セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第47話

 桜の木から花弁が漏れ出して、夜の世界とは対照的な鮮やかな色を宙に散在させる。石で造られた庭園灯が辺りを照らし、私達のいるこの縁側だけは、暗闇の世界から取り残されているかのように感じた。

 

「……ここ、懐かしいわぁ」  

 

 お嬢様は、優しくはにかみながら言った。小箱の口のように一方に開いた外に面する所に立って、他の木より少し年老いた桜の木を見上げながら呟く。屋敷の離れにあるこの場所は、昔寝れない夜中に部屋を抜け出して、二人でよく話をしていた場所だった。

 

「…………お嬢様」  

 

 お嬢様は、うん、と短く小さな返事を洩らした。視線は、桜の木へと向いたままだ。優しく吹いた風が、お嬢様の髪を靡かす。  

 

「……お話があります」

 

「……うん」  

 

 また同じように、お嬢様は頷く。夜の空気に溶けていくかのように、その言葉はしんと消えていく。桜の木から、ゆっくりと視線を私に移していき、お嬢様は笑った。  

 

「…………なんか、不思議な気持ちや。心臓が、こう、ドキドキしてて、もやっとした重たいものが、胸の中にぐるぐるしとるみたいや」    

 

 告白の返事待ちの時ってこんな気持ちなんやろか、と続けて、お嬢様はぎこちない笑顔を浮かべた。私からどんな言葉を言われるのか、相当不安に感じているのが、痛いほど分かった。  

 胸に、ヒビが入るような感覚がした。私は、その笑顔を見るのが辛かった。そんな笑顔にさせているという事実が、辛かった。

 ……いや、今まで私が気付いていなかっただけで、お嬢様はずっとその表情を心の中に隠していたのかもしれない。ただ私が、気付こうとしなかっただけなのだ。  

 唇を、強く噛み締める。  

 今まで、お嬢様のことをずっと遠目に護衛してきた。少しでも危険から遠ざけるようにと、お嬢様に不安を感じさせないようにと。だが、いや、だからこそ、お嬢様がそんな顔をしているという事実に、私は気付けなかったのだ。

 守ってるつもりが、心を守れてなくて、私は自分を思いっきり蹴り飛ばしたくなった。

 

「…………私は…………」  

 

 吐いた言葉に続くものがすんなりとは出てこなくて、詰まる。息を吸って、間を開けた。

 

 ……何から。何から話すべきなのだろう。  

 

 

 先程、長と一緒に話し合って一つの結論が出た。それは、お嬢様に裏の世界のことを話そう、ということだ。ここまで来てしまったら、本当のことを隠している方がお嬢様にとって危険なのではないかと、長も私も考えたのだ。何も知らぬまま守られているよりも、本人も防衛の意識がある方が危険が少ないのかもしれない。

 長は常々、お嬢様には普通の女の子として育ってほしいと言っていた。だからこそ、この判断は、相当に苦渋の思いだった筈だ。  

 苦い顔をしつつも心を決めた長の前で、私はそれをお嬢様に伝える役目を買って出た。今までお嬢様を避け、多くの秘密事をしていた私こそが、その役目をするべきだと思った。  

 

 行き詰まった私を、お嬢様はじっと見つめている。不安げな表情で、小さな唇にきゅっと力をいれて閉め、私の言葉を待っている。

 

「…………今まで、申し訳ありませんでした」    

 

 その表情を見て、初めに出た言葉は、謝罪だった。頭を下げた私をみて、お嬢様は唇に入れた力を少し弱め、口を開く。  

 

「……何について謝っとるんか言ってくれんと、分からんよ」    

 

 弱々しく、それでも笑顔でいようと、震える頬を緩めながら、お嬢様は言う。

 

「……今までの、私の行動についてです」 

 

「それは、うちを避けてたことについて?」

 

「……そうです」  

 

 ゆっくりと頷いて、私は、お嬢様の眼をしっかりと見た。

 

「お嬢様。お嬢様は、とても不思議な力を持っています」

 

「…………不思議な力?」

 

「はい」  

 

 余りにも突拍子もなく抽象的な話ではある。それでも、私の真剣な表情から、その言葉に嘘はないとお嬢様は思ってくれたのかもしれない。

 

「それが、なんでせっちゃんがうちを避けることに繋がるん?」

 

 いや、違う。不思議な力などと言う話よりも、私がなぜそのような行動をとっていたかということを、お嬢様は気にしているようだった。私がどんな理由で自分を遠ざけていたのかを、お嬢様は今までもずっと考えていたのだろう。

 

 あんなに仲が良かったのに、どうして。

 

 お嬢様がそう言い続けていたと思うと、私の胸はまた痛くなった。

 

 

「……お嬢様のその力は巨大であるが故に、多くのものが狙います。…………私は、その護衛として選ばれていました」

 

「……うん」  

 

 それで、と、お嬢様は私に先を促す。

 

「……私は、お嬢様にはそんな不思議な力などとは関わらず、平穏に生きてほしいと、心から願っていました。…………だから、お嬢様に護衛がばれぬようにと、今までお嬢様を避けて、私は影ながらにあなたを護衛していました」

 

 

 ……本当に?

 

 自分の中で、もう一つの声がした。本当にそれだけが理由か、と。

 お前は、自分が傷つくのが怖かっただけなんじゃないのか。自分のせいで巻き込んで負い目を作るのが嫌で、いつか本当の自分を知られるのが嫌で、言い訳して、逃げて、自分が楽な道を選んでいただけなんじゃないのか。

 お嬢様を避けて遠くから見守っていた方が、お前自身が安心だったのではないか。

 

 私は、その声に何も言い返せない。

 

 

「…………せっちゃんはさ、」  

 

 私の話を聞いて、一度眼を伏せて、掌をぎゅっと握り、恐る恐るという様子でお嬢様は尋ねた。

 

「うちを、護衛対象やから守ってくれてたん?」

 

「それは違います!!」  

 

 咄嗟に、大きな声がでた。今まで静寂としていた夜に声が響き、呼応するように桜の木も風で揺れる。

 

 私は、それだけは否定したかった。お嬢様を守っていた理由だけは、昔からずっとずっと一緒で、嘘偽りがないと、言いきれた。  

 

 

 

「お嬢様は…………友達だったから」     

 

 

 絞り出すかのように出た言葉は、私の本心だった。  

 

 

「こんな、こんな私でも、分け隔てなく接してくれた、大事な、大事な友達だったから。だから、守りたかったんです」

 

「……うちのことを、避けてでも?」

 

「……はい」    

 

 私の返事によって、お嬢様の顔に影ができる。俯き、少し肩を震わせ、顔を横に振っている。    

 

 

 違う、違うよ、せっちゃん。うちは、うちはそんなこと望んでいないよ。    

 

 

 そんなお嬢様の声が、聞こえた気がした。正面に向き合って、こんな風に話しているからこそ、その声が訊けたのだと思う。  

 

 私は、また唇を噛んだ。喉が渇き、私の手も知らずのうちにぐっと力を込めていた。

 

「…………お嬢様を危険な戦いに巻き込みたくなかった。だから、離れた所からしか貴方を見ていなかった」

 

 

 この気持ちに、嘘はなかった。

 ただ、自分を知られるのが怖いと心の奥底で思っていたことも、事実だった。

 

 でも、今は。

 

 

「……今ではそれは間違っていたと思うのです」  

 

 

 私の言葉に、お嬢様は、おもむろに顔を上げた。    

 

 

 

 ―――明智さん、エヴァンジェリンさん。  

 

 頭に浮かび、胸の中で呟くように名前を呼んだのは、たまたま同じ班になった二人のクラスメイトだ。その二人のうち、一人はとてつもない力を持っているが、もう一人は何の力もない。  

 そして、友人同士であるその二人は、守り守られの関係にあった。   

 

 

「……私は、自分のことしか考えていなくて。自分の考えだけをお嬢様に押し付けて。お嬢様を信用せず、お嬢様の意思を、ないがしろにしていました」    

 

 

 エヴァンジェリンさんは、明智さんに情報と現状を伝えた上で、それでも必ず守ると宣言していた。そして、明智さんは、それを受けて絶対の信頼を彼女に寄せて、自分の身を任せた。

 

 そして、明智さんは、彼女が吸血鬼だと知っても、決して態度を変えず、友人であり続けた。

 

 その、二人の姿は、私にとってあまりにも眩しくて、理想的に感じた。

 

 信頼し合う二人のその関係が、羨ましくて、憧れて。

 私も、お嬢様の手を握ることを恐れずに、そうすべきだったのだと、悟ってしまった。

 

 

「……お嬢様。これからは、私を貴女の側に置いてください」  

 

 

 ―――そうだ、初めから、こうしていればよかったんだ。    

 

 

 私の眼は、お嬢様をしっかりと見据えた。  

 

 

「―――私は、強くなります」    

 

 

 一度腹を括れば、続く言葉は簡単に零れ出した。  

 

 

「貴女に、不安や、恐れを一切感じさせないほど強くなる。自分の弱い心に負けないようにと、強くなる。私が貴女の剣となり、全ての脅威を振り払う。だから貴女は、安心して日常を過ごして下さい。どんなものが立ち塞がろうと、全てをこの剣が断って見せます。だから―――」    

 

 

 

 ―――このちゃん。  

 

 

 

古い記憶が、頭を巡った。

初めて会ったとき。二人で遊んだとき。一緒にご飯を食べて、一緒に山を駆け巡って。

お互いに気兼ねなく名前を呼び上げることが出来ていたあの時のことが、私の脳裏に確かに映っていた。

このちゃん、せっちゃんと、呼びあってたあの時は、二人はずっと友達だと、言葉にせずとも通じあっていた。

 

 

 

 

 

「……このちゃん。これから、うちと、一緒にいてくれますか?」  

 

 

 

 そっと、手を差し出す。  

 

 桜が、辺りを舞う。風に乗って、私達の間をひらひらと通りすぎていく。  

 このちゃんは、私の手をじっと見つめた後、とっさに自分の手を頬にやった。  

 このちゃんの眼から漏れた涙は、その手が受け止める前に地面に落ちた。そこからは、とめどなく、ポロポロと雫が落ち続けた。  

 

「…………う、うちは」  

 

 ひくひくと、小さく嗚咽を漏らしながらも、このちゃんは一生懸命に言葉を紡ぐ。

 

「…………ずっと、ずっと不安やったよ。は、初めて出来た友達のせっちゃんに、せっかく麻帆良でまた会えたんに、せっちゃんは全然。全然うちを見てくれん。うちのこと忘れてしもうたんかな、とか、嫌いになったんかな、とか、めっちゃ考えた。今も、せっちゃんに、嫌いになった理由とか言われんのかなって」    

 

 

 涙は止まることを知らずに、ひたすらにこのちゃんの頬を流れ続ける。私の目頭も、きゅっと熱くなった。  

 

「七海たちが、いっとった。せっちゃんも悩んでるんやって。闘ってるんやって。でも、不思議な力とか、護衛とか、そんなことはうちにはやっぱり分からん。でも、でも、そんなことよりも、もっと知りたいことが、あるよ」  

 

 このちゃんは、両手でぎゅっと私の掌を握る。  

 

「せっちゃんは、うちのことを嫌いじゃないんやよな。うちと、友達なんやよな」    

 

 びしょびしょになった顔を私に向けて。それでも、笑顔を作ろうとして。このちゃんの顔は、くちゃくちゃだ。胸の中の想いが、込み上げる。  

 

 

「このちゃんっ…………、ごめん、ごめん。嫌いなわけないよ。大好きや。大好きやよ。このちゃんは、うちの一番の友達やよ」    

 

 

 私の眼からも、涙が止まらなかった。  

 

 私はきっと、ずっと、ずっとこう伝えたかったんだ。自分の気持ちを圧し殺して、色々と言い訳をしていたけれど、私は、こうやって素直にこのちゃんと手を握りあっていたかったんだ。  

 自分をさらけ出して、それを、認めてもらいたかったんだ。

 

 このちゃんは、更に笑顔を浮かべて、もっとくちゃくちゃの顔にして、私に思いっきり抱きついた。私も、このちゃんを思いっきり抱き返した。  

 

 それから、二人でわんわんと泣きあった。このちゃんの体は、暖かかった。    

 

 

 

 

 

 

 ○  

 

 

 

「……このちゃん」

 

「なんやー、せっちゃん」  

 

 縁側で、私の横に座っていたお嬢様が私を覗き込んだ。顔には涙の跡が残っているが、足をぶらぶらとさせ、楽しそうに、本当に楽しそうに笑っている。

 

「…………あと、一つだけ、秘密にしてたことがあります」

 

「あ、敬語!」

 

「す、すみません。此方にも慣れてしまっていて……」  

 

 気が付くと、違和感なく敬語を使っていた。それほどこの話し方とも長く付き合っていたのだろう。  

 お嬢様は一瞬頬を膨らませたが、ま、ええか、とすぐに笑った。

 

「それで、秘密ってなんなん?」  

 

 そこまで興味を持った様子もなく、好奇心だけで訊いているようだった。このちゃんの中で一番知りたかったことは、既に訊いてしまっていたからなのかも知れない。  

 

 

 私は縁側から腰を上げてすっと立ち上がり、下に置いてあった下駄を履いて、桜の木の近くに向かった。  

 お嬢様は、首を傾げ、私の行動を見守っている。

 

 

「実は、私、誰にも言えない秘密があります」  

 

 

 

 ―――明智さん。  

 

 

 私は、いつか明智さんと話した内容を思い返した。  

 

 

 ―――私にも、ちゃんといますよ。何よりも大切で信用できる人。    

 

 

 背中に、ぐっと力を込める。  

 もぞもぞとした感覚が、体を巡る。  

 

 

 ―――誰にも、見せられないものだと思っていた。掟でも、これを見せてはいけないと決まっていた。これは醜いものだと決めつけていた。…………でも、このちゃんにはもう隠し事をしていたくなかった。もう関係のない掟なんて、大した縛りでないと、やっと気付けた。  

 

 

 ふぁさり、と音が鳴る。桜の花弁に混じって、白い羽根が舞う。

 

 

 ―――それに、このちゃんならきっと。この翼を見ても。そして、このちゃんがそう言ってくれるなら、私は。…………これともやっと向き合っていける気がする。

 

 

「……見ての、通り」

 

 

 翼を広げ、ばさっと一度はためかせて、強調した。

 

 

「翼、生えてるんです」  

 

 

 あれだけ、大嫌いな自分の翼。誰にも、見せたくなかったもの。でも、何故だか今は、笑って言えた。大好きな友達の前なら、この翼もきっと。

 

 

「うわぁ……」    

 

 

 このちゃんは、眼をキラキラさせて、私を見て呟いた。  

 

 

「せっちゃん、…………凄い、綺麗や」    

 

 

 ―――やっぱり、このちゃんは凄いや。    

 

 

 私は、満面の笑みでそれを自慢するようにくるりと周りつつ、また涙を流していた。

 

 

 

 


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