セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第40話

 

 

 音羽の滝で一騒動あった後、6班のメンバーである私、エヴァンジェリン、茶々丸、桜咲は揃って宿泊部屋に向かっていた。後ろを見ると、エヴァンジェリンはむすっとした顔をしている。ザジは宿内にある土産コーナーを見ていて、まだ来ないようだ。  

 部屋の扉を開けると畳の匂いが自然に薫った。中を見ると殺風景な和室であったが、広さは十分である。深く息を吸うと、鼻先に落ち着く香りが集中する気がして、なんだか懐かしい気分になった。二階のため、窓からの景色は外を見渡せるようではあるのだが、庭園の松と石垣がしっかりと見れないのは少し残念であった。

 

 私達は荷物をそれぞれ端に寄せるように置いた後、中央に置かれた木製の机を囲むように座った。茶々丸は京都で買った茶葉を使い、それぞれに茶を配る。  

 

 私と桜咲がお礼を言ってそれを貰っている時も、エヴァンジェリンは膝を小刻みに揺らし分かりやすく苛立ちを示した。

 

 

「くそっ! 訳のわからん妨害のせいでろくに観光出来なかったぞ! 」  

 

 エヴァンジェリンが吠えた。ダンッと音を立てて湯飲みを机に置く所を見ると、相当御冠らしい。

 

「刹那ぁ! 近衛 詠春は何をしているんだ! 」

 

「……長も下を抑えようとはしているのですが……」  

 

 エヴァンジェリンの怒りが飛び火して桜咲が困ったような顔をした。彼女がここまで機嫌が悪いのは、先程の事件のせいだ。    

 

 

 先程、ネギ先生と明日菜の後を追っていくと、そこにはべろべろに酔っぱらった生徒達がいたのだ。ほとんどの生徒に加えあやかまでもが酔っ払い、ほにゃほにゃと何か言っている。私が、どういう状況ですか、とネギ先生に問うと、そこにいたエヴァンジェリンが代わりに答えてくれた。どうやら音羽の滝から流れる水が酒に変えられていたらしく、それを飲んだ生徒達がこうなったと。  

 

 我関せずと言った調子で盃でその酒を汲み、エヴァンジェリンは観光を続けようとした。そんな彼女に、他の先生に飲酒がばれたら即帰宅だぞ、とひっそり告げると、彼女は焦りながら酔った生徒達をバスへと放り込む手伝いをしてくれた。それからしずな先生に、疲れた人が多数いるから早目に宿に行かせて下さい、となんとも苦しい理由を言って、A組だけ一足先に宿まで来たのだ。   

 

 恐らく、あれも関西呪術協会の妨害という訳なのだろう。悔しくも、私達を追い返そうという手としては悪くないと思ってしまった。旅行先で飲酒し酔っぱらって倒れる中学生など、即刻問題となり修学旅行どころではなくなるだろう。

 

「大体なんだあのちんけな仕掛け達は! 」

 

「お酒の他にも、落とし穴なども仕掛けられていたようです」

 

「長の目が届く所では、派手な動きが出来ないのだと思います」  

 

 だからこそ、あんな地味な嫌がらせばかりなのか。あまりに危険な旅となるならすぐに修学旅行を中止して帰宅するべきかとも思ったが、今後の被害を抑えるためにもネギ先生にさっさと親書を届けてもらうのがベストなのかもしれない。

 

「ネギ先生がもう少ししっかりとしてくれたらいいのですが」

 

「あんな成りだからな。馬鹿にされてるんだろ」

 

「私から見たら充分頑張っているように見えるのだが……」

 

「先生としてはそうかもしれませんが、魔法使いとしてはまだ未熟かと」  

 

 私のフォローに躊躇するとこなく桜咲はそう言った。随分と手厳しいものである。

 

「……マスター、そろそろ6班が温泉に入る時間ですが」

 

「なぬっ! 温泉! 」  

 

 ガタッと音を立ててエヴァンジェリンは立ち上がる。その顔はキラキラ生き生きとしていて、さっきまでの苛立ちが嘘のようであった。

 

「先に行っているぞ! 」

 

 エヴァンジェリンは部屋に置いてあった浴衣を掴み、茶々丸をつれて慌ただしく出ていった。残された私と桜咲は、顔を合わせて苦笑した。

 

「エヴァンジェリンさん、随分と堪能してますね」

 

「相当旅行が楽しみだったんだろうな」  

 

 何せ、10年近く麻帆良から出られなかったのだ。修学旅行は毎度置いてきぼりにされていて、色々と溜まっていたのだろう。

 

「桜咲は温泉に行かないのか? 」

 

「……私は、少し宿の様子を見てから向かいます」  

 

 心配するような声音で言う。恐らく、木乃香の様子を見に行くのだろうと、勝手に推測した。

 

「明智さんは? 」

 

「……もう少しここでゆっくりする。一班辺りの温泉を使える時間は長いしな」  

 

 年頃の彼女達と一緒に入ろうという気はなかった(エヴァンジェリンを年頃と言っていいかは分からないが)。彼女達が出た後でも、温泉に浸かる時間はあるだろう。

 

「……分かりました。では、また後で」  

 

 桜咲は私に軽く頭を下げてから静かに部屋を出ていった。  

 

 

 

 パタン、と控えめに扉が閉まる音を聞いてから、私は湯飲みにゆっくりと唇を当てて、離した。  

 

 

「……ふぅ」  

 

 

 私の小さな息が、誰もいない和室の空気に静かに紛れて消えた。なんとなく、私は立ち上がって窓際にある柔らかな座布団が引かれた椅子へと移動した。その椅子にゆっくりと腰を下ろし、また息を吐いた。  

 

 

 …………少し、疲れたな。  

 

 

 酔った生徒をバスに押し込み、宿で下ろしてからそれぞれの部屋に運び出す作業は私にとっては重労働だった。だがいつもほど体力の低下を感じないのは、薬のおかげなのかもしれない。  

 

 身を預けるように深々と椅子に体を預け、ふと外を見ると、既に夕陽が落ちかけていた。窓から見下ろすように宿の庭園へと視線を移すと、松がその僅かな日の光にしっかりと染められている。枝と葉が不安定に踊っているような形をしているが、それを見ていると何故か心が落ち着き、庭師の職への誇りがはっきりと感じられた。  

 

 何気なくまた視線を移動させて、少し遠くを見た。京都らしい古びた建物以外にも、何となく場違いな灰色の建物が見えた。  

 風情もないような無機質なコンクリートの存在を寂しくも思うが、文明の発展とはそういうものだ。寧ろよく昔の建造物をこの時代まで残せているものだといつも感心する。  

 時代と共に人の考え方は変わるだろうが、過去の思想や美しい物を大事にしなければという気持ちはずっと続いているのだと思うと、何だか穏やかな気持ちになった。  

 

 私は、静かな部屋で一人ぼんやりと外を見続けた。首をゆっくりと横に振って適当に景色を見ていたところで、ある建物が目に入る。その時、私の体は硬直した。

 

 何故あの建物があるのだ、と冷静に思いながらも、心臓は内側から私を駆り立てるように激しく動く。主張する胸を押さえながら、遠くにみえる赤レンガでできた建物を、もう一度しっかり見る。京の街の中で大層浮いているその建物は、確かに見覚えがあった。

 

 それは、前世で私が住んでいた建物とそっくりであった。    

 

 気付いた時には立ち上がっていた。急いで部屋の入り口まで移動して、すぐに靴を履いて部屋を出た。  

 廊下をまっすぐに進み、音を立てて階段を下りていく。エントランスの近くで、まだお土産を見つめているザジを見つけた。

 

 私は口早に外に出ることを伝えると、彼女はうん、と声を出さず頷いた。それを確認してから、私は宿を飛び出した。      

 

 

 ○      

 

 

 私は、この世界のことを未だによく分かっていない。  

 魔法という存在、麻帆良という前世にはなかった都市。ここがファンタジー小説にでてくるようなメルヘンチックな世界だったら、この世界が前世とは完全に別世界だと簡単に受け入れられただろう。しかし、この世界には、日本も京都もある。  

 魔法や麻帆良以外は大部分が似通っているし、過去の偉人も京都にあるような建物も、前世と同じ名前である場合が多い。ならば、ここに前世の「私」がいても可笑しくはないのではないか。そう思い調べてみたが、「私」はこの世界にはいなかった。  

 この世界には「私」も妻も存在していない。その他にも、私と友人であったものも、教え子だったものもいない。  

 それらの事を知ってから、私はこの世界は前世とは全くの別物だと割り切ることにした。

 

 だからこそ、京都で前世に関連するものを見て、胸が昂ったのだ。勝手に可能性を排除していた、前世の私と結びつけるものが存在しているなんて、と。もしかしたら、ここから妻に関する情報が得られるのかもしれない、と。    

 

 

 宿で見たその建物へと私は向かった。そこまでの景色や道は、前世と似ていたようにも見えるし、違うようにも見えた。  

 それから20分ほど歩いただろうか。足に疲れが見え始めた頃に目的地に着いた。

 私は独りで緊張し、赤レンガのマンションの前に立った。  

 

 そして、それをしっかりと観察して、自分を馬鹿にするように笑った。  

 

 

 …………何を期待していたんだ私は。  

 

 

 その建物は、前世に住んでいた物と似ているだけで、同じではなかった。外見は似ているが、階段も窓も違う。勿論、私達が住んでいた部屋番号の表札の名前も。  

 大体、前世と同じ建物だったとしても、どうするつもりだったのだろうか。気持ちに先行するように体だけ動かして、脈絡もなく、らしくもない。京都という前世で住んでいた場所で、舞い上がっていたのしれない。  

 

 暴走ぎみだった自分を攻めながら、私はゆっくりと来た道を戻っていく。見上げたら既に日は落ちていて、濃い紺色の空が周りを覆っていた。  

 

 足の疲労が無視できなくなった時に、途中の河川敷の芝生に腰を下ろした。お尻に少し冷たい感覚がしたが、気にしなかった。  

 そのまま両手を後ろについて、また空を見上げた。星が、綺麗な夜だった。久しぶりに、酒を入れたい気分になった。  

 

 

「リアリストかと思てたけど、意外とロマンチストだネ、七海」    

 

 

 空を見ていた私の視界は、ぬっと出てきた超の顔でいっぱいになった。後ろに立って私を覗き込むようにしている彼女に、超か、と返事をすると、ニッと彼女は頬を緩めた。

 

「どうしてここに? 」

 

「今日は皆寝静まっていて暇だたヨ。それで適当に散歩してたら見覚えのある影がっ!て感じネ」  

 

 アハハ、とにこやかに笑いながら、彼女は私の横に座る。

 

「それで、何を悩んでたネ」  

 

 笑みを崩さないまま、彼女は私の肩にぽんと手を置いた。

 

「……悩んでたように見えたか? 」

 

「悩んでるかは分からないが、何か考えてたようには見えたヨ。私で良ければ話ぐらいは聞くヨ」  

 

 星を見ながら悩み事など確かにロマンチストだな、とまた自分らしくない行動をしていた事に苦笑した。

 

「ムッ。私じゃ話す相手には成れないカ」  

 

 わざとらしく怒った感じを表現しようと、超は頬を精一杯膨らませた。

 

「…………いや。そうだな、なら、一つ聞いてくれるか? 」  

 

 超とは、特に仲が良いという訳ではない。むしろいつか大学で会った時の物言いが気になっていて、あまり近寄ることはなかった。だが、誰かと話をしたい気分ではあったし、頭の良い超に聞いてもらうのは丁度良いように思えた。  

 

「超は、パラレルワールドを信じるか? 」    

 

 もし、前世とこの世界が全く別な世界なら、パラレルワールドの存在を認めることとなる。それも、同じものも別なものある世界だ。この世界には魔法や麻帆良があって、前世にはそれらがないというだけだ。魔法はもしかしたら 前世でも秘匿されていたのかもしれないが。

 

 

 超は私の質問を聞いて、一瞬表現を固くした。目を2、3度大きく瞬きさせてから、横から覗くように私を見る。

 

「……どうかしたか? 」

 

「……ん。まさか七海からそんなワードが出るとは思わなかたヨ。……どしてそんな質問か、聞いてもいいカ」

 

「……ただの興味だ」  

 

 ふむ、と超はまた真剣な顔になり考えだした。真面目に考えてくれるか少し懸念したが、要らぬ心配だったようだ。

 

「…………そうネ、あると思うヨ」  

 

 今度は、私が超の顔をじっと見た。

 

「な、なにカナ」

 

「……超こそリアリストだと思っていたからな、少し予想外だった」  

 

 科学者とは、総じてリアリストなものである。だからこそ、超の解答は意外だった。

 

「きっと、世界なんてほんのちょっとのことでも変わってしまうと思うヨ。もしあれがこうだったら、もしあの時ああだったら。そして、いつかそれに介入して世界を変えられるのならば、そこできっと新たな世界が出来る」

 

 超の顔は、いつものふざけた雰囲気ではなかった。超もまた、星を見るように上を向いた。それから、綺麗な夜ネ、と彼女は笑って呟いた。

 

「次は、私から一ついいカナ」

 

「……私の悩みを聞く時間ではなかったのか? 」

 

「ふふん。甘いネ七海。何事もただなんてないヨ」

 

 よっ、と声を出して勢いよく立ち上がってから、彼女はニヒヒと笑いながら私を見た。

 

 私が、話してみてくれ、と促すと、彼女はまた空を見ながら言った。

 

 

「七海は、過去を変えたいと思ったことはないカ」  

 

 すっと、ある風景が頭に浮かんだ。

 

「あるよ」  

 

 断言した私を、彼女はじっとみた。

 

「どんな時かは、聞かないでくれると助かる」

 

「聞かないヨ。……なら、もしその過去を変えることが出来たなら、変えるカ」

 

「…………聞きたいことは一つじゃなかったのか? 」

 

「特別サービスが欲しいヨ七海」  

 

 ふざけた雰囲気で言うが、どこか固い言い方だった。なんとなく、適当に答えてはいけない気がした。

 

 私も立ち上がって、スカートに付いた土を払う。それから、超を見つめて、言いきる。

 

「分からない」

 

「…………」  

 

 超は、私へと向ける視線を逸らさなかった。    

 

 

 妻のことについて。もっと早く病状に気付ければ、もっと早くに医者に見せていたら。そう思ったことは数え切れないほどある。  

 だが変えたい過去と言われて一番初めに思い付いたのは、医者に病名を告げられた場面だった。深刻な顔で私達に宣告した医者の言葉に、僅かに震えた彼女の手を、握れなかったことだ。彼女の横でショックを受けて、何も出来なかった自分を、私は悔やんでいた。

 

 だが、そのことについては散々妻に謝った。他にも、沢山謝った。私がこうしていれば、ああしていればと。そんな私を、妻は優しく撫でた。

 

「馬鹿ね。そうでこそ貴方で、だからこそ私が貴方の側にいるのよ。違う結果になるようなら、きっとその時点で貴方は本当の貴方でなくて、私は幸せな気持ちではいれないわ」

 

 どういう意味かは、よく分からなかった。だけど、なかったことにはならないし、してはいけない。妻はそんな風に言ってる気がした。  

 

 だが、それでも、少しでも可能性があるなら、私は過去に戻るかもしれない。何を言われても、彼女を救おうとする選択をするかもしれない。

 

「…………フム。強いネ、七海は」

 

「分からない、と言ったのにか? 」

 

「どんな形にしろ、断言出来るのが強いヨ。正解のある問題ではあるまいし。それに、結局七海は使わない気がするヨ」

 

「……どうだろうな。実際は、目の前にタイムマシンがあったら、すぐに使ってしまうかもしれない」   

 

 苦笑しながら言う。結局このような空想な話は、実際に起こるまで自分がどう選択するかなんて確証は持てないのだ。

 

「いんや、きっと七海は使わない。何となく分かるヨ」  

 

 超は、目を伏せて一人でそっと頷く。それから、超は口数が少なくなった。  

 

 

 沈黙の間、二人で空を眺めた。京の空なら、雲にかかる月でさえも、趣があるように思えた。

 

 私達はその場でもう少し星を眺めてから、宿に戻った。

 







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