セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第57話

 

 

 南の島にいる間は、世界樹の世界へと行くことがなかった。

 薬は毎日通常通りに服用していたし、食事は少し豪華ではあったがいつもと違いすぎると言うこともない。気温は高かったが、それで左右されるとは考えにくい。やはり大きく違っていたのは、場所だけである。

 つまりあの世界に行く条件として、麻帆良にいることが必要なのは確かなように思える。

 これはそこまで驚くような結果ではない。京都に行っている時も世界樹の世界に行くことはなかったため、十分予想できた結果だった。

 世界樹が中心に堂々と聳えている世界なのだから、それをアンテナとしていると考えることは難しくない。離れすぎると通信が鈍る。そんなイメージだろうか。

 

 では、何故世界樹の薬を飲むとあの世界へと精神が移動するのだろうか。元々世界樹から作った薬であるので、私が服薬したあと世界樹の元へと戻ろうとする力が働き、精神が引っ張られているのか。それとも、服薬することで私自身が子機のような役割をするようになったのか。確かめる手段は今のところ思い付いていない。

 

 そういえば、あの世界には私と彼と世界樹以外は何もない。人だけでなく、世界樹を食しているだろう昆虫の姿すら見えないのだ。私と彼だけが世界樹と繋がっているということだ(彼は繋がるというより捕まっているのだが)。

 この現象が昆虫にはなく私にだけ起こるのは、私の体質が異常なことと関係しているのかもしれない。ならば彼も私と同じ体質だったのかと思ったが、明るい彼はいつだか自分に魔力があるような物言いはしていた。そもそも自由に動ける私と彼では状態が違いすぎるので、同条件でここに来ているとは思えなかった。

 

 それと、最も重要な体調のことについて言えば、全く問題が無かった。薬を服用し始めて幾らか経った今、凄ぶる調子が良いと言える。

 薬と私の相性は、かなり良いのかもしれない。

 

 

 

 ○

 

 

 

「……という簡単な考えなんだが、どうだろうか? 」

 

「……」

 

 葉がくるくると回転しながら落ちるのが視線の端に映る。世界樹から切り離されたその葉は、濃緑と薄緑の葉脈を交互にちらつかせてから、静かに地に落ちた。

 彼は、いつもと変わらず世界樹に埋め込まれるように縛り付けられている。

 そんな彼に、考察とまでは言えないような軽い考えをつらつらと話してみたが、反応はあまりない。

 

 どうやら今日は、静かな彼らしい。

 

「久しぶりだというのに、冷たいんだな」

 

 少しおちょくるような様子で、苦笑しながら私は言った。

 

「……久しぶりと言っても、2、3日だろう」

 

「それまでは毎日会っていたからな」

 

 

 私は、先日やっと南の島から帰ってきた。

 

 フェイト君にういを部屋まで運んでもらった次の日の朝、そのことを彼女に話すと、ういは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。彼女にも羞恥心というものはあったようで、私は安心した。

 それから皆で朝御飯を食べて、あやかの飛行機に乗せてもらい帰ってきたのがちょっと前だ。

 

 戻ってくるまで彼には会えなかったため、なんとなくいつものルーティンが損なわれたような、そんな気分にはなっていた。

 静かな彼も、初めよりはほんの少しは話してくれるようになった気がする。本当にほんの少しだが。

 

 彼らについての疑問は、沢山ある。どうしてそこにいて、何故捕まっていて、どうやったらそこから出れるのか。

 訊きたいと思わないこともないのだが、彼ら自身がそれらのことを話そうとする素振りを全く見せないため、訊けないでいた。彼らも私のことを根掘り葉掘りと訊こうとはしない。ならば、これでいいのではないかとも思う。こんな気楽な関係も、悪くはないだろう。

 

「……外は、少しずつ暖かくなってきたぞ」

 

「……そうか」

 

 彼は、外の世界を羨むような様子も見せずに、低い声で返事をした。

 

 

 

 ○

 

 

「桜咲、麦茶でいいか? 」

 

「……えっ。あ、いえ。おかいまなく」

 

 物珍しそうに私の部屋を見回していた桜咲が、台所にいる私の急な問い掛けにびくりとした後、手を左右にした。

 

「私の部屋に来た以上お客なんだ。遠慮はしなくていい。と言っても、お茶くらいしか出せないが」

 

「それでは……頂きます」

 

 座布団の上にきっちりと正座をしたまま、桜咲は丁寧に頭を下げる。堅苦しそうな体勢の桜咲だったが、その姿は随分と彼女らしい。楽にして良いとは言ったのだが、彼女はその足を崩さなかった。道場で慣れているからか、桜咲にとって正座はなんてこともないのかもしれない。

 

 コトリと彼女の前にコップを置くと、中に入っていた氷が揺れて、カランと高い音を立てる。

 彼女は再びきっちりと私にお礼をした後、また部屋を見回してから、小さく微笑んだ。

 

「明智さん、本当に虫が好きなんですね」

 

「まぁ、そうだな。しかし、私の部屋に来るのは初めてではないだろう? 」

 

 いつかのテスト勉強の時、何度か彼女はここを訪れていたし、その時から壁際にはいくつもの虫籠や標本があった筈だ。

 

「……あの時はいっぱいいっぱいでしたので」

 

「確かに、そんな感じだった」

 

 焦った様子で、勉強を教えて下さいと頭を思いっきり下げていた彼女はかなり必死に見えた。改めてその話をすると、桜咲は恥ずかしさを紛らわす様にコップを口元に当てた。

 

「それで、どうしたんだ? 」

 

 私が尋ねると、桜咲は持ち上げたコップを丁寧に机に置いてから、姿勢を正す。

 窓から暖かい日が射して、彼女の透明感のある肌を更に白くさせていた。もうすぐ梅雨だと言うのに、未だに天気は春の陽気さを保っていて、随分と暖かい。

 

「お礼を、言いに来ました」

 

「それが分からないんだ」

 

 南の島でも彼女はそう言っていたが、思い当たる節がなかった。特別彼女に礼を言われるようなことをした

 記憶がない。

 私がその様に伝えると、彼女は首をゆっくりと振った。

 

「このちゃんと再び仲良くなれたのは、明智さんのおかげだと思っています」

 

 このちゃん、と自然に木乃香を呼ぶ桜咲のことを胸の内でそっと微笑ましく思った。

 

「……そんなことはないな。頑張ったのは桜咲と木乃香で、私は何もしてない」

 

 事実、何かしたつもりはなかった。彼女と木乃香の間でどのような会話が行われて、どんな風に仲直りしたかは知らないが、私は見守っていただけだ。

 

「いえ」

 

 桜咲は、頑固に首を振った。

 

「少なくとも私は、明智さんの姿に背中を押されました。それに、このちゃんの相談にも乗ってくれたのでしょう? 」

 

「相談に乗ったというほどでもないが……。それに、明日菜や長谷川さん、あやかも一緒だ」

 

「彼女達にも勿論そうです。私とこのちゃんは感謝してます。でも私は明智さんに一番に言いたかった」

 

 彼女は、真っ直ぐな目を私に向ける。

 

「私のためだと思って、どうか言葉だけでも受け取って貰えませんか? 」

 

 ……そこまで言われて、断る訳にはいかなかった。

 少し考えてから頷くと、桜咲はそんな私の姿に答えるように頬を緩めてから、座ったまま丁寧に頭を下げた。

 

「……ありがとうございました。もし、今後何かあったら、相談して下さい。助けになれるかは分かりませんが、力を尽くします」

 

 大袈裟だと、揶揄することは出来なかった。それほど彼女の姿は真剣であった。まるで武士のようだと思わせるのは、傍らにある竹刀袋のせいだけではないだろう。

 

 

 ○

 

 

 それから部屋に明日菜が来たのは、桜咲との雑談が一区切りしてお茶を汲み直そうとした時だった。

 インターホンを鳴らし、私が顔を出す前に、「七海いるー? 」と扉を開ける遠慮のなさは、やはり明日菜らしかった。

 玄関に立った明日菜は両手一杯に教科書やらノートを持っていて、私は訝しげな視線をぶつけずにはいられない。

 

「勉強を教えてほしいんだけど……」

 

 そう言った明日菜にまた信じられなくて、私はもう一度彼女を見返した。

 

「や、これにも事情があってさ。とりあえず、今上がっても大丈夫?……見慣れない靴があるけど、誰か来てるの? 」

 

「桜咲がいる。部屋に上がるのは構わないが……」

 

「刹那さん来てるの!珍し! それじゃ、お邪魔しまーす」

 

 教科書を落とさないように器用に靴を脱ぎ、彼女は部屋に上がっていった。座っていた桜咲に元気に挨拶をしながら、明日菜も机につくように座ってから側に教科書を置く。

 私は明日菜の分のお茶も淹れて、彼女の前に出した。

 

「それで、どうして急に勉強なんだ」

 

 テスト期間にはまだもう少しある。それに、そうであっても明日菜から勉強を教えてと自主的に来るのは、失礼だが、らしくないと思った。

 

「……ほら、最近ネギ頑張ってるでしょ? だから私もなんかしなきゃなーって思って。それに学祭も近くなると色々忙しくなるでしょ? 」

 

 中学生のうちから早朝バイトをして、学費を高畑先生に返そうとしている彼女は、既に随分と頑張っていると私は思っている。だが、彼女はネギ先生に刺激され、何かしなくては、と思ったようだ。

 

「木乃香に教えて貰おうと思ったけど、木乃香も最近部屋にいないのよ」

 

 肩を落とす仕草をした彼女からは、若干の寂しさも漂っているように見える。ネギ先生も木乃香もいなければ、部屋に一人でいる時間が増えてしまったのかもしれない。そんな明日菜に向かって、刹那は麦茶を口にしながら答えた。

 

「このちゃんも、ネギ先生と一緒にエヴァンジェリンさんの所に行ってますから」

 

「……? 木乃香も? なんで? 」

 

 私もその話は初耳だった。明日菜と一緒に首を傾げると、刹那も、聞いてないんですか、と驚いたような顔をした。

 

「このちゃんは昔から凄い魔力を持っていて、それを制御するためにと……」

 

「魔力って!? 桜咲さんも魔法を知ってるの!? 」

 

「はい。知ってます。私は魔法使いではないですが…… 」

 

 桜咲の方は、明日菜が魔法を知っていることを聞いていたらしい。ネギ先生に聞いたのかもしれないし、エヴァンジェリンが木乃香に言って、それを木乃香から聞いたのかもしれない。

 

「……まさかだけど、魔法って意外と有名? 」

 

「有名ではありませんが、私達のクラスに関係者は多いかもしれません」

 

 エヴァンジェリンと茶々丸、ネギ先生、明日菜、木乃香、桜咲、そして私。私が把握しているだけでも、クラスでは先生を合わせて33人中7人が魔法を知っていることになる。5分の1以上だと考えると、確かにA組には関係者が多い。

 

 そっかぁ、と明日菜は何とも言えない顔をした。

 

「学祭が近いからとも言っていたが、明日菜は学祭で何かするのか? 」

 

「私も一応美術部だからさ、絵を完成させないといけなくて」

 

「ああ、あの高畑先生を描いた……」

 

「わわわ! やめてよ! 恥ずかしいじゃない! 」

 

 あれだけ分かりやすく好意を示していても、こういう時は恥ずかしいのか。

 

「……明日菜さん、高畑先生を描いたのですか? 何故? 」

 

「え、えと」

 

「明日菜は高畑先生が好きだからな」

 

「もう! 七海! 」

 

 明日菜は真っ赤な顔をして私を揺すった。必死なその姿は学生らしい青春を感じて微笑ましいが、やり過ぎたかもしれない。すまないすまないと、謝っておいた。

 桜咲は、そうだったんですか! と珍しく興奮した様子を見せていた。

 

「桜咲、知らなかったのか……」

 

 というか、気付いていなかったのか。

 

「私そういうのには疎いんで……。そ、それでしたら! 学祭では、あの、告白を!? 」

 

 彼女もまた、女子学生らしく恋愛話に身を乗り出した。それに、最後の学祭だから告白するという発想も子供らしい。静かでしっかりしているように見えてもこういう所はやはり女の子なのだなと、私は少し苦笑した。

 

「う、うん。予定では……。よ、予定よ? まだ確定じゃないから! 」

 

 明日菜はまだ随分と先のことを想像しながら、既に緊張した顔付きを見せる。今でさえこの状態なのに、当日は大丈夫だろうかと、心配になった。

 

 明日菜と高畑先生の件については、私は特に口出ししようとは思っていなかった。のどかとネギ先生と違って年齢的にもかなり問題がありそうに見えるが、それを理由に彼女の想いを止めようとするつもりもない。

 高畑先生がどんな答えを出すかは分からないが、明日菜は真剣に想っている。それをどう受け止めるて答えるかを思考するのは、彼の義務である。

 

「ならば、テストで少しでもいい点を採っておきたいな」

 

 彼は教師であるし、勉強面でも昔から明日菜に手をかけていた。明日菜がいい点を採ることは、彼女が頑張っていることを分かりやすく伝えるいい手段になるだろう。それを勉強の目的にするのも、まぁ、悪いことではあるまい。

 

 やっぱりそうよね! と明日菜は赤らめた顔を冷まさぬまま、身を乗り出す。

 

「そうだ! 刹那さんも一緒にやらない? 」

 

「……え。べ、勉強をですか? 」

 

「それはいいな。明日菜も一人でやるよりやる気が出るだろう。私も協力するし」

 

「い、いや、でも」

 

「ほら! 二人の方がきっと捗るって! 多分! 」

 

「私は別に今勉強しなくても…… 」

 

「相談したら、助けになってくれるのだろう? 」

 

「ぐっ。明智さん……っ! 」

 

 ずるいですよ、と桜咲は私に視線を向けるので、私は笑いながらそれを受けとめた。

 


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