セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第59話

 毎年この時期になると、麻帆良の活気は一段と増す。何もなくても日々騒がしい麻帆良が、更に騒がしくなるのだ。

 学園内は勿論のこと、周辺の街までその喧騒は拡がり、どこにいても学生が忙しそうに動き回る姿を見かけることとなる。金具を持って汗をかきながら木材を叩くものから、精巧な怪獣の仮装をしてビラを配るもの、路上で鉄板を拡げ独特な味付けをした焼そばの試食をさせるものまでいる。学園全体が、あるイベントに向けて準備をしているのだ。

 

 そう、麻帆良祭である。

 

 まるでテーマパークの如く様々な娯楽を産み出すのは学生であり、それは、テーマパークを越えた盛り上がりを見せる。クラスやサークル、部活動とそれぞれが出店をし、人を呼ぶ。学園長の方針なのか、自由を重んじるこの学園では、出し物の売上を生徒が管理することを許されていて、つまりは、生徒達が一から計画してお金を稼ぐことが許されているのだ。

 

 当然この方針については大人からは賛否両論ある訳だが、私としては特に反対する理由がなかった。

 自分達で一から初めて、組織を作り、試行錯誤し、より良いもの(より稼げるもの、とは体裁的に言いづらい)を作ろうとする経験は、簡単に出来るものではない。このような経験が出来るイベントを頻繁に行うからこそ、麻帆良には優秀な人物が台頭するのかもしれない。

 

 そして、我がA組でも、今日から準備が始まる。

 まだ何を行うとも決まっていないが、イベントをこよなく愛すクラスメイトのことだから、多忙となるのは目に見えていた。

 そんな忙しさを少し楽しみにしている私も、麻帆良の学生として染まって来ているようだ。

 

 

 ○

 

 学校周辺の風景も、いつもとは違っていた。学校前の大通りは生徒達で溢れ、大地には忙しそうに駆ける足音が響き、空にはビラを配る生徒の声が木霊している。見渡せば出店をする生徒達が念入りに考えながらテントを立てる姿が見え、パレードの予行としてロボットが往来を闊歩しているのも分かる。たこ焼や焼きそばから香るソースの匂いが鼻先を掠め、何か一味違うものをと画策した者たちから、酸っぱいような不思議な香りもたまに混ざってくる。様々の情報を受け付けつつ、何メートルもある大袈裟な学祭門を見て、今年もこの時期が来たな、と自覚するものは私だけではない筈だ。

 

 周りをゆっくりと眺めながら歩を進めると、人混みの中に見慣れた後ろ姿を見つけた。後ろからでも分かるどこか気品のある歩き方で、小さな身長ながらも綺麗な金髪を腰より長くしている少女は、恐らく私の友であろう。

 

 私の視線に気付いたのか、エヴァンジェリンは私が声を掛ける前に此方を振り返った。

 

「七海か」

 

 立ち止まってくれたエヴァンジェリンに追い付こうと、私は少し早歩きをする。

 

「今日は茶々丸はいないんだな 」

 

「メンテがあるらしい。七海はまた大学か? 」

 

「そうだな」

 

 どんな時期であろうと、飼育生物の世話は欠かすことが出来ない。世界樹の影響を受けた昆虫の中には繁殖力を大幅に上げた者もいて、今や世話をする昆虫の数も多い。特にサークルにも入ってなくクラスの出し物の準備が始まるまでは、このような私の日常に特に代わりはなかった。

 相変わらずだな、とエヴァンジェリンは呆れるように笑った。

 

 自然と二人で歩幅を共にし、喧騒が飛び交う中を歩く。途中男子生徒がエヴァンジェリンにビラを渡そうとしたが、彼女は足を止めずにそれを無視をした。男子生徒は一瞬悲しそうに俯く。このような対応には慣れてないのかもしれない。代わりに私が手を出してそれを受けとった。すぐに笑顔になった少年からもらったそれには、「女装カフェ」なんて描かれていて、学生らしいノリに苦笑した。

 

 

「毎年毎年馬鹿騒ぎして、よく飽きないもんだ」

 

 エヴァンジェリンはうんざりしながら息を吐いた。もはやこの人だかりにすら鬱陶しさを感じているようだ。

 長いこと麻帆良にいた彼女からしたら、10回以上このイベントを経験していることになる。もう慣れるを通り越して、飽きてしまったのか。

 

「私達のクラスはお化け屋敷をすることに決まったが、エヴァンジェリンはやっぱり吸血鬼をするのか」

 

 先日クラスで相談をしたところ、私達の出し物がお化け屋敷に決まった。出し物決めは毎年通り難航したが、ネギ先生がきっちりと決めてくれた。ネギ先生はいつもより妙に張り切っていて、明日菜に理由を聞いたところ、彼の姉が学園祭に訪れることが原因らしかった。

 

 エヴァンジェリンはじっと私を睨んだ。

 

「何故私がそんなものに付き合わなければならんのだ」

 

 勝手にやってくれ、とエヴァンジェリンは続ける。

 そういえば、去年も一昨年も、学園祭の準備に彼女はいなかった覚えがある。

 

 

 

『学園祭当日、曲芸部より、『ナイトメアサーカス』を開催します! 是非お立ち寄り下さい! 』

 

 私が何とも言えなく、どうしたものかと思っていると、宣伝の放送が鳴り響いた。周りにいる人も、サーカスか、と興味深そうに呟き、予定にそれを入れようとしている。

 そんな声を耳にしていると、上方から突然人が降りてきた。

 

「……明智さん、エヴァンジェリンさん。どうも」

 

「……ザジか」

 

 ザジは、にこりと可愛く笑った。いつもの静かな佇まいとは打って代わり、明るく、楽しそうな表情である。

 なぜ上から、と顔を上げてみると、青空に届きそうなほど高いブランコが空中に揺れているのを見つけた。わざわざ両脇に恐ろしく長い棒を立てて、その間にブランコを繋いだらしい。

 あそこに座る自分を想像して、ひゅんと体に寒々しい悪寒が走った。実際にあれに乗ったら足がすくむ所ではすまないだろう。

 

「大変そうだな」

 

「……いえ、楽しんでますから」

 

 派手な衣装を着たザジが、再び笑う。少し露出の激しい衣装ではあったが、褐色の肌によく似合っていた。

 

「……どうか、お暇があれば」

 

 そう言いながら、ザジは私にビラをくれた。学園祭の予定が1つ決まったことを確認しながら、楽しみにしてるよ、と告げると、ザジは微笑んでから悠々と飛び上がり、空のブランコへと戻っていった。それが運動神経によるものなのか何かトリックがあるのかは分からなかったが、彼女もただ者ではなさそうだ。

 

 私は、ちらりと横にいる少女を見る。

 

「一緒にいこうか」

 

「……どこにだ? 」

 

「これだ」

 

 私はちょうど今もらったサーカスのビラを彼女に向ける。

 

「エヴァンジェリンにとっては学園祭なんて飽きたものかもしれないが、今まで一緒に回ったことはなかっただろ? それに、一緒にクラスの出し物の準備もしたことない。何でも経験だ、なんて600年生きた君に言うつもりはないが、どうせなら楽しもうじゃないか」

 

 長い人生の中の、たった数日のイベント。どう過ごしてもどうせ時が過ぎるのだから、楽しめた方が得だろう。

 エヴァンジェリンは私をじっと見て、そのあとにビラに目をやりながら、ゆっくりと答えた。

 

「……そう、だな。まぁ、封印も解けたし、どうせ今年で最後だ。少しくらい構わないか」

 

 彼女はまた私に目線を向ける。

 

「一緒に、だぞ? 」

 

「ああ」

 

 私の答えを聞いて、彼女は満足げに頷いた。

 

 

 

 ○

 

 

 

「あんた、ちょっとええか」

 

 少年にそう声を掛けられたのは、エヴァンジェリンと別れてすぐの時であった。

 身長的にはネギ先生やフェイト君と同年代だろうか。学ランを身につけ、黒い髪をワイルドに伸ばしているその姿は、二人の少年とはまた別の雰囲気を出していた。

 

 立ち止まった私達の横を他の学生達が急がしそうに通り過ぎていく。ここで突っ立っていることは、通行の邪魔になりそうである。

 私がそんな心配をしていると、彼はそのことにまったく気付かない様子で、頬を掻いてから私に軽く頭を下げた。

 

「あんときは、すまんかったな」

 

「……なんのことだ? 」

 

「なんや、覚えとらんのか? 」

 

 ほら、あんときや、と彼が続けるが、ピンとこない。もう一度彼の姿をじっと見つめるが、やはり記憶にはなかった。しかし、聞き覚えのある声な気もする。その反応で私が覚えてないことを悟ったのか、彼はうーんと腕を組んだ。

 彼の様子からするに、人違いであるということはなさそうである。

 

 両手一杯に段ボールをもった生徒が横を通った。私達を避けるようにして進むその姿に申し訳なく感じた。このままだと、更に迷惑がかかりそうである。

 私は、とりあえずどこかに入ろうか、と近くの喫茶店に移動することを彼に提案した。彼は少し考えてから、ま、ええけど、と呟いて私についてきた。

 

 

 中は多少混んでいたが、運良くテーブル席につけた。木で作られた椅子に腰を下ろして、私はコーヒーを頼み、彼はお茶を頼んだ。コーヒーは好きではないらしい。

 

 出てきた飲み物を前にしながら、とりあえず自己紹介をした。犬上 小太郎という彼の名前には、聞き覚えがあった。

 

「最近あやか達の部屋に来た少年とは、君のことだったのか」

 

 あやかから、少し前から少年も一緒に住んでいるという話を先日聞いた。いつの間にか千鶴が連れ込んでいて、それから成り行きでそうなってしまったのだとか。

 

「俺は一人暮らしでええって言うとるんやけど、千鶴姉ちゃんとあやか姉ちゃんがうるさいねん」

 

 拗ねながら言うその姿は、反抗期へ近づいた少年らしさが漂っていた。あやかは、彼はネギ先生とは違い色々雑なんですの、といつか愚痴っていたが、それでも彼を心配をしていることは私にはよく分かった 。

 

「では、私に声を掛けたのはあやかに話を聞いたからか? 」

 

「ちゃうわ。実は京都の時にな、俺はあんたのこと見とんねん。でもよう考えたらそっちは確かに俺の姿見てないわ」

 

 京都ということは、修学旅行の時であろうか。

 小太郎君はその時のことを語った。彼はあの時木乃香を狙った一派の一人であり、色々とあってその罪を許され、今は麻帆良に住むことが許されたらしい。

 思い出せば、総本山に入る前に、確かにその声だけは聞いた覚えがある。

 

「……あんときは、すまんかった」

 

 彼は先程までとは違う真剣な表情に変え、しっかりと頭を下げた。

 

「……私は小太郎君に何かされた覚えはないが」

 

「それでも、あんたらに迷惑を掛けたと俺は思っとる。けじめやけじめ」

 

 彼は、過去を精算しようとしているのかもしれない。何も言わず、何となく麻帆良に住み着くというのは、自分の中で許されないことだったのだろう。京都生まれは義理人情に厚いものが多いなと、この前の桜咲を思い返した。

 

 

 その後も彼とは話を続けた。どうやら彼は、最近になって学校に通うことになったらしい。それまでは学校になんて行ったことがなかったのだとか。

 

「学校はどうだい」

 

「こういうの初めてやからまだよーわからんけど、新鮮な感じやな」

 

 こそばったい、という様子を出しながら、彼はお茶を飲む。

 

「ただ納得いかんのは、ネギが先生ってことやな。あいつ俺と年齢同じくらいな筈なんに……!」

 

 ネギ先生は異例なことを、彼の言葉によって久しぶりに思い出した。最近はあまりに彼が堂々してるので、違和感がなくなってしまっていた。彼は更に、むすりとした顔をして続けた。

 

「それと、いけすかん奴がクラスにおるんや」

 

 

 

「……それは、僕のことかい? 」

 

「うぉお! 」

 

 小太郎君が、大きく驚きながら席を立った。小太郎君の後ろのテーブル席から、白髪の少年が冷静にこちらに顔を向けていた。フェイト君だ。

 そういえば、ここはいつだかフェイト君とういと私で訪れた喫茶店であったことを思い出した。

 

「何勝手に後ろの席に座っとんねん! 」

 

「僕の方が君たちより先に来てここに座っていたんだけどね。君が気付かなかっただけだろう。いや、気づけなかったが正しいかな?」

 

「……この……!」

 

 小太郎君が未だに立ち上がりながら、握った拳を震わせた。フェイト君はそれを気にした様子もなくコーヒーカップに口をつけている。

 

「同じクラスなのかい? 」

 

「ああ、最悪なことにな! 」

 

 小太郎君は歯をギリギリと立てた。まるで犬みたいだな、と私は思ってしまった。

 

「クラスの女もこいつにキャーキャー寄り添っとんねん。どーせシカトしつつも悪くないとかおもっとるんやろ?」

 

「勝手な妄想だね。もしかして僻んでるのかい? 」

 

「誰がや! 格好つけてクールぶりよって! 」

 

「君はもう少し大人しくした方がいいね。そんなことすらも出来そうにはないけど」

 

「なんやと……! 」

 

 睨む小太郎君に、コーヒーカップ片手に淡々と答えるフェイト君。私は自分の飲み物を口にしながら、少年達の言い争いを微笑ましく見ていた。

 

 

「二人とも、仲が良さそうだな」

 

「どこが!」「……どこを見てるんだい?」

 

 

 声を合わせた二人は、同時に私を叱った。





悪魔編は飛ばしています。
七海には関わりがなかったということで。
もしいつか書くとしたら、ういとフェイトが主人公の話で書くと思います。

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