セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第52話

 心地良い天気の日だ。空を見れば雲はあるが、青々しい部分もしっかりと主張している。麻帆良は、天気の良いときが多い。少々騒がしさはあるが、過ごしやすい街だと思う。

 

 まだ日も落ちてない時間にエヴァンジェリンの家を出た私は、ゆっくりと外を歩いていた。これから、大学の研究室に顔を出すつもりである。

 

 歩き慣れた中等部の敷地を、悠々と進む。部活動に励む生徒の爽やかな声が、麻帆良の空を飛び交っている。こんな風に騒がしい学内を歩けるのもあと一年だと思うと、寂しさが胸をよぎった。少し気が早い気もするが、前世で一度学生生活の尊さを知っているからこそ、思えることなんだろう。高等部でも部活はあるだろうが、中等部には中等部ならではの初々しさがあるのだ。

 

 さらに歩を進めた私の耳に、前方から自らを鼓舞するような声が聴こえてきた。どうやら、テニスウェアを着た集団がランニングをして此方に向かっているらしい。道を譲ろうとひっそりと脇に寄ったら、すれ違い様に彼女達は大きな声で私にお礼を言って颯爽と走り去っていく。近くにいた人がその声に振り返り、往来で注目を浴びたことが少し恥ずかしかった。

 

 周りの目を気にして若干顔を下にしながら道を進んでいた私に、次は腰に何かがぶつかる衝撃を感じた。

 ぼふりと柔らかめにくっついたそれは、いまだに私から離れていない。背中にはくすぐったいような感覚がして、お腹には手が回っている。まるで後ろからタックルを浴びせるように誰かが私に抱きついてるようだ。

 

「だーれだっ! 」

 

 私の腰に顔を押し付けているだろう人物が、もごもごと若干の曇り声で叫ぶ。

 すぐに正体が分かった私は、軽くため息を吐くしかなかった。

 

「……ういか」

 

「さっすがななねぇ! 」

 

 未だに私の腰に抱き付くういの顔を見ると、彼女はツインテールを揺らしながら顔を上げて、にへら、と笑う。

 

「少し驚いたぞ」

 

 後ろからぶつかられたら、誰だって驚く。注意するように視線を向けたが、彼女は物ともしていないようだ。

 

「猿が木に登るのも本能。私がこうしてななねぇにくっつくのもまた本能なのだ」

 

 

 反省した素振りも見せず、うひひ、と笑い声を漏らしている。

 

 

「それよりさ! こんな風に学校で会うの、初めてじゃない? 」

 

「そうだな。どうだ、中学生活は」

 

「楽しいっ」

 

 

 ういは私の腰からやっと手を離し、万歳と手を上げながら大袈裟に喜んだ。相変わらずのオーバーリアクションを前に、気付けば私の頬は緩んでいる。

 

 ういは、今年の4月から中等部に入学してる。入学式では顔を見たが、学年が違うからか校内でこうして話す機会は今までなかった。寮内では何度か連絡を取ったりしていたが、あまりゆっくりとした時間はとれていなかった。彼女もまた、新しく始まった中学生活に夢中だったのだ。

 

「今日はね、部活も休みなんだ! 」

 

「部活、入ったのか」

 

「うん! バスケ部! 」

 

 ふんふんと唸りながら、ういは腰を少し下げて腕を曲げ上下させた。どうやら、ドリブルの様子を見せてくれているようである。まだ新品の制服が、動きについていこうと、必死にはためいている。シュートォ、と声を上げながら膝を伸ばして飛び上がるういは、随分と楽しそうだ。

 

 そうだ。バスケ部と言えば、3-Aでは確か。

 

「もしかして、裕奈と一緒か? 」

 

「裕奈先輩! ななねぇ、裕奈先輩のこと知ってるの!? 」

 

「同じクラスだしな」

 

「同じクラス! 」

 

 ういは、嬉しそうにはしゃいだ。まるで、友達が自分の好きな有名人と知り合いなことに気付いた時にするような反応だ。

 

「裕奈先輩ね! 凄い元気で、運動神経もよくて、格好いいんだよ! それに、胸も大きいし! 」

 

 ほら、私達はないでしょ、と手のジャスチャーで体に起伏がないことをういは示す。

 

「スポーツする上では、ない方が楽なんじゃないか? 」

 

「あーもう。だめ。だめだよ。それとこれとは話が別だし、それを言っちゃう人は皆、負け犬の遠吠えと同じに受け取られちゃうんだよ」

 

 話が別と言っておきながら、部活のことから胸の話をしたのはういだ。そう注意する私を無視して、ういは、遺伝なのかなぁ、と自分と私の胸を見つつ悲しげに呟いた。私は特に何とも思っていないが、失礼ではある。

 

 しかし、そのようなことを気にするようになったということは、ういも大人へと近付いているのだろうか。何となく、寂しいような、少し複雑な気持ちになった。娘の成長を感じる父親の気持ちは、こんな風なのかもしれない。

 

「うい、気にするな。人間の価値はそんなとこで決まらないぞ」

 

 ありきたりな言葉しか浮かばなかったが、ういは私の言葉を聞いて嬉しそうに笑った。

 

「ま、そうだよね! いいもんっ。バスケで一位になってやるっ」

 

 ういは、両手でぐっとガッツポーズをした。すぐに気分を入れ換えて元気そうにする姿は、昔と変わっていないようだ。

 

「あんまりはしゃぎすぎて裕奈に迷惑かけるなよ」

 

「あ! そうやってまた子供扱いして。私ももう大人の中学生なんだよっ! 」

 

 ういは頬を膨らませぷりぷりと怒った。

 

「例えば―――ほら! あそこにいる中等部に迷い込んでしまっただろう少年を、私が助けてみせましょう! 」

 

 大人の定義とは人それぞれであるが、誰かを助けることが彼女にとって大人であるようで。ういは自販機の前にいるランドセルを背負った少年のもとへ走っていった。

 

 おい、と私はそれを呼び止めるが彼女には届かず、ういは既に少年へと話しかけていた。

 

 ういの声に反応し、無表情で振り返った少年は、白髪できちっとしたブレザーを着ていて、どこかで見覚えのあるように思える人物だった。

 

 

 

 

 ○

 

 

 

「少年! ここは女子中等部だよ? 間違ってきちゃったのかな? 」

 

 振り返った少年は観察するようにゆっくりとういを見た。それから、後ろにいる私に気付いてぴくりと瞼を揺らした。

 私も、彼をしっかりと見つめる。背丈に似合わぬ大人びた顔付きである彼は、見間違いではなく、やはり京都出会った少年であった。

 

 

「間違った訳じゃない。ここの学園長と話があったんだ」

 

 そう言いながらも、彼は私から目を離さない。そんな彼の眼を見ていると、エヴァンジェリンの話を思い出してしまい、一瞬たじろいでしまう。

 

「……ん? あれ? 知り合いなの、ななねぇ」

 

 そんな態度を不審に思ったのか、ういは私達の間に立って交互に私と彼を見た。

 

「……ああ」

 

「…………」

 

 

 ……エヴァンジェリンには、彼に気を付けるようにとは言われたが、こんなにもすぐに出会ってしまうとは。

 それも、どちらかといえば此方から接触した形だ。

 彼の狙いも私はまだよく分からないし、何となく対応しにくい。

 しかし、素人目だが、私を見る彼の瞳からは、悪意のようなものは感じられなかった。

 

 

「……へえー。ふむふむ。ななねぇの年下の男友達ねぇ」

 

 ういはそんな空気に何を思ったのか、ニヤニヤと含みある笑みを浮かべつつ、私を見る。そんな彼女の笑みの意図が分からず、私は頭に疑問符を浮かべた。

 

「ねね、君。名前は何て言うの? 」

 

「……フェイト・アーウェルンクス。フェイトでいいよ」

 

「おお、やっぱり外人さん! 日本語上手ぅ! 私はねぇ、明智うい! 何を隠そう、この明智七海の妹なんですよぉ! 」

 

「……そうかい」

 

 若干鬱陶しそうにしながらも、彼はういに対応していた。しばらく二人の会話を見守ったが、やはり悪い子だと断定できるに至らない。

 

 エヴァンジェリンは私を心配してくれてああ言ったが、私自身彼に何かされた覚えがないので、彼をすぐに嫌いになどはなれなかった。それに、人伝の情報だけで誰かを評価するというのは、あまり良くない気もする。

 

 

「……フェイト君、でいいかな。麻帆良には来たばかりだろう? どうだい、この街は」

 

 

 私から、一歩踏み出してみた。何事もまず知ることから始まるのであって、何も知らないうちに嫌々するのは、学者らしくない。それはきっと、人間関係においても同様だと、私は思うのだ。

 

 私の質問を訊いて、彼は考えてから答えた。

 

「……そうだね。少し騒がしすぎると思うよ」

 

「ああ、それはそうか」

 

 あまりに正直な意見に、私は苦笑してしまう。

 

「ええ! フェイフェイ転校してきたばっかなんだ! 」

 

「……フェイフェイ? 」

 

「恐らくだが、君の渾名なんじゃないか? 」

 

「……」

 

 フェイト君は嫌そうな顔でういを睨むが、ういは気付いていないのか相変わらずの態度だった。

 

「ならさ! 私達で麻帆良を案内してあげようよ! 」

 

 それがいいそれがいい、と彼女は一人で頷く。

 研究室へと行くのは急いでる訳ではないし、私としても構わなかったのだが、フェイト君が素直にうんと言うとは思えなかった。

 

 しかし、ちらりと彼を見ると、一瞬顎に手を当ててから。

 

「いいね、行こうか」

 

 予想外にも、肯定するように頷いた。

 

 

「おっ。いいじゃんいいじゃん! 」

 

 ういは嬉しくなったのか私の横にきて、このこの、と肘で私を突いた。

 やはり、彼女は何か勘違いしてるようである。

 

「よっし。んじゃいこっか! ななねぇ、フェイフェイ! 」

 

 その勘違いを訂正する間もなく、彼女は前へと足を進めた。

 先にどんどんと行くういを見ながら、付き合わせて悪いな、と彼に言うと、構わないよ、と彼は無表情で返す。

 

 

「でも、フェイフェイはやめてほしい」

 

「それはあの子に言ってくれ 」

 

 

 

 ○

 

 

 

 私達は中等部の近くにある商店街へと向かった。放課後に寄り道をする制服姿の少女や、母親と手を繋いで買い物をする子供などが賑やかに行き交い、いつも通りの街並みであった。

 

「フェイフェイ、何かみたいものある? 」

 

「特にないね」

 

 フェイト君は投げやりに呟いた。何度言っても呼び方を変えてくれないため、彼も既に諦めたらしい。

 

「むぅー。つまんないなぁ。無趣味な男は嫌われちゃうよ。 ね、ななねぇ! 」

 

「そうは思わないが。それに、私達が案内するんだろ? 」

 

「だって! 男の子がどんな場所が好きかなんて分からないもんっ」

 

 堂々と胸を張りういは言い切る。

 

 私も何か案がないかと、頭を捻る。私が彼くらいの年齢の時には、何をして過ごしていただろうか。どれだけ時間を遡っていっても、放課後になったら網をもって虫を追いかけていた記憶しか、私の頭には浮かばなかった。

 

「なら、虫取を……」

 

「却下! 」

 

 もしかしたら、と提案してみると即座に一蹴されてしまった。麻帆良の虫取ポイントを巡ることはある意味案内にはなり得ると思ったが、やはり駄目らしい。分かってはいたが、少し悲しい。

 

 その後もういが必死に服屋や小物店を案内するが、フェイト君の反応はあまり宜しくない。どうしようかと私とういが困った顔を見合わせた時、聞き覚えのある声が耳に届いた。

 

 

 

「おや、七海殿ではござらんか」

 

「あー、ほんとだ! でも知らない子も一緒にいるよ! 」

 

 行き詰まった私達の前に、まるで救世主のように現れたのは、楓と鳴滝姉妹であった。楓が高身長であるのに、それを挟むように位置する鳴滝姉妹が身長が低いため、3人で山の字を成してるように見えた。

 

 私達を見つけて、風香と史伽ははしゃぐように近付いてきた。

 

「七海さん七海さん。その子達はだれですか? 」

 

「七海七海。その子らはだれ! 」

 

 わいわいと私達の周りをくるくると回りながら二人は騒ぎ立てる。フェイト君は特に反応しなかったが、ういはじろじろと見られたことにむっとなった。

 

「ええい。くるくるするのをやめい! 私はこの七海の妹の明智 ういであるぞ! 」

 

 何故か自慢げに胸を張ったういを、二人はさらに見つめた。

 

「七海さん、妹さんがいたんですか! 」

 

「ほーん。じゃ、うちらの後輩だ! 」

 

「え。君たち先輩なの? 嘘でしょ? ……だって、こんなにちっちゃいじゃん君」

 

「うわー! はなしてくださーい! 」

 

「ふ、史伽を離せ! だいたいあんただって幼児体型じゃんか! 」

 

「幼児体型だとぅ!? 」

 

 気付くと三人まとめてまるで小学生のように戯れだしている。ういは体は細身なのだが、昔から力は弱くなく、史伽を抱えるようにしながら風香と言い争っている。

 そんな様子に私はため息を吐き、楓はにまにまとしながら見守っていた。

 

「それでは、この少年は七海の弟さんでごさるか? 」

 

「いや、彼は知人だよ」

 

「確かに、似てはおらんでござる」

 

 そう言って、楓は少し腰を下ろしてフェイト君に手を伸ばした。

 

「拙者、長瀬 楓でござる」

 

「……フェイト・アーウェルンクスだ」

 

 フェイト君は、楓の差し出した手をゆっくりと握り返し、楓は満足そうにしながら頷いた。

 

「……やはりお主、できるでござるなぁ」

 

「そういう君もね」

 

「いやいや、拙者なんぞまだまだでござるよ」

 

 二人にしか分からないような会話をするので、一人残った私は首を傾げる他なかった。

 それから、にんにん、と呟きながら楓はまたにんまりと笑い、フェイト君の手を離してから私を見た。

 

「それで、七海殿達はこんなところで何をしてるのでござるか? 」

 

「フェイト君は此方にきたばかりらしくてな。案内をしてあげようと思ったのだが、どこを案内すれば良いのか分からなくなってるんだ」

 

「それは、なんと言えばいいでござろうか」

 

「情けないだろう? 」

 

「まぁ、ほんの少し」

 

 私と楓はお互いに顔を見合わせて小さく笑う。

 

 

 

「それなら! ゲームセンターなんかいいんじゃない!? 」

 

「確かに、近くにありますねー」

 

「おおっ! その手があったか! 史伽ちゃん風香ちゃんやるぅ」

 

「へっへっへー! 」

 

 いつの間に仲良くなったのか、ういは史伽を抱えながら風香を肩車して、三人で楽しそうにしている。ういの明るく騒がしい性格と、馬が合ったのかもしれない。

 

「……フェイト君。それでいいのか? 」

 

 ゲームセンターとは、既に麻帆良の街を案内をするという目的から脱線している気もするが、行く宛もないので仕様がない。

 

「僕はどこでも構わないよ」

 

 フェイト君はまた興味もなさそうに呟く。それを訊いて、ういはにんまりと笑った。

 

「よっし。れっつごー! 」

 

「ごー! 」

 

「これこれ、二人はこっちでござろう? 」

 

 ういの肩に乗りながらそのままついてこようとした風香は、楓にひょいと持ち上げられた。気付けば、ういに抱えられたいたはずの史伽も鮮やかに回収されている。

 

「えー! いいじゃんかー」

 

「ゲーセンに行くのは、散歩部の活動ではないでござろう。では、七海殿、フェイト殿、うい殿、また」

 

 ぶーぶーと言う鳴滝姉妹を無視しつつ、楓は私達に頭を下げてから離れていった。

 

 姉妹二人を軽々と脇に抱えて去っていく楓の後ろ姿が遠ざかっていくのを、ういはじっと見つめている。

 

「ね、ななねぇ」

 

「なんだ? 」

 

「あの人、忍者? 」

 

「……多分」

 

 ういは、うーんと呟きながら腕を組んだ。

 

「ななねぇのお友達って、変っ」

 

 否定はできない、と私は苦笑した。

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

「むふ。むふふふ」

 

「うい、笑い方が気味悪いぞ」

 

 3人でゲームセンターから出るときには、ういの腕の中には大きな熊のぬいぐるみがいた。両手には納まらないほどの大きさで、ういの顔が隠れるほどである。

 

 近くの喫茶店に入ってからも、ういはそれを手放さなかった。店には一応許可はもらったが、それを持って何かを飲食出来そうにないので、私とフェイト君だけ飲み物を頼んでいる。

 

「だって。だってさ。こんなおっきいぬいぐるみが手に入ったんだよ? それは喜びますとも」

 

 茶色い熊の毛並みに頬を押し付けながらういは答えた。

 

「まさか、フェイフェイがあんなにUFOキャッチャーが上手だとは」

 

「機械のパワーと距離感、狙うべきポイントを把握できれば難しくはないと思うけど」

 

 謙遜などはまるで感じない風に、フェイト君は呟いた。

 

 

 

 少し前。

 私達が鳴滝姉妹に薦められたゲームセンターについたとき、フェイト君はゲームセンター特有の雰囲気を珍しく思ったのか、寡黙ながら興味深そうに色々と眺めていた。

 私も、あまりこのような場所に訪れたことはなかったため、様々な音が鳴り響く店内にて新鮮な気持ちにはなった。

 

 UFOキャッチャーしようよ、とういが言い出したのは、ガラスの箱に閉じ込められている熊の人形を見つけた時だ。キラキラとしたその目からは、物欲がしっかり現れていて、もうすぐで落ちそう、という場所に熊がいたのも、やる気を促した理由かもしれない。

 

 一番初めはういがうきうきとしながらチャレンジした。が、ピクリとも動かずに失敗した。続いて私も、と挑戦するが、同様の結果である。目的の物を動かすには、アームがあまりにも小さく力が弱すぎるのだ。

 

 フェイト君もやってみるか、と駄目元で頼んでみると、彼はこくりと頷いてレバーを握った。

 見ていると、彼に操られたアームは不思議な動きをした。商品から少し離れた所に降りた後、小さなタグを爪に引っ掻けるようにして、賞品をずらす。すると、体勢を崩した熊がぽとんと落ちたのだ。

 

 それから、大はしゃぎで喜んだういはフェイト君にどんどんUFOキャッチャーを頼み、店内を出るときには私もぬいぐるみの入った袋を持つ羽目にとなっていた。

 

 

「ぬいぐるみなんて、一体どうするんだ」

 

「そんなの、部屋に飾る以外ないじゃんっ」

 

 袋の中から掌サイズの猫のぬいぐるみを持ち上げながら問う私に、当然でしょ、とういは答えた。

 

 

「……分からないね、君たちは」

 

 私達のやり取りを見ていたフェイト君が、不意に言葉を挟んだ。彼は、注文した珈琲の入ったカップを持ち上げ、唇につけてからゆっくりとまた口を開いた。

 

「そんなのは、ただの布と綿で出来た物でしかない。そんなものに興味が湧くというのが、僕には理解出来ない」

 

 悪気がある言い方、というよりも、純粋に疑問に思い訊ねているように聞こえた。

 彼は、たかが物だろう、と続けた。

 

「のんのん。ただの物じゃないよ」

 

 ちっちっちっ、とういはいつものような調子で指を降りながらフェイト君を見る。

 

「これは、私とななねぇとフェイフェイがゲーセンに行ったときに、フェイフェイが取ってくれたぬいぐるみだよっ。そうなったら私にとってはもうただの物なんかじゃないよ」

 

 ういは、ぎゅっと熊のぬいぐるみを抱き締めた。

 

「思い出が出来た物は、私にとっては大切だからね。きっとどんな物にも誰かの思い出があるって思ったら、世の中にはただの物なんてないと思うんだっ」

 

「……そういうものなのかい」

 

「そういうものなのだよ」

 

 ういの答えをどう思ったのかは分からないが、フェイト君は少しの間目を伏せて、そうか、と小さく呟いた。

 

 

 

「あまり案内は出来なかったが、麻帆良はどうだった? 」

 

 次は私から質問してみると、彼は目を開けて窓から麻帆良の市街地を見つめた。

 

 

「……やっぱり騒がしい街だね」

 

 

 

 それから、彼はまた珈琲に口をつけて続ける。

 

 

 

「……ただ、ここのコーヒーは悪くない」

 

 

 店内の静かな音楽に紛れるように、フェイト君はそう呟いた。

 








小ネタ
『無口な彼との話し方』





麻帆良大学理学部の敷地に入れば、ちらほらと見知った顔が増えてきた。

お、最近見なかったじゃんか。
修学旅行に行ってまして。
そーかそーか。お土産は?
えっとすみません。あ、あちらで採ってきた虫ならいますが。
いりません。
はい。

すれ違う学生達と会話をしながらも私は目的地へと進んでいく。声を掛けられる度に、もっとお土産を買ってくればよかったと後悔をした。

教授室の前までついたところで、コンコンとノックを鳴らす。おう、と不躾な返事が返って来たのを確認してから、私は扉を開けた。

「…………あ? なんだ、明智か。帰ってきたのか」

「ええ、つい先日。……相変わらずのお部屋ですね」

「機能的だろ? 」

「お土産を持ってきました」

無茶苦茶になっている机に座る彼の問いは聞かなかったことにして、私は鞄の中から黄土色の紙に包まれた箱を取り出した。

「お、八つ橋」

「お嫌いではありませんか」

「いんや。ナイスチョイスだ」

そういって、教授はばりばりと無造作に包み紙を破った。私は露骨に嫌な顔をするが、彼は気にかけた様子もない。

「で? ひょうは実験ふんのか? 」

一度に大量の八つ橋を口に入れた彼は、私に一つどうだ、と手渡そうとした。結構です、と言うと彼はそれをも満杯のはずの口に入れる。

「明日は少し早めに家を出る予定なので、ほどほどに」

「ほうか」

ゴクンと彼は口の中の物を呑み込む。そんな彼を見届けて、それでは、と教授室を出ようとする直前で、私は彼を振り返った。

「…………教授」

「んあ? 」

「………………無口な人とは、どうやって仲良くなればいいんですかね」

世界樹の世界にいる彼も、フェイト君も、あまり喋るタイプではない。今思えば、二人は雰囲気に似ている部分がある。彼らと仲良くするためには、どうしたらいいのだろうか。

「男か、そいつらは」

「まぁ、はい」

「なんだおめぇ。好きな人でもできたのか?」

「いえ、そういうことでは」

「つまんねぇやつ」

そう言って、教授はまた八つ橋を頬張った。私はこの時やっと相談する相手を間違えたことに気付いた。
失礼しました、といって再び部屋を出ようとしたときに、彼は私を呼び止めた。


「まぁまて。一応アドバイスはある」

「なんでしょうか?」

「大人しい奴ってのはな、大人しくしたくて大人しい訳じゃねぇんだよ。ほんとは沢山喋りたいし、輪に入りたい。だが慣れないから不安になって声に出せない。だから無口にみえる」

そうだろうか。私はあの二人がそういうタイプには見えなかった。

「そういう奴には、二つの手がある。一つは、相手の得意な話に食い付いて上げることだ。そしたら、生き生きと喋り出すことがある」

言っていることは、一理あるかもしれない。私もあまり話す方ではないが、昆虫の話ならいくらでもできる。彼らの得意な話とはなんだろうか。

「……もう1つは?」

「それはな、色仕掛けだ。どんな奴にも性欲はある。だから上手いこと誘惑してやれば、静かな奴が猿のように狂暴になるところがきっと見れるぜ」

はっはー! と何が面白いのか大笑いしている教授を無視して私はその場を去った。
やはり彼に話を聞いたのは間違いだった。



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