セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第45話

 

 

 

 

 遊園地の遊具に乗っているかの様な浮遊感が、ゆっくりとなくなっていく。私を抱えたエヴァンジェリンがスピードを落としだしたようだ。次々と過ぎ去っていき、先程まで視認できなかった竹藪もはっきりと輪郭を現していく。いよいよ最上段に達するという時、彼女は少し大きく飛び上がった後、私に衝撃を与えないようにふわりと着地してくれた。

 

「七海、着いたぞ」    

 

 エヴァンジェリンは私をゆっくりと下ろして告げた。未だに地面の感覚が分からない状態ながらも、彼女に礼を言ってかろうじて自分の足で立つ。  

 

 視線を前にやると、開けた場所だった。庭園、と言うより自然そのままの状態を風流よく手入れしているような場所で、石の間から流れる水の音がちょろちょろと聞こえる。かなり奥には装飾された大きな門が堂々と立ち聳え、そこが御屋敷の入り口と察するのに時間は掛からなかった。

 

「あの門の先が近衛詠春の屋敷だった筈だ」  

 

 エヴァンジェリンは臆すことなく堂々と足を進める。私は酒に酔ったかのようにふらふらな足取りをどうにか踏ん張って、その横についた。

 

「エヴァンジェリンは、木乃香の父親と知り合いなのか?」  

 

 まるで知っている素振りで話す彼女を疑問に思い、私は訊いた。

 

「昔少しな。そうだな、剣の腕は凄まじく生真面目であったが、どこか甘い男だった。それと、色気にも弱かったな」  

 

 うんうん、と過去の映像を脳裏に再生して、そうそうこんな男であった、と自分で思い出すようにしながらに彼女は頷いていた。  

 

 奥に見える門へと続く道を、二人で歩く。天気も良く、辺りには自然の奏でる心地好い音が僅かに聞こえ、先程まで罠だの闘いだの言っていたのが嘘のようだった。

 

「……あの二人は、大丈夫だろうか」  

 

 心配でない訳がない。

 私は、魔法使いというものについても、彼らの闘いがどんなものであるかも、ほとんど知らない。だが危ないものであることは何となく理解できるため、幼い少年と茶々丸を残してここに来て良かったのだろうか、という想いが胸の底から消えない。役に立てないと分かりつつも、今すぐにでも戻って様子を見に行きたい気持ちに駆られる。

 

「心配するな、というのは無理かもしれないが、まぁ案ずることはない。茶々丸は勿論、坊やは一度闘いを見てやったが、あそこにいた二人には負けないだろう。……それに、坊やは自分の目的のためにもこのレベルの闘いを経験しておくことが必要だ」

 

「……ネギ先生の、目的?」  

 

 周りの景色に目移りしながら言うエヴァンジェリンに私は尋ねる。地面には灰色の石畳が規則的に植え付けられていて、足を乗せる度にコツコツと音が鳴った。

 

「父を、越えたいと言っていたぞ」  

 

 クスリと笑みを溢して、エヴァンジェリンは静かに言った。その笑みは決してネギ先生のことを嘲笑するようなものではなく、小さな子供が爛々と夢を語った時、大人が見守る時にするものであったように思えた。

 

「……そうか」  

 

 私も、ひっそりと頬を緩めた。  

 私は彼の父がどんな人物で何を成し遂げたかを知らないが、親を必死に追い越そうとする彼の背中が目に浮かんで、微笑ましく感じた。    

 

 

 

 ○    

 

 

 

 門の先に来ると和服を着た使用人らしき人物が顔を出した。角刈りで強張った表情の彼は、顔の筋肉を動かさず、淡々と私達の所属と目的を尋ねてきた。エヴァンジェリンと私が名と親書を届けに来たことを告げると、使用人はぴくりと眉を動かしたが、またすぐに無表情に戻った。確認します、と低い声で私達に告げて、彼は屋敷の中に入り門を閉める。門の閉まる音が、君達のことは警戒しているぞ、とはっきり知らせているようにも聞こえた。  

 それも仕方のないことかもしれない。親書を届けに来たといってもその親書を持った人物がいないし、私の名など言ってもピンと来ることはないだろう。エヴァンジェリンはまた別かもしれないが。  

 エヴァンジェリンが待つことに飽きたのか足を揺らして地面を小刻みに叩き出した時、また先程の男性が顔を出した。

 

「長の確認がとれました。中にお入り下さい」

 

「やっとか。私をこれほど待たせるとはな」

 

「申し訳ありません」  

 

 男は棒読みで言うため申し訳なさはあまり出ていなかったが、真面目なその表情からそれが素であるように感じた。  

 先行する男に続いて、きぃ、と軽い音を立てながら門が開く。  

 

「……凄いな」  

 

 思わず、言葉が漏れた。

 

 門の中には、想像を越えた大きさの屋敷があったのだ。私は、歴史の教科書に平安時代の寝殿造の絵が載っていたのを思い出す。この屋敷はまさしくそのようであった。  

 いくつも並ぶ日本古来の雰囲気を漂わせる木造の建物と趣を感じさせる桜の木の並びに、エヴァンジェリンも、ほう、と呟いている。  

 私達は、しっかりとした足取りで歩く男の後をついていき、靴を脱いで屋敷に上がってペタペタと音を鳴らしながら廊下を移動する。和服を着た人が何人か見えて、まるで時代劇に入り込んでしまったようなイメージが頭に浮かんだ。  

 

 それから、廊下の途中にある客室に案内され、男は頭を下げて言った。

 

「長はすぐには出てこれませんので、部屋の中でお待ち下さい」  

 

 組織のトップともなれば、忙しいのだろうか。私とエヴァンジェリンが特に何も言わずにいると、男は丁寧に襖を閉めた。続いて女性の使用人らしき人が訪れ、私達に茶を入れてくれる。本格的に淹れられた茶は、想像通り美味しい。  

 エヴァンジェリンはその茶にも満足そうな顔をして、部屋の様子を見渡していた。筆で流れるように字が書いてある掛軸や、墨で絵描かれた屏風を見てどこか愉しそうにしているように見えた。

 

「エヴァンジェリンはこういう、和の感じ、が好きなんだな」  

 

 あまり上手い表現が浮かばず、和の感じ、などとあやふやに言ったが、エヴァンジェリンはうむ、と頷いた。

 

「基本的に年代を感じるものはどれも好むが、その中でも日本のものが一番気に入っているな」  

 

 確かに、彼女のログハウスには他の部屋の空気とは少し齟齬を感じる和室が態々用意されていた。それほど拘りがあるのかもしれない。私がその理由を訪ねる前に、彼女はしみじみと落ち着いた視線を部屋に向けた。

 

「……なんと言えばいいのだろうな、和風のものには他者に対する心遣い、と言うものが感じられる。決して一人では完結せずに、誰かにこう想って欲しい、という意志があるような気がするのだ。ただの人間が、他人の心象に確かに影響を与え、こうして伝統が長い間守り抜かれていく。……もしかしたら、たとえ何も特別な力を持っていない者でも、誰かにそんな風に感じさせる、というのを、私は好んでいるのかもな」  

 

 自分の胸にある想いを確認していくように、彼女は言う。  

 吸血鬼、600年生きた、そんな違いはあれども、自分の好みを分析して語る彼女の姿は愉しそうで、ゆっくりと茶を啜りながら、旨いと呟く姿は渋い趣味を持つ一人の少女にしか見えなかった。  

 

 それから少しの間二人でのんびりとしていると、襖が僅かに開き、失礼します、という声と共に茶を持ってきてくれた使用人が顔を出した。

 

「長の準備が整いました。それと、お嬢様とあなた方の先生やご友人達もいらっしゃいましたよ」  

 

 お嬢様とは、木乃香のことだろう。私達とは別行動をしていた筈だが、結局此方に来たようだ。ならば、ご友人達とは、刹那や茶々丸のことだろうか。  

 妙な予感と疑問を拭いきれないまま、私とエヴァンジェリンはその女性についていく。

 そして、先程より何倍も大きな部屋にされた時、聞き慣れた声が廊下にも聞こえた。

 

「わー! 凄い部屋ねぇ!」

 

「木乃香がお嬢様とは聞いてたけど、これ程とはね……! スクープ、とまではいかないか。てか茶々丸さんとネギ君はなんでそんなぼろっちい格好なの?」

 

「あ、あの、これは」

 

「先程の階段でそれはもう盛大に転んだのです」

 

「は、はい! そうなんです! もう最上段から一番下までまっ逆さまです!」

 

「えぇー。むしろよく生きてるね……」

 

「……アスナ、うちの実家大きくてひいた?」

 

「なにいってんのよ! このくらい、いいんちょで慣れてるしお家がどうだからって引いたりはしないわよ! ま、いいんちょ家よりここのほうが断然格好いいけどね!」

 

「あら、お猿さんに物の良し悪しを語る能力があるだなんて、驚きですわ。ねぇ、長谷川さん」

 

「私に振るなよ。桜咲、答えてやれよ」

 

「え!? わ、私ですか!? …………えー、その、私は猿の家も嫌いじゃないですよ? 」

 

「テンパって意味わかんねぇこといってるぞ」  

 

 ……どうやら、予想外の客人がこの部屋にはいるようだ。エヴァンジェリンの顔を見ると、彼女は面倒だな、と言う表情を隠す素振りも見せず表していた。  

 息を吐いて襖を開けると、視線が一気に集まった。広い部屋の真ん中には、ネギ先生、茶々丸、木乃香、桜咲の他に、朝倉、明日菜、長谷川さん、あやかまでもがいた。

 

「七海! どこにいたんですの!?」  

 

 あやかが笑顔を浮かべながら此方に寄ってくる。

 

「別室にいたんだ。それより、あやか達こそどうしてここに?」  

 

 あやかの他に、明日菜や長谷川さんにも視線を送りながら訊く。視線の端で、桜咲が面目なさそうな顔をしていた。  

 

 理由を訊くと、なんと桜咲の鞄に朝倉が発信器を仕掛けていたらしく、彼女達はそれを追ってきたのだとか。どこまでも非常識な行動に朝倉を睨み付けると、彼女はそれを受けて、ごめんごめんと苦い笑みを浮かべた。

 

「ですが、自由行動は一緒に回ると約束したのに、七海は全然いないじゃありませんか」

 

 むっとした顔をして、あやかは私に訴えかけた。確かに、班が別になったと分かった時にそんな約束をしていたのを思い出した。  

 あやかは私が全然見当たらない事について心配していると、桜咲と木乃香を追おうとしているハルナ達を見つけたそうだ。そして、彼女達の事情を訊き、余り大人数が遠出すると問題になると言って代わりに自分が無理矢理ここまで来た、と私に説明した。昨日私が桜咲の事情を少し知っていると口走ったことから、桜咲を追えば私がいると考えたらしい。  

 そんな風に言われてしまうと、わざわざ私を追ってここまで来てくれた彼女に強く注意は出来なかった。長谷川さんや明日菜は、そんなあやかに連れてこられたのだろう。

 

「……茶々丸、さっきの奴等は?」

 

「撃退には成功しましたが、捕獲までは出来ませんでした」

 

「いや、十分だ。刹那、そっちはどうだ」

 

「敵の剣士に狙われましたが、なんとか。敵は人混みでも躊躇がなく、逆に民間人を危険に晒す恐れがあるためここに逃げ込むことにしました」

 

「…………その結果民間人を連れてきてるがな」

 

「……うっ。申し訳ないです」  

 

 エヴァンジェリンの睨むような視線に、桜咲は頭をがっくりと下げる。桜咲達の方も色々とあったらしいが、無事なようで安心した。木乃香の表情を見るからに、距離もそれなりに縮まっているようにも見えた。

 

「敵は剣士だけか?」

 

「はい、女性の剣士一人でしたが。……何か気になることが?」

 

「……いや、敵の一番の手練れが出て来てないと思ってな」  

 

 神妙な顔をして小声で会話をする二人の間に、ぴょんと木乃香が飛び込んで顔を出した。

 

「なになに、せっちゃん何の話しとるん?」

 

「お、お嬢様! こ、これは、えと、」

 

「あ、またお嬢様っていうた! さっきはこのちゃんって呼んでくれたのに!」

 

「あ、あれは必死だったので……」  

 

 木乃香はぐいぐいと桜咲に詰め寄っている。たじたじとしながらもしっかりと会話をしている二人の様子を見て、明日菜とあやかはにんまり笑い、長谷川さんも頬を少し緩めていた。

 

「皆様」  

 

 先程門の前にいた角刈りの男性が私達に声を掛けた。

 私達の騒がしさにも負けじと、彼も一向に固い表情は崩していない。

 

「長がおいでなさいました。あまり無礼をなさらぬように」  

 

 じろりと私達を見渡して低い声で忠告するが、明日菜と朝倉がはーい、と緩く返事をしたのを聞いて、眉を一瞬寄せてから、それでは、と述べて下がっていった。彼も、この中学生達にそこまで求めるのは無理かもしれないと悟ったのかもしれない。  

 

 部屋の隅にいる使用人の女性達が少し固い空気を作り出すので、私達も声を抑えて待つ。すると、前から一人の男性が現れた。  

 

 その男性は高畑先生より年上だろうが、そこまで老けた雰囲気もなく、和服を着て、穏やかな顔をしている。

 

「皆様、ようこそいらっしゃいました」  

 

 優しい声音で、彼は言った。どうやら、この男性が長のようだ。

 

 

 







小ネタ
『朝倉の夢』






「朝倉は、将来ジャーナリストになりたいんだよな」

「お、七海。そうだけど。急にどうして?」

「…私は理系よりだからあまりそういう職種に詳しくないんだが、どうしてジャーナリストを目指すのかふと気になってな」

「うーんどうしてかぁ。あまり大した理由じゃないよ?」

「理由の大小なんて、誰かが決めるものじゃないさ」

「おお、いちいちかっこいいねぇ七海は」

「……答えたくないなら別にいいんだが」

「ごめんごめん。もう茶化さないよ。……そだね、端的に言ったら、皆が真実を知るべきだって思ったからかな」

「真実を知るべき、か」

「うん。わたしんちさ、朝ごはんはいつもニュース番組を見ながらだったんだ。両親ともまめに新聞やらニュースとかを見る人だったから。食事中のアニメは怒られるけど、お堅いニュースだけはOKだった。今思えばどっちも行儀の悪さは変わらないんだけどね。だからいろいろ報道は見ていて、その時はまだ面白さとかは分かんなかったし、まぁ最近でもこの話つまんないなって思うことはなくはないんだけど」

「朝のニュースか。子供にはまだ難しい話が多そうだ」

「最近は随分ポップなのが多いけど、そだねー。横で親が分かった風に見てても、私はちんぷんかんぷんってことはよくあったよ。
ただ、人の表情だけはよくわかったよ。あるニュースで、犯人だと思った人がみんなに一斉に責められてて、その人だけ凄い落ち込んだ顔してた。その後、実はその人悪くないって分かった時、もう犯人扱いされたその人はテレビに取り上げられることはなかった」

「冤罪、か」

「そうかもしれないし、ただのゴシップで勝手に祭り上げられただけかもしれない。そこのとこはあんま覚えてないんだよね。
でも私子供だったからさ、なんだか名前も知らないその人の今後が無性に不安になっちゃって。ああ、これは最初からみんなが真実を知らなかったからだ、って思っちゃった。だから、真実を伝えることは大事だぞ、って。ね、単純っしょ?」

「……朝倉、意外と真面目だったんだな」

「…ふふふ、さて、七海。ここで問題。この話は真実か否か、どっちでしょう」

「…なぁ、ここまで話して嘘の可能性もあるのか。真実を知るべきはどこにいったんだ」

「結局そこの認識は受け取り手に託されるからねぇ。こういう体験談とかは特になんとでも話は作れるし、ほら、情報操作もジャーナリストとして必要な力でしょ?」

「……くく、そうだな。朝倉は図太いし度胸もある。きっとジャーナリストに向いてる」

「あは、ありがと」

「……ただ、情報収集はいいが、法律の範囲内でな」

「あぁー、うん。そだね、盗聴器、追跡用GPSは使う場をわきまえます、はい」



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