むように蛇口の栓を確認した後、玄関に向かいながら部屋の電気やガスも調べて、そのまま静かに部屋を出る。ドアを閉め、手に持った鍵を鍵穴に差し込み、カチャリと音を鳴らした所で、肩を優しく二回ほど叩かれた。

 

「……長谷川さんか、おはよう」

 

「おう、おはよう」  

 

 振り返ると、そこには眠そうな顔をした長谷川さんがいた。彼女もまた普段より多くの荷物を持っている。

 

「随分と眠そうだな」

 

「あんま寝てねぇんだ」

 

「夜更かしか。何かしてたのか? 」

 

「ギリギリまでネトゲしてた」

 

「……不健康極まりないぞ」

 

 大きく欠伸をする彼女に向かって私は注意した。修学旅行の前日だというのに、彼女の行動は変わらなかったらしい。これだけパソコンに触っていても、本当は目が悪くなっていないというのが恐れ入る。私達はどちらが催促することなく自然に二人揃って足を動かして、寮の出口へと向かっていく。

 

「明智は荷物多すぎねーか? 」

 

「あっちでやりたいことがあってな。その準備をしてきた」

 

「やりたいことねぇ。どうせ虫取りとかだろ」

 

「ばれてるか」  

 

 簡単に見破られたことに、私は控え目に笑うと、彼女も微笑んだ。

 

「そういう長谷川さんは何か持ってきたのか? 」

 

「PC」

 

「……君も徹底してるな」

 

 呆れた顔を向けると、どっちもどっちだろ、と言われた。確かに、趣味を旅行先にまで持って行こうとする魂胆は同じである。

 

「長谷川さんは、3班だったか? 」

 

「そうだな、いいんちょ達と一緒だ。……そっちはマクダウェル達とだろ? 」

 

「ああ」

 

 あやかには、同じ班になりますわよね! と声を掛けられたのだが、エヴァンジェリンと先に約束してしまっていたため苦しい心情で断らざるを得なかった。ショックを受けたあやかに、班が別でも現地でいっしょに遊べるさ、とフォローをすると、納得がいったかどうか微妙な顔をした。その後表情をきりっとさせて、絶対あっちで遊びますからね! とあやかは私の手を握って激しく振った。  

 

 あやかには本当に申し訳なかったが、班の人数の問題でエヴァンジェリンも私もあやかも一緒という訳にはいかなかった。それに何より、エヴァンジェリンにとっては15年の中学生活最初で最後の修学旅行だ。なるべく彼女の要望に答えてあげたいと、私は思っていた。

 

「私もいいんちょと同じ班なら明智と一緒だと思ってたんだがな」  

 

 歩きながら、私をじっと睨むようにして長谷川さんはそう言った。私と同じ班を望んでいたことがとても嬉しかったが、同時に罪悪感も芽生え、すまないと謝るしか出来なかった。長谷川さんはそんな私を見て、冗談だよ、と軽く笑った後、まぁ班なんて大した縛りにならねぇだろ、と自分で気を持ち直すように言った。    

 

 私と長谷川さんは、学校には向かわずに駅の方向へ進む。集合場所は大宮駅で、時間は9時だ。私は街の道路沿いにある少し古びた街時計を見て、時間には充分余裕があることを確認した。

 

「しかしマクダウェルのやつ、最近なんか変わらなかったか?」  

 

 横を走って通りすぎる子供を避けて一瞬目で追った後、長谷川さんが私に尋ねた。

 

「変わった、とは? 」

 

「なんか柔らかくなったというか、いや、よくわかんねぇけど」  

 

 吸血鬼事件の後から、エヴァンジェリンはよく授業に出るようになった。別に特に何かしてるという訳ではないのだが、エヴァンジェリンと比較的席の近い長谷川さんは何かを感じ取ったのかもしれない。

 

「そうだな、話し掛けてみればどうだ? 彼女は君たちが思っているよりずっと面白いぞ」

 

 変わったと所と言えば、確かに周りに発する気配のようなものは変わったかもしれない。生徒達には興味がない、話し掛けても素っ気のなかったエヴァンジェリンとは、今は違うような気もする。

 

「あー、うん。……ま、気が向いたらな」  

 

 ぽりぽりと、長谷川さんは頬を掻いた。中学生活三年目にして、こうやって輪が広がっていくのは珍しいかもしれない。それでも一歩ずつでも変わっていく交遊関係というものは、いつでも新しい何かを与えてくれてきっと人のプラスになるだろう。

 

 人通りが多くなり始める時間になると、周りには慌ただしく移動をするスーツを来た会社員と思える人たちがちらほらと見えて、横の車通りはいっそう混み始めた。

 

「あれ、桜咲じゃねーか? 」 

 

 半信半疑と言った感じで、確認をするように長谷川さんが私に話しかける。  

 私は少し目を凝らし、前方を歩く小柄な少女の後ろ姿を見た。長い棒状の物が入った絹袋を背負い、私達と同じ制服でちょっとした荷物を手に持っている。黒い髪を左に結い上げて縛るその髪型は、確かに桜咲であった。私が同意を示すように頷くと、長谷川さんは呆れながら言った。

 

「あいつ、旅行先にまで竹刀持ってくつもりかよ。てかあれ竹刀にしては長くないか? 」

 

「竹刀の正式な長さはよく知らないな。しかし虫取道具やパソコンを持っていくよりは旅行っぽさがある気がする」

 

「それを言うなら木刀だろ。というか旅行先で買うものであって持ってくものではないぞ」

 

「…………買ったことあるのか? 」

 

「ね、ねーよ! 」  

 

 必死に否定した長谷川さんの声に反応して、桜咲がこちらを振り返った。彼女は私達の姿を確認して、スッと頭を下げた。私は遠めの挨拶を返してから、立ち止まった彼女に追い付くように近づいた。

 

「おはよう、桜咲」

 

「おはようございます明智さん。……と、は、長谷川さん」

 

「お、おう」  

 

 人付き合いが得意でないというか、不器用な二人らしい挨拶だった。珍しい組み合わせな三人であるし、私以外の二人は特に面識があるという訳ではなく、人見知りも手伝って少しギクシャクとした雰囲気が一瞬流れた。二人はなんとなしにお互いの出方を探り合うような感じである。私も桜咲に関しては心が知れた仲となんて言えないが、それでも間を持てるのは今私しかいなかった。

 

「桜咲、龍宮と一緒じゃないのか? 」  

 

 寮の部屋が同室なのに一緒にいないことを不思議に思って聞いた。質問されたことに気付いた桜咲が、私に言葉を返す。

 

「龍宮は神社の方に寄ってから行くというので」  

 

 そう言えば、巫女をやっているという話を耳に挟んだことがある。頭の中で彼女の巫女姿を想像すると、思ったよりずっと似合っていた。

 

「……桜咲は何班だったっけ」

 

 長谷川さんが、世間話を振ろうと少しぎこちなさげに聞いた。

 

「6班です。明智さんと一緒の班です」

 

「班長、よろしく頼むぞ」  

 

 私が笑ってそう言うと、彼女はちょっと困ったような表情をして、申し訳なさそうに言った。

 

「……実は私、あっちで少し用事がありまして、班の皆とは一緒に回れないかもしれません」

 

「用事? あっちって京都でか? 」  

 

 長谷川さんが聞き返す。しかし、旅行先で用事とはどういうことだろうか。

 

「え、えと、私実家が、京都でして、それで」

 

「顔を出さねばならないと」

 

「は、はい。そんな感じです」  

 

 修学旅行の時くらいクラスメイトと遊ばせてあげたら良いのではないか、と思ったが、家庭の事情とは人それぞれであるし、桜咲も嫌々という感じではないので、私は無理に口を出さないことにした。  

 

 それから、京都の様子を色々と桜咲に教えてもらいながら、私達は集合場所まで向かった。しばらく話していると、地を出しているという風ではなくても初めのような雰囲気はなくなって、二人とも普通に会話をしている。どちらとも、一度警戒を解けばすんなりと行くタイプなんだろう。桜咲は、人一倍運動神経の強い麻帆良四天王なんて呼ばれているが根は真面目で静かな子だし、長谷川さんもわーわーと騒ぐ性格でもないので意外と話は合うのかもしれない。    

 

 

 ○  

 

 

 

 大宮駅につくと、そこにはもう何人もの生徒がいた。一般の駅利用者は騒がしくしている所をちらりとみて、あぁと合点のいった顔をする。皆学校の制服を着ているため、端から見てもすぐに学生の修学旅行だと言うことが分かるだろう。

 

「あ、七海さん、長谷川さん、桜咲さん、おはようございます! 」  

 

 だが、この少年が教師だと分かる人は何人いるだろうな、と私は心の中で呟いてからネギ先生に挨拶を返した。長谷川さんと桜咲は、ネギ先生へ挨拶代わりにぺこりと頭を下げる。

 

「ネギ先生、随分楽しそうですね」

 

「はい! それはもう! 日本に来てから京都へ行くのは本当に楽しみにしてたんです!」  

 彼は子供らしく、はしゃぐように言った。

 

「僕の姉が、日本に行くなら絶対に京都は見た方がいい、とても素敵だから、といつも言ってたんです! だからとっても期待しちゃって! 」

 

 目をキラキラとさせて、胸の高鳴りを押さえきれない、という風に興奮している姿はまさに少年で、なんだか微笑ましかった。  

 両拳を握り楽しそうにする彼の横から、他の先生が彼を呼び掛けると、ネギ先生は、はっと我に帰った。

 

「あ、すみません。ちょっと呼ばれちゃいました。とりあえずもう少し時間はありますが、班でまとまっていて下さい」  

 

 そう言って、ネギ先生は先生の集まりの中に入っていった。

 

「ネギ先生、相当はしゃいでたな……」

 

「子供らしくて可愛いじゃないか」

 

「まぁ、大人ぶってる時よりは。んじゃ明智、また後で」  

 

 長谷川さんは私達に適当に手を振る。それからだるそうに自分の班員が見えた所に向かっていった。残された私と桜咲も、とりあえず6班のメンバーを探した。

 

「七海! 遅いぞ! 」  

 

 人混みの中から、聞き慣れた声が私の名を呼んだ。声の元に向かっていくと、そこには腕を組んで笑みを浮かべているエヴァンジェリンと、静かに横につく茶々丸がいた。

 

「エヴァンジェリン、茶々丸、早いじゃないか」

 

「マスターは興奮のあまり誰よりも早くここにつきました」

 

「茶々丸! そういうことは言わなくていい! 」

 

「昨日の夜もわくわくしっぱなしで中々寝付けていませんでした」

 

「やめろと言っとるだろこのぼけロボめ! 」

 

 この、この、とエヴァンジェリンが茶々丸の後ろに回り込みネジを巻き、茶々丸が悶えている。そんな光景を、桜咲はぽかんとした顔で見ていた。

 

「あ、あの。エヴァンジェリンさん」

 

「ん、なんだ刹那か。おまえも来たのか」

 

「というか、あの、呪いのせいで此方には出てこられないものだとばかり」  

 

 小声ではあったが、呪いという言葉が出た所で私はとっさに桜咲を見た。自然にその言葉が出ると言うことは、彼女もそちら側の人間だったのか。

 

「あんなもの、先日簡単に解いてやったぞ」  

 

 自慢気、という感じでエヴァンジェリンは桜咲に向かって胸を張った。

 

「……では、こちらの事情はご存知ですか? 」

 

 神妙な顔をして、声を押さえるように言う。事情とやらを知らない私は一人会話に置いてかれているのだが、私が聞いていい話なのか判断に困った。

 

「坊やが親書を渡すとか言う話だろ?  貴様ら西と東のいざこざなど今更興味はないがな。私の目的は旅行を楽しむということだ」

 

「…………そうですか。……あと、気になっていたのですが、明智さんとはどういう関係なのでしょう」  

 

 私の方にもちらりと目をやりながら、桜咲は尋ねる。

 

「……どんな意図でその質問をしている」

 

「いえ! その、最近よく一緒におられるので、明智さんも関係者なのかと」  

 

 分かりやすく声音を低くしたエヴァンジェリンに、他意はないです、と慌てて桜咲が訂正する。エヴァンジェリンの正体を知っているものからすれば、彼女と一緒にいる私も関係者と勘違いしてもおかしくはないことだろう。

 

「七海は一般人だ。魔法の存在や私の正体は知っておるがな。七海自身は何の力もない」

 

「……! 一般人なのに、あなたの正体を―――」

 

「はい皆さーん! 時間になりましたよー! 」  

 

 桜咲の言葉を遮るようにして、しずな先生が皆を呼び掛ける声が響く。生徒たちは皆一斉にそちらに顔を向けて、先生の言う注意事項に耳を傾けた。

 

「私が言いたいのは、私の旅行を邪魔するなということだ。それさえ守ればお前らのいざこざは好きにやってくれ」

 

 班ごとに順番に車両に向かってくださーい、と指示するネギ先生の声を無視するように、エヴァンジェリンは茶々丸を連れてさっさと車両へ入っていった。私も色々と気になることはあったが、とりあえず此所に置いていかれる訳には行かないため、エヴァンジェリンについていく。

 

「桜咲、行くぞ」  

 

 立ち止まる彼女に私が声をかけると、彼女は少し考えるようにしてからゆっくりと頷いた。    

 

 

 ここから、私達A組の京都への修学旅行が始まった。

 

 

 







小ネタ
『旅行前日』





「茶々丸! おい茶々丸」

「どうしました、マスター」

「お前、ちゃんと用意はしてあるんだろうな! 」

「用意、とは」

「ばか! 修学旅行の用意に決まってるだろう! ほら、鞄にカメラが入っていないぞ! それに、菓子もないじゃないか! 」

「……マスター。私はカメラを使わずとも写真は撮れるのですが。それに、お菓子は別の鞄に詰めてあります」

「むぅ、そうだったか。ならいいんだ。よし、明日は早い。電気をけせ。さっさと寝るぞ」

「はい、マスター」



「……」

「……」

「……マスター」

「…なんだ」

「さきほどから随分と寝返りをうっていますが」

「……だからなんだ」

「……もしかして眠れないのですか」

「う、うむ。まぁよい。時間が経てばいずれ寝る」

「…ならよいのですが」





「茶々丸! おい茶々丸! 朝だぞ起きろ!」

「……マスター、まだ日が昇ったばかりですが…。それに、結局ずっと起きていたようですが」

「そんなものはどうでもいいんだ!太陽が見え始めればもう朝だ!行く準備をするぞ!」

「……マスター、15年ぶりの外出となると、とても楽しみなんですね」

「な! ばか! 楽しみなどではないわ! ばか!」

「その嘘はさすがに無理がありますよマスター……」



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