セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第44話

 

 

 

「……なぁ、エヴァンジェリン、少し、なんだ、引っ付きすぎじゃないか?」

 

「ばか、七海。お前は昨日どれだけ危険だったかを分かっていないんだ。茶々丸、近くに反応はあるか?」

 

「今のところ不審な動きをする人物はいません」

 

「よし、そのまま周りに気を配れ」

 

「了解ですマスター」  

 

 エヴァンジェリンはその小さな背中を私の前にぴったりつけながら足を進める。 

 キョロキョロと周りを注意深く見ながら私の前に立っているため、歩きづらい。心配してくれていることは十分過ぎるほど伝わってくるので無下にも出来ず、微妙な顔をネギ先生に向けると、彼は、どうにもできません、と伝えるように砕けた笑みを私に返した。    

 

 

 

 

 修学旅行三日目、ネギ先生が関西呪術協会の長へ親書を届けると約束した日である。どのように総本山まで向かうか、と計画を練った所、二手に分かれることとなった。  

 

 一組は、ネギ先生と共に総本山へと向かう組である。そして、親書を渡しに行く道中が最も敵に襲われやすいらしいので、敵の目的である木乃香は別な場所で護衛をしている方が安全なのではないか、という意見により、もう一組は狙われにくい人混みで木乃香を護衛することとなった。  

 

 その案を訊いたとき、私は、刹那は木乃香の護衛に当たるべきだろうと提案した。ここまで来て遠い距離からの護衛では不十分であることは、刹那も重々承知しているだろう。余計なお節介かもしれないが、二人に話す機会くらいは与えてあげたかった。  

 刹那は私の意見を訊いて一瞬だけ時間を置き、すぐに、当然そのつもりです、と力強く頷いた。  

 その瞳に迷いは見えず、彼女の中で答えが見つかったかどうかは分からないが、彼女なりに木乃香への対応の変化を心決めたのかもしれない。  

 とすると、エヴァンジェリンはネギ先生が親書を届ける補助となる。そして、私は役に立てるとは思えないため、また除け者にされるのだろうと予想はしていた。しかし まぁ仕方のないことなので、他の子達と普通に観光でもしていようかと思っていると、エヴァンジェリンが異を唱えた。  

 

 どうやら私も敵に狙われる恐れがあるようで、エヴァンジェリンの側にいるべきだと言うのだ。  

 何故私が狙われるのか、と尋ねると、エヴァンジェリンは眉間に皺を寄せて、辛そうに顔を歪める。もしかしたら私のせいかもしれない、と彼女は苛立ちや後悔を絞り出すように答えた。

 

「……だがな、七海。心配するな。私は何があってもお前を守ろう。……約束する」

 

 彼女は、私を力強く見つめて、そう言ってくれた。  

 敵から狙われる。前世も含めて、そんな状況になったことは初めてである。しかし、私は何故だか何の不安も湧かなかった。それほど、目の前の小さな少女の言葉には、安心感があったのだ。  

 彼女の紺碧の瞳に目を合わせて、私はゆっくりと微笑む。

 

「……ああ、申し訳ないが、頼むよ」  

 

 私の笑みを見て、エヴァンジェリンはくすりと笑う。そして、任せろ、と呟いて胸を張った。  

 

 そんな私達の様子を、桜咲はしっかりと見つめていた気がする。  

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、ネギ先生。昨日クラスメイト達は何を騒いでいたんですか?」  

 

 総本山へと向かう道の途中、電車に乗りしばらく移動した後、京都にしては人気のない駅で降り暫く歩いた所で私は問う。相変わらずエヴァンジェリンは私にくっついていて、足を前に出しにくい。

 

 昨日の昆虫採集の後、宿のロビーを見るとほとんどの生徒が正座をしていて、そこにはネギ先生もいた。また新田先生を怒らせたのだろうと推測して一声かけようとしたところで、エヴァンジェリンに止められた。自業自得だからやらせておけ、と告げながら彼女は私を部屋へと引っ張っていったので、詳しい話は訊けなかったのだ。  

 

 尋ねると、ネギ先生は少し赤くなりながら恥ずかしそうに答える。

 

「えっと、皆が急に僕の唇を狙ってきてですね」

 

「…………どうすればそんな状況になるんだ」  

 

 突拍子のないことをするのは我がクラスらしいが、そんなことまでするとは予想をしていなくて、呆れる他ない。

 

「こいつの糞オコジョと朝倉和美がアホなことを企画していたんだ。神楽坂明日菜が止めていなければ、宮崎のどかは仮契約していたな」    

 

 エヴァンジェリンの鋭い目がネギ先生の肩にいるオコジョに向くと、オコジョは短く悲鳴を上げてさっとネギ先生の服の中に隠れた。

 

「仮契約?」  

 

 訊きなれぬ言葉を尋ね返すと、エヴァンジェリンが少し迷った後、色々と簡単に説明してくれた。  

 

 ざっくりと言うと、仮契約とは魔法使いがパートナーと契約し、力を与えたり不思議な道具を使えるようにする儀式のことを指すらしい。  

 カモミール(先程やっと名前を知った)はその仮契約の魔法陣を敷く力を持っていて、その魔法陣の上でキスをすれば契約が結ばれるという。カモミールはネギ先生の力になりたいがため(自分の利益のためという説もある)、勝手に宿に魔法陣を用意し、朝倉をけしかけ、その様なイベントを起こさせたのだとか。  

 

 そのイベントが始まって、カモミールの真の目的に勘づいた明日菜はすぐに主犯者達の居場所の捜索を始めた。そして、のどかが事故、というか転んでネギ先生とキスをする直前に、どうにか魔法陣を解かせたようだ。  

 それらの話からは、何故朝倉が魔法を知っているのか、のどかとの話はどうなったのか、そもそもどうしてキスなのか、などと色々気になった点が多く、目的地へと向かいながらも私はいくつか質問をぶつけていた。  

 

 

「……ではネギ先生は、明日菜とはその、仮契約っていうのをしてるのですか」

 

「はい。エヴァンジェリンさんに狙われて僕が少し悩んでた時に、カモ君が明日菜さんを唆して、キスをされてしまって……」  

 

 巻き込みたくなかったのですが、と声と視線を落としているその表情から、ネギ先生が望んで仮契約をした訳ではないことが分かる。明日菜のことだから、ネギ先生が危険と訊いて、迷いつつも行動せずには居られなかったのだろう。

 

「……どうだ、七海」

 

「どうだ、とは?」

 

「ここまでの話を訊いて、仮契約したいか?」  

 

 キス以外にも方法はあるぞ、とエヴァンジェリンは私を横目に見た。カモミールはその言葉を訊いてネギ先生の服からひょこりと顔を出す。    

 歩きながら私は、一度目を瞑り、仮契約とやらをした場合の未来を想像した。例えば不思議な杖を手にして振り回す姿や、スーパーマンのようなスーツを着た自分が脳裏に浮かんだ。そして、こんな時の想像力の乏しさを一人で実感してから。

 

「……いや、要らないな」  

 

 私はゆっくりと首を振りはっきり答えた。  

 契約する場合、エヴァンジェリンもしくは、ネギ先生のどちらかと仮契約を結ぶことになるのだろうが、どちらにしても自分に必要な力とは思えなかった。  

 魔力の供給は、まだ世界樹の薬が出来る前なら有効に使えたかもしれないが、それにしてもエヴァンジェリンから貰える薬と効果は変わらないだろうし、何より人に自分の健康という荷を背負わせるつもりはない。  

 不思議な道具についても、どんなものがあるかはよく分からないが、現状何かに困っている訳でもないし、その様な道具には興味が湧かなかった。

 

「くくくっ。お前は本当に予想を裏切らないな」  

 

 私の返事を訊いて、エヴァンジェリンはケタケタと笑う。

 

「ここまで巻き込んでおいてこんなことを言うのもどうかと思うが、お前はそのままで良い。無理に此方に踏み込んで、不思議な力など持つ必要はない」  

 

 力はあれば良いというものではない、と続けて、エヴァンジェリンはまた前を向く。  

 金色の髪を靡かせながら私の前を歩く小さな背中はやはり心強くて、私の口元は自然と緩んでいた。    

 

 

 

 ○  

 

 

 右手には山に繁る竹藪が見え、左手には人気の少ない家屋が連なる道が、長々と続く。

 どうやら、この山の奥に長のいる御屋敷、つまりは木乃香の実家があるらしく、そこに向かうまでの入り口を探して私達は道沿いを歩く。

 

「山の上にあるなら、飛んで行けばいいんじゃないのか?」  

 

 魔法使いならば箒に股がれば飛べるのではないか、と私はまた安直な考えをしていた。そういえば、彼らが箒を持っている姿は見たことがない。

 

「そんなことをしたら目立っちゃいますよ」

 

「それに、不審な輩に簡単に侵入されないよう入り口以外には何かしら結界が張ってあるだろうな」  

 

 ネギ先生が地図を見ながら微笑み、エヴァンジェリンは未だに警戒心を解いていない。

 

「……その入り口である鳥居がもうすぐ見える筈ですが……、あ、あれです!」  

 

 地図と前を交互に見て、ネギ先生が声を張って指を指す。その指の先には、赤くどこか神秘的な鳥居と、山の奥へと続いていくコンクリートの階段があった。  

 すっと足を階段にかけようとしたネギ先生を、茶々丸が止めた。

 

「マスター、これは……」

 

「あぁ、何か仕掛けてあるな。……敵の呪術か」

 

「茶々丸さんとエヴァンジェリンさんはそんなことまで分かるのですか」

 

「経験あってのものだ。お前も肌で感じろ、というか入り口を警戒するのは常識だ」  

 

 驚いた顔をしたネギ先生に、エヴァンジェリンは叱るように言い放つ。当然、私も罠など気付く訳がない。  

 ネギ先生は、すみません、としゅんと謝り、それではどうしましょう、と鳥居を見つめた。

 

「私達魔法使いは魔法陣を敷くが、奴らは符を使う。つまりはその辺に符が隠されている筈だ。……茶々丸」

 

「……はい、妙な気配を発する岩を発見しました。恐らくその下にでも張り付けていると思います」  

 

 茶々丸はぴょんと竹藪の中に飛び込み、地面に埋まっている大きな岩の前に着地した。彼女は手早く両腕で抱えなければならないほどの大きさの岩を簡単にひっくり返して地面に置き直し、土と一緒に岩に張り付いていた小さな紙を剥がす。  

 きぃん、と甲高い音が響いた。  

 その音を訊き、エヴァンジェリンが頷いたのを確認した後、茶々丸はまたジャンプをして私達の元に戻る。

 

「よし、よくやった」

 

「茶々丸さん、ありがとうございます。言ってくれれば僕がやったのに」

 

「いえ、このくらい」

 

「茶々丸、服に泥が付いているぞ」  

 

 私はポケットからハンカチを取りだして、茶々丸の体についた泥を払う。ありがとうございます、と小さな声で礼を言うので、茶々丸はいつも律儀だな、と私は微笑んだ。  

 そんなやり取りを私達がしている間、エヴァンジェリンは赤色をした鳥居の奥にある繁みを、見透かすように目を細めていた。

 

「…………おい、そこに隠れている奴ら。今すぐ出てこい」  

 

 エヴァンジェリンが目線の先に向かい低い声を出すとビクッと、繁みが一瞬揺れる。

 それから、ガサガサと慌てているかのように繁みは揺れ続けた。  

 

(千草の姉ちゃん、もうばれとるで。罠もばっちり解かれてもうたし)

 

(あほぉ、小太郎! 黙っとき! 声出すなや! くそ、新入りめ、でかい口だけ叩いて今更抜けよって。化け物はぴんぴんしとるやんけ! 小太郎ちゃんと隠れんかい!)

 

(やからもうばれとるって、ここにいてもまたカチコチにされて終わりや)

 

(ひぃ!? トラウマ抉るようなこと言うな! )  

 

 繁みの揺れる音は止まらず、更には声までもがしっかり漏れていて、そこに人が隠れているのは明らかであった。妙に緊張感のないその会話に、私とネギ先生は、何だかな、と顔を合わせる。

 

「……あの生意気なガキはいないようだな。……おい坊や」

 

「はい、何ですか」

 

「私は七海を連れて先に近衛詠春の元へ行く。お前はあいつらをどうにかしておけ」

 

「エヴァンジェリン、それはあまりにも……」  

 

 私には今どんな状況であるのかよく分からないが、敵らしき者がいるのにネギ先生を置いていくのを良しとは言えなかった。そもそも、大使として親書を持っているのはネギ先生で、彼こそがその長のところへ行くべきなのではないか。  

 

 私の考えたことを察したのか、エヴァンジェリンは首を横に振る。

 

「初めから、この任務は坊やが課されたものなんだ。たまたま協力的になった私に引っ付きながらここまできて、はい終わり、で済ませていいのか」

 

「…………いえ、既にエヴァンジェリンさんにはお世話になりすぎました。ここからは、僕のやることです」  

 

 バサッと音を立てて、ネギ先生は背負っていた長い杖を手に持つ。表情は、先程まで幼いものだったのが、急に大人びる。

 

「……ふん、安心しろ、茶々丸は置いていく。茶々丸、サポートしてやれ」

 

「了解です。マスターは明智さんを戦いの場に置きたくないんですよね、私も同意です」

 

「なぜお前はいつも一言多いんだ! 了解ですだけで良かっただろうが!」

 

 臨戦態勢に入った茶々丸に怒鳴りながらも、エヴァンジェリンは私をぐっと持ち上げて抱える。これはまさか、俗にいうお姫様抱っこというやつではないか。

 

「お、おい」  

 

 流石に、恥ずかしい。自分より背の低い女性にやられることではない。  

 私が軽く抵抗するが、その小さな身体の何処にそんな力があるのか疑問に思うほど、彼女はしっかりと私を持った。

 

「七海、少しの間だけだ。辛抱しろ」  

 

 

 そう私に告げてから、エヴァンジェリンは私を抱えたまま石階段を何段も飛ばしながら駆けた。    

 

 

 箒など使わずとも、私は低空を飛んでいるような気分になる。跳び跳ねる時の浮遊感と、髪を激しく靡かせるほどの風は、思ったよりも爽快な気分にさせてくれた。

 

 


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