セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第41話

 

 

 

 

 私と超は一緒に宿に帰り、お休み、と挨拶をしてそれぞれの部屋へ戻った。部屋には布団が五つ綺麗に引かれていて、その一つの上で桜咲は神妙な顔をしていた。ザジは既に寝ているようで、エヴァンジェリンは外を見ながら酒を飲み、茶々丸はその後ろについている。  

 

 私は自分の布団の上に座り、どうかしたか、と桜咲に尋ねた所、先程あった事件に関して説明された。  

 

 

 

「……木乃香が狙われた? 」

 

「はい、私とネギ先生とエヴァンジェリンさんで取り戻したのですが……」  

 

 誘拐、という事なのだろうか。木乃香は学園長の孫であって、関西呪術協会の子である。複雑な立場の彼女には、狙われる理由があるのかもしれない。

 

「それで、その犯人は? 」

 

「逃げ出す前に私が氷付けにしたんだがな。助っ人がやってきて結局逃げられてしまった」

 

 油断した、とぼやきながらエヴァンジェリンは盃を唇に当てた。東と西のいざこざはどうでもいいと言っていた彼女だが、今日の妨害の借りを返そうと、犯人を捕まえるのにだけ協力したらしい。  

 彼女は逃がしたことに少し苛立ちながら、茶々丸にまた酒を注いでもらっている。どこから酒を、と思って見ると、どうやら罠に使われた酒樽ごと持ち帰ってきたらしい。

 

「木乃香は無事なのか」

 

「怪我はありませんし、眠らされていたので記憶もあまり残ってないと思います」  

 

 魔法使いと陰陽師達のごたごたに巻き込まれた彼女を心配したが、今のところ外傷はないようで安心した。地味な嫌がらせをしてこちらの油断を誘った後に大胆な行動に出るという作戦をとった敵は、馬鹿ではないように思える。

 

「……明日からの修学旅行は、やめた方がいいのか……? 」   

 

 呟くように言うと、エヴァンジェリンが私の側へと飛び付いてきた。布団が跳ね上げるようにして、ばふん、と軽快な音を鳴らした。

 

「な、なにを言ってるんだ! 大丈夫だ七海! 逃げられはしたが、相当殺気を込めて脅しておいた! 私もいるし敵も簡単には襲ってこれん筈だ! 」  

 

 エヴァンジェリンは、旅行が中止になるのを恐れているようで、必死に私の肩を掴んで揺らす。

 

「……長にも関西の者にも、明後日には大使としてネギ先生が来ることは知らされていると思います。ここで無理に予定を変えれば過激派から何かといちゃもんをつけられる可能性もありますし、渡せなかった場合、東は追い返されたと感じて溝は深まるばかりです」  

 

 桜咲が、淡々と私に説明をした。  

 政治とは面倒なもので、敵対するものには少しのミスを大袈裟に抉るように攻めるのが常套手段である。こちらの都合で訪問日を変えれば、相手の予定を無視する自分勝手な奴らと罵られ、行かなかった場合などもっと酷いように言われるのだろう。  

 予定通り進めるのがベストだと、桜咲は真剣な顔で言う。

 

「……東と西が仲良くならない限り、麻帆良に帰ってもお嬢様が反乱分子に狙われる可能性は高いままです。このタイミングで親書を渡し形だけでも仲を回復させれば、過激派はかなり動きにくくなるかと」  

 

 彼女は、拳をぎゅっと握り込んだ。きっと、此方が桜咲の本音なのだろう。今日少しだけ会話をした感じからでも、木乃香を切に心配するような様子が節々に漏れだしていた。

 

「七海、私も近衛木乃香に付く! だから心配するな! 旅行は続けよう、な? 」  

 

 エヴァンジェリンは必死に私の肩を振る。私は、分かった分かった、と宥めるように返事をして、6班は明日、このかのいる班に付きっきりになることを決めた。      

 

 

 

 それから、皆が寝静まったタイミングで私は温泉に身を浸らせた。私達の班に割り当てられた時間ではなかったが、許してほしい。  

 

 静かで月の見える露天の湯は、とてもいい湯だった。    

 

 

 

 

 ○    

 

 

 

 ウチら天ヶ崎家の屋敷は、京都の総本山から少し離れた所にある。決して狭い屋敷ではないが、当主のウチ以外に人は少ない。  

 梟が鳴く声が聴こえるような夜の中、木乃香お嬢様の拉致に失敗したウチは、新入りによって氷付けのままここまで連れてこられた。  

 畳の引かれた和室でなんとか氷を溶かしてもらってからも、肌寒さに歯をガチガチと鳴らす。床は濡れ、部屋全体が寒々しい空気に未だに覆われている。体を拭き、何枚毛布を重ねても、歯を鳴らす音は止められなかった。

 

「なんやあの化け物! あんなんいるなんて聞いてないわ! 」

 

「闇の福音、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだね」    

 

 新入りは、能面の表情を崩さないまま言ってカップに入ったコーヒーを飲んだ。京都という雰囲気を完全に無視している。それに、寒がっているウチにそれを渡さない所が全く気の効かない。  

 白い髪に、低い身長。面白くもない顔しかしない餓鬼の上に身分もよく分からないこいつを当てにするつもりは全くなかった。しかし、今回は助かったと言わざるを得ない。

 

 新入りは、どこからやってきたかも分からないが、ウチらの計画に手を貸したいと突然現れた。どこからそれが漏れたのかだとか、お前はまずなんなんだとか聞きたいことは大量にあったが、たっぷり持ってきた金によってウチは何も言えなくなった。計画の準備には当然金が必要だったし、計画を知っているこいつを放っておく訳にも行かなかったため、とりあえず仲間にしておくしかなかった。が、どうやらそれは、正解だったようだ。  

 

 こいつの転送魔法がなければ、確実に終わっていた。

 

 

「あれこそ、スクナでも呼ばんとどうしようもないやんけ……! 」  

 

 木乃香お嬢様の拉致は、途中までは確かに上手くいっていた。温室にぼけた魔法使いを出し抜き、結界を張る前に宿に侵入しお嬢様を誘拐、後は逃げ去るだけだった。

 

 護衛の剣士は月詠はんに適当に相手をさせ、魔法使いのガキは式神で抑え、お嬢様を持ったまま逃げ去ろうとした所で…………

 

『おい、よくも旅行を邪魔してくれたな』  

 

 凍るような声が耳を掠めた。あり得ないほどの殺意に汗を吹き出す前に、気付いた時には氷の中だった。  

 

 闇の福音の話は聞いたことはあったし、当然一緒に来ていることは確認していた。だが、封印されたという情報からも過去の遺物だと思い込んでいたし、はぐれ魔法使いであることから東に協力しないだろうと思い込んでいた。

 

「……その、スクナってのでも勝てるとは思わないけど」

 

「……ぐっ」  

 

 新入りの言葉に、鬼神やぞ! そんな訳ないやろ! と返したかった。だが、あれを見た後ではそれも簡単には言えなくて、口ごもった。あいつのヤバさは直に感じた。魔法使いのガキやお嬢様の護衛なんかとは比較にならないほど、ヤバい。

 

「……計画は、見送りや」  

 

 不安要素が大きすぎる。あの化け物がいるクラスからお嬢様を拉致れるとは思えないし、スクナを復活させた所で万が一負けたらどうしようもない。お嬢様が京都に来ると聞いたこのタイミングは狙い目ではあったが、この機会を逃したら二度とチャンスがないという訳ではない。とりあえず今回は、親書を渡すのを出来るだけ遠目から妨害するという事に専念しよう。  

 

 ウチがそう提案すると、新入りは元々つまらない顔をさらにつまらなさそうな顔にした。

 

「……それは、困るね」

 

「ああ? それじゃあんたがあの化け物をどうにか出来る言うんか」  

 

 怒気を含めて言うが、新入りは一つも怯まない。

 

「……彼女を倒すのは無理でも、やり方はあると思うよ」

 

「……ほう。じゃああんたがまずあの化け物をどうにかしてみぃ。話はそれからや」  

 

 ウチが挑発するようにそう言うと、新入りは軽く頷いて一瞬で姿を消した。

 

 静かで、完璧な移動術だった。    

 

 

 

 

 ○    

 

 

 

 また、ノイズが走った。薬を飲んだ後は定期的に来るものらしい。

 今回のノイズは、 前回より長かった。その、ノイズの隙間から、一瞬だけ風景が見えた。

 目を凝らすと、そこには、大きな樹と…………   

 

 

 

 

 ○  

 

 

 

「ふははは! どうした鹿ども! これか! これが欲しいのか! ならばもっと本気を出してみろ! そのままだと一生この煎餅は食えんぞ! 」  

 

 修学旅行二日目。私達はその前に決めていた計画を変更して、明日菜や木乃香のいる5班と一緒に奈良を回ることにした。5班のメンバーは皆快くそれを受け入れてくれて、少し大人数になったが楽しく奈良公園を観光していた。

 

「マスター、その、鹿が可哀想です」

 

「茶々丸、自然界では弱肉強食が絶対的なルールなのだ。なのにこいつらといったら人間からの施しに甘えてばかり。私はそんなこいつらを鍛えてやろうとしているのだ」  

 

 エヴァンジェリンは大量に鹿煎餅を購入し、鹿を引き付けるだけ引き付けて逃亡という行為を繰り返して楽しんでいる。そのせいで、エヴァンジェリンの周りには多数の鹿が集まっている。

 

「……ですが、マスター」

 

「もぅ! ちゃんと鹿に餌あげなよエヴァちゃん! 」

 

「なっ! 神楽坂明日菜! ば、ばか! やめろ! 」

 

 食べれぬ餌を追い掛ける鹿を見てられなくなったったのか、明日菜はエヴァンジェリンから煎餅を何枚か抜き取ろうとした。思わぬ所からの攻撃にエヴァンジェリンは慌てて体を振ると、足が絡んで転んだ。

 

「……あ」  

 

 その様子を見ていた何人かが呟いた。エヴァンジェリンは地面に尻をつけ、転んだ衝撃で割れた煎餅が彼女の周りや服に散らばる。

 

「や、やめろ貴様ら。悪かった、私が悪かった」  

 

 エヴァンジェリンを囲むようにして大量の鹿がゆっくりと近付く。多すぎる鹿のせいで、彼女に逃げ場はない。

 

 

「…………や、やめ、うわああぁ!! 」  

 

 

 

「エヴァンジェリンさん、楽しんでますねぇ」

 

 

 体中を大量の鹿から舐め回されるエヴァンジェリンを、ネギ先生は笑いながら見守っていた。あの様子を楽しんでいると思える辺り、彼も随分このクラスに適応しているようだ。

 

「ネギ先生は鹿に煎餅をあげなくて良いのですか? 」

 

「流石にあれを見てからはちょっと……」

 

 私が訊くと、困った顔をして彼は答えた。確かに、と私も笑って頷いた。

 

「……七海、すみませんが、ちょっといいですか? 」  

 

 後ろからちょいちょい、と袖を引かれ、振り向くと夕映とハルナとのどかがいた。夕映は真剣な表情をしていて、ハルナは楽しそうな顔、対称的に、のどかは心配そうな顔をしている。

 

 

「ここでは、あれなので、少し離れましょう」  

 

 

 私の返事を聞く前に、夕映はそのまま私の袖を引っ張っていく。夕映にしては強引なその行動に戸惑いながらも連れられていき、ネギ先生が見えなくなった辺りで私の袖は解放された。

 

「一体どうしたと言うんだ」

 

「七海、単刀直入に聞きますね」  

 

 夕映が私をしっかりと見つめる。その横で、のどかは顔を赤らめおどおどとしていた。夕映はすっと息を吸ってから、真剣な声音で言う。  

 

 

「ずばり、あなたはネギ先生の事が好きなんですか? 」  

 

 

「…………はい? 」  

 

 あまりに突拍子もなく突然なその問い掛けに、私は唖然としてしまった。

 

「……『はい』……ですか、やはり、あなたも」

 

「おおぉ! これは早速修羅場の予感! いいねいいね! やっぱり修学旅行は熱いね! 」

 

「まてまて」  

 

 勘違いした彼女達に、私は全力で否定する。

 

「何故そんな考えに至ったんだ」

 

「ななみんはよくネギ先生と話してるじゃん。ネギ先生もなんか頼りにしてる感じするし」

 

「今日も私達と同じ班になったのは、ネギ先生が一緒に来ることを見越していたのかと」  

 

 はぁ、と彼女達にも届くように盛大に溜め息をついた。確かに私は彼とはよく話すが、それは心配から来る気持ちであって、恋心では断じてない。というか、そもそも私の心は壮年でしかも男。この世界で誰かに恋をするということはあり得ない。

 

「心配するな、のどか、私は君の恋を邪魔するつもりはない」

 

「えぇ!? 」  

 

 のどかに急に話を振ると、彼女は驚きの声をあげた。

 

「えと、七海さんも、私がネギ先生の事が好きなこと知ってるんですかぁ? 」

 

「それは、まぁ」  

 

 ネギ先生を見る目も、ネギ先生と話す時の顔も、明らかに普段とは違う。あれほどはっきり分かる乙女の顔など中々見れないだろう。これだけヒントがあって気付かない生徒はきっとほとんどいない。

 

「うー……」  

 

 私が知っているというその事実にさえ恥ずかしさで顔を赤らめるのどか。微笑ましいものである。

 

「よし! 邪魔者はいないって分かったし! 告白するよのどかっ! 」

 

「え~~!? そんな急に無理だよぅー! 」

 

「大丈夫ですのどか、私達がうまく二人っきりになれるようにセッティングします」

 

「よっし! 早速行こう夕映! 」

 

「ラジャです」

 

「ちょ、ちょっとまってよー! 」    

 

 ……邪魔者って、私のことか? と問う間もなく去っていく彼女達。どうやら修学旅行でテンションをあげているのはエヴァンジェリンだけではなかったようだ。  

 

 やれやれと思いつつも、修学旅行を全力で楽しむ彼女達を見て、私もなんだかんだ楽しんでいた。


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