セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第62話

 

 陽射しは強いとは決して言えなかったが、道の脇に生える木々の葉が僅かに白く見えるほどではあり、つまりは、暖かく良い天気であった。通りにいる人の数は多く、耳には絶え間なく誰かの声が聞こえた。人々による熱気のせいで、アスファルトも少し熱を帯びているような気もする。空には度々ぱんぱんと何かが弾けるような音がしていて、祭りを盛り上がらせるための演出の一環であろうが、それがまた人の気分を乗せるにはしっかりと役目を果たしているように感じた。

 

 ここは中心部から少し離れた場所であるのに、それでも騒がしさは相変わらず、もはや麻帆良に静かに出来る場所はないのではないかと、苦笑しつつも思う。

 

 時計を見ると、10時半。麻帆良祭が始まってから30分経っている。お化け屋敷の方はしっかりとオープン出来ただろうか。初日にその場にいないことを少し後ろめたい気持ちにもなったが、全員であの場にいても仕方がないのも事実だ。後日の仕事をしっかりと請け負ってあるので、今日は自由にさせてもらおうと自分に言い聞かして、気持ちを持ち直した。

 

「――七海、待ったか」

 

 声に気付いて顔をあげると、前にはエヴァンジェリンがいた。いつものようにフリフリとした西洋人形のような格好をしている。暑くないのだろうか。

 いま来た所だ、と、どこかのカップルがやるようなやり取りをすると、エヴァンジェリンも同様に思ったのか、はっ、と短く笑った。

 

「七海は制服か」

 

「だめか? 」

 

「いや、お前らしい」

 

 頬を緩めたエヴァンジェリンに、では、行くか、と声を掛けると、彼女は、ああ、と返事をして自然に私の横についた。

 

「そういえば、お化け屋敷での私の衣装はエヴァンジェリンが作ってくれたんだってな」

 

「ふふん。そうだ。どうだった? 私の衣装は」

 

 エヴァンジェリンが胸を張りながら、自信ありげに私を見た。

 エヴァンジェリンが作ってくれた私の衣装は、ドラキュラというか、吸血鬼の衣装であった。真っ黒のマントは内側が真っ赤になっており、白いシャツと紅色のベストを着た上からそれを羽織るそうだった。パンツも黒くすらりとしたもので、いざ着てみると、自分のサイズにぴったりであり、コスプレというよりは、映画に出てくるものを使っているかのような本格さがあった。しかも、全てを1から作ったというのだから、驚きである。

 

「よかったよ。ありがとう」

 

 学祭用の衣装に、良かったと称賛するのに抵抗はなかった。それほど良くできたものだった。

 

「ふんふん。そうかそうか」

 

 私の答えに満足したのか、エヴァンジェリンは気分を良くしていた。

 

「それで、最初はどこにいくんだ」

 

「とりあえずは、ザジのサーカスを見たい。11時かららしいし、十分間に合うだろう」

 

「サーカスか」

 

「嫌か? 」

 

「嫌ではない。ただ、あれだ。七海、お前もしかして」

 

 意味深に私に目を向ける彼女に対して、私は、どうした、と視線を返す。

 

「クラスメイトの出し物、全部回る気か? 」

 

「まぁ、見れるものは見たいと思ってるが」

 

 ザジだけでなく、多くの人がサークルに所属しているため、お化け屋敷とは別に何らかの出し物をしていることが多かった。クラスメイトは皆に自分の所も来てねと宣伝をしていたので、私はとりあえずなるべく行くよと返事をしておいた。当然、残念なことにスケジュール的には回りきれない所もあるだろうが、それでも見れるものは見たいと思っていた。

 クラスメイトが打ち込んできた何かを目にして、応援してあげたいという、親御さんのような気持ちになっている自覚は、少しはある。

 実年齢で言えば、彼女達とはちょうど親子ほど年齢に差があることとなる(エヴァンジェリンや相坂さんを抜かしてだが)。中学校に入ってからは家族よりも一緒にいる時間が長い皆を、勝手で傲慢ではあるが、どこかで我が子のように愛しく思っているのかもしれない。

 

「……まるで保護者だな」

 

 私の自覚を後押しするように、エヴァンジェリンは呆れつつ息を吐いた。

 

「まぁいい。私が寄りたいと思っている場所もないし、付き合ってやる」

 

「すまないな」

 

 構わん、とエヴァンジェリンは軽く言った。

 

 

 

 ○

 

 

 茶道部は、野点で参加者に御茶をご馳走していた。日本庭園に赤い敷物と長椅子が置かれていて、傘も刺してあった。庭は松や竹が趣がある様子であって、池やそこで泳ぐ鯉も、私の気持ちを穏やかにしてくれた。

 

「マスター。明智さん。来てくれたのですね」

 

 着物を着た茶々丸が、私とエヴァンジェリンの前に礼儀正しく座っている。白い肌と落ち着いた雰囲気が、この場に合っていた。

 恥ずかしいことに茶道の作法は詳しくないのだ、と前もって伝えると、好きにしてくれていいです、と言われた。

 

「ここは作法を学ぶ場ではないので、気楽にしてください。雰囲気だけ味わってくれたら十分です」

 

「いや、せっかくだ。私が手本をやるから、適当に真似てみろ」

 

 お菓子の食べ方や御茶の飲み方は隣にいるエヴァンジェリンのやり方を真似した。茶々丸と彼女のやり取りは、流れるようにスムーズでありながらもどこか品のある様子で、時間の流れがこの部屋だけ切り取られているような錯覚すらしそうであった。先程まで騒がしかった麻帆良の街から一変し、静寂な夜の湖にぽとりと落ちた水滴が静かに拡がっていくような雰囲気を感じて、身が引き締まった。一通り動作が終わった後は、空気がさっと引いて行くようにして、現実に戻された感覚がした。体には、すがすがしさだけが残った。

 

「……どうだった? 」

 

「……凄い」

 

「だろう」

 

 一つ空間の中での静かなやり取り。それだけでここまで空気を変えることが出来るのかと、感動せざるを得なかった。

 

「他の所もどこか行かれたのですか? 」

 

 茶々丸が足を崩さないまま尋ねてきたので、私も再び姿勢を正して答えようとした。もう楽にされて良いのですよ、と茶々丸はやんわりと私に言った。

 

「ザジのサーカスを見て、明日菜の絵を見てきた」

 

「サーカスと明日菜さんの絵、ですか。どうでしたか」

 

「サーカスは凄かったよ。普段とはまた別のザジが見れた。絵の方は、まぁ、明日菜らしくてよかった」

 

「らしいというか、自分の欲を絵に描いただけだったな」

 

 明日菜は美術部として作品を一つ展覧していた。どれが明日菜が描いたかは、絵を見るだけで分かった。高畑先生が描かれた絵があったのだ。エヴァンジェリンは呆れた顔をしていたが、私としては、明日菜の絵の成長にまず驚いた。初めたばかりのときは本当に個性的な絵柄で、何をモチーフにしたかさえ分からないものだったのに、それが今では一人の人物をしっかりと描けている。高畑先生目当てで入部した美術部であるが、それでも、彼女なりに使える時間を使って頑張っていたのだろう。最後に好いている高畑先生を描いた度胸も中々だが、3年間やりつづけたことも褒めてあげたい。

 

「次はどこへ? 」

 

「特に決めていないな。適当に、ぶらぶらとクラスメイトの出し物を見る気だ」

 

「そうですか」

 

 茶々丸は、私に視線を合わせた後、じっとエヴァンジェリンを見つめた。

 

「な、なんだ」

 

「……いえ。明智さん、マスターをお願いしますね」

 

「お願いとはなんだ。子供じゃあるまいし」

 

 エヴァンジェリンはむっとした顔を茶々丸に向けるが、茶々丸は気にせず続けた。

 

「迷子にならないようにしてあげて下さい」

 

「……くく。ああ、よく見とくよ」

 

「おい! 茶々丸! 何が迷子だ! 七海も笑うんじゃない! 」

 

 

 ○

 

 

 学校の中にも、沢山の人がいた。いつもなら行事連絡のプリントが貼られていた掲示板も、今日はビラやポスターに覆い隠されていて、学舎とは一変した姿になっている。各クラスが趣向に凝った出し物をしていたため、普通の喫茶店を経営したクラスを見つけるのは逆に困難になっていた。

 一年生の出し物であるこの喫茶店は、スピーカーから落ち着く音楽が流れていて、メニューの珈琲も多くの種類があって本格的だった。クラスメイトに珈琲を趣味にしてる生徒がいるんです、とウェイトレスをしていた女の子が親しみある笑顔で言っていた。

 千鶴がいる天文部のプラネタリウムや他の子達の出店などで軽く腹を満たした後、休憩をとろうと落ち着く場所を探していたのだが、どうやらここは正解だったらしい。

 騒ぎ疲れた人が安寧を求めてやってくるのか、ここは騒がしさを感じない。

 私とエヴァンジェリンはおすすめの珈琲をそれぞれ頼んだ。

 珈琲を口にしたエヴァンジェリンは、中々だな、と珍しく褒めた。

 

「珈琲と言えば、彼を思い出すな」

 

「彼? 」

 

「フェイト君だ」

 

「ああ、奴か」

 

 エヴァンジェリンは一瞬口を歪めた。彼の話題を出したのは失敗だったのかもしれない。

 

「あいつの目的は、未だによくわからん。ただここに来た訳ではないとは思うのだが」

 

 私も、そのことについては何も知らない。ただ、妹のういは彼のことを気に入っているようで、目的だとか難しいことは置いといて、仲良くしてほしいとは思う。

 

「……七海。お前この間、アルの所に行っていただろう? あのとき何の話をされたんだ」

 

「……私も、君にその話をしようとした所だ」

 

 私は手に持った珈琲を机に置いた。スピーカーから流れるジャズの音が、私達の間を流れる。

 

「クウネルさんは、私に気を付けろと言っていた」

 

「……気を付けろ? 」

 

 何を、とエヴァンジェリンは続ける。

 

「良く分からない。ただ、世界樹が最も強く発光する時、つまり、最終日に、私の体に影響がある可能性があると」

 

「……昨日の前夜祭の時も世界樹は発光はしていたが、その時は? 」

 

「問題なかった。むしろ、体の調子は良かったぐらいだ」

 

 ……私も、世界樹の発光に合わせて何か身に起きるという予想をしていなかった訳ではない。しかしその問題については、幾ら考えてもどうにもできなかった。この身が世界樹に依存している限り、その繋がりを絶つことも、薬を止めるということも出来ない。

 エヴァンジェリンもそれを分かっているからか、何とも言えぬ顔をした。

 

「……例の、世界樹の世界にいる謎の人物は? 」

 

「彼らとは、最近話せていない」

 

 世界樹の世界に行けば、彼は相変わらず世界樹の幹に絡められている。しかしここ最近は、彼らは私と口を聞いてくれない。彼らを声で判断している私は、もはやどちらの彼がそこにいるのかも分からないのだ。

 

 

 ――ただ、無口な彼が最後に、「もうすぐだ」、と静かに告げたことが、気掛かりだった。

 

 

 エヴァンジェリンは私の話を聞いてから、思案に耽るように口を紡いだ。

 

 黙って向かい合う私達の机に、さっき話したウェイトレスの女の子が、小さい紙で包んだチョコレートを二つ持ってきた。珈琲とセットで付いて来るものだったらしいが、それを忘れていたらしい。慌てた様子で謝っていたのが、初々しかった。

 

 

 ○

 

 日が少し低くなり、夕焼けの気配が近づいているのがほんのりと分かった。青の中に、また別の群青とした色が混ざりかかっていて、落ち着いた空になっている。麻帆良の街も少しだけ騒がしさは静めて、夜のイベントに備えてそれぞれが準備しているのが分かった。アスファルトから伝わる喧騒は、随分と静かだ。

 私とエヴァンジェリンの影が、灰色に塗装された道に長く伸びる。私達が足を踏み出すと同時に、影も同じように足を下ろして動いた。撫でるように吹いた風が私達の頬をそっと触った後、木々の葉へと手を伸ばしている。

 

「……なら、私はこれで大学に向かうよ」

 

「……ああ」

 

 いつの間にか昆虫の世話をするため大学へと向かう時間になっていたため、エヴァンジェリンとはここで解散することにした。

 

「じゃあ、また」

 

「……七海」

 

 身を翻して歩こうとした私を引き止めるように、彼女は口を開いた。私は振り返って、彼女を見る。

 エヴァンジェリンは、どこか儚げで、それでいて、僅かに不安がよぎっているような瞳を私に向けている。

 

「……いや。何でもない 」

 

「……そうか」

 

 私が頷くと同時に、そよ風に吹かれた落ち葉がふわりと二人の間を舞った。

 


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