セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第42話

 

 

 

 また、ノイズだ。  

 

 ノイズは、音ともに真っ黒な線の世界を私の前に流す。  

 不快な気分ながらも、耳障りな音と暗い世界に耐えると視界は段々と晴れ、音も静かに退いていった。  

 目を開けると、そこにはまた、大きな樹があった。  

 空からは強い光が射していて、少し眩しい。  

 私は、目を凝らして樹をじっと見る。  

 

 するとその樹の幹には、誰かが…………

 

 

 

 ○  

 

 

 

 奈良の町を観光し終わった後、宿に戻ると、そこには呆けた表情で椅子に腰掛けるネギ先生の姿があった。どうやら、のどかは本当にネギ先生へ告白したようだ。  

 

 ネギ先生は、顔を赤らめ、ぶんぶんと首を振り、深い溜め息を吐く、といった具合にコロコロと顔を変えて悩みに悩んでいる。  

 そんな姿を見て、私は失礼ながらも小さく笑ってしまった。青春というものをまさに目の辺りにしているような気がして、微笑ましくなったのだ。

 

 その恋は、先生と生徒という世間的には許されない恋かもしれない。だがそんな肩書きの前に、彼らは「のどか」と「ネギ」である。10代ならばまだなんの縛りもなく、自分の思いに正直で悩ましい恋をしていい年齢の筈だろう。私は余計な口を挟もうなどとは全く思わなかったし、そもそも長く生きた私も恋だ愛だの正解なんかはよく分からないのだ。  

 とりあえずは、彼なりの答えを出すか相談されるまで見守っていようと思う。    

 

 

 そして、その日の夜。お酒に酔って多数が静かに眠っていた昨日とは違い、どの部屋からもどんちゃんと騒ぐ声が聞こえてる。  

 そこまでならいつも通りのA組なのだが、ネギ先生とのどかが醸し出す桃色の空気に当てられたのか、宿の中では妙に浮き足だった話が飛び交っていた。  

 

「……それで!? 千雨ちゃんはどんな人がタイプなの!? 」

 

「私は特にそういうのはねーけど」

 

「ネギ先生のような好青年ですよね! 私も好きですわ!! 」

「いやいや、渋いおじさんだよね! ちなみに私は高畑先生みたいな人が! 」

 

「何だよその押し付け……。てかお前ら二人の情報は多分誰も欲しがってないぞ」

 

「な、何でよ千雨ちゃん! 」

「な、なんでですの長谷川さん! 」

 

「お、おい! 乗っかってくんな! お前らは日々情報をオープンにしすぎなんだよ! 」

 

「仲えーなー三人とも。七海はどーなん? 」

 

「……そうだな、恋愛事情の前に、ひとついいか? 」  

 

 分かりやすく溜め息を吐いた私に、どうしたの、という風に全員の視線が集まる。何の疑問も持っていない皆の顔を見て、私はまた息を吐いた。  

 

「……なんで君たちは6班の部屋に集まっているんだ? 」    

 

 これだけ騒がしくしているこの部屋は、我ら6班の部屋だ。時間的にはそれぞれの班で消灯している筈の時間なのだが、続々とこの部屋に人が集まっている。  

 現状、床に引かれた布団の上で、木乃香、あやか、長谷川さん、明日菜、私の順で円の形を成すように寝転がっていて、皆うつ伏せて中央に顔を寄せ、重ねた手や抱えた枕に顎を乗せていた。

 

 それぞれ薄ピンク色に花びらの模様がついた可愛らしい浴衣を着ていて、温泉に入った後なのか、女子らしいリンスの香りが部屋中に蔓延している。

 

「何でって、遊びに来たんですわ。それにこの部屋、七海しかいなかったじゃありませんの」

 

「私はいいんちょに無理矢理連れこまれた」

 

「うち本当はせっちゃん探しに来たんや。なぁ七海、せっちゃん知らん? 」

 

「そう! 聞いてよ! 桜咲さんたらずっと木乃香から逃げてんの! 七海何か知らない!? 」

 

「……分かった、分かったから落ち着け」  

 

 横にいた明日菜が、体をゴロゴロと転がしながらこちらに近付いて騒ぐのを私は抑える。ザジは何処に行ったか分からないが、桜咲、エヴァンジェリン、茶々丸は宿の警護とやらをしに行ってしまっている。エヴァンジェリンは若干面倒だと言いたげな顔をしたが、修学旅行が中止になるのを防ぐためにも嫌々仕事をしに行った。

 私も、手伝おうか、と声を掛けたのだが、三人同時に、何もしなくていい、という意味の言葉を私に返してきた。確かに私は全く役にも立てないため仕方がないが、一人残されて少し寂しい気持ちになったのは秘密だ。

 

「桜咲さんね、多分木乃香のこと嫌いな訳じゃないと思うのよ。でもなんか訳の分からないこと言って避けてて、それで追いかけたらまた逃げてって」

 

「それは神楽坂が追い掛けるから逃げるんじゃねーの」

 

「確かに、お猿さんに追われたら普通逃げますわね」

 

「誰が猿よ!! 」

 

「ぐえっ! だからなんでわざわざ私の上に乗っかるんだよ! お前らはいちいち私を挟まないと喧嘩もできねーのか! 」

 

 明日菜とあやかに挟まれて、長谷川さんは二人の喧嘩に巻き込まれている。そんな三人を無視して木乃香に目を向けると、彼女は普段あまり見せない暗い表情をしていた。

 

「……木乃香」

 

「………………七海、うちな」  

 

 私が声を掛けると、木乃香は暗い表情のまま話を始めた。木乃香の真剣な空気に当てられたのか、他の三人もいつの間にか静かになって、じっと木乃香に注目している。

 

「せっちゃんとはな、幼馴染みやったんよ。ウチ、昔は全然友達いーひんくて、そんなとき、せっちゃんが遊びに来て」  

 

 昔を思い出しながら、木乃香はしみじみと語る。彼女はうつ伏せの状態から、座る姿勢に変えて、手に持った枕を抱えた。

 

「せっちゃん、それからずっとうちの側にいてくれて、うちと遊んでくれて。うちがちょっと危ないことすると、すぐあたふたしながら助けてくれて」  

 

 少しはにかんで、抱えた枕をぎゅっと力を込めて抱き締めてから、木乃香は続ける。

 

「うち、そんなせっちゃんのこと、本当に好きやったんやぁ」  

 

 木乃香の目が、少し潤いを帯びた。目から雫が垂れる前に、彼女は指で目を拭い、それから、無理に笑顔を作った。

 

「でも、せっちゃんはそんなことなかったのかもしれん。うちが先に麻帆良に引っ越してきて、中学でせっちゃんにまた会えて、すんごい嬉しかったんやけど、せっちゃんは前みたいにウチとは話してくれんかったわ」  

 

 その、不自然な笑顔が痛々しくて、見ている私の心が抉られるような感覚がした。他の三人も同様のようで、それぞれ何か思い詰めた表情をしている。そんな私達を見て、また、木乃香は弱々しく笑った。

 

「ご、ごめんな、皆。こんな話してもうて。よし、もう愚痴はやめや! なぁ、結局七海のタイプは……」

 

「木乃香」  

 

 無理に話を変えて、明るい口調で話す木乃香を見てられなくて、私は彼女の名前を呼んだ。

 

「木乃香はまだ、桜咲のことが好きなんだろう? 」

 

「…………うん」

 

「……なら、また仲良くならないとな」

 

「……でも、せっちゃんは…………」

 

「神楽坂も言ってたけど、あいつはきっと近衛を嫌ってる訳じゃねーよ」  

 

 長谷川さんが木乃香に向かってはっきりと告げると、木乃香は小さく声を漏らして長谷川さんを見た。

 

「私は後ろの席だから分かるんだが、あいつこの2年間ずっと近衛の方をチラチラと見ていたぞ。それこそ、本気でお前を心配してる感じで」

 

「…………じゃあ、なんで」

 

「……あいつにも、何か事情があるのかもな」

 

「だからってこのかにこんな思いさせて良い訳ないじゃない! 」  

 

 長谷川さんの意見に対して、明日菜は立ち上がって大声を上げる。その勢いで、長谷川さんは肩をぴくりと揺らした。

 

「明日菜、落ち着け」

 

「落ち着ける訳ないじゃん! このかはこれだけ辛い思いしてんのよ! 桜咲さんにどんな理由があるかは知らないけど、ほんとに友達ならこのかにちゃんと理由を言ってあげるべきでしょ! 」

 

「……私も、今回ばかりは明日菜さんに同意しますわ。桜咲さんが何か後ろめたいことがあって木乃香さんに近付かないのだとしても、木乃香さんはその程度で人を見限る人間ではないのは、幼馴染みの彼女が一番知っているでしょう」

 

「……ちげぇよ。分かってねーな、お前ら」

 

「……何でよ」  

 

 何だか雰囲気の悪くなった三人を前にして、木乃香が焦ったような表情をした。自分のせいで三人が喧嘩をするとでも思ったのだろう。しかし、木乃香がその言い争いをやめさせようと声を出し掛けたところで、私は彼女を止めた。  

 

 三人の討論は、決して口喧嘩などではない。だからこそ、木乃香は皆の言葉を聞くべきだと思った。

 

「神楽坂、もしお前の胸の中に爆弾があったとしたら、お前はそれをいいんちょに言うか? 」

 

「……何よそれ」

 

「例えだよ。半径1kmを巻き込む、絶対に外せない爆弾だ。どーすんだよ」

 

「そんなの……」

 

 一瞬あやかを見てからそう言って、明日菜は唇を軽く噛んだ。

 

「…………言うわけないじゃない」  

 

 言ってもどうにもならない。言ったら、きっと誰かを巻き込むことになる。

 そう考えれば、きっと私も口にはできない。

 

「そういうこった。秘密ってのは、自分を守る時以外にもつくるもんだ。今のは極端な例えだが、心配かけたくないって想いや、巻き込みたくないって想いから出来る秘密も人にはあるんだよ。それは、大切な人ほど、大切だからこそ、言いにくい秘密だったりするもんだ」

 

「…………」  

 

 あやかも明日菜も納得の行かないような顔で、長谷川さんの言った言葉をじっと噛み締めている。木乃香もその言葉を聞いて、枕に顔を埋めるようにして思考に耽った。

 

「……明日菜とあやかの言うことも間違ってないだろうし、長谷川さんの言うことも間違ってないだろう。だが、はっきりしない事が多い中、一つだけ確実に言えることはある」  

 

 私も布団の上に座る姿勢をとって、木乃香に視線を向けた。  

 

 

「それは、木乃香が桜咲のことを大切に思っていて、桜咲も木乃香のことを大切に思っているってことだ」  

 

「ほんまに? せっちゃんは、ほんまにそう思ってくれとるかな? 」

 

「保証しよう。間違いない」

 

 私は力強く頷く。

 一緒に試験勉強した時の桜咲の態度を考えれば、彼女が木乃香を思いやっていることは明確であった。

 

「…………七海は、せっちゃんの事情を知っとるん? 」

 

「……少し、な」  

 

 私が知っているのは、桜咲が木乃香の護衛を任せられているということだけだ。

 しかし、彼女がどんな想いか、予想はできる。

 

 いつか言われた、『もし自分が化け物であったら』という問いかけ。 それに、徹底した隠れた距離からの護衛。  

 

 おそらく彼女は、自分の何かを知られることと、木乃香が魔法などの世界を知ることを、避けようとしているのではないか。  

 

 そして、そこまでして彼女が守っている秘密は、私が話していいことではないような気がした。  

 

「……桜咲も、今、自分と闘っているんだ」 

 

「…………せっちゃんが、闘っている? 」  

 

 今日の奈良観光の時、助けられたことをほんのり覚えていて追いかけてくる木乃香から、桜咲は確かに逃げるように離れていた。  

 だが彼女は、困った表情をしていても、今までのように一方的に拒否をすると言う感じではなかったような気がした。  

 

 戸惑いを浮かべながらも、本当に歩み寄っていいのか、と必死に考えているように、私には見えたのだ。

 

 

「ああ。木乃香のことと、色んなこと、沢山、沢山悩んで、必死に答えを出そうとしている」    

 

 木乃香は私を見つめて、下を向いて、それから、顔を上げた。

 

「……せっちゃんのために、うちには、何ができるんやろか」  

 

 さっきまでとは、少し違う顔付きになっていた。何かを決心して、木乃香は前を向く。

  私は、そんな木乃香に向かって笑いかけた。  

 

「笑顔だな」    

 

 笑顔、と木乃香はそっと呟いた。

 

「…………そーね。沈んだり、文句を言ってても仕方ないもんね! 桜咲さんが前に進もうとしてるなら、その時に安心して打ち明けれるように、このかは笑顔で待ってなきゃ! 」

 

「……桜咲も相当近衛を気にしてる。その近衛が沈んでたら、多分あいつまいっちゃうぜ」

 

「彼女に何か秘密があろうと、木乃香さんが受け入れられることを示さないといけませんね」

 

「うん。うん。そやね、…………そやな」  

 

 

 三人の言葉に、それぞれしっかりと頷いてから、木乃香は立ち上がった。

 

 

「うち、明日またせっちゃんと話してみる。避けられるかもしれんけど、一度だけでも話聞いてもらう。そんで言うんや。うちはせっちゃんが好きや、だからいつか話してくれるのを待ってられるって。うん、大丈夫や。せっちゃんがうちを嫌ってないんなら、うちもせっちゃんのことずっと待てる」  

 

 

 木乃香の答えが、正しいかなんて分からない。刹那に、木乃香へ理由を説明しろと説得した方が良いのかもしれない。

 

 でもこれが、彼女が必死に出した結論だ。

 

「皆、ほんまにありがとうな」  

 

 木乃香が、私達に向けて笑った。

 その笑顔からは、いつものように太陽を想像できた。

 

「なに水くさいこといってんの! 私達友達じゃない! 」

 

「その通りですわ。それより、長谷川さんが意外とクラスメイトのことを気にしているようで私驚きましたわ」

 

「べ、べつにそんなんじゃねーよ、たまたまだ! 」

 

「あ、結局七海のタイプは聞いてないやん! なぁ、七海教えてや」

 

「…………やはり言わなきゃ駄目なのか? 」

 

「だめ」  

 

 皆が声を揃えて私に言った。  

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 それからまたいつものように雑談をして盛り上がったところで、A組皆が新田先生に怒られるところまでお約束であった。        

 

 新田先生にホテルのロビーで叱られ、さらに全員自分の部屋から退出禁止を言い渡されたショックでそれぞれがとぼとぼと部屋に戻ろうとしている時、私は一足先に部屋に帰った。  

 

 ……すみません、新田先生。でも、やりたいことがあるんです。  

 

 私は、今日の夜やろうと心を決めて計画していた事があった。クラスメイトにばれて大騒ぎされると計画が上手く行かなくなる可能性があるので、皆が大人しい時にしようと思っていたのだ。そして、新田先生に怒られた直後ならばチャンスだと察した。  

 

 誰もいない部屋で、私は新田先生に謝りながら自分のリュックをガサコソと漁る。

 

 廊下からまたすぐにクラスメイトの騒ぐ声が聞こえ、皆の懲りなさと立ち直りの速さに私は感心した。新田先生に怒られたばかりだというのに、なんて強い心なのだろうか。何故か「ネギ先生」だとか「キス」だとか不穏なワードが耳に入ったが、私は彼女達の企みに巻き込まれる前に宿から抜け出そうとしていた。  

 

 リュックを背負い、廊下をちらりと見て、皆の目が集まってない時を狙って私は飛び出した。運よく先生方にも見つからず外にまで辿り着いたところで、私は一息ついた。  

 

 それからまた歩き出し、林の方に向かっていくと軽い風を感じた。浴衣でいると、ちょっとした風でさえも肌寒く感じ、腕を擦る。  

 

 今外に出るのは関西呪術協会の妨害があるため危険かもしれないとは考えたのだが、 敵の狙いははっきりしているようなので、一生徒が外に出ても大丈夫だろう、と私は安易に考えてしまっていた。  

 

 月明かりを目印に、あまり塗装の進んでいない道に道にと私は進んでいく。宿からクラスメイトの騒ぎ声がまた聞こえ、随分騒がしくやってるな、と一度だけ振り返って、また進んだ。  

 

 林の中の少し開けた場所についた所で、私は荷物を下ろした。座り込んでリュックを開け、大きな真っ白の布と簡易蛍光灯を取り出す。そして、布を広げて木の枝を使って洗濯物を干すかのように引っ掻けた。  

 

 その大きな布に光が当たるように、蛍光灯のスイッチをつける。

 

 これで、ライトトラップの完成だ。

 

 蛍光灯は昆虫が集まりやすいようにブラックライトにしてある。昆虫は、光に誘引される。その性質を利用して、夜の間に虫を大量に集めてやろうという算段だ。  

 

 静かな林からは、虫の鳴き声や草の擦れる音が確かに聞こえる。  

 

 その音を心地よく思いながらも、私はトラップの側に立ち、まだかまだかと昆虫が来るのを待っていた。  

 そして何匹かの黒い影と共に虫が集まってきて、私のテンションが上がり始めたその時。  

 

 

「……こんばんは」    

 

 

 雑草を踏む音とその声に反応して振り返えると、そこには白髪の少年がいた。

 

 

 

 


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