セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第65話

 雲の数は少なく、空からの日射しは空気を浄化していくような新鮮さがあった。 活気を帯びた他人の足音が、大地から体に強く響いていくのが分かる。

 龍宮神社の付近には人の束が集まるようになっていて、無理に歩を進めれば肩がぶつかりそうになるほどだった。出店なども少ないエリアであったが、皆が「まほら武道会」を見ようとやってきているのだろう。

 座席の関係上チケットがないと中で観戦することは出来ないらしいので見れる人数は限られているのだろうが、それでも会場に近付けば何か見えるかもしれないと期待して集まっているのかもしれない。

 

 私は人の流れから弾かれた玉のようになんとか群れから離れ、龍宮神社の正門からぐるりと裏に回るように足を進めた。

 神社の裏側は極端に人気が少なくなる代わりに木々などが増えていき、その影によってどこか涼しさを感じる。まほら武道会の入口は正門なため、ここに人がいないのは当然だろう。自然に近い状態になっている裏庭から、並ぶ杉の木の中で一番大きいものを見つけると、そこに向かう。

 足裏を茶色の土で汚しつつも杉の木に近付き、ここか、と一人で呟いた所で、背後からかさりと物音が聞こえた。

 

 振り返ると、そこには龍宮がいた。

 眉を寄せた顔で、彼女は私に訊ねる。

 

「明智じゃないか。こんなところで、何をしているんだい」

 

「……いや、その」

 

 私は返答に困った。勝手に神社の裏側に入ったことを叱られるのだろうか、と申し訳ない気持ちになる。

 

「私の神社に何か用なのか?」

 

「神社に用はないんだが……」

 

 龍宮は、うろたえた様子の私を見て、ふっと息を洩らして笑っていた。

 

「私は超に頼まれてここに来るという人物を迎えに来ているんだが」

 

「……それは、多分私のことだ」

 

「ああ、知っていたさ」

 

 色黒の彼女が浮かべるその意地悪い笑みは、どこか妖艶さが漂っていた。

 

 

「……わざと驚かしたな」

 

「さて、どうかな」

 

 

 長い黒髪を翻してから、ついてきてくれ、と続けて龍宮は歩きだした。からかわれた私は、むっとしながらも彼女の指示に従う。カサカサと葉を足で踏む感触を味わいつつも、私は目の前の少女についていく。少女と言っても、彼女の大人びた雰囲気は、中学生らしからぬものなのだが。決して、老けているという意味ではない。

 

 

 

「……今、失礼なこと考えなかったかい? 」

 

「そんなことないさ」

 

 心を読んだかのような鋭いその問いに、私は何ともないような顔をして答えた。

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 仲間にならないか。手を差し伸べて、瞳を見つめながら言った超の勧誘に、昨日の私は答えを出せず、ただ言葉につまっていた。

 そもそも何の仲間なのかも分からないし、何をするつもりかも聞いていない。私としては、クラスの皆のことは全員友達だと思っているし、仲間かと聞かれればすぐに首を縦に振るだろう。しかし、超の言う「仲間」という表現が、それとはまた違っていることは分かる。

 説明もせず曖昧にしたままのその誘いは、どこか悪徳商法に似た者があるとまで思ってしまった。

 

 困惑する私に、超は、答えはすぐでなくてもいいヨ、と言って笑った。

 

 そもそも何をするつもりなんだ、と私が訊ねると、わざとらしく手を顎に添えたポーズをとりながら、そうだネ、と考える素振りを見せた。

 

「明日、実際に色々見てもらいながらの方が話が早い。麻帆良武道大会の始まる少し前に、龍宮神社の裏側にある、一番大きな杉の木の下で待ち合わせようカ」

 

 こちらの質問を受け付ける隙も見せずに、超は次の日の集合時間と場所だけを口早に私に言った。

 答えが得られず未だに困惑の表情をした私の顔みて、超はまたニヤリと怪しく笑い、待ってるよ、と一言告げた。そして、暗い空に射す公園灯の光を受けながら、私に背中を向けて去っていってしまった。

 

 

 

 その日の晩と今日の朝、超の目的やその言葉の意図を考えてみるが、やはり分からなかった。しかし、彼女の行動が気にならない訳がなかった。

 

 

 超は、自分の想定していた過去と今の状況が違うと言った。そして、その原因は私だと。

 

 

 私は、前世から生まれ変わってこの世界にいる。世界の在り方や平行世界だとかは私の分野ではないし、考えても解の見つかるものだとは思わないが、この、私という存在は、この次元にだけ在るものなのかもしれない。

 既に私というものがここにいる以上、「もし私がいなかったら」というifを考えても仕方のないことだ。だが、私のせいで何かが変わったというのなら、その件を無視して良いものとは思えなかった。

 

「仲間」になるかどうかは、まだ分からない。彼女の目的を知らない以上、早まって答えを出す気はない。だが、過去に来たという彼女の目的に少しでも私が関わっているのだとしたら、何も知らないままでいるつもりもなかった。

 

 

 

 

 

 龍宮に付いていくと、どこにいるのか、いつの間にか暗い道を抜けていた。何故神社のそばにこんな怪しげな道が、と思いつつも、近くにある建物の外に備えついてる階段を登り、ドアを開けると、大きな部屋につく。

 その部屋は薄暗く、壁一面ある大きなスクリーンから青白い光が漏れていた。よく見ると、そのスクリーンは外を映していることが分かる。水面に浮かぶ舞台のような場所を俯瞰している映像が流れている。他にもパソコンなどの機械も多く置かれていて、配線に気を付けつつ歩かないとな、と呑気に思った。

 

 

 

「七海。よく来たネ」

 

 スクリーンの前にいた少女が此方を向いた。スクリーンからの光が逆行となり、彼女の姿は灰色の斜線が掛かっているようにも見える。

 部屋を見渡すと、端の方に葉加瀬もいることに気が付いた。彼女も、「仲間」、ということなんだろうか。

 

 

「……そろそろ、説明してくれるんだろ? 」

 

「モチロン。まずは、暫くこのスクリーンを見ていておくれ」

 

 口で言うより、見た方が早い。そう言っているようなので、私は特に文句を言わず、言われるがままにスクリーンに目をやった。

 

 少し待つと、朝倉の張りきったアナウンスが聞こえた。どこかのスピーカーからかと思ったが、外から聞こえた声のようだ。この場所と、スクリーンに映った舞台とは、そう遠い距離にある訳ではないらしい。

 

 そこでやっと、ここに映っているのが「麻帆良武道大会」の様子だと気が付いた。

 

 

 

 それから見た映像は、衝撃的だった。

 

 朝倉のアナウンスのもと、知った顔から知らない顔までもが、その舞台で闘いをしている。

 小太郎君と少女が。楓と青年が。クーと龍宮 (試合のときだけこの場から姿を消していた) が、ネギ先生と高畑先生が。何人もの見知った顔が、舞台の上で相対して、自らの武器を手に闘っていた。

 

 

 私は、何かとぶつかりあう衝撃音を聞くたびに、心臓がびくりと驚き、胸打つのを感じた。

 

 武道大会をやるという話は知っていた。

 だが、闘いというものが、ここまで激しいものだとは思わなかった。何人かは魔法のような力を使っているようにも見える。公の場でそんなことをしていいのだろうか、という疑問を抱きつつも、私は少し苦しい思いで舞台を映すスクリーンを見ていた。

 

 やっていることは、柔道や、プロレス、ボクシング等と同じなんだろう。彼女達は、無理矢理闘わされてる訳ではなく、自分の意思をもって、納得してそこで闘っているんだろう。それを分かっていても、私は、少なくとも清々しい気持ちではそれを見れない。

 

 ネギ先生と高畑先生が激しく打ち合っている(何をしているかは今一分からない)最中、気付けば、自分の掌をじっと見つめていた。

 

 

 ……私だって、ネギ先生やエヴァンジェリンの話から、魔法使いが闘うということは知っている。しかし、実際に見てみると、やはり頭にあったイメージとは大きく違う。自分の拳を、魔法で作り出した矢を、他人にぶつける。そう考えただけで、私は恐怖を感じた。

 

 この掌を握り、人にぶつける。

 

 自分にはまったく出来そうにない。

 この拳が誰かの肌に触れる感触を想像してみるが、やはりいい気持ちではなかった。

 

 苦々しい顔をしている私を気にもせず、超は私に言った。

 

「この映像は、ネットで配信しているヨ」

 

「……! そんなことをしたら」

 

「そう。魔法という存在が世界にばれる」

 

 力を込めた目を超にぶつけたが、あたかも、そんなことは承知している、という風に返事が返ってきた。

 

 

 私は、いつか長谷川さんと二人でした話を思い返す。

 世界樹の写真を他の大学の教授に送った、という話だ。あの時、麻帆良外にいる人が電子データで世界樹を見た場合、その不自然さに気付けるということが実証された。

 麻帆良内で闘いを見ている限りは、どういう理屈かは分からないが、恐らく多少の無茶苦茶は周りの皆に気付かれないだろう。しかし、ネットで配信しているとなると話は別だ。沢山の人に目につけば、外部ではこの状況が作り物ではないと分かる人もいるだろう。

 

 

 

「それじゃあ、超の目的というのは……」

 

「思ってる通りネ。魔法が、魔法使いというものがこの世界に存在するということを公表する」

 

「……そんなことをして、どうなるというんだ」

 

 

 魔法を世界にばらす。そんなことをすれば世界が混乱に落ちることくらい、分かっている筈だ。

 まったく未知の存在の対処に全ての国が追われ、いずれはその多くのものがその技術に手を伸ばし、それに対抗し対立する魔法使い達もいるだろう。

 私のように、魔法という存在により命を救われるものもいるかもしれない。だが、それ以上に大変な想いをするものは多いだろう。

 

 

 超は、私の疑問を正面から受け止めた上で、真剣な声で答える。

 

 

 

「ある悲劇を救うため」

 

 

 

 そう語る彼女の目は、いつものふざけた様子とは違う。

 言葉では堂々としていながらも、憂いを含み、

 切なく、すがりつくような目であると私には見えてしまって、思わず心を揺さぶられた。

 

 

「それは、ありふれた歴史の一ページに過ぎないかもしれない。だが、私にとっては、そんな言葉では済まない話だった。

 

 だから、未来からここにきて、全てを変えるつもりダヨ。―――大丈夫。その後の対処も、混乱する世界の抑えも、魔法使い達への対応も、全てするつもりだ」

 

 

 

 

 そこまで大袈裟な事件を起こしてまで変えたい未来とは、一体なんなのだろうか。

 きっと、彼女一人の問題ではないのだろう。

 その悲劇は、確かに多くの人の悲しみを作り、心に傷を付けた。

 それを変えたいと言う彼女が間違っていると、誰が言えるのだろうか。

 

 葉加瀬と、龍宮に目をやる。

 二人とも堂々とした態度で、超の話を聞いていた。彼女達も超の覚悟を受け止めているのだ。

 

 彼女は、昨日の夜と同じように、再び私に向かって手を伸ばした。

 

 

 

「その協力を、ワタシは貴方にしてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

「明智さん。返事は保留でしたね」

 

 ハカセがそっと私の横に付いて、呟くように言った。

 私は、肩を竦めながら答える。

 

「ソダネ。まぁ、話をしたのは昨日だ。あんまりのんびりされても困るが、今日中に決めてくれたらいい」

 

 七海の答えは、「考えさせてくれ」、というものだった。

 一蹴される予想もしていたのだが、武道会の様子を見せたのは正解だったかもしれない。悲劇とは、常に誰かと誰かの対立で起こり、その対立の中には闘いが生じる。彼女ならば、そのくらいのことは分かっているだろう。実際に闘いを目にした彼女は、あまり気持ちの良い顔はしてなかった。

 

 飄々と言った私の言葉を聞いて、ハカセは僅かに口を曲げ、納得してなさそうな顔をした。

 

「……私、分からないです。超さんは、どうして明智さんを味方にしようとしているんですか? 」

 

「彼女は使えるヨ。知っての通り頭がいいし、エヴァンジェリンとのパイプが強い」

 

 エヴァンジェリンという戦力は大きい。彼女一人がいれば、世界中の魔法使いが抵抗をしてきても対応出来るほどだ。そして、その本人を勧誘するよりも、七海を勧誘した方が可能性がある。

 

 さらに、茶々丸の対価として学園祭中エヴァンジェリンは手を出さないようにと契約を結んだが、七海がもし私達と敵対化した場合、万が一もあり得る。彼女ほどのものが、お互いの同意でした契約を反故するような性格には見えないが、念には念を打って置いた方がいい。

 

 私がそうハカセに説明した所で、龍宮が、ふっ、と笑い声を溢した。

 

「本当にそれだけかい? 」

 

「……どういう意味カナ」

 

「いや。君がやけに彼女を気に掛けるから、もっと特別な理由があるのかと思ってね」

 

「……それこそ、気にしすぎネ」

 

 それ以上は何もないよ、そう想いを込めながら言葉を返すと、龍宮は、そうか。すまなかったね、と引き下がるように答えた。

 

 

 

 大きな音が響く。

 どうやら、ネギ先生と高畑先生の試合が終わったようだ。想定通り、ネギ先生が勝ってくれた。私の知っている過去よりも実戦経験はなかった彼だが、高畑先生の甘さは変わらずだし、何とかなったようだ。

 

 スクリーンに映っている二人を見ながら、私は自分が知っていた過去との違いを思い返していた。

 

 

 七海は、私にとって完全にイレギュラーな存在であった。

 未来の情報には彼女に関することは一切なく、それこそ、本来この時代に居なかった人物と捉えてもおかしくはなかった。

 

 だが、それは私自身も一緒だ。

 私と七海は、本来、A組の生徒や、あの先生とは関わる筈がなかった存在。

 私は、一人ではなかった。私だけでなくて、七海もいた。

 彼女が、どういった道を辿って、ここにいるのかは分からない。

 だが、私は、一人ではなかったのだ。

 

 だからこそ、手の内に入れておきたいと思うのかもしれない。私と同じ、外れ者であった筈の者を、側に。私一人が、この世界で孤独を感じないように。

 

 

 

 ……なんてね。

 

 

 私は自分の考えていたことに笑った。

 

 そんな寂しがりみたいなこと言うキャラじゃないダロ、と自分に言い返しておいた。

 


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