セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第51話

 目の奥まで射し込んでくるような光を感じて、私は片手で顔の半分を隠すよう覆う。それから、ゆっくりと力を込めて瞳を開いた。

 

 …………この光景にも慣れたものだ。

 

 目の前で堂々と聳える世界樹を臆すことなく眺めながら、私は思った。大きな傘のように伸ばした世界樹の葉と枝の合間から白い光線が射し込んで、僅かに浮かぶ塵がゆらゆらと光らせる。それがまた、幻想的に感じた。

 ぐっと掌を握り込み、小指から順に開いていく。今回(・・)も、しっかりと身体は動くことが確認できた。

 

 ちらほらと落ちる深緑色の葉を避けながら、私は足を前にと出した。ぼこぼこと隆起させながら伸びる蛸の足のような根を避けて、世界樹へと近付く。地に足がつく度に、しゃりしゃりと心地好い音が耳に響いた。落ちた葉を踏んだ足にはまるで毛布を踏み込んだような感覚がして歩きやすい。体がいつもより軽く、ほわほわとした夢幻的な空気が周りを覆っているように思うのは、ここが現実ではないからなのだろうか。

 

 世界樹の根元付近まで来たところで、視線を上げ、幹を見た。静かに雄々しいその木からは、巨大で薄黒い血管が脈を打っているかのような躍動感を感じる。

 更に顔を上げ幹の中央辺りまで見ると、やはりと言うべきか、いつものように黒いローブを着込んだ人がいた。自然だけが溢れるこの世界にいる彼は、異質な空気を放つことも加わって、より浮いた存在に見える。私も人のことは言えないのだが。裾も丈もあまりに長いローブは、日常生活では不便そうである。しかし、長く切れ切れとしていてボロボロではあるが、骨董品のようなどこか神秘的な雰囲気を漂わせた。

 

 木の幹に深々と縫い付けられるようにしている彼は、今日もまったく動けそうではない。

 

「……やぁ」

 

 私はゆっくりと右手をあげた。

 フードがぴくりと動く。顔をあげ視線を此方にむけているようだが、深くかぶり過ぎているフードと上から射す強い光のせいで、彼の顔はよく見えない。

 

「…………また貴様か」

 

 抑揚もなく、彼は呟く。夜の湖にそっとできた波紋のように静かで、暗い、内心の読めない声だ。

 

「調子はどうだい? 」

 

「…………」

 

 彼は、私の問い掛けに答えない。動けない彼に調子を聞くのは、配慮が足りなかったかもしれないと、私は少し反省した。

 

 私は、世界樹に背中から寄り掛かり、身体を託した。世界樹を中心とするこの世界には、世界樹以外には何もない。そのまま、コツりと後頭部をも世界樹に任せ、上目で彼を見た。

 

「今日は、そっち(・・)なんだな」

 

「…………」

 

 ぴくりともせず、相変わらず無言だ。もしかしたら、さっきの問いかけに気を悪くしたのかもしれない。やはり怒っているのだろうか。顔が見えないため、それすらも判断がつかない。

 

 もう一度、私は彼に声を掛ける。

 当然のように、また無言である。

 

 だめか、と私は肩を竦めて自虐ぎみに笑い、ゆっくりと世界樹の幹の側で腰を下ろした。古臭さを感じる木の香りが鼻を掠める。寄り添うと、世界樹は私になんとも言い難い安心感を私に与えてくれた。

 ここでゆっくりできる時間は、悪くない。

 

 そんな風にしばらく景色を眺めいると、上からため息が聞こえる。呆れる、というよりも、本気で鬱陶しいと思っていることがよく伝わる息の吐き方であった。

 

「…………何のようなんだ」

 

 また静かな声で、彼は私に訊く。

 

「君とも、話がしたいと思ってな」

 

 彼がどうしてここにいるのか、彼が何者なのか。それらの問いに対しては、どちらの彼も答えをくれなかった。

 しかし、せっかく結ばれた縁だ。

 話をしたいと思うのは、悪いことではないだろう。

 

「馬鹿め」

 

 彼は切り捨てるように呟く。そしてまた、黙った。

 

 彼と話せるようになるには時間が掛かるかもしれない。

 

 世界樹から落ちて舞う葉を見ながら、私は一人苦笑した。

 

 

 ○

 

 

 修学旅行が終わり、麻帆良へと戻ってきて少ししか経っていないが、私にとって大きく変わったことがある。

 

 それは、世界樹の薬の影響だ。飲むと世界樹が聳える世界へと意識が飛び、5分ほどそこにいるようになった。時間については、誤差範囲だが服用する度に妙に延びている気もする。体が薬と適応してきているということだろうか。意識があっちにいる時は、現実世界の私の体は眠っているようで、服用するタイミングは気を付けなければならない。部屋で飲んで意識があちらに飛んでいる時にちょうどあやかが訪ねて来た時には、えらく心配された。

 しかしまぁ、現実世界での体調も悪くなく、よく分からない副作用はあるものの、薬としての効果はしっかりと発揮されているようである。

 

 

 世界樹の世界には不思議が多いが、その中でも一番興味深いのは彼の存在だ。

 その彼と初めてコンタクトを取ったのは、ちょうど体が動かせるようになった時である。

 

 一番最初にいつもと違う感覚がしたのは、修学旅行が終わり麻帆良に戻ってすぐ薬を飲んだ時だ。恒例のノイズの後、目を開けると、体に不思議な感覚がした。自分の意思に従って、視界が動く。頬に手をやると、手がちゃんとあるし、頬にも感覚がある。

 今までは俯瞰するしか出来なかったこの世界で、動けるようになっていたのだ。

 

 京都では見ることしか出来なかった世界に入り込めるようになったのは、麻帆良では恐らく媒体となっている世界樹との距離が近いからだろうと考えたが、正解かどうかは分からない。もしかしたら、単に薬が体に馴染んだからなのかもしれない。

 

 ただ、これだけは言える。

 世界樹と私だけの世界は、世界樹の薬によってリンクされたようだ。

 

 何故そのようになったかという理屈はどうあれ、私はその時も今のように世界樹に近付いた。そして、何一つ動かない黒ローブの彼を見つめた。陰鬱で重苦しい雰囲気を放つ彼の顔はやはり見えなかったが、とりあえずと、駄目元で声を掛けてみると、動きが見えた。それから、私と彼の縁は結ばれたのだ。

 

 その後は薬を飲んでこの世界にダイブする度に、彼に話しかけている。

 

 彼には、珍しい特徴があった。あの服装もそうなのだが、あの時、そっち(・・)、と尋ねたのには理由がある。

 彼は、二重人格というのだろうか、二通りの性格があるようだった。あそこに行くときによって、一昔前のヤンキー調を感じるしゃべり方でどこか人懐っこさがある時と、物静かで冷たく人をはね除けるような雰囲気を出す時がある。

 対照的なその人格は、お互いをあまりよく思っていないようだった。まだほとんど話したことのない私でも、二人の性格はまさに水と油のようだと感じていた。

 

 

 

 

「どういうことだそれは」

 

 一通り世界樹の世界について話すと、エヴァンジェリンは鼻水をずずずと啜りながら怪訝な顔をした。ログハウスの中に、彼女が鼻をかむ音が響く。

 

「……花粉症か? 」

 

「そうだ。鬱陶しくてたまらん」

 

 ずるずるという音がまた響いた。私は花粉症にかかったことがないのでその辛さはよく分からないが、大変そうだとは思った。……しかし、吸血鬼も花粉症にかかるのか。

 

「それで? その世界樹の世界ってのには他に何かないのか」

 

「世界樹の幹に二重人格の男がいることぐらいだ」

 

「訳がわからんぞ」

 

 エヴァンジェリンは眉間に寄せた皺を深めた。

 

「そいつは何者なんだ」

 

「分からない。動きづらそうなローブを着ていた」

 

「微妙な情報ばかりじゃないか」

 

 彼女はさらに呆れた顔をした。

 

「アルには言ったのか? 」

 

「ああ、お土産を渡しに行ったときにな」

 

 

 

 京都で買った八つ橋を片手に、私はアルビレオさんのいる場所に一人で行った。どうせならお茶でも、と机に案内されたので、その機会にこのことを伝えた。

 彼は、私の話を考え込むように瞳を閉じながら訊いていた。

 

「…………その、彼は……。いえ、まだ何とも判断が出来ませんね。状況が変わるようなら、またお話下さい」

 

 彼は意味ありげな表情をしつつ、紅茶を口にしていた。もしかしたら何か思い当たることがあるのかもしれない。追求するように尋ねても、はぐらかすばかりで答えをくれなかったが。

 

 

 

「…………そうか。私より先に奴に言ったのか」

 

 エヴァンジェリンは腕を組んで、口をへの字に曲げた。

 

「……エヴァンジェリン? 」

 

「怒ってないぞ」

 

 そう言いつつも、彼女は不機嫌そうな顔だ。

 

「私は怒ってない」

 

「…………えーと」

 

「明智さん、マスターは妬いてるんです。自分が一番じゃなかったので」

 

 コトリと、私の側に湯呑みを置きながら、茶々丸は私にそっと耳打ちした。ああ、そう言うことか、と私は納得しながら彼女を見る。

 

「怒ってない」

 

 エヴァンジェリンはむすっとした顔で、鼻を啜りながら同じ言葉を連呼した。

 修学旅行でも、その前からも、私の身体を一番に案じてくれたのは彼女だ。ならば、確かに私は彼女にこそを一番に言うべきだった。

 

「次からはすぐ君に言うよ」

 

「…………ふん。そうかそうか」

 

 彼女の口はまだへの字であったが、声音は少し柔らかくなった。それから、少し雑談を挟み茶々丸からお菓子を貰っていると、いつもの調子に戻った。単純だなぁと、胸の内で思い苦笑したのは秘密だ。

 

「……そうだ、七海」

 

 エヴァンジェリンは大福をかじりながら私に訊く。

 

「白髪のガキには会ったか? 」

 

「白髪のガキ? 」

 

「京都で一度見たと言っていただろう」

 

 ああ、と言葉を吐くと同時に、私は思い出した。ライトトラップで虫を集めていた時にいたあの少年のことだろう。

 京都では、エヴァンジェリンから実は敵だから近付くなと念を押されたが、結局あの後は会わなかった。

 

「彼が、どうかしたのか? 」

 

「…………麻帆良に来ている」

 

 エヴァンジェリンは苛立ちを込めた声で静かに言った。相当彼のことが気に入らないようだと、その声からもよく分かった。

 詳しく事情を訊くと、彼はこの麻帆良に魔法生徒(・・)として正式な手続きを組んでやってきたそうだ。京都では敵を裏切って捕まえたという実績もあり、かなり上からの命令であったため学園長も受け入れを断れなかったのだとか。

 

「なら、彼は味方だったのか? 」

 

「それが分からん。しかし、学園としては妙な後ろ楯もあるため理由もなく無下にも出来んのだろう。私が直接手を出してもいいのだが、麻帆良が今後どんな影響を受けるか分からん以上得策とも思えん。今は、いつ尻尾を出すか注意深くする必要がある」

 

 だから、とエヴァンジェリンは私に呼び指した

 

「奴には気を付けろよ。おそらく七海には手を出さんだろうが、奴は何かを狙っているようだ」

 

「何か? 」

 

 訊けば、彼は初めて会ったときは私を狙っていた様子であったが、その次は私を庇うような言動をしていたという。その情報だけ訊いても、私には思い当たる節がないためなんとも言えなかった。

 

「世界樹の薬、ってのが濃厚だろうが、奴にそこまで漏れたとも思えんのだ。しかし、ひとまずあれを持ち歩くのは控えろ」

 

 確かに、世界樹の薬は珍しい物なのかもしれない。そういえば、魔法使いがこの薬を飲んだら何か変わるのだろうか。

 魔法使い、というワードが頭に浮かぶのと共に、最近耳に挟んだ話が気になっていたことを思い出した。

 

「そういえば、ネギ先生を弟子にとるとか言う話を聞いたんだが」

 

「っは! あの坊やのことか! 」

 

 エヴァンジェリンは、急に苛立ち気味に言葉を吐いた。どうやらこれは、機嫌を損ねるスイッチだったらしい。

 

「こっちに戻ってきてから何度も弟子入りを頼んでくるんだ。熱心なのはいいが、あそこまでくると暑苦しい」

 

「でも毎回ちょっと嬉しそうですよね、マスター」

 

「お前はそればっかだな! 」

 

 明日菜が言うには、彼はエヴァンジェリンの家に訪れる度に、弟子にしてください、と頭を下げているらしい。エヴァンジェリンは毎回面倒だと言う理由で断っていたようだが、明日菜も一緒に頼み込んだ時にようやく話を訊いてもらったのだとか。

 

「魔法使いの事情については詳しく知らないが、あんまり彼を苛めないでやってくれよ」

 

「こればかりは七海の言うことでも訊けんな。甘い世界ではない。一応テストはしてやるが、あまり期待しない方がいいだろう」

 

 エヴァンジェリンはそう言って、鼻を啜ってから湯呑みに唇を当てた。






小ネタ
『京都の夜』
時系列的には、46話と47話の間





目を開けると、部屋は暗かった。時計が近くにないため時間は分からないが、かなり遅い時間ではある気がする。高級そうな布団は、やはり見た目通りのふかふかさで、心地よい。だがこのように目が覚めてしまうと、私はあまり長く布団に居られないタイプであった。
暗闇に慣らした目を擦りながらゆっくりと立ち上がり、床を凝視しながら他の寝ている子達を踏まないように歩く。桜咲と木乃香の姿はまだ見えないため、まだ話をしているのかもしれない。そろりと泥棒がするような足の動きをしながら皆の様子を見ると、あやかは綺麗に布団を被って寝ているが、明日菜は布団をひっくり返すかのような寝相の悪さで、その対照的な姿が少し面白かった。

「……ん、七海。どこにいくんだ」

私が動き出したためか、エヴァンジェリンはそっと目を開けて寝た体勢のまま私に尋ねる。

「起こしてすまない。少し、夜風に当たってくるよ」

「……そうか。決して、屋敷から出るなよ」

そう言って、エヴァンジェリンは寝返りを打った。彼女が夜中に寝ているイメージはあまりなかったが、今日1日昼寝をする暇もなかったため、浅い眠りではあるが体を休めているようだ。私は彼女に忠告に頷いてから、静かに襖を開けて部屋から出た。

廊下から庭を見ると、やはり見事な庭園と桜の木があった。その風景にまた感嘆としつつも、私は廊下を進んでいく。四月も終わりという時期なのに、夜はまだ風が若干冷たい。しかし、その冷えた風も気持ちがよかった。

さらに先にある庭園を見ると、うっすらと白く細い煙が立ち上がっているのが見えた。妙に気になって、私は縁に置いてあった下駄を借りて庭に出て、そこまで近寄る。カツカツと、地面を鳴らしたため、そこにいた人は振り返って私を見た。

「…………やぁ、君でしたか」

優しく私に微笑みかけたのは、煙草をくわえた木乃香の父であった。

「眠れませんか? 」

彼は、煙を吐きながら私にそう訊ねた。

「いえ、少し目が覚めてしまっただけです」

穏やかに彼は笑った。そのおっとりとした様子はやはり木乃香に似ていて、二人が親子であることを再認識した。

ふわふわと煙を上げる彼を見ながら、私は縁側に腰を下ろす。煙草の匂いを嗅いだのは久しぶりであった。私は彼の煙草に不快感を覚えたりはしなかった。

「……あなたは、エヴァンジェリンの―――」

「友人です」

私が食いぎみに答えると、彼は一度目を大きくしてから、また優しく笑う。

「そうですか」

感慨深く感じながらも、嬉しそうな声であった。

「……彼女は、難しい人です。私たちには想像出来ないくらい、長く、長く生きて、色んな事を経験してきている。色んな、なんて簡単に表現するのは、彼女にとって失礼かもしれませんが」

「……私は、エヴァンジェリンを難しいと感じたことはありませんよ」

それどころか、私は、彼女は純粋であると思っていた。自分に素直で、欲望に忠実で、やりたいことをやってのける。そんな強さを彼女に感じている。

「……友人というのは、いいものですね」

私の返事を聞いて、彼は独りでゆっくりと頷いた。
煙がまた、空を舞う。闇夜に泳ぐ真っ白なもやは、雲のようにも見えた。

「心配、ですか? 」

「それはもう。親ですから」

やはり彼は、木乃香と桜咲のことを、気にしているようだった。

「私は木乃香だけでなく、刹那も自分の子供のように思っています。だから、小さい頃に二人が仲慎ましくしてる様子を見て、私は嬉しかった」

思い出を頭に浮かべながら、彼はしみじみとそう言った。

「……刹那に、護衛、等と言う役割を与えたことを、少し後悔しています。二人の間に理由を付けてしまったことで、仲が拗れていたようですから」

私のせいみたいなものです、と続けて、彼はそっと目を伏せる。


「……きっと、大丈夫ですよ」


私が微笑みながらそう言うと、彼はじっと私を見た。


「貴方の二人の子供は、優しくて、清い。今は少し距離が出来ていますが、それでも、二人ならきっとまたすぐ仲良くなれる。私はそう思います。二人は友達なんですから」

弱々しい風が吹く。その風は、私の髪をそよそよと揺らし、煙草の煙をゆっくりと移動させた。

「……タカミチ君が言っていた事がわかりますね」

ふふ、と彼は笑った。やっぱりその笑顔は木乃香によく似ていた。


「確かに、君には何でも話したくなる」


煙と共に、桜の花弁がひらひらと舞った。





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