セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第39話

 

 

 車両の中は、私達A組の騒ぐ声が行き交っていた。彼女達は皆それぞれ自分なりに時間を過ごし、盛り上がった旅行テンションでトークに懸命になるものから、ボックス席で今流行りのカードゲームを広げているものもいる。勝った負けたの後に両者間にお菓子が交差することから、恐らく賭けでもしているのだろう。  

 

 そこから少し離れるように、私とエヴァンジェリンと茶々丸は車両の端のボックス席に陣をとっていた。茶々丸はすっとお茶を用意してくれて、エヴァンジェリンは高級そうな和菓子を広げた。きっとこれも学園長から貰った物なんだろう、と尋ねたら、彼女は悪びれる様子もなく頷いていた。  

 

 茶々丸のついだ玉露を、味わうようにゆっくりと飲み込んでから、私は息をつく。

 

「……関西呪術協会なんてものもあるのか」  

 

 私がぼやくように呟く。   

 

 先程の桜咲とのやり取りをエヴァンジェリンに問うと、彼女は和菓子を摘まみながらざっくりと説明してくれた。どうやら我らが麻帆良にいる関東の魔法使いたちと、関西の陰陽師たちは仲が悪いらしい。本来ならば魔法使いが担任のクラスが旅行に来るなど関西側が荒れる原因となるのだが、学園長はこの期に仲を取り持とうと考えた。そこで、ネギ先生が親書を運ぶ大使に選ばれたのだとか。魔法使いの修行とはそこまで大変なのだな、と事情に詳しくない私はその事実を軽く捉えていた。  

 

 ならば桜咲はネギ先生の護衛なのか、と思ったのだが、どうやらそういうことでもないらしい。関西呪術協会の長の娘である木乃香が反乱分子に狙われることがあり、その護衛をしているそうだ。  

 

 その役目は麻帆良在中の時も担っているらしいが、桜咲は矛盾するようにこのかを避けている。護衛の極意など私はまったく知らないし、桜咲は遠目に護衛しているのかもしれないが、近くにいる方がいい筈だろう。彼女が木乃香のことが嫌いで、だけれども命を受けたため嫌々やっているというならその行為は理解できる。だが、私の目にはどうしても彼女が木乃香を嫌っているようには映らなかった。テスト勉強を教えた後の日から度々彼女を観察したが、桜咲の視線はこのかを何度も追っていた。  

 

 その時の桜咲の目は、仕事の目というより、大切な人を守ろうとする親鳥のような目だったと思う。    

 

 私が思考に耽っていると、前に座るエヴァンジェリンがずずず、と音を立てて湯気の漂うお茶を啜った。

 

「東と西の争いなど好きにさせておけばいい。それよりも」  

 

 エヴァンジェリンが、ぐいっと私に顔を近付けて、真剣な目を私に向けた。

 

「…………薬の効果はどうなんだ」  

 

 湯飲みを掴もうとした私の手が、すっと宙を漂った。そのままゆっくりと湯飲みを両手で包むようにして、間をおいた。ほんのりと、掌に温かい感触が伝わる。

 

「…………まだ、分からないな。今のところ特に大きな変化は感じていない」  

 

 世界樹の薬を服用し始めたのは、この旅行にくる直前だ。修学旅行中に倒れるようなことがあれば、皆に迷惑がかかる。そう思った私はクウネルさんと協力して何とか薬を完成させ、とりあえず一度口に含んで飲み込んだ。それから現在まで、特に体の変化は掴めていない。当然薬を飲んですぐ症状が回復するなどとは思ってはいないし、今後の服用で何かしらの影響が出ると思っている。

 

「……副作用は」

 

「飲み始めに一瞬頭が痛んだが、それからは別に」  

 

 薬を口にした瞬間、頭のなかにノイズが流れるような感覚がしたが、それ以外は何もない。エヴァンジェリンは手を顎に当てて少し待ってから、小さな掌を私のへその辺りにあてた。少し困惑する私を無視してそのままぺたぺたと異常がないか確認するように探り、うんと頷いた。

 

「妙な魔力は感じる、しかしまぁ素人目だが今のところ問題なさそうだな。何かあったらすぐに言え」

 

「……ありがとう」  

 

 色々と協力してくれたことに関しても、こんな風に心配してくれたことに関しても、エヴァンジェリンには頭が上がらないほど世話になった。私は言葉では伝えきれないほどの恩を、彼女に感じていた。

 

「………あー、う、えと、あれだ、その」  

 

 私に触れていた手を引っ込めながらエヴァンジェリンは若干頬を赤くした。言葉に詰まりながら、あーえー、と続け、恥ずかしがる子供のような表情になっている。

 

「れ、礼などいらん。その、七海は、」  

 

 彼女の中で、恥ずかしさと何か言おうという気持ちが共に攻めぎあい、葛藤しているようだ。

 

「……と」  

 

 エヴァンジェリンが、ゆっくりと口をすぼめ、次の言葉を発しようとした。  

 その時突然、机の上にぴょん、と緑色の物体が乗り出した。

 

「とも…………カエル? 」 「トモカエル? 」

 

 目の前には何故かカエルがいた。私達がそれに気付いたことが引き金となったように、後方で悲鳴があがる。車内を見渡すと、通路や他の座席にもカエルが大量に発生していて、クラスメイトは勿論、しずな先生も混乱している。

 

「……このカエルはなんだ? 」  

 

 私は目の前のカエルを手に取り、ひっくり返したり足を伸ばしたりして観察する。カエルは両生類の研究においてモデル生物であり、幾つかの種に見覚えはあるのだが、この種は見たことがなかった。

 

「…………式神だな」  

 

 言わんとしたことを邪魔されて若干の苛立ちを示しながら、エヴァンジェリンが別のカエルを掴んで思いっきり握った。すると、ぽん、と音と煙を立ててカエルだったそれは一枚の紙に変わる。  

 

 式神ということはこれは陰陽師の仕業なのか、とフィクションで得たような知識から短絡的な考えをした。カエルが紙になっても動じない当たり、私も大分図太くなった気がする。

 

「どういう意図なんだこれは……」  

 

 先程聞いた関西呪術協会の誰かが、魔法使いが嫌いなためにやっている行動だとしたら、些か幼稚すぎる。

 

「知るか。ただの嫌がらせか、メンバーの偵察とかだろ」  

 

 ネギ先生があやかに点呼を頼み、他の生徒はカエルの回収をするように呼び掛けている。

 

「……とりあえず、回収を手伝おう」  

 

 遠くで、楓が辛そうに叫ぶ声が耳に入る。そういえば、カエルが嫌いだと言っていた気がする。ネギ先生は何かを追いかけるようにして、通路を走り去ってしまった。  

 車内は混乱し、それを収めようとするものと動揺しているものにはっきりと別れた。一先ず私もこの混乱を抑えようと席を立った。  

 

 皆のもとに向かう前に、一度立ち止まってエヴァンジェリンを振り返り、私は笑った。

 

「エヴァンジェリン、茶々丸、君達が友達でよかったよ」

 

「っ! は、そ、そうか。私も、うん、そ、そうおも」 

「明智さん、私も同じように思っています」

 

「貴様ぁっ! 空気を読めぇ! 」  

 

 また台詞を言わせて貰えなかったエヴァンジェリンが茶々丸に襲いかかり、茶々丸の肩を思いっきり揺らした。その光景に微笑みかけてから、私は騒ぐクラスメイトとカエルを回収した。  

 

 

 

 ○  

 

 

 

 ひと騒動あったがなんとかその場を静め、クラスメイトはすぐに通常のテンションに戻った。能天気というかなんというか、大して気にかけないその姿勢と心強さには素直に感心した。その後新幹線を降りて、駅前に止まるバスに荷物を持って移動した。それから15分ほど、バスの中から古い街並みが過ぎ去っていくのを見ながら目的地に向かう。

 

 向かう先は、清水寺だ。  

 少し離れた所に到着して、バスを降りる。現代にならって重々しいビルが遠くに見える一方で、昔の匂いを感じさせるような古びた建造物がしっかりと残っている道を、私達は歩く。クラスメイトの多くは風景を楽しむというより、集団で遠出をしているという事実を楽しんでいるようだ。町の人たちは慣れた様子で余所者の私達を受け入れて、気軽に話しかけてくれる。  

 

 私は騒ぐ皆と少し距離を置き、一人後ろの方でゆっくりと歩いた。ずっと前にいるエヴァンジェリンは想像よりもテンションを上げていて、茶々丸にあらゆるところを写真に残すように嬉々として命じている。普段見れないような彼女の一面をクラスメイトが面白そうに見ているのを、彼女は気付いていないようだ。  

 

 私は、皆より遅れて石垣の階段に足をかけながら、のんびりと周りを見渡した。騒ぐクラスメイトとは、声が此方まで軽く聞こえるほどの距離が空いた。優しく吹いた風が道の脇にある木をちょっぴり揺らし、一枚の葉を落とした。  

 

 

 …………変わらないな。  

 

 

 観光場所となるような有名な建物よりも、何気ない風景のほうが記憶の奥をつんと叩いた。勿論、前世と全く同じ京都と言う訳ではない。だが、ここの雰囲気は独特で、風や地面や木造の香りだけで、私は懐かしいと思えた。

 

「七海」  

 

 私がぼうっとしていると、いつの間にかあやかが横にいた。あやかは長い髪をポニーテールのようにまとめていて、いつもとは少し違った雰囲気がある。遅めに歩く私と歩幅を合わせるようにしながら、彼女は私を覗き込んだ。

 

「七海は京都に来たことがあるんですの? 」

 

「……いや、ないな」

 

「そうなんですの? それにしては歩き慣れているように見えたので」  

 

 彼女が意外そうな顔をして私を見た。  

 

 前世では京都に住んでいたことがある、なんて言えないため、ガイドブックを読み込んだと咄嗟に嘘をついてしまった。すると彼女は、七海も楽しみにしてたんですね、と嬉しそうにした。

 

「私、家が洋風だからかこのような街並みを見る機会は少ないんですの」  

 

 だから、と続けて彼女は近付いた清水寺に目を向けた。

 

「この、和!って感じの雰囲気がとても好きですわ」

 

 あやかにはしては子供っぽい言い回しで、楽しそうにするその姿を見て私も笑みを浮かべた。

 

「さ! 七海! 皆に追い付きましょう! 清水の舞台をこの目に焼き付けましょう! 」  

 

 彼女は私の手をぎゅっと握り、清水寺を指差した。一人離れた私を心配してくれていたのかもしれない。  

 

 …………恵まれてるな、私は。  

 

 

 胸の内にそっと言葉を落として、私はあやかに引っ張られた。    

 

 

 ○

 

 

「これがっ! 清水寺っ! 」

 

「噂のっ! 飛び降りるやつっ! 」

 

「ではさっそく拙者が」

 

「おやめなさいっ」

 

「ここがかの有名な「清水の舞台」と呼ばれる場所ですね。創設年に関しては様々な説がありますが奈良時代の784年に造られたという説が一般的です。延鎮と呼ばれる修行僧と坂上田村麻呂の逸話が有名でしょうか。その後も多くの文書にこの寺の情報が載せされ、何度も焼却された記録が残っています」

 

「ふん、そんな風情の何もわからん奴こそここから飛び降りてしまえばいい」

 

「同感ですエヴァンジェリンさん。ですが意外にもここから飛び降りた人の生存率は高く……」

 

「なに! そうなのか! 」

 

「そもそも、清水の舞台から飛び降りたつもりで、という言葉の始まりは……」 

 

「ほう、ふむふむ! それで! 」

 

「うわ! 謎の神社マニアがいる! 」

 

「おおぉ、ゆえ吉のトークについていけるとは。エヴァちゃんやるぅ! 」

 

「ねぇ七海、写真とろ写真! だれかぁーシャッター押してー」

 

「お待ちなさい! まず私と七海の二人で……」

 

「バカを言うなぁ! 七海こっちにこい! 私と映るぞ! 」

 

「わぁ! ちょっと押さないでよっ! 落ちるじゃない! 」

 

「大丈夫です。生存率は意外と高く…………」

 

「そういう問題じゃないでしょ! 」

 

「あのー皆さん他の人に迷惑にならないように……」  

 

 国宝にきても彼女達のテンションは静まることはなく、ネギ先生が額に汗を滴ながら声をかけるが、通じていない。流石にこのままだと不味いと思い、私はうるさそうな何人かに軽く注意をした。あやかは、私としたことが申し訳ない、と気持ちを抑え、エヴァンジェリンは、七海あっちに音羽の滝がっ! とはしゃぎながらどこかに移動していった。

 

「ネギ先生、どうですか、京都は」  

 

 他の生徒も清水からの景色を堪能した後は、何か面白そうな物を見つけては慌ただしく移動していく。そんな中で、ネギ先生は飽きる様子もなく清水の舞台から京の街をじっくりと眺めていた。

 

「……そうですね、姉の言う通り、素敵な所です。あんまり上手い言葉は出ないんですが」  

 

 あはは、とネギ先生は照れるように笑う。  

 

「ネギ先生のお姉さんは、日本に来たことが」  

 

 私が横に立って何気なく聞くと、ネギ先生は、んー、と声を伸ばしながら考えた。

 

「僕の記憶だとその筈はないんですが。まぁでも僕より年上なので、僕が産まれる前に来たのかもしれません」  

 

 そう言って、ネギ先生はまたじっと京の景色を見つめた。遠くの山の色まではっきり見えるのは、太陽が何にも遮られずに一面を照らしているからだろうか。高所から見渡しても、街の活気や趣は京の空気によって運ばれ、私達にしっかりと伝わった。私とネギ先生は、静かにぼんやりと街を眺める。  

 

「ネ、ネギ! 大変よ! 」

 

 急にドタドタと音を立てながら、明日菜が勢いよく私達の元まで駆けつけて叫んだ。

 ネギ先生はその慌ただしさを注意しようとして、止めた。明日菜のその顔にはっきりとした焦りが見られたからだ。

 

「な、なんかよく分かんないけど、音羽の滝の水飲んだら皆ヘロヘロになっちゃって! 」

 

「……っ! 分かりました! すぐに向かいます! 」  

 

 ネギ先生が律儀に私に一礼してから、あっという間に去っていった。明日菜も凄いスピードでそれを追いかけ私は一人残される。私は少し遅れて、皆の無事を祈りながら、必死にネギ先生達の後を追った。

 

 

 


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