セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第5話

 

「うわあー!ななねぇかっくいーーー! いいなぁーー! 」

 

 赤色のランドセルを背負い、小学校の制服を着た私を前にして、ういはぴょんぴょんと跳び跳ねながらはしゃいでいる。

 

「……格好いいのか? 私にはよく分からないが」

 

「かっくいいよ! だって赤色だよ! レッドだよ! 」

 

 妹の言うことは何一つとして理解出来なかったが、とりあえず羨ましがっていることはよく分かった。シャキン、と口で呟きながらポーズをとる彼女が微笑ましかった。

 

「あと二年経てばういも一緒に行けるようになるわよ。ななみ、忘れ物は大丈夫? 」

 

 母が後ろからういの肩に手を置きながら私に尋ねる。私は大丈夫と返事をしながら玄関に向かい靴を履いた。

 

「ななねぇ! いってらっしゃい! 」 

「ななみ。気をつけていってらっしゃい」  

 

「……行ってきます」

 

 

 二人に挨拶をし、騒ぐ妹の頭を一撫でした後、私は玄関の扉を開け目的地に向かった。

 

 これから六年通うことになる小学校へと。  

 

 

 先日無事に幼稚園を卒園し、今日から小学校に通うこととなった。学校への登校路を 歩みながら私はこの六年間をどう過ごすか考えていた。

 幼稚園と小学校では異なる点が多くある。勉強やテストは誰かと競うように行われ、クラス間での行事が多くなる。後者はそこまで問題はないが、前者についてはどのように対応するか未だに思い悩んでいた。

 前世で大学の教授をしていた記憶のある私が、小学校の問題を分からない筈がない。 テストではなんの勉強をせずとも当然のように100点をとることが可能なのだが、そんな風に点数をとり続けていいのか疑問だった。何度も100点をとっていたら目立つのは勿論のこと、他の子供たちが勉強してから挑んでいるテストに対して、私の方が上位という点をつけられるのは申し訳ない気持ちがある。だからと言ってわざと間違えるのは、真剣に臨んでいるものに失礼な気もした。

 

 通いなれた幼稚園を横目に通りすぎながら、私は歩を進める。周りには同じ制服を着てランドセルを背負う子供の姿や、中等部や高等部の生徒らしき人影もちらほらと見え

 始め、それぞれが散在しながら同じ方向に向かう。

 私が通うこととなっている小学校は、「麻帆良学園本校初等部」であるため、同学校名の中等部や高等部に在席する学校の生徒も、皆揃って近くまで行くこととなる。麻帆良学園の本校は驚愕するほどのマンモス校らしく、パンフレットで見た校舎も信じられないほどの大きさであった。  

 

 周りの生徒たちが雑談する声が耳に響く中で、途中まるで外国の総理大臣が乗るかのような黒色の車が私の横を走る。周りの目を奪いながら私のしばらく前方でその車は止まり、執事服を着た初老の男性が出てきたと思うと、男性は車の後部座席を丁寧に開けた。中からは私と同じ制服を着た、見覚えのある少女が優雅に降りてきた。

 彼女は私を見つけると上品な笑みを浮べて、小走りで向かってくる。

 

「ななみ! ご機嫌麗しゅうございますわ! 」

 

「おはようあやか。派手な登場だな」  

 

 あやかは後ろを向いて車に指示を出すと、先ほどの男性が車に戻りゆっくりと去って いった。

 

「じぃや達が心配して仕方ないのですわ。私はもう一人で大丈夫だと言ってるのに」

 

「それほど大切に思われてるんだろう。良いことじゃないか」  

 

 私がそう告げると、可愛らしくあやかが微笑む。

 

「ふふ。ななみはそういう風に言ってくれるから好きですわ。こういうことを妬む人は沢山いるのに」

 

 子供というのは、自分と違うものに対して残酷だ。自分より優位なものや優れているものに素直に感心できるものもいれば、妬みや恨みを正直にぶつけてくるものもいる。 成長すればそれらの気持ちをコントロール出来るようになるのだが、幼い内はその術を知らないのだ。そんな子供達が悪いと言っている訳ではないし、そのような感情は年頃として当然なのだが、それでも負の思いを直接当てられやすいあやかは想像よりも辛い思いをしてきたのかもしれない。

 

「そうだな。私もそう言ってくれるあやかが好きだよ」

 

 精神年齢でいうともはや親と子ほど離れているため言わずもがな恋愛的な意味など決してないのだが、面と向かって言われたことに照れてしまったのかあやかは真っ赤にし、顔を背けながら小さな声でありがとうございますぅと返事をした。

 

 

 しばらくあやかと談笑しながら歩いていると、辺りのざわつきも激しくなる。気が付けば周りは制服を着た生徒だらけであった。  

 そのまま歩くと初等部の校門が見つかり、校門横に立つ先生が大きな声で挨拶をする。私達もそれに返すように挨拶をし、校内への一歩を踏み出した。

 

「……同じクラスになれたらいいですわね」

 

「……ああ。そうだな」  

 

 お互いに他に友達がいないという訳ではないが、やはり私はあやかが一番話が合うと思っているし、あやかもそう思ってくれているようだ。別のクラスになることを不安に思ったのか、あやかは私の服の袖をぎゅっと握った。

 私はあやかを引っ張りながらも、玄関の前に出ているクラス分けの書いてある看板の前に向かう。学年別に看板が建てられており、一年生の看板の前には先生らしき女性が 立っていた。  

 その女性は私達の存在に気付くと、少し屈んで目線を合わせてから優しく声をかけてくれた。

 

「自分たちの名前、わかる? 」

 

 此方を緊張させないようにか、少し笑いながら問う女性に私たちは自分の名前を答えた。

 

「ななみちゃんにあやかちゃんね。んーと、二人とも1―Aね」

 

 女性がそう告げると同時に、あやかの顔はぱぁと明るくなった。お礼を述べてから私たちは教室に向かい歩き出す。同じ教室に一緒に行きながら、先ほどよりも更にテンションを上げながら話すあやかに、私も少し嬉しく思った。

 

 

 ◯

 

 

 その後に体育館で行われた入学式には私の母も来てくれて、素直に喜びを感じた。校長先生が長い話を幾つかした後、私たちは再び教室に戻り、席につく。教壇には先ほどクラス分けの看板の前で案内をしてくれた女性が立っていた。女性は自分がこのクラスの先生であることを告げたあと自己紹介をし、私たち生徒にも自己紹介をするように指示をする。出席番号順に生徒全員が自己紹介を終えた後に、先生が生徒全員に向かって聞いた。

 

「実はですね。さっそくなのですが、クラス委員というものを決めなければなりません。 初めてだし分からないことが沢山あると思うけど、先生もサポートするのでだれかやってくれないかなぁー」

 

 生徒たちに少し困惑の色が見える中で、一人の手が素早くぴしっと挙がった。

 

 先生はにっこりと笑いながらその生徒の名前を呼んだ。

 

「では、雪広あやかちゃん! お願いしていいかしら? 」

 

「はい! 私に任せて下さい! 」

 

  あやかは立ち上がって元気よく返事をする。あやかが今後もずっと委員長をやり続けて、あだ名が「委員長」となることは、この時はまだ誰も知らなかった。

 

 

 

 ◯  

 

 初等部に入学して、初めの一学期が終わり、二学期目に入ろうとしていた。  

 一学期目の初めは、まだ幼稚園との違いに慣れていないのか、騒ぐ生徒が沢山いたが、 あやかと先生の頑張りにより教室はまとまってきていた。

 そして、勉強の件なのだが、結局テストは普通に受けることにした。初めのテストでわざと間違うように幾つかの問題に異なる答えを書いたのだが、あやかにまんまと見破られてしまった。

 

「ななみ。私はあなたがこのような問題で間違える筈がないことを知っていますわ。何故このような事をしたかは分かりませんが、あなたは私の憧れでいいライバルだとも 思っていますわ。……だから、私のためにも手を抜かずテストを受けてほしいのですわ」

 

 真剣な表情であやかにそう告げられた私は、単純に、あやかのためにテストを受けようと誓った。あやかの憧れとして、失望されないように、越える壁としてあり続けようと思った。    

 その後は、勉強だけでなく運動面でもあやかと度々競い合うようになった。私は前世の知識から体の動かし方をよく分かっているので、効率よく体を使いかなりの好成績を出す。

 だが他にも、体をうまく使えている訳ではないのだが、小学生にしては信じられないほどのポテンシャルをもち素早く動くものもいた。

 あやかも同じように潜在能力の高さを垣間見せながら、私とほぼ同程度の運動能力を見せた。  

 運動ではいつか追い抜かれるだろうなと思うと、子供の成長を願う親のような気持ちになった。  

 

 

 夏休み明けの久々の学校が始まり、先生が皆に席につくように言う。生徒皆が席についたのを確認すると、先生は少し挨拶をした後、皆にもうひとつお知らせがあります、と告げた。

 

「入っていーわよー」  

 

 先生が廊下に向かって声をかけると、教室の戸ががらりと開いた。

 そこから入ってきたのは、一人の少女であった。

 少女は少し目立つ容姿をしていた。髪はピンクに近い色をし、ベルのついたリボンでツインテールに結んでいた。目は左右で異なる色をした瞳をし、片方は翡翠色、もう片方は青色と珍しい彩りをしていた。

 

 だが、何よりも気になったのはその表情であった。

 およそ小学生には似つかわしくないような無表情をし、何にも興味がないという素振りをしている。

 

 ……まるで、この世界そのものに興味をなくしているかのようだと思ってしまった。

 

 

 先生がチョークを手にし黒板に彼女の名前を書いていく。「かぐらざか あすなちゃん」と平仮名で大きく書いた後、先生はこちらを振り返った。

 

「海外から転校してきた神楽坂 明日菜ちゃんです。みんな仲良くしてあげてね」

 

「「はーい ! 」」  

 

 ……海外から来たのに日本の名前で、しかもオッドアイとは……

 

 突っ込み所は沢山あったが、少女の表情をみると、それすら無闇に聞けないように見えた。

 俗に言う「朝の会」と言うものが終わり、チャイムが鳴る。

 先生が授業の準備をする ために一度教室から出ると、何人かが明日菜の周りを群がるように囲んだ。  

 

「あすなちゃんすごい目だねーー」 「外国のどっからきたのーー」 「英語しゃべれるーー? 」

 

「……………………」

 

 

 

 数人の少女が質問をしても、明日菜はチラリと目をやるだけで何も答えなかった。少女達が困った顔をすると、その間からあやかが体を入れ、明日菜の前にたった。

 

「―――ちょっとあなた。その態度と目つき。転校生のくせにちょっと生意気じゃないですこと? 」

 

   あやかにしては、強い物言いであった。他の子供と喧嘩をするときに口が悪くなることはあるが、こんな風に突っかかりに行くのを私は初めてみた。

 

 

「…………」

 

 少女はその攻撃的な言い方に感じるものがあったのか、初めて他人の言葉にしっかりと耳を傾けたように見えた。そして、少女はぼそりと何か呟く。

 

 

「―――ん? なんですの? 」

 

 あやかにもそれは聞き取れなかったようで、あやかは右耳を少女に寄せていった。

 

「…………」

 

「え ? ……何 ? 」

 

 やはり何かは言っているようだがあやかには聞こえていない。あやかが聞き返すようにさらに耳を近づけてもう一度耳を澄ますと―――

 

「ガキ……」

 

「っな! 」  

 

 最後に明日菜はあやかの耳元で静かに、しかししっかりと伝わるように言い捨てた。

 

 あやかからブチっと何かがキレる様な音がして明日菜に掴みかかる。

 

「何よぉ ! あんたの方がガキでしょー! このちび! ばか! おさる!」

 

「………… ! 」

 

 再び正面からはっきりと文句を言われて、この時に初めて明日菜の表情が変わった。明日菜もあやかに掴みかかり今度はもっと大きな声で答える。

 

「そういうのがガキだって言ってるんでしょ ! …………このバカ !! 」

 

 取っ組み合いながら明日菜の見せる表情は、先ほどよりもずっと子供っぽく、初めて年相応の顔を見せた気がした。周りは止めるどころか喧嘩を面白がり、ついにはトトカルチョまで始めてしまった。  

 

 ……この年でトトカルチョって、どんな小学生なんだ……

 良くないところで大人びている生徒の将来に大きな不安を抱えながらも、私は立ち上がって二人の喧嘩の間に入った。

 

「…………はい。そこまでだ二人とも。もうすぐ先生も戻ってくる。席につこう」

 

 

 服を掴み合う二人を無理やり引きはなして、席に戻らせる。どちらもぶつぶつと不満を述べながらもなんとか大人しく席についた。

 

「……どうしたあやか。君にしては随分好戦的だったが」

 

「ななみ……。恥ずかしい所をお見せしましたわ……。ですが! 何故だかあの転校生の態度にむしょーにムカつきまして ! 」  

 

 未だに怒りを抑えられないように自分の机の上にある拳を震わせる彼女に私は少し笑ってしまった。

 

「なんですの! あの世界はどーでもいいみたいな表情 ! 気に入りませんわ!! 」

 

 

 

 あやかなりに、何か思うところがあって。  

 お陰で彼女のあんな表情が見れたとしたら。さっきの行動は決して誉められたものではないけれども、私はあやかが彼女に子供らしさを与えたのだろうと大袈裟に思いながらも、心の中であやかを称賛し、これからの学校生活も面白くなりそうだなと期待した。

 


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