セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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本日8話目です。今日はいつもより多いです。


第68話

  前を見れば、高畑先生の横で楽しそうに話すういちゃんの横顔が目に入った。畳み掛けるように話しているからか、高畑先生は少したじたじとしながら受け答えをしているように見える。二人で歩くその姿はとてもカップルにはみえなく、叔父と歩く娘のように思えて、なんだか可笑しかった。相手がういちゃんだからか、嫉妬という感情は沸かなかったけれども、私と高畑先生も周りにはそんな風に見えていたのだろうかと思うと、ちょっぴりへこむ。

 

 四人分の足音が、バラバラのリズムで地面を叩いた。しかし、不思議とそれぞれの距離は変わらなかった。前には、高畑先生とういちゃん。その少し後ろに、私と白髪の少年。

 

 あの小さな口からどれだけ言葉が溢れるんだと呆れてしまうほど、ういちゃんは喋っている。

 初めは、あれだけ次々に言葉が出てくれば気まずい想いをせずに済むのかな、と素直に参考にしようとしたが、高畑先生の困った顔を見れば、ぐいぐい行きすぎるのも問題だとも分かった。

 

 やはり、いつも通り。私らしく私のペースが一番ということなんだと思う。きっとういちゃんは私にそれを教えてくれているんだ。……多分だけど。

 

 しかし、ういちゃんは高畑先生とどんな話をしているのか。気にならない訳がなかった。嫉妬的な意味ではなくて、あのお喋りな少女なら、意図せずに余計なことまで語ってしまいそうで、ハラハラとする。

 

 二人のことが気になって、声は聞こえないけれどじっと視線を向けていると、振り返ったういちゃんと目が合った。

 彼女もこっちの様子は気になるらしく、その後もちらちらと目線を向けてきている。

 

 

 おそらく、彼女は彼女で、この少年のことを気にしているのだろう。

 そんな視線を受けた横にいる少年は、相変わらず無表情のままだ。

 

 私はこの子と直接話したことはないが、ネギから少しだけ話は聞いたことがある。この子も魔法使いらしく、最近何故かこの麻帆良に来たのだとか。

 

「ねぇ」

 

「……なんだい」

 

 愛想のない声で、彼は返事をした。明らかに面倒くさいと思ってるその表情は、私をむっとさせる。

 まったく、高畑先生の柔らかい物腰とは大違いである。しかし、こんな年下にそんなことでガミガミと言っても仕方ないと、私は自分の心を落ち着かせて続けて声を掛けた。

 

「フェイフェイはさ、」

 

「……フェイフェイと呼ぶのはやめてくれないかい」

 

 不快感を示し低めの声を出しながら、少年は私を睨んだ。

 

「え? 何怒ってんの? あんたの名前じゃん」

 

「それは、あの子が勝手につけた渾名だ」

 

 溜め息を吐きながら少年はそう言った。聞けば、本当の名前は、フェイトと言うらしい。

 フェイフェイと言う渾名はあまり気に入ったものではないようだ。私は可愛いと思ったけれど、確かに少年の無愛想な態度とはどう考えても合っていない渾名だ。

 

「でも、なんでういちゃんにはそう呼ばせてるの」

 

「僕が呼ばせたくて呼ばせてる訳ないだろう。彼女には話が通じない。何度言ってもフェイフェイと呼ぶ」

 

 再び息を吐いた彼の陰りある顔から、少年とういちゃんのやり取りが見えた気がした。

 強情でマイペースな彼女は、少年がいくら注意しても呼び方を変えようとしなかったのだろう。

 

 

 ……でも、なんでだろうか。

 ういちゃんに、『フェイフェイ』と呼ばれている時の彼は、嫌そうにしてるようには見えなかった。

 

 

「……あんたさ、もしかして、ういちゃんのこと好きなの? 」

 

「……なんだって? 」

 

 思いきって訊いて見ると、少年は足を止めて、眉根を寄せてやっとその無表情を崩した。私達と高畑先生達との距離が、ちょっぴり空いた。

 

「だって、前の時もそうだけど、よく一緒にいるじゃん」

 

「それは、毎回彼女が僕を無理やり」

 

「あんただって、本気で避けてるようには見えないわよ」

 

 少年が、ネギが言うように本当に強い魔法使いならば、ういちゃんから逃げることなんて簡単だろう。でも、少年はそうはせず、なんだかんだと言いながらも、彼女と共に歩いている。その裏にある想いは好意なのではないかと推測してしまうのは、可笑しいことではない気がする。

 

 

「…………彼女に好意を持ってるつもりはないよ」

 

 少年はたっぷりと時間をかけて沈黙を作った後、淡々とそう告げた。

 それから、前にいる少女に目を向けてから、言葉を紡ぐ。

 

「ただ、気になっていることは、ある」

 

 ゆっくりと瞬きをして、薄く口を開いて続ける。

 

 

「……彼女は、どうしていつも笑っているんだろうね」

 

 

 呟かれたその問い掛けは、答えを求めるような聞き方ではなかった。単純に、自分には分からないということを、提言しているように思えた。

 

 

「僕を見つけると、彼女はいつも無理やり側にくる。特に何もしていないし、何が楽しいのか分からないが、彼女はいつも笑ってる。

 どうかしたのかい、と訊いたこともある。けれども、彼女は笑うだけだ。

 正直、意味が分からないよ」

 

 少年の視線の先にはやはりういちゃんがいて、私より低めの位置で結んだ髪が彼女の動きに合わせて跳ねているのが分かる。まるで犬のしっぽみたいに、笑顔な彼女に合わせてその髪も喜んでいるみたいだった。

 

 少年は、相変わらず無表情ではあるけれど、何も考えてない訳ではないようだ。その顔の裏にどんな想いをしているのか私に分かる訳はないけれど、彼なりに何か想うことがあるのだろう。

 

 

 私は、いつも笑顔なういちゃんを思い返して、くすりと笑った。

 

「そんなの、ういちゃんがあんたといて楽しいから笑ってるんでしょ」

 

 私の言葉を訊いて、少年はやっと私にも目を向けてくれた。

 

「あんたさ、きっと複雑に考えすぎなのよ。もっとシンプルでいいじゃない。笑顔になる理由なんて簡単。

 嬉しければ喜ぶしムカつけば怒るし楽しけりゃ笑うし辛かったら泣く。それだけよ」

 

 少年は、何度か瞬きをした。大人ぶっているけれど、この時だけは、この少年が子供に見えた。分からないことを不思議に思っている彼とネギの姿が妙に被って、私は一人で勝手に親しみを覚える。

 笑った私の顔を見て、少年は目を閉じて口を閉じた。私の言った言葉の意味をもう一度頭に反芻しているみたいだった。

 

 

 いつの間にか距離が離れていた私達が気になったのか、ういちゃんと高畑先生は振り返ってじっとこちらを見ていた。私達と完全に目が合う。

 それが可笑しかったのか、ういちゃんは嬉しそうに笑った後、大袈裟に手を左右にさせていた。

 

 

 その笑顔を、少年はじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

「……何をしてるんだお前は」

 

「何って、実験よ」

 

 女は、妙に慣れた手つきでカチャカチャと器具を振るわせた。七海の書いた手順書を見ながら、液体の入ったフラスコや試験管を片手に、なるほど、等と呟いている。

 

 地下にある薄暗い部屋と整った顔の女は合わない組み合わせに思えたが、その女の立ち振舞いのせいか、その風景はしっくりときた。

 

 勝手に器材を手にする女を、私は不審に思いながら見ていた。

 

 

 

 昨日助けた女は、一度目を覚まして私と話した後、体に疲れが残っていたからか、また深く眠った。

 七海に起こり得る症状の参考にする、という目的は果たせそうにはなかったのだが、女を無理矢理追い出すことは面倒で、一晩泊めてやった。

 今朝、目を覚ました時、女は再び私にお礼を言い、自然にお互いのことを話し合う流れとなった。と言っても、私の方は大した説明をした訳ではなく、麻帆良に住んでるもので、友と同じ症状であるお前を見付けたため、何となく助けたとざっくりと告げただけだったが。

 

「私は、ネカネ・スプリングフィールド。従弟がここで教師をしてるみたいで、その様子を見にきたんだけど……」

 

「スプリングフィールドだと? 」

 

 女の名前は、聞き覚えがありすぎた。私には、あまりにも馴染みのある名前だ。

 従弟とは言うまでもなくあの坊やのことで、とすると、ナギの親戚でもあるということだ。

 

「ねぇ、申し訳ないのだけれど、あの薬のこと、教えてくれないかしら」

 

 坊やと関わりのあるものと訊いたら、その後も話はしやすかった。あの一族が、魔法に関わっていない筈がない。たまたま七海と同じ症状であった魔法も知らない一般人、となると説明が面倒であったが、その心配はいらぬようで安心した。

 

 女にはどこまで話すべきなのか、と悩んだが、結局大まかなことはほとんど話した。

 女に同じ症状が起きているとしたら、今後も薬を飲むことが必要となるだろう。この薬は世界樹を材料に使っているので他の場所で作れる訳でもなく、女はこれを頼りにしないといけない。一度関わらせてしまってから、これ以上はあげられないとは、助けた身としてはあまりにも責任がなくて、言えなかった。無論口止めはするし、私としてはただで薬を渡していくつもりはないとは思っている。物事は、等価交換が基本だ。

 しかし、これを作ってるのは七海なので、結局はあいつの判断次第である。まぁ、あいつの答えは分かりきってるのだが。きっと、無償でこの女に薬をあげようとするだろう。

 

「……その、七海という子は……」

 

 昆虫の腸内細菌を用いている、等の説明をした辺りから、女は、薬の作製者である七海のことを気にしだした。

 冷静であった今までとはほんの少しだが態度が変わり、声を若干上擦らせて、熱を持った聞き方をしてきた。どうしてそこまで作製者に拘るのか、私にはよく分からなかった。

 ただ、友の話を他人にする、というのはどこか新鮮で、私の口も些か調子に乗っていた。どうだ、あいつは凄いだろう、と胸を張りたい気持ちを抑えながら、私は話していた。女が聞き上手なのも、私の饒舌を助ける原因になっていただろう。

 

「……私を助けてくれた時、エヴァちゃんは」

 

「エヴァちゃんか」

 

「あら、嫌かしら? 」

 

「……いや、構わん。続けてくれ」

 

 吸血鬼であることや、長く生きていることを伝えるのをはしょったからか、当然女には幼く見られているのだろう。急に距離が近付いてきた呼び方で馴れ馴れしく思う一方で、あまり不快に思っていない自分もいたため、話を続けさせた。

 

「目的のために私を助けた、と言っていたわよね? それに、私に身体の違和感の有無も訊いた。……もしかして、この薬には、まだ分からない副作用のようなものもあるのかしら? 」

 

 賢い女だと思った。少ない情報から、物事を推測し考える力を持っている。

 そう思ったからか、私は不安に感じていたことを女に話していた。

 このままだと、七海の身に何か起こるかもしれない。それは今はまだ、ただの可能性の話でしかないのだが、どうにも嫌な予感がしてならぬのだ、と。

 

 訊いてからの女の行動は、はやかった。目を開き、決意に満ちた顔を作り、私にも、その不安を取り除く手伝いをさせてほしいと、力強い声で言った。

 

 藁にもすがる、ではないが、一人で行き詰まっている以上、他人の手をわざわざ払い除ける必要はない。私が、構わん、と頷くと、女はすぐにその薬があり、実験している場所に連れていってくれと頼んできた。

 七海は基本的に大学で実験をしていたが、私の家の地下部屋にも必要最低限の物は揃っている。なにせ、大学が閉まっている時に薬の作れる場所がないと、万が一の場合危ない。私は女を連れて地下にいった。

 

 

 

 

 それから、女は、そこにある器材や材料を色々と見て周り、紙に何かを書きつけていった。

 魔法が使えなかろうと、研究など畑違いだろうとあまり期待していなかった分、その分かっているような動きに、私は驚きを感じてしまった。

 女は、私の視線も気にせずに、手を止めず長い時間動き続けた。

 

 

「私と七海という子では条件が違いすぎる。だから、私には同じ現象が起こらないかもしれない。そう言ったわよね? 」

 

「ああ」

 

「その、他の世界に精神だけ行く、という感覚はいまいち分からないけれど、私にはその感じはしなかった。ほんの僅かに頭にノイズは走った気がするけれど」

 

「 ! 確かに、七海は当初頭にノイズが響くと言っていた。服用するにつれてその時間が長引いていき、そのうちあの世界に行けるようになったと」

 

「なら、私もその世界に行ける可能性はあるということね。だったら、条件を彼女に合わせていったら、私もその不安の正体が掴めるかもしれない」

 

「しかし、服用期間や量が違いすぎるだろう。今から条件を合わせるのは……」

 

「時間については難しいわね。量についても、ここにある在庫も限りがあるし、作ってはがぶがぶと飲んで行くのはきっと建設的ではないわ。

 

 だから、ひとつだけ。薬の組成とその工程を見れば、その子は薬を作っていく中でかなり薄めつつ飲んでいってるのが分かる。まぁ、当然よね。とすれば、きっと今まで飲んだ本来の含量はそこまで多くない筈だわ。

 だから私は、その工程において成るべく薄める作業を減らして言って、濃い薬を飲む。そうすれば彼女の身体に残っている量と近付ける可能性はあるわ」

 

 女はぶつぶつとそう言って、紙に計算式らしきものを書きなぐっている。

 

「……おい。そんなことをして、お前の身体が無事ですむ保証はないんだぞ」

 

 私がそう言うと、女は笑った。

 

「……私ね、病気で死に直面したの、今回を会わせて実は二回目なのよ。

 今回も、助かる見込みはあまりになくて。だから、私は病気には勝てないのかな、なんて弱気にも思ったりしたわ。でも……」

 

 女は机の上に置いてある世界樹の薬を、じっと見つめて、静かにも、嬉しそうにはにかみながら続けた。

 

「……今回は、助けられちゃった。なら、私も、力を尽くさないと。大丈夫よ。危ない橋をわたろうなんて気はないわ。ちゃんと予想して、仮定をして、計算して、考えて、石橋を叩きに叩いてから、やるつもり。

 

 ……だって私も、私だって、科学者だもの」

 

 最後に、女は小さな声でそう呟いた。

 


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