セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第48話

「明日菜! せっちゃん! どうや! これ! 」

 

「……綺麗です。 とっても、似合ってますよ」

 

「ほんとに! このか、お姫様みたい!」

 

「えへへー。あ、せっちゃんはこっち着てや! 絶対似合う!」

 

「分かる! ナイスチョイスよこのか!」

 

「えっ。そ、その、私は別に。しかもそれ、また男物じゃ…… 」

 

「大丈夫大丈夫! 刹那さん美形だもん!」

 

「あ、明日菜さん、そういう問題では……っ!」

 

「いいからいいから! ほら! はよう!」

 

「ちょ! こ、このちゃん」

 

 木乃香は桜咲の背中をぐいぐいと押して、試着部屋と連れ込む。抵抗する桜咲を無視して、この子にこれを着させて下さい、と明日菜が店員の女性に手早く伝えた。少し皺のある生き生きとした女性は、任しとけ、と頼もしい笑みを浮かべてそれを了承していた。

 

「……木乃香さんと桜咲さん、仲直りできたようですね」

 

「そのようだな。…………本当に、良かった」

 

 まるで、この前まで悩んでいたことが嘘の様だ。

 今日の朝から二人はずっと笑みを絶やさず仲良さそうに話している。長年連れ添った夫婦のようなその姿から、確かな絆を感じるのは容易であった。

 

 楽しそうに話す二人を見てテンションが上がった明日菜は、生き生きとその輪に飛び込んでいった。空気の読めない行動に見えなくもなかったが、彼女達はそれを嫌がる様子もなく受け入れ、気付けば明日菜と桜咲も名前を呼び会うような仲となっている。

 

 木の棚に様々な衣服の置かれた店内で、私は安心した気持ちで彼女達を見守る。

 すると、背中をトントンとつつかれた感触がした。振り返ると、エヴァンジェリンが得意げな笑みを浮かべながら手に持った着物を私に見せつけてくる。

 

「七海! せっかくの京都だぞ! お前も着替えろ! ほら、これなんてどうだ!」

 

「いや、私は…………」

 

「まて、明智にはそっちじゃなくてこっちの方がよくないか?」

 

 私の言葉を遮るようにして長谷川さんが横から口を出す。彼女も別の着物を指差して、ほらどうだ、と私にも確認するように促してきた。

 

「だから私は……」

 

「貴様……私の意見に楯突く……、いや、それも悪くないな。だが、ワンポイント何か足りん」

 

「……確かに。なら、これはどうだ?」

 

「…………ほう。なかなかいい目をしてるな、長谷川 千雨」

 

「そりゃどうも。マクダウェルもやるな」

 

「…………」

 

 私を呼んでおいて、エヴァンジェリンと長谷川さんは二人であーでもないこーでもないと真剣な語り合いを始めた。着物を着るつもりはないのだが、という私の意見は全く届いていないようだ。

 

 目線を横にすると、忍者の衣装に目をキラキラとさせるネギ先生や、派手な色と装飾がされた着物をじっくりと見つめているあやかがいて、それぞれが勝手に楽しんでいるのがよく分かる。

 

 私は、そんな彼女達を見るのがまた楽しくて、一人微笑んだ。

 

 

 ○

 

 

 修学旅行四日目。早朝に木乃香の実家を出た私達は、ひとまずは宿に向かった。

 これ以上木乃香の父に迷惑をかけるつもりなかったし、あまり遅くなるとクラスの皆や先生方にも心配させてしまうだろう。そう私は考えていたが、他の子達は違う理由で早々に宿に帰りたがっていた。

 もっとゆっくりしたがると思っていたのでその様子を珍しく感じ、どうしたのだ、と私が問うと、皆が声を揃えて言った。

 

「宿に行かないと今日着る服がない」と。

 

 木乃香の家泊まることは突然決まったため、借りた浴衣を返してしまうと私達は前日の衣服を着るしかない。彼女達には、それが耐えられないほどの苦痛らしい。

 そこまで嫌か? と私が訊いたら、あるものは目を大きく開いて信じられないと呟き、あるものはため息を吐いて、お前って奴は、と呆れた顔をした。

 何故か多数対一で非難されているような雰囲気を感じた私は、茶々丸とネギ先生に助けを求めるように近付き、ひっそりとその後ろに隠れた。

 

 ……言わしてもらうが、私だって何日も同じ服を着るのが良しと言っている訳ではない。断じて。……ただ、研究職をしてる身としたらそんなことがざらだから、ちょっとそう言ってしまっただけである。本当に。

 

 という訳で、私達は木乃香の実家を後にして宿に帰った。そこで、想像通り新田先生にうんと叱られた(エヴァンジェリンは気付けば逃げ出していた)。特に朝倉は前日の騒ぎの主犯でもあるため、未だに叱られている。自業自得とはいえ少し同情したが、私達にはどうにも出来ない。とりあえず皆で、南無、とお祈りだけしておいた。

 

 その後、他の生徒達は私達が叱られている間に既に観光に行ってしまっていたので、私達だけは少し遅れて出かけることとなった。

 

 既に親書は手に持っていないためこれ以上敵と遭遇する理由はあまり分からないが、私と木乃香は一度狙われた身である。だからといって二人で宿に籠っていても危険度はそこまで変わらないだろうし、木乃香の実家へ行った他のメンバーが狙われる可能性を考えれば、あやか達だけで観光に行かせる訳にも行かない。ネギ先生や桜咲が密かに話し合いをした結果、これからの行動もしばらく皆で一緒にする事となり、全員で観光へと行くこととした。

 

 向かう場所は特に決まっていなかったが、とりあえず京都をぶらぶらしようと進んでいると、道中に着物をレンタルできる店を見つけた。木乃香達は先日シネマ村で着物を着たらしいが、敵の攻撃から逃げるように実家へ向かったため堪能出来た訳ではなく、明日菜達もそんな彼女達を追いかけていたので同様であるらしい。よって、皆がほぼ迷いなく店に入り、一度着替えることとなった。

 

 

 

「ほら! やっぱりせっちゃん似合うわぁ、かっこいい!」

 

「ほ、ほんとですか?」

 

「ほんとほんと。ねね! 私はどう!?」

 

「熊のワッペン付きの着物って、完全に子供用ですわね。あなたはおやじ趣味かどっちかはっきりしてほしいですわ。未だに熊のパンツなんて履いちゃって」

 

「パ、パンツは関係ないでしょ! あんたはなにそれ。またそんなガチガチの着物にカツラまでしちゃって。ぜんっぜん似合ってないから! ね、刹那さん!」

 

「お猿さんにはこの良さが分からないのですね。桜咲さん、素晴らしいですよね、これ」

 

「……へ。あの、その……。……えー、どちらもとっても独創的だと思いますっ!」

 

「…………」

 

 

「へへ、どうですか! ジャパニーズ忍者ですよ!」

 

「ネギ先生。忍者とは、隠密行動が基本のためもっと地味な色彩が正しい筈です。それでは目立ち過ぎます」

 

「で、でも。この前見たアニメでは忍者が凄く堂々してましたよ!」

 

「ネギ先生。それは創作です」

 

「夢壊すようなこと言ってやるなよ……。外人が思う忍者なんてそんなもんだろ」

 

 

「…………エヴァンジェリン、少し派手ではないか?」

 

「いや、ちょうどだな。私が見立てただけある」

 

 横並びになり、それぞれがいつもと違う衣装を着ながらわちゃわちゃと会話をして、私達は京の町を歩く。

 結局、エヴァンジェリンと長谷川さんの推しに負けて私は着物を着ていた。そうでもしないと、店から出られない空気だったのだ。女物を身に付けるのは未だに妙に抵抗があるのだが、桜咲が男物の袴を着ているのを見てしまったら何とも断りにくい。

 着ているものは、鮮やかな青色に白い流線が踊るような模様が入った、海をイメージさせるような着物だ。重く、歩幅も普段と違うため歩きづらい。それをものともせず歩く彼女達は、やはり強いなと感心する。どこに行っても、女性の底力は計り知れない。

 

「それで、どこ行こっか?」

 

 明日菜が皆よりちょっと前に出て、振り返りつつ首を傾げる。軽々しい動きと共に、淡い桃色で胸に熊のワッペンがついた可愛らしい着物の袖が揺れる。

 

「哲学の道に行くぞ。そこからの銀閣寺だ」

 

 そうであるのが当然だろう、という口調でエヴァンジェリンがはっきりと告げる。黒を基調としたものに、銀色の花柄が斜めに舞っている彼女の着物は、幼く見えるエヴァンジェリンを、大人びた様子に魅せている。小さな彼女には似合わなそうな衣装も、不思議と彼女が着ると不自然には見えない。

 

「えー。もっとこう、パアッてするの行きたくない?」

 

「神楽坂、ここは京都だぞ」

 

「それにこの格好ですしね」

 

「う~ん。うちもそういう場所はあんま知らんなぁ」

 

 パアッ、と抽象的に表したものが何を差しているのかは分からないが、明日菜はおそらくテーマパーク的なものを望んでいるのだろう。

 私達の反対を訊いて、明日菜はぶう、と不貞腐れた。

 

 

「…………あの、実は行きたい所があるんです」

 

 おずおずと提案したネギ先生をエヴァンジェリンは、次はなんだ、と睨み付ける。私のコースに文句があるのか、と蛇のように鋭い目をしている彼女から、観光に懸ける本気度合いがよく分かる。

 そこまで怖い顔をしなくても、と私はそっと呟くが、これは何よりも大事なことだ、と一蹴されてしまい、苦笑する他ない。

 

 水色に丸とシャープの模様がついた、何処かで見たような忍者の着物を着たネギ先生は、そんなエヴァンジェリンの恐ろしい眼にも負けず、私達に言う。

 

 

「……お父さんが、昔住んでいた家に行きたいんです」

 

 

 上目遣いで慎重に、彼はそう呟く。それを訊いたエヴァンジェリンは、眼に入れた力を分かりやすく弱めた。

 

「皆の修学旅行中に、勝手なことを言ってるのは分かっているつもりです。……ですが、少しでいいので寄って貰えないでしょうか?」

 

 子供がするような、駄々をこねた頼み方ではない。本当に私達に悪いと思っていて、それでもどうか、と懇願するような頼み方だ。

 真剣に頭を下げた彼を見て、私達は顔を見合わせた。

 

「…………失礼ですが、ネギ先生のお父さんは今何を?」

 

 あやかは、ネギ先生の視線に合わせるように膝を折り、優しく尋ねる。

 

 ネギ先生は、寂しげな笑みを私達に向けた。

 

「…………行方が、分からなくて」

 

 強がったようなその笑みも、子供がするようなものでは、決してない。私達に心配はかけまいと笑って言おうとしているのがあまりにまざまざと伝わってきて、彼の心の強さを寂しく感じてしまう。

 

 ……もっと、子供らしく生きていいのに。と思わずにはいられなかった。

 

 

「ネ、ネギ先生っっ! 行きましょう! どこであろうと!」

 

 

 あやかは、彼の手を無理矢理両手で握り込んで、半泣きになりながら、何度も頷く。彼の父親について詳しく知っている訳ではない。それでも、何か事情があるのは皆察したのだろう。周りを見ると、誰もが同じように頷いていていた。

 

 

「……エヴァンジェリン、良いだろう? 少しくらい」

 

 ……せめて、たまに言う我が儘くらいは、叶えてあげたい。おそらく皆も、そう思った筈だ。

 

「……ふん」

 

 エヴァンジェリンは、ネギ先生から顔を背けて、鼻を鳴らした。

 

「そういうことは、早く言え。ほれ、行くぞ」

 

「…………! じゃあ…………!」

 

「……私も気にならない訳ではないからな」

 

 小声でそう言って、少し気恥ずかしそうにしながら彼女はさっさと足を進める。嬉しそうな顔をしたネギ先生は、大きな声でお礼を言ってから皆の前に出て、地図を広げつつ私達に道案内を始めた。

 

 ○

 

 木乃香の父からもらった地図を広げながら、ネギ先生は私達を先導する。家の鍵も同時に借りたらしい。所有者の息子であるからには、家に入る権利は間違いなく彼にある。それに、彼の礼儀正しい態度を見て、木乃香の父も任せて大丈夫と思ったのだろう。

 

 道中、人気の少ない街並みを歩きながらも、会話をするものは多くなかった。ネギ先生は歩くにつれて緊張した顔付きになっているし、他のものはそんな彼に父親のことを詳しく訊いていいのか、と探り探りになっている。特に明日菜とあやかは心配しているのかそわそわとした態度をとっていて、長谷川さんに、落ち着けよ、と声を掛けられていた。

 

 

 人数分の足音を地面に刻みながら、私達は歩みを止めない。右手には大きな敷地を持つ家があり、道との境には立派な石垣が立てられているが、それ以外に民家も見当たらない。どんどんと田舎道を進んでいるような感覚がした。

 

 横に目を移すと、エヴァンジェリンが思案に耽るように静かに歩いているのがちらりと見える。そういえば、彼女の呪いはネギ先生の父親にかけられていたという話を思い出す。

 

 エヴァンジェリンと彼の父親は、結局どういう関係だったのだろうか。彼女の密かに頓着するあの様子から、軽い仲ではないように思える。

 

 

「……おそらくあそこです」

 

 ネギ先生が地図と前にある建物を見比べながら告げる。目の前には、手入れされていない繁った木々に囲まれている京都にそぐわない現代的な建物があった。

 

 






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