セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第55話

 

 エヴァンジェリン達の部屋から出て、私は自分の部屋へと向かった。

 気付けばそれなりに長い時間が経っていたようで、もう陽が落ちて、海さえも吸い込まれるような漆黒な色を成している。部屋と部屋を木で繋ぐ渡り廊下から遠くを眺めると、海岸沿いにある街の光だけがチカチカと見えた。それはまるで地上に並ぶ星のようで、美的センスなどない私だが、なんとなく芸術的に感じる。

 

 私は自分の部屋のドアの前についてから、一応ノックをしてみた。私とういは同室であるため、この中にはういがいる筈なのだが、返事は返ってこない。

 

 寝ているのか、遊びに行っているかのどちらかだな、と当たりをつけて部屋に入り、パチリと壁際のスイッチに手をかける。蛍光灯が光り、室内に明かりをもたらす。見回してみるが、ベッドに膨らみもなく、彼女の姿は見当たらない。どうやら後者であったようだ。

 時計を見ると、あと少しで10時頃。学生にとってはまだまだこれから、という時間かもしれないが、ういが一人で何処かに行ったかと思うと、多少なりとも心配である。

 過保護なのかもしれないが、彼女の性格があんななので、知らぬ間に迷っていたり、誰かに迷惑を掛けている可能性はないとは言えない。

 

 ……探しに行くか。

 

 一度はベッドの上に腰を下ろしたが、また立ち上がり、入るときの逆の手順で明かりを消してから、私は部屋を出た。

 

 彼女が行く場所といったら、どこだろう。ここに来る前の彼女の知り合いなら数えるほどの筈だが、今ではもう分からない。ビーチでは沢山の人と遊んでいたし、誰にでもなつくような性格なので、どの部屋に潜り込んでいる可能性もあり得ると思った。

 外に出ていたら探しようがないが、なんとなくそれはなさそうな気がする。

 

 ……一部屋ずつ確かめるしかないか。

 

 そこまで部屋が多いわけでもないし、他の生徒達もまだ眠ってはいない筈だ。そう決めてから、私は自分の隣の部屋の扉を叩いた。

 

 ノックの音が通じたのか、中からトタトタと小走りする音が微かに聞こえ、私が誰かを確認する前にドアは開いた。

 

「はい、どちらさまー。……って七海やん。どうしたん? 」

 

「こんな時間にすまない」

 

 淡いピンク色のパジャマを来た木乃香が、いつものように暖かい笑顔のまま首を傾げている。

 

「……お嬢様、不用心に扉を開けすぎでは……」

 

「せっちゃんは心配性やなぁー。大丈夫やって。七海やったから」

 

「明智さんでしたか、どうしたんです? 」

 

 木乃香の後ろから桜咲が少しだけ顔を覗かせた。黒地に白い線が一本入った、よく訊くスポーツブランドのジャージを着ている。二人からは、トリートメントの良い香りがした。きっと、シャワーを浴びたばかりだったんだろう。

 

「妹を探しているんだ。私より少し低い身長で、黒髪で左右で髪を縛っている……」

 

「あ、今日ビーチにおった子? 」

 

「その子だ。見なかったか? 」

 

「あの子が七海の妹やったんやぁ。 確かに今考えれば似とるなぁ。ええなぁー可愛い妹がおって。うちも姉妹が欲しかったんやー」

 

「そ、そうか。それで……」

 

「お嬢様、七海さんの質問に答えてあげないと……」

 

 木乃香が話を脱線させたのを、桜咲が止めてくれた。木乃香はごめんごめん、と可愛らしく頬を掻いている。

 

「うーん。見てないわぁ。せっちゃんは? 」

 

「……すいません、明智さん。私も……」

 

「いや、いいんだ。ありがとう、他の場所を探してみるよ」

 

「あ、あの、明智さん! 」

 

 頭を下げ、他の部屋を訪ねようとした私を、桜咲が呼び止める。

 

「……どうした? 」

 

「……お礼が言いたくて。まだ何も伝えれてなかったので」

 

「……なんの話だ? 」

 

「え、ええと」

 

「何々? せっちゃん何かあったん? 」

 

「……いえ、また今度、改めて言わして頂きます」

 

「……? 分かった」

 

「えー。せっちゃん何の話か教えてやー。七海も中でお茶でも入れるえ? 」

 

「ありがたいが、妹を探さなければならなくてな。……それじゃ、また今度」

 

 せっちゃんなになに、と木乃香に迫られ困った顔を浮かべる桜咲を置いて、私は彼女たちの部屋を後にした。

 

 

 ○

 

 

「……君は、いつになったら自分の部屋に戻るんだい? 」

 

 白髪の少年が、ういさんの耳へと届くようにわざとらしく大きな溜め息を吐いた。僕もまさしくその答えが聞きたかったので、同意を示すようにうんうんと頷く。

 

 彼女がこの部屋に来てから、早2時間ほど。

 彼女は、彼が寝る筈のベッドに潜り、枕と反対側から顔だけを出してテレビを見ている。

 自分の寝床が陣取られている少年は、近くにある椅子の上に座らざるを得なかった。

 

「え? 持ってきたDVD全部見終わるまでに決まってるじゃん」

 

 それはまるで、リンゴの色を訊かれたとき、赤いに決まってるでしょと答える時のようだった。

 なんでそんな分かりきってることを訊くの?、とういさんが首を傾げながらテレビを指差す。

 

 ういさんが指差した先のテレビ画面には、色とりどりの戦隊ヒーローが、真っ黒なタイツを被った人達を次々と倒していく姿が映っていた。

 この、1巻4話収録全12巻ある、なんとか戦隊という特撮ものは、まだ2巻目。本気でこれを全部見る気だということを訊いて、僕は小さく悲鳴をあげてしまった。

 

 

 

 

 そもそも、僕ら三人が何故特撮ものを見ているかと言うと、言うまでもなくういさんが原因である。

 ういさんは、この部屋に来てから少しの間彼と話をし、途中で唐突にそのDVDセットを取り出した。

 

「前にフェイフェイには話したことあるでしょ? 面白いから一緒に見ようよ」、と有無を言わさずテレビに付属しているDVDレコーダーに1巻入れて、気付けばそれの鑑賞会が始まっていた。海上コテージ故に普通の番組が放送されないと事前に知っていた彼女は、わざわざそのDVDを持ってきていたらしい。

 

 最初は、ういさんが帰ってしまい彼と二人きりというのもあれだし、まぁいいかな、なんて思っていた。しかし、1話30分ほどのものを4話分見てから、休むことなく2巻目をセットしているのをみて、あれ、おかしいぞ、と感じた。

 

 僕と彼はういさんの解説を聞きながらしばらくそれを一緒に見ていた(というより見ざるを得なかった)けど、そろそろ限界に近かった。

 それが面白い面白くないという問題ではなく、目が痛く眠たいという限界である。テレビやゲームをあまり見ない僕は、続けて画面を見ていたせいで目に疲れが溜まりはじめていた。

 

「あの、ういさん。わざわざここで全部見なくても……。そんなの家でも見れるんじゃ……」

 

「子供先生、まさか今、そんなのっていった!? 」

 

「え、いや」

 

 やんわりと止めようと思ったけど、思わぬ地雷を踏んでしまったようで、ういさんは更に声を張り上げた。

 

「これはね! 千雨ちゃんが私に紹介してくれた奴なんだよ! 愛と正義が世界を救う、感動ストーリーなんだよ! 子供先生も千雨ちゃんの先生なら、これくらい押さえとかないと! 」

 

 このDVDも千雨ちゃんに貰ったんだよ、と続けて、ういさんはまたテレビに目を向けた。ちょうど今、青いヒーローが必殺技を放ち、敵を一気に凍らせている所だった。

 僕は、諦めるようにテレビを見ながらベッドの上に座り直した。

 千雨ちゃんとは、長谷川さんのことだろうか。七海さんと長谷川さんは仲が良いから、妹のういさんも関わりがあったとしても不思議じゃない。長谷川さんがこういう物を見るとは、少し意外だった。

 

 

 テレビの中のヒーロー達が協力して必殺技を出し、巨大化した敵を倒した所でまた1話終わった。これでやっと、2巻目も半分だ。これがあと何回も続くと思うと、汗が止まらなかった。

 

 彼女は既に3巻目が入ったパッケージを胸元において、すぐさまセット出来るようにと早すぎる準備している。

 

 ……このままエンドレスに続くのはまずい。

 

 どうにかして止めないと、と思っていると、視線を感じた。

 

 椅子に座る白髪の彼が、こちらをじっと見ている。

 

 まともに話したことはないし、彼とは何となく距離を感じるけれど、額に一滴の汗を滴らせながらこちらを見る彼と、この時だけは心が通じ合った気がした。

 

 協力して、彼女を止めよう。恐らく、そんなようなことを僕に伝えている気がする。

 彼もこの状態が続くことを望んでいないのだ。

 

「あの! ういさん! 」

 

「ん? 」

 

 僕に話し掛けられたからか、彼女は手元においたリモコンをテレビに向けて、一時停止のボタンを押した。

 

「ち、ちがう遊びをしませんか!? 」

 

「えー」

 

 唇を突き出し、不満な様子を分かりやすく示す彼女。しかし、こちらの意見を訊く気はあるようだ。

 

「……例えば? 」

 

「えと、えと」

 

 僕はキョロキョロと回りを見て何かないかと探す。そこで、彼が机の上に置いてあったトランプを持ち上げて僕らに見せた。

 

「……僕は、これがしたい」

 

「……トランプ! 僕もそれがいいです! 」

 

 すかさず援護射撃を入れるように、身を乗り出しながら僕も同意した。

 トランプになったからといって彼女がいつまでここにいるかは分からないけど、とりあえず延々とDVDを見続けるこの状況から抜け出したかった。

 

「……トランプ。トランプかぁー」

 

 ういさんは手を組み、悩む。

 トランプ楽しそうだなぁ、とアピールするように僕は小声で呟いておく。

 

「……フェイフェイ。ほんとに、トランプがしたいの? 」

 

 ういさんは彼の方を見ながら訊く。こくりと、彼は頷く。

 

「……子供先生も? 」

 

 僕も、頷く。

 

「……よしっ! そらもうやるしかないね! じゃあ皆でトランプやろ! 」

 

 満面の笑みを見せて、ういさんは布団から出てきて、床に座った。早く早く、と床を叩きながら僕らを急かす。

 

 ……とりあえずあの状況から抜け出せた。

 

 そのことに安心するように、僕と彼は同時にほっと息をついた。

 

 

 

 ○

 

 

「ういさん、眠っちゃいましたね」

 

 僕らの部屋に来て騒ぎ疲れたのか、ういさんはすやすやと可愛らしい吐息を立てながら目を閉じていた。彼が寝る筈だったベッドの上で、猫のように身を丸めている。ずっと騒がしかった人がこれだけ静かになってしまうと、寝ているだけだというのに心配してしまう。

 

 彼は、彼女を見ながら、そうだね、と疲労した様子で呟いた。

 

 

 彼女はこの部屋に来てから延々に話をしていて、それはもう訊いてる方が疲れるほどだった。普段生徒たちと話慣れてる僕でさえ疲れたので、彼の疲労は計り知れない。長ーい話がするのが大好き、という特徴を持つ女子学生の中でも、彼女は別格だった。

 

「……ふぅ」

 

 僕が一息ついた音は、思ったよりも部屋に響いた。

 先程までずっと騒がしかったのに、僕と彼の二人になったとたんに部屋は静かで、さっきまでとは全く違う場所にいるように感じた。懐にいるカモ君もいつの間にか眠っている。カチカチと時計の音だけ聞こえるのが、余計静寂さを目立たせた。

 

 僕は、ちらりと彼を見る。僕は自分の布団の上に座っているけど、ういさんに布団を盗られた彼は、窓際にある赤くふかふかそうな椅子の上に座っている。外をじっと見つめ、動きを見せない。

 

「……あ、あの」

 

「……なんだい」

 

「……なんでトランプだったんですか? 」

 

 敬語にするかどうか迷ったけど、そのまま訊いてみた。見た目的には年齢が近そうだけど、一応初対面だし。

 

 彼はゆっくりと僕に視線を移す。

 

「目の前にあったからね。特に理由はないよ」

 

「……そうですか」

 

「……ただ、少し頭を使わせた方がすぐに眠るとは思った」

 

 彼は首を動かし、ういさんへと視線の先を変える。無意識に見られていることを感じたのか、ういさんはむにゃむにゃと小さな音を立てた。

 

「……あは、成る程。確かにそうですね」

 

 僕のクラスの生徒たちを見ても、確かにそうだ。運動とか何かには凄く集中出来る人たちが多いけど、勉強になったら皆途端に眠そうな顔になる。

 敵だと思っていた彼と普通に会話をしていて、しかもそれがこんな話で、何故かちょっとだけ可笑しく感じた。彼は僕が笑った理由がよく分からないようで、怪しむような目をしている。

 

「君……あー、と、フェイフェイさんは…… 」

 

「……やめてくれないか」

 

「それじゃあ、なんて呼べばいいですか」

 

「……『フェイト』でいい」

 

「なら、僕もネギでいいです」

 

 同年代の子と話すのは、久しぶりだった。だからか、どこか新鮮な気持ちになる。

 

「……フェイト君は、どうして麻帆良にきたんですか? 」

 

「……」

 

「あ、別に言いにくい事なら別に……」

 

 視線を鋭くした彼に向かって、僕は両手を細かく振る。まだやっと名前を伝え合っただけの関係。そこまで踏み込むのは、気が早すぎたのかもしれない。

 

「目的のためだよ」

 

「……そうなんですか」

 

 その目的が知りたいんです、とは、訊けない雰囲気だった。

 

「……君は? 」

 

「え? 」

 

「何故麻帆良で、先生なんかしているんだい」

 

 ……理由は、沢山ある。魔法学校卒業のため、お父さんの手掛かりを探すため、お姉ちゃんの症状を治すため、村の皆の石化を戻すため。でも、それらは全て、今の自分じゃできない。

 

「……立派な魔法使い(マギステル・マギ)になるため、ですかね」

 

 立派な魔法使い(マギステル・マギ)となって、強くなって、知識を増やして、それから、自分の目標を追っていかないといけない。

 

「……立派な魔法使い(マギステル・マギ)、ね」

 

 彼は顎に手を置いて、少し間を置く。

 

「……君にとって、立派な魔法使い(マギステル・マギ)、とはなんだい? 悪い奴がいたら、どんどん倒していく存在かい? あのテレビのヒーローのように? 」

 

「それは……」

 

 悪いことをしている人がいたら、止めるのは当然だろう。

 

「さっき彼女と見ていたDVDじゃ、悪役は分かりやすく人の不幸を願う悪役だった。だが、現実じゃどうだろうか。全てのものが何か思考し、自分なりの道を歩いている。ぶつかるときは、お互い曲げられない時だ 」

 

 かちりかちりと、時計が時間を刻む音が大きく聞こえる。彼は、僕から目を離さない。

 

「……ネギ君。君にとって、正義とは何で、悪とは何だい」








小ネタ
『会話の意味』





「フェイフェイ」

「……」

「フェイフェーイ」

「……」

「ねぇ!フェイフェイ!」

「……」

「ねね!なんで無視するの!?」

「……はぁ。君が、あまりにもしつこいからだよ」

「ひどい! そんな理由で無視するなんて! あんまりだよ! 」

「……じゃあ、君はどんな用があって僕に声をかけてるんだい?」

「え。いや特に用はないけどさ。呼んでみてるだけだよ?」

「いつもそれじゃないか。ちゃんと君の話を聴いて得したことがない。毎回思うのは、時間の無駄だ、という感想だけだ」

「駄目だなぁ。フェイフェイは。会話に得とかそうじゃないとかを求めたら駄目なんだよ」

「じゃあこの会話には何の意味があるんだい。二人に得れるものがないなら、僕には無駄という印象しかないのだけれど」

「意味は分からないけどさ!意味のない会話でも、私はいいと思ってるよ! だって、目的はフェイフェイと話すことだもん」

「……」

「もしかしたら中身なんてわりとどうでもいいかも! だって、話したいな、って思って話してるだけだから。だから今も、フェイフェイこうして私の言葉を聴いてくれるだけで、私は私の目的を達成できているのだぁ!」

「……僕が君と話したくない、と言っても君は僕に話すんだね」

「うん。だって、私はフェイフェイと話したいもん」

「……君みたいな人間をなんというか知ってる。自分勝手だ」

「うーんよく言われるんだよねぇ私。でもさ、他人勝手、よりは良いと思わない? だって、他人任せに生きるなんてさ、ちょっとつまらないかも」

「……そう、かもね」

「でしょ!だからきっと、自分勝手でもいいのだ!」

「いや多分よくはないよ」





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