セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第66話

 

 

「それで、今度は何を悩んでんだよ明智は」

 

 机に肩肘をつけた長谷川さんが、眼鏡の奥にある瞳を私に向けた。不意を突かれて戸惑う私に向かって、長谷川さんは、何年お前といると思ってんだ、と続けて頬を緩めた。それぐらい分かるぞ、と。

 

「あら。一緒にいる時間なら私の方が長いですわよ。なにせ、私と七海は幼稚園の頃から一緒にいましたからね! 」

 

 どこか勝ち誇った様子で、あやかは、ですよね! と私に同意を求めるように聞いてきた。私の部屋の天井にある蛍光灯に照らされて、金髪の髪から光が反射している。上品なトリートメントの香りを撒きながら顔を近付けてきたあやかに対して、私は曖昧に返事を返す。

 

 

 ○

 

 

 午前中、様々な出来事が続いたせいで、私は少し混乱していた。難しい問題だから、と後回しに出来るような状況でもなく、見たものや聞かされたことを一度落ち着かせたくて、どこかでゆっくり思考を纏めようと思った。なので、学園祭の最中だというのに寮に行き自分の部屋に籠ることを決めたのだ。

 

 だが、部屋に戻って少しすると、落ち着く間もなく、玄関の外で覚えのある話し声がひっそりと聞こえてきたのだ。

 

 

 

(さあ、千雨さん。呼鈴を押して下さい)

 

(あのなぁ、あいつは一人になりたいから部屋に行ったんじゃねーのかよ)

 

(そういう時こそ友達が協力するべきではありませんか! 大体、そうは言いつつもあなたもここまで来たじゃありませんの! )

 

(それは、あ、あれだよ)

 

(どれですの! ……っは!? まさか、一人で七海を慰めて自分だけ好感度をあげようって魂胆ですの!? )

 

(ちげーよ! どこのギャルゲーだ! )

 

(ギャル……ゲー? なんですかそれは? )

 

(ああもう! めんどくせーやつだな! )

 

(ちょっと! めんどくさいとはなんですか! )

 

 

 

 ……何をしてるんだ、あの二人は。

 

 漏れまくる声を聞いて、私は溜め息をつきそうになる。

 しかし、それでも、聞き慣れた声に胸の奥が穏やかになるのを感じた。気付けば身体の力が抜けていて、言い難い不安という実体なくもやもやとしたものが、子供くさい言い争いによって、軽くなった気がした。

 

 ……これでは、ゆっくり考えることも出来そうにないな。

 

 騒ぎ声が更に大きくなったところで、一人苦笑しながらそう思い、私は玄関の扉を開けるために立ち上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 ちょうど「まほら武道会」が終わった頃、二人は私と一緒に学祭でもまわろうと、私のことを探してくれたらしい。

 携帯電話に連絡しても、私がそれを見ていなかったため位置を掴めず、誰か知ってる人はと道行く人に聞いたところ、寮に戻っていく私の姿を見たという者がいたようだ。そして、二人は揃って私の部屋を訪れて、今に至るという訳だ。

 

 

 

「悩んでのはあれだろ。大方あのふざけた大会のことだろ? 」

 

 当たらずとも遠からず、と言った所だ。長谷川さんは続いてぼやくように言った。

 

「ま、気持ちは分かるぜ。私もあんなの見せられたら流石に頭を抱えずにはいられん。CGとかいうレベルではねーだろ」

 

「確かに、不思議なことが沢山ありましたね。

 しかし! あの時のネギ先生の御活躍をご覧になられましたか!? 大変素晴らしかったですよ! 」

 

 目を爛々とさせ興奮する様子で身を乗り出すあやかを前に、長谷川さんが一歩引いた様子を見せた。

 

 

 そうか、二人もあの武道大会を見ていたのか。

 あれほどおおっぴらに魔法を使っていれば、当然長谷川さんは訝しげに思うだろう。いや、あそこまで行けば見た人皆が気付きそうだとは思ったが、あやかを見る限りそういう訳でもないらしい。麻帆良に住む人は色々見慣れているということや、彼女自身がネギ先生ばかりに夢中だった、というのも気付かない要因なのかもしれない。

 

 

 なかなか口を開かない私を見て、長谷川さんは、あれ、と首を横にする。

 

「……あの大会のことじゃねーのか? 」

 

 私を覗き込みながら、長谷川さんはそう訊ねてくれた。

 

 

 私は、どう話したものか、と考えて、顔を歪めた。

 

 

 私の悩みとは、言うまでもなく、超のことだ。

 

 

 超は、「世界に魔法という存在をばらす」ことを目的として行動しているといった。その理由は、「起こるはずの悲劇を回避するため」だと。

 

 正直、魔法をばらすことについては、賛成し難かった。

 新たな技術の繁栄が、それだけで世界を豊かにするということは分かる。だが、決して良いことばかりではないだろう。産業革命後の進化した戦争しかり、新たな技術には新たな資源などが必要となり、それがまた争いの要因となり得る可能性がないとはいえない。戦争とまでいかなくても、魔法という存在は、世界のルールを混乱させるのには十分すぎる力だと思う。

 私からみたら、今の世界は、少なくともこの日本は、戦国時代や世界大戦をしていた時に比べれば安定した時代であり、そのバランスを崩すような真似はしない方が良いのではと思うのだ。

 

 しかし、だ。

 未来からきた超は、このまま何もなく時が進んだ結果、この世界がどういう道を辿るのかを知っている。行く先が、なんらかの悲劇を負うことを、知っている。

 彼女の言う悲劇が、どれほど範囲のもので、どの程度のものかは知らない。だが、魔法をばらし世界を変えるほどのことをしなければ回避出来ないものであるならば、相当重大な事が起こるのだろう。

 

 

 私は顔を上げ、目の前で私を心配そうに見てくれる二人の顔を見た。

 

 

 ……その悲劇というものは、私のクラスメイトを、この二人をも不幸にしてしまうようなものなのだろうか。

 

 胸の奥に、鈍い痛みを感じた。重苦しい重量感が、肺を潰しているように思えた。

 

 

 脳裏には、この世界で今まで御世話になった人達の顔が流れるように次々と浮かぶ。

 食卓で両親から注意を受けながらも楽しそうにしている妹。皆に優しくものを教えてくれた先生達。

 

 そして、窓から日が射した教室で、うるさいほどの日常を笑顔で過ごしているクラスメイト。

 

 麻帆良にいる皆の未来は、幸せであってほしい。人並みに山あり谷ありの人生を歩んで、出来れば、沢山笑っていて欲しい。心からそう思う。

 

 ならば。

 私はやはり、超に協力すべきなのではないか。

 何が出来るかは分からないが、皆を守るためにも、私はこの手を尽くすべきなのではないか。

 

 そう考えた時に、思い浮かべた教室の端に、陰りが見えた。

 ゆらゆらとした黒い煙が舞うように、その一部だけ暗く、重々しい雰囲気を放っていて。

 

 その映像が、私が決断することを戸惑わせていた。

 

 

 

 

「七海」

 

 手に、暖かいものが触れた気がした。あやかが、私の手を、ぎゅっと包みこんでいた。

 

「……そんな顔、しないで欲しいですわ。私達は、七海を困らすためにここに来たわけではないんですもの」

 

 あやかのぎこちない笑顔が私に向く。

 

 

 私は今、どんな顔をしていたのだろうか。

 少なくとも、彼女をこんな風に不安にさせるような顔をしていたのだと思うと、そのことがまた、心を痛めた。

 

 

「『―――私は、貴女の元気がないと辛い。落ち込んでいる貴女を見るのが苦しい』。

 昔、七海が私に言ってくれた言葉ですわ。 覚えてますか? 」

 

「……ああ」

 

 私達がまだ幼い頃。弟を亡くしたあやかに、私はそう言ったのを覚えている。

 

 

「今、私はその気持ちがよく分かりますわ。七海がそんな顔をしていると、私も悲しい」

 

 彼女は、私の手を両手で優しく持ち上げて、胸の前におく。

 目を細めた寂しげなあやかの顔が、側にあった。

 

「―――今度は、私が貴女の手を持ちますわ。

 どんな悩みかは分かりませんが、私はこうして、手を持っています」

 

 

 

 

 あやかに続いて、長谷川さんが、私にぐっと顔を近付けた。

 

 

「……いいんちょも言ってたが、何悩んでのかってのを問い詰めるつもりはねーよ。

 何でもかんでも言ったら楽になるなんか思ってねーし、明智が私らには言わない方がいいと思ってんなら、きっとそれがいいんだろうよ」

 

 ただ、これだけは言っとくぞ、そう続けて彼女は、もう片方の手の、ピンと伸ばした人差し指を私に向けた。

 

「……お前の側には、私らがいる。私も、こいつも、あの馬鹿なクラスメイト達もだ。何があろうと、それは変わんねーよ」

 

 

 

 ……ああくそ。臭い言葉を言っちまった。そう続けて、長谷川さんは恥ずかしそうにした。

 

 それを聞いたあやかが、素晴らしい言葉ですわ、と言って、彼女はさらに頬を赤めて、うるせぇ、と言った。

 

 

 

 それから二人は、また言い争いを始める。

 

 うるさいとはなんですの、せっかく誉めたのですに。

 誉めたらいいってもんじゃねーんだよ! ほっとけ!

 またそんな汚い言葉を使って! 大体あなたは……!

 

 

 

 私を放置して、二人は楽しそうにしている。

 

 

 

 私は、さっきまであやかに握られていた掌を、じっと見つめた。そこにはまだ、暖かい熱を持っている気がした。

 

 二人が私に言ってくれた言葉が、頭の中に流れる。

 

 

 そして、またあの教室の映像が浮かぶ。クラスメイトは光を背にして、次々と此方に振り向いていき、笑顔を向ける。

 そして、教室の端で、一人。

 暗い闇の中で、それでも笑顔でいた、彼女は―――。

 

 

 ―――そうか。私は、だから悩んでいたのだ。

 

 

 自分の気持ちがはっきりすると、身体の奥から力が湧いてくるような感覚がした。肺から吐き出す空気も、つっかえなくすっと自然に流れていった。

 

 前を見ると、二人は未だに言い合っている。

 また苦笑しつつも、私は二人の名を呼ぶ。

 

 

 こうして、彼女達にお礼を言うのは何回目だろうか。

 まだ中学生、と思っていても、二人は私の思っているよりずっと大人で、輝かしい。胸を張って自慢出来る、大切な人だ。

 

 同時に此方に顔を向けた彼女達に、私は言った。

 

 

 

 

「二人とも、ありがとう。おかげで、気持ちが決まったよ」

 

 

 

 

 ○

 

 

 

「そーいやよ」

 

 せっかくの麻帆良祭だからと、私達は三人で寮の外にでた。街は相変わらず賑わっていて、左右にある出店から宣伝の声が響く。この辺りは飲食できる場所が多いらしく、左右からソースの香りが漂っていた。

 

「神楽坂のやつはどこいったんだ? 」

 

「ほんとですね。そういえば、あのお猿さんは見てないですわ」

 

 歩きながら、あやかはきょろきょろと周りを見渡すようにして明日菜を探す動作をした。

 

「ああ、明日菜なら、今日はデートだ」

 

「デ、デート!? 高畑先生とか!? 」

 

 長谷川さんが驚きの声を上げる一方で、あやかは、ごくりと喉を鳴らす。

 

「……つまりは、ついに、ということですね」

 

「……そうかもな」

 

 どんな時であろうと、人はそれぞれの道を進む。

 超が何かを世界を巻き込んだ事件を企んでいるときも、私がくよくよと悩んでいる時も、誰かがどこかで闘っているような時も。

 人は、自分の今を見つめて、進んでいる。

 

 明日菜は、今頃心臓をばくばくと鳴らして、顔を真っ赤にしながら、高畑先生と一緒にいる筈だ。

 

 想像したその青春が眩しくて、精一杯頑張る明日菜にエールを送った。

 


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