セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第70話

 

 超は、すっと伸びた私の右手を、じっと見つめていた。口をきゅっと結び、顎を引いた真剣な表情で、彼女は立ち止まっている。

 

 少し強い風が吹き、光る世界樹の枝をふぁさりと揺らした。また白銀に光る葉が何枚も落ちて、宙を漂っているのが見える。静かな夜の中に舞うそれは、星が落ちているようにも見えて、綺麗だった。飛ばされた葉のうちの一枚が、私達の間にヒラヒラと落ちてくる。

 涼しげな夜の風と一緒に、超の肩が揺れた。

 くすくすと、擦れるような笑い声も聞こえる。

 

「ふふ、ふふふ……。少し、予想外な展開だヨ。七海はもう少し現実的な人だと思てたネ」

 

 まさか、そんな子供っぽい理屈を言うとは。そう続けた超は、頬を緩めながら、手を口にそっと当てて笑っていた。

 

 超の言う通りだった。私の意見には、具体的な案がない。今のままでは、子供が夢を見て語っているのと変わらないのだ。

 しかし。

 

「何かを始めるとき、最初は理想から語って入るものだ。そして、その理想をどう成し遂げていくか考えるのが、我々科学者というものだろう? 」

 

「……科学者、ね。まぁ、そうかもしれない」

 

 超は目を閉じてゆっくりと頷く。

 その表情の中には一瞬迷いが生じたような気がしたが、差し出した私の手は、まだ取られていない。

 

 

 しばらくして、超はおもむろに瞼を開けて、再び私を見た。

 すっと手を出して、上に向けた彼女の掌に、一枚の世界樹の葉がひらひらと落ちて乗る。

 それを映した彼女の黒い瞳に、白銀の光が一筋光った。

 

「……七海。未来で描いた私の理想は、この現実が、もっとましなものになれば、という、小さな願いだたヨ。

 ……その小さな願いは、時間が過ぎていくにつれて私の中でより大きくなっていって、その分厳しい現実もより知っていった。なまじ頭の良かった私は幼いながらに気付いてしまったヨ。

 このままでは、この世界は変えられないし、変わらない」

 

 

 どこか儚さの混じった笑顔でゆっくりと語りだした超に向かって、私は静かに頷く。

 彼女の声は、寂しさが一緒になっているように感じた。頭には、空が赤く荒廃とした世界に1人で立つ彼女の姿が浮かぶ。彼女のいた未来とは、それほど救いようのないものだったのかもしれない。

 

「ならば、過去にすがるしかなく、その願いは自分にしか成し遂げれないということが、分かる」

 

 くしゃりと、爽快な音が響いた。

 彼女はぐっと拳を握り、手の中にあった葉を潰していた。

 そして超はすっと息を吸い、笑顔を止めて、手の中の葉を落としつつ地面に指差す。

 

「そして、ようやく辿り着いたのが、ここだ」

 

 力強くそう言って、超は私に向ける視線に柔らかさを込めた。

 

「貴方の気持ちは嬉しいヨ。……本当に。素直にそう思う。そうやって、私の身を案じてくれたんだからネ。

 ……でも、誰にどう言われようと、今更この計画を止めるつもりはない。積み立てて、考え抜いた私の計画だ。私は、私のために、私の願いのために最善を尽くす。

 ……だから、スマナイネ」

 

 

 

 ……超はもう、伸ばした私の手を取ろうとはしなかった。

 仲間になろうと、再び私に手を伸ばすこともしなかった。

 

 そのことが、悲しい。

 

 

 

 幾度となく向けられた彼女のその瞳には、今も強い光を感じる。どうあってもやり遂げようという意志が表れていて、それを見れば、超の想いが並々ならぬ決意から生まれたものであることがよく分かる。

 彼女はきっと、たった一つの願いを追いかけ続けて、尋常でない努力をその身に与えて、ここまで辿り着いたのだろう。

 

 そう想うと、言い表せない苦しさが胸を伝った。彼女のその懸命な頑張りが、私の胸を痛めた。

 

 彼女の強さは、危うい。

 14歳の少女が、誰かのために、世界のためにと頑張ろうとしている。悪いことではない。悪いことの筈がない。懸命で素晴らしいことだと語るものはいるだろう。

 

 でも、私が嫌なんだ。

 

 それだけ才の溢れる彼女は、もっと自分の好きなことを見つけて、好きな人を見つけて、なにも考えず大笑いできる環境にいてほしい。もっと自由であってほしい。

 A組のように、ちょっと間抜けだけれど、それでも今を精一杯生きてる皆の間に混ざっていてもいいだろう。

 

 自分の言ってることが綺麗事であるのは分かってる。現実とはもっと辛いもので、それに立ち向かおうとする彼女こそ正しいのかもしれない。

 私の言い分は、自分勝手で、子供っぽくて、どうしようもないことを言っているのだろう。それでも、私はこの気持ちを抑えることができなかった。

 

 私は、私の中の心に嘘をつくことが出来なかった。

 

 

 

 

 ――――だから、それでも彼女がその道を進もうとするなら、私は。

 

 

 

「私は、君の友達として、仲間として、君を止めるよ」

 

 

 超は、私の言葉を訊いて、きょとんとした表情をして、それから、徐々に口角を上げていって、笑った。

 

「……七海。貴方には何度も驚かされる。

 気もなく、魔法を使うどころか魔力もない。闘いも知らなく、それどころか、人の闘いを見るだけで怯えるような、貴方が、止めれるか?」

 

「それでもだ」

 

 そんなことは、関係ない。

 ただ友人と意見を対立させるのに、魔力も、闘いも必要ない。お互いに、信念をぶつけるだけでいいのだ。

 

「ふふ、ふふふ」

 

 私が止めると言ったことが可笑しかったのか、超は声を上げてゆっくりと微笑んだ。

 

 それから彼女は、視線を私の後方に向けて、声を掛けた。

 

「……ネギ先生、貴方も、私を止めるつもりだろう? 」

 

「……超さん」

 

 後ろを振り向けば、大きな杖を両手で握り、心配そうに声を出すネギ先生がいた。私達の会話を聞いていたのだろうか。

 ネギ先生は、杖を握る力を強めて此方を見た。

 

「僕も、先生として、貴方を止めなければなりません。その行動は、沢山の人に迷惑がかかる。それに……」

 

 ちらりと眼鏡の奥の瞳に私が映った。

 

「超さん。貴方のためにも、その作戦を認める訳にはいかない」

 

 超は軽快に笑った。まるで、悪役を演じている女優のように。

 

「…………ならば、止めてみろ。私を。貴方達にそれができれば、私の考えは改まるかもしれない」

 

 話し合いを終わりを告げるかのように、超は勢いよく私達に背を向けて、一歩を踏み出す。

 

「七海、ネギ先生、じゃあネ」

 

 何の動作もなく彼女の姿は消え、その呟きだけが耳に残った。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 翌日の朝、つまり、学園祭三日目。私はネギ先生に呼び出され、中等部の図書室に向かっていた。学園祭中にここに来る生徒はいないらしく、そのためか近くの廊下から既に静けさが漂っている。

 私が図書室のドアを開けると、部屋の中には桜咲や楓、木乃香、クーがいて、皆が一斉に此方を見た。

 

「……明智さん? どうしてここへ? 」

 

「多分、皆と一緒だ」

 

 ネギ先生は、この部屋で作戦会議をしようと言った。つまり、ここにいる皆が超の起こそうとしていることを知っていて、それを止めようと集まったのだろう。

 ネギ先生が堂々と呼び出したということは、少なくともここにいる人はもう魔法や魔法使いのことを知っているのだろう。桜咲や木乃香は京都の時に知ったらしいが、楓とクーはネギ先生に聞いたのだろうか。まぁ、あれだけ派手に武道大会なんかをしてれば、流石にあの場にいた本人たちは気付くものなのだろう。

 しかし、これだけ魔法を知ったものがいると思ったら、少し妙な気分になった。不思議パワーなどと言って長谷川さんと二人で騒いでいた時が何故か懐かしく思える。

 

「……七海。あんな、今は関係ない話かもしれへんけど」

 

 珍しく俯いた表情で、木乃香が私に近付いてぼそりと呟くようにして言った。

 

「明日菜、今うちらの寮の部屋でずっとへこんどるんよ。今はそんな場合じゃないって言われるのも分かるんやけど、うち心配で……。何て声掛けたらええかも分からんし」

 

 人一倍友達想いの木乃香のことだ。明日菜の気持ちを考えずにはいられなくて、不安になっているようだ。

 私は、涙ぐんだ顔の木乃香の頭に、ぽんと手を乗せた。

 

「……大丈夫だ。あの子は強い。でも、今はきっと1人にさせてあげるのがいいと思う」

 

 しばらく、1人でいる時間が必要だろう。

 私がそう言うと、木乃香は小さく頷いた。

 

 

「ふむ。しかし、このような場に七海殿がいるとは、珍しいでござるな」

 

 見れば分かるが、木乃香を覗けば周りは皆武道家だ。その中にインドアの私が混ざっているのは、確かにあまりない光景かもしれない。

 

「……確かにな。役に立てるか分からなくて申し訳ないが 」

 

「まさか」

 

 楓がにっと目を細めた。

 

「自慢じゃないけど私ら頭は良くないから、七海がいたら力強いアルよ! 」

 

 私の両手をぐっと握り、クーが嬉しそうに笑ってくれた。

 

「私、正直難しいことは分からないアル。超に色々聞いたし、皆からも聞いたケド、超がほんとはどうしたくて、何が正しいか分からないアル。でも、それでもこのままは嫌アル。超とこんな風に最後になるのは、嫌アル。だから私、超を止めたいネ」

 

「……そうだな。私も、まだ自分に何が出来るかは分からない。それでも、彼女のために何か出来たらと、思っている」

 

「彼女のためにとは、明智さんらしい理由ですね」

 

 私の言葉を聞いて、桜咲がくすりと笑った。

 

「明智さん。少し前、私も、あなたのそんな心に知らぬ間に救われました。大丈夫です。力がなくても、貴方に出来ることはきっとあります」

 

 そう言って力強く頷いてくれた桜咲が、頼もしかった。私が改めて礼を言うと、彼女達は笑って受け入れる。

 

 そんな風に私達が集まって話していると、また部屋の扉が開く音がして、見ると、ネギ先生がいた。

 

「……皆さん、集まっていますね」

 

「ネギ坊主! 呼び出しといて遅いアルよ! 」

 

「すみません。ちょっと緊急に連絡が入って、ある人と会ってて……」

 

 ネギ先生は申し訳なさそうに頭を下げながら私達の中央へとやってくる。

 

「……ある人? 」

 

「……その人のことは、この事件が終わったら全て話します」

 

 彼は部屋の真ん中にあった大きな机に、ばっと紙を広げた。

 

「それではまず、彼女の今後の動きと、それを止める僕達の作戦について話します」

 

 

 ○

 

 

 ネギ先生によれば、超は世界樹の大発光を利用し全世界へと強制認識魔法を至らせて、魔法を皆に認知させようとしているらしい。

 更にはその魔法のために、麻帆良にある魔力溜まりを抑えなくてはならなく、そこを陣取るために大量の兵器をこの麻帆良に送り込もうとしているのだとか。

 

 話を聞いていると、まるでSF映画に潜り込んだ人物になっているような錯覚すらしそうであったが、真剣な表情で聞く彼女達を見れば、それが冗談でないことはよく分かる。

 

 作戦を聞いて、多くの人を巻き込んで目的を成そうとしている超に、予想外な想いを感じた。まさか、無関係の人までを巻き込もうとしているとは思わなかったのだ。その兵器のロボットは人に対して物理的被害があるわけではなく、精々服を脱がせるくらいなので怪我の心配はないそうなのだが、それでも、そこまでしたら万が一の事故というものがある。

 

 彼女を止めなくては、という気持ちが更に強くなった。

 

「……超さんは、既にこの作戦のための準備を整えています。世界樹を使った強制認識魔法ですが、世界樹の発光が最大限になった時に発動するようです。そのため、恐らく今日の夜には超さんは世界樹周辺に姿を現す筈です。つまり、超さんの出現までは兵器の動きを止めることに時間を割き、超さんが現れたら直接対峙することとなります」

 

「ロボットが一斉にやってくるって、凄い状況やなぁ」

 

「んー。細かいことは分からなかったケド、とりあえず、私達はそのロボットをぶっ壊して行けばいいアルね? 」

 

「……それに加えて、あっちには龍宮がいることも忘れてはいけません。恐らく、簡単にはいかないかと」

 

 超を手伝っている龍宮も相当な実力者であるらしく、話を聞いている限り、私に出来そうなことがないことがよく分かり、そのことが、もどかしかった。

 

 ネギ先生がクーと桜咲の意見を訊いて、頷く。

 

「しかし、兵器の数はあまりに多いので、正直僕らだけでは完全に戦力不足です。一応学園長を通して麻帆良の魔法先生達にも協力は頼んでありますが、それでもやはり戦力差は大きい。

 なので、催しと称して麻帆良の皆にも手伝って貰おうと思うのですが、どうでしょうか……?

 皆さんには、ロボットの機能を停止できるような魔法の道具を持ってもらえば、自衛も兼ねることが出来ると思うのですが…… 」

 

「……ふむ。一般人を巻き込むのに抵抗はあるでござるが……」

 

「しかしこのままでは、突然ロボットにより楽しみにしていた祭を無茶苦茶にされたと思われてしまいます。そうするよりも、皆にはイベントとして参加か会場から退避かを選んでもらった方が、どうなったとしても麻帆良らしく楽しんで終われるかもしれません」

 

 確かに一般の人に手伝って貰うというのに抵抗はあるが、このままだと麻帆良祭の最終日に災害が起こって台無しになるのと変わらない。楽しみにしてる人々のためにも、楽しいイベントととして終わった方が良いだろう。最低限の注意点を述べて、怪我人を出ないようにした上で参加の意思を示したものには手伝ってもらうというのがいいのかもしれない。

 

「その主催は、あやかに頼む形になるのか? 」

 

「はい。此方で必要な道具などは揃えますので、イベント開催の指揮などを頼もうかと思っているのですが……」

 

「ならば、私から頼んでおこう」

 

 それくらいのことは、私がしたい。なんとか役に立ちたいのだ。

 ネギ先生が、お願いします、と私に頭を下げる。

 

「それでは、次に今後の動きの確認ですが……」

 

「……その前に、ネギ先生。一ついいですか? 」

 

「はい、なんでしょうか? 」

 

 意見があること手を上げて示した桜咲が、ネギ先生のことをじっと見た。

 

「……貴方は何故これだけ超の作戦を具体的に知っているのですか? 」

 

 それはきっと、この場にいる全員が疑問に思っていたことだろう。

 ネギ先生は、あちらの作戦について、あまりに詳しすぎる。ロボットの登場時間から、超が世界樹上空に集まる時間さえも知っていた。それはまるで未来予知というレベルであり、先程までは作戦事項を訊くことに優先していたが、やはり訊かないで終わっていい話ではないような気がした。

 

 

 そう問われたネギ先生は、意味深な表情をしてからはにかんだ。

 

「……僕らには、強力な助っ人がいますから」

 

 


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