セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第64話

 

 カツンカツンと、磨きあげられた冷ややかな廊下に私の足音が響く。歩を進める度に廊下の天井についてあるセンサーに反応して自動で明かり付いていき、先が見えなかった暗闇に、光をもたらす。十分に明るいのだが、廊下は人気のなさと外の暗さによってどこか湿っぽく、どこまでも続いていきそうな一直線のそれは、背中を這うような不安を感じさせた。大学といえどやはり夜中の学校は不思議な感覚だ。本物の幽霊を見た以上、全く恐怖心がないとは言えなかった。皆が相坂さんのような幽霊ならばいいのだが。

 

 昆虫の世話には思ったより時間がかかり、その上培養中のサンプルなどを回収していたらこんな時間になってしまった。クラスの皆は例年通り中夜祭と称して騒いでいるのだろうが、まだやっているのだろうか。次の日のことも考えるとあまり遅くまでやるべきではないのでは、と毎回思うのだが、若く元気な彼女たちはいつも翌日もケロッとしているので、私の心配は大抵杞憂に終わる。

 

 とりあえず皆のところへ顔を出して見ようかと、玄関へと向かう足を少し早めた。

 すると前方の暗かった筈の廊下の私がまだ進んでいないところまで明かりがつき始め、更にそこからは見知った顔が現れたので、少し驚いた。

 

 前から現れた超も同様に、珍しく目を丸くしていた。

 この麻帆良祭の中、大学内で誰かに会うなど互いに思ってなかったのだろう。

 超は、すぐにいつもの人をからかうような顔に戻って、笑った。

 

「……やぁ、七海。まさかここで会うとは思わなかったヨ。学祭中でも虫のお世話カナ? 」

 

「そうだな。相も変わらず、今日も虫のお世話だ」

 

 大変ネ、と超は笑みを崩さず言った。

 

「そっちはどうしたんだい? 」

 

 超は、手に幾つかの荷物を持っていた。ちらりと見れば、論文の入ったクリアファイルや、本、ノートパソコンを抱えている。確か彼女は生物工学研究会に所属しているため、理学部で会うことは別にあり得ないことではないのだろう。ただ、学祭中のこのタイミングで何をしているのかと少しは気になる。

 

 超は私の質問には答えずにぐっと顔を寄せてきて、私の目を覗き込むかのようにじっと見つめてきた。超の瞳の中に、私の戸惑った顔が映っている。

 

「……ここで七海にあったのも、偶然ではないのかもしれないネ」

 

 意味深にそう呟いた後、超は目を伏せて、一歩離れる。

 

 

「七海、少し話をしないカ? 」

 

 

 

 ○

 

 

 

 

「実は私、身辺整理をしていたヨ」

 

「……身辺整理? 」

 

 そう、身辺整理、と超が頷きながら繰り返した。

 

 麻帆良大学の近くにある公園は人の気配がなく、焦げたような色をした鉄棒が寂しさを一層際立てていた。四隅にある公園灯のうち、一つはチカチカと息絶えそうな様子を示していて、象の滑り台の影が延びたり消えたりしている。いつもなら薄暗さを持つこの場所も、世界樹の光が届いて、ほんわりと明るい。

 

 大学の近くに建ってしまったこの公園は、大学生が遊ぶには子供っぽく、広さも足りないため、使われていることはほとんどない。その公園にある木製のベンチに、私と超は座っていた。

 

「私、学祭が終わると同時に中学校を辞めるつもりネ」

 

 超が呟くと同時に、どん、と身体に響くような音が聞こえた。花火が上がったのだ。中夜祭でも、祭りは祭り。麻帆良の祭りはいつも派手だ。

 超はその音に怖じける様子も見せず、続ける。

 

「それで、今日は荷物だけ取りに来たヨ。関係者への挨拶は明日済ませるつもりネ。……クラスメイトには黙っていくつもりだたが、まさか最初に七海に伝えるとは自分でも思わなかたヨ」

 

 あまりに急な話である。義務教育となっている中学校を辞めるとは、それなりの理由があるのだろう。

 気付けば、どうして、私の口から声が出ていた。

 

「ふっふっふー。非常に重大な目的のためなのだが、情報が漏れると機関に狙われ危ない。よってあまり公にしたくはないのだが! 特別に七海にだけ教えてあげよう! 」

 

「……」

 

 黙って、私は超が言葉を続けるのを待つ。ふざけているように見えるが、公園灯によって影が出来ているその横顔は、今一表情が読めなかった。

 

 彼女は反応のない私に呆れるように一息ついた後、語りかけるように此方を向いて、声を低くして話はじめた。

 

 

「七海。取り返しのつかないような悲惨な出来事が起きたとき、人が何を頼りにするか知っているカ? 」

 

 

 その質問が、超の退学にどう関わるのかは分からない。しかし、その真剣な瞳に、私は、目を逸らすことも、口を挟むことも出来なかった。

 超は私から答えが出ないことを確認してから、時間ダヨ、と静かに呟いた。

 

「現在に生きていても、答えを見付けられないからネ。ひとまず時間さえ過ぎてくれれば事態は好転してくれるだろうと、未来に答えを求める人もいれば、時間さえ戻ってくれたらあの時の選択肢をやり直すのにと、過去に懇願するものもいる。……私は後者だたヨ。というより、後者しか取りうる道はなかった」

 

 言っている意味は分かる。時間とは万能で、何か悩んだ時、その時は本当にどうしようもないと頭を抱えていても、翌日、1ヶ月、1年と過ぎていけば、案外笑い話となっていることもある。

 そして、失敗した時に、あのときこうすれば、と過去の自分を恨むものも、確かにいる。

 

 ……超は、自分を後者だと言った。つまり、昔に何か思い残すことがあるということなのか。しかし、超ほど頭が良いのであれば、間違えた過去とはどうしようもなく、それはそれで受け止めて、次に活かすことの方が大切だと分かっている筈である。

 

 だが、この後に続く超の言葉を聞いて、『過去とはどうしようもない』という前提が、ひっくり返る。

 

 

 

「実は私、未来から来たのダヨ。過去を変えるためにネ」

 

 

 超がそう言うのと同時に、また花火が上がる。どん、どん、と連続した花火は、超の後方で綺麗な花を咲かせていた。

 言葉が出ない私を見て、アレ、と超は首を傾げた。

 

「笑うと思ったんだけどネ 」

 

「……笑った方がいいのか? 」

 

「いんや。そのまま受け止めてくれたらいいネ」

 

 

 私は頭を振った。

 

「どう反応したらいいか、分からないだけだ」

 

 あり得ないことだろう。超が私をからかって、ふざけているだけだろう。普通に考えればそうなのだが、何故だか、私の脳はその言葉を単純には受け止めなかった。

 頭に浮かぶのは、京都で話した時のこと。超の作り出す、明らかに規格外の機械。今まで、魔法使い、ロボット、幽霊と非現実的なものを見てきた。そうくれば、未来人もあり得ると、私は納得してしまっているのかもしれない。

 

 寧ろ科学の産物だと考えたら、原理の全く理解出来ないであろう魔法などよりも、時間移動出来る技術の方がしっくりくる。人間は、時間という概念にずっと問いをぶつけ、研究し、闘い続けてきたのだ。未来には一つの到達点に辿り着くと思うと、分野違いではあるが、同じ科学者として誇らしくもある。

 

 

「なら、超は、過去をやり直すためにここにいるのか」

 

 嘘か本当かが分かった訳ではない。だが、とりあえず、それが本当だとした上で、訊ねた。彼女が、嘘に決まってるじゃないカ、と頬を緩めて告げるまでは、私はこの話を信じてみようと思った。

 

「そうなるネ。過去を変えて、未来を変えるために、私は今ここにいる」

 

 どんな過去をやり直すために、と聞いていいのか分からなかった。それが彼女のプライベートのことで、私が踏み込んでいい領域なのか判断が出来ない。そもそも、未来から来たとは、どのくらい先からやってきたのだろうか。タイムマシンが発明家されるほどの未来と考えれば、かなり先であるようにも思える。

 

 そして、彼女がこの学校を辞めるということは、未来に帰るということなのだろうか。ならば既に過去をやり直せたのか。それとも、これからなのか。

 

「どうして私にその話を」

 

 超は、私よりもっと仲がいい人がいる筈だ。クーや、葉加瀬や、四葉にこそ、先に言うべきなのではないか。いや、それよりも、皆にも自分が未来人であると告げるつもりなのか。

 

「……」

 

 超は、ゆっくりと立ち上がった。私に背中を向けたまま、そのまま向き直ることなく、彼女は語り始めた。その小さな背中が、何故か私には大きく見えて、得体の知れない寒気がした。

 

「私、この時代のことは大抵知ってるつもりだったネ。未来から来たから当然なのだが……。しかし、今のこの状況は、想定とは大きく違う。ネギ先生の対応も、魔法に関わる人間も、エヴァンジェリンの性格も、全て私の知った過去から少しづつ、ずれている」

 

 その言葉は、私の心に直接響くように伝わった。

 頭に浮かんだのは、カチリと合わさる筈の歯車が、異物によってぎこちなく廻るイメージだ。チカチカと明暗を繰り返す公園灯に合わせて、私の心臓は、突くように打ち出した。

 

 

 超は、静かに振り返り、その手を伸ばして、私を指差した。

 

 

「そのずれの中心となったのは、あなただ。明智 七海。……だからこそ、私は貴方が気になる」

 

 

 どん、どん。また、花火が上がる。その音とシンクロするように、私の心臓も音を上げた。

 私の戸惑った顔を、超は笑って受け入れて、すっと右手を私の前に伸ばした。

 

 

 

「七海。……私の仲間にならないカ? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 窓からは、散っていく花火が辛うじて見えた。私の家から麻帆良の中心部までは結構な距離がある筈なのだが、その音は空気を揺らしてここまで届いている。相当な大きさの花火を上げているのだろう。毎年その煩さを鬱陶しく思っていたが、今年も私の気持ちは同様らしい。

 

 溜め息をついて、窓から目を離し、私のベッドに横たわる女に目線を移した。

 マネキンのように白い肌が、雪のように思える。外国人らしく整った顔は、周りの中学生達とはかけ離れて大人らしいと思える。

 

 私の視線に気付いたのか、花火の音によってかは分からないが、女はようやくその目をうっすらと開けた。

 体を起こさず、瞳だけをゆっくりと左右して、この状況を確認しようとしている。近くにいる私に気付くと、その瞳の移動を止めて、私と目を合わせた。

 

「……あなたは? ここはどこ? 」

 

 掠れるように呟かれた声だったが、意識ははっきりしていると分かるほど、どこか芯のある様子を示していた。

 

「私は只の通りすがりだ。そしてここはそんな通りすがりの家だ」

 

 女は掛け布団に隠れた腕を目の前にあげて、自分の掌を確かめるように見つめた。小さな唇を開けて、呟く。

 

「私は……」

 

「寝てたつもりかは知らんが、路地裏に転がっていたのを勝手に拾ってやったぞ。余計なお世話だったらすまんな」

 

「……そう。私、倒れたのね」

 

 目を伏せてから、彼女はゆっくりと体を起こした。それから、もう一度この部屋を確認するように見回す。素敵な部屋ね、と呟いたのが聞こえた。

 

 

「迷惑をかけて、ごめんなさい。それと、ありがとう」

 

 女は私に頭を下げた。金色の髪がふぁさりと音を立てる。

 

「ふん。礼などいらん。それより、体はどうだ? 」

 

「……体が、いつもより軽いわ」

 

「……薬は効いてるようだな」

 

「薬? 」

 

「私の友が作った薬だ。家にサンプルがあって助かったな」

 

 七海が作った、世界樹の薬だ。七海はアルの所と私の家を交互しながら薬を作っていたので、材料や薬のサンプルは幾つか家に置いてあった。希釈度などは七海のレシピに従ったのだが、どうやら上手く出来ていたようだ。

 

 女は私の言葉を聞いて、その表情に驚きの色を見せた。

 

「……薬が、あるのね。それに……どうして? 」

 

「勘違いするなよ? 善意ではない。私の目的のためだよ」

 

 あそこで七海と同じ症状の人間を拾ったのは、ある意味幸運だった。七海と同様に魔力のない人間に同じ薬を与えたら、どうなるのか。それを確かめることができる。

 今までこの薬を使えたのは七海だけだったのだ。元々魔力のある人間には相性が良くないのか、試しにこっそり私が飲んでみても何の変化も感じられなかった。だからこそ、七海は自分を被検体にするしか出来ないのだ。

 しかし、こうしてもう一人被検体が増えれば、分かることは更に多くなる筈だ。N数は多い方がいいに決まってる。上手くいけば、この女から七海が今後どんな症状になるのか予測が出来るのかもしれん。

 

 ……こんな言い方をすれば、非難を浴びるだろう。しかし私は、周りに対して取り繕うつもりはない。いつだってやりたいようにするだけで、その責任も負う覚悟は出来ている。

 

「貴様、体に何か違和感などを感じないか? 」

 

 女は、両の手で自分の体をペタペタと触った。

 

「……分からないわ」

 

「……はぁ。やはり、そう上手くはいかんか」

 

 女と七海では、ここに行き着くまでの条件が違い過ぎている。七海は何回も試飲を繰り返していたし、その期間も長い。摂取量も大きく差がある。

 そもそも、原因となりそうな謎の世界に七海がたどり着いたのも、飲みはじめてから結構経った後だ。この女が今一口飲んだからと行って、すぐにその世界に行けるとは思えない。

 

 私は落胆し、分かりやすく肩を落とした。

 それから女を見ると、女は顔を少し俯けていた。訝しげに思っていると、布団の上にぽとりと水滴が落ちたのが分かった。泣いているのだ。

 

「な、なんだ! どうした! 私か? 私のせいか!? 」

 

 私の態度が悪かったのか。確かに特に説明もせずぶっきらぼうだったのかも知れないが、泣くとは思わないではないか。

 大人に見えた女が泣いたことで妙に取り乱してしまった私を宥めるように、違うの、と女は呟いた。

 

 

「貴女がどうとかじゃなくて。その、ただ―――」

 

 女は自分の胸にゆっくりと手を当てた。胸の鼓動を確かめるようにしながら、どういう訳か、顔に綻びを浮かべている。胸に置いた手をぐっと握り込んで、笑っている。

 

 

 

「なんだか、とっても温かくて」

 

 

 頬を僅かに染めて、眼に涙を溜めているその表情からは、安堵と、ちょっとの喜びと、そして何故か、敬慕の念が表れていた。

 


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