セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第73話

 

 

「うわ! すごい! あの子供先生、すごいじゃん! やるぅ! 」

 

 夜空に響く歓声の中、明智 ういの感嘆の声が横にいる僕の耳にも届いた。他の観客も顔を上げ、上空に浮かぶスクリーンに映るネギ君に向かって称賛するように声を張っていて、一帯は軽い騒ぎになっていた。

 彼女達の両手には迫り来るロボットを倒すための魔法銃があり、更に肩には支給された白いローブを羽織っている。先程までは意気揚々とイベントに参加していたのだが、街の空にある巨大スクリーンにネギ君の姿が映ると、皆がそちらに夢中になってしまった。

 

 太陽は落ち、月が出ている時間だというのに、彼女達の興奮と喜びの表情が、はっきりと照らされていた。月や街灯による明かりによってではなく、世界樹から洩れる激しい光によってだ。

 この祭りがもうすぐ終わってしまう、ということを心の中で分かっているからだろうか、少なくともこの広場での盛り上がりは、これまでの比ではないほどだった。

 

 

「まるで本当に闘ってるみたいだったねぇ! CGとは思えないほどリアルだったよ! 」

 

 彼女は周りの雄叫びに負けじと、大きな声で私に向かって話し掛けた。

 僕が返事をしなくても気にすることなく、彼女はいつもの笑顔のまま、これまでと同じように、僕に声を掛ける。

 

「それに、ほら! 見てよフェイフェイ」

 

 毎度の如く僕を渾名で呼びながら、見て見て、と続けて、彼女は僕の肩に小さな手を置き、もう片方の手でスクリーンを指差す。

 肩に軽く感じる暖かさを認識しながら、その指先に釣られて、僕もゆっくりと顔を上げて、画面を見る。

 

「世界樹がさ、とっても綺麗だよ! 」

 

 スクリーンには、勝負が終わったネギ君と少女が映っていて、その側には、世界樹が見えた。この場所から見える世界樹よりも近くで映し出されたそれは、細部までしっかり見えて、銀色に光る葉の間にある金色の魂がさ迷うように揺れているのが、画面を耀かしいものにしていることが分かった。

 

 

 

「……確かに、綺麗かもしれない」

 

 思わず、声が出た。僕がそう言った途端に、明智 ういは驚いた表情をした。

 

「……なんだい? 」

 

「……なんかさ、珍しいなぁって」

 

 彼女は、今度は少し控えめに、くすくすと笑い声を洩らした。

 その一瞬は、全く似ていないと思っていた彼女の姉とたぶっているように見えた。改めて、姉妹と言うものの不思議さを感じる。

 

「フェイフェイはさ、あんまり自分の意見とか言わないし、綺麗だ、なんて一番言わなそうだったから」

 

 はにかみながら、彼女はうんうんと頷いている。その動きに付いていこうと、彼女の二つに縛った髪が楽しそうに揺れた。ゴムについたさくらんぼが、光に反射してきらりと光る。

 

「……フェイフェイも変わったってことかもねぇ。 初めて会った時なんかずーっとつまらなそうな顔してて、私心配しちゃったもん」

 

 彼女は自身の両目尻に手を添えてから、そのまま左右に伸ばすようにして、目を横長にした。

 

「フェイフェイ、最初はこーんな顔してたよっ」

 

「……僕の目はそんなに細くない」

 

「あはっ! そだねっ! こんなには細くないね! でも、釣り上がってはいると思うよ? 」

 

 何が可笑しいのか、彼女はまた一人で笑った。勝手に楽しそうになりながら、視線を再びスクリーンに戻している。

 

 

 

 皆が視線を上へと上げる中、僕は、頭を下げて、自分の掌を見つめていた。

 

 作り物で、人形である、僕の掌だ。

 

 

 

 ――変わった? この僕が?

 

 考えてみれば、前までは景色に対して何か思うことなんてほとんどなかった。景色なんて、僕にとってはただの視覚情報でしかなかった。

 しかし、この街に来てからは、色んなモノを見た。彼女に腕を引っ張られながら、これは凄いよね、これは面白いね、と、何度も尋ねられてきた。

 その時も、特に何か思ったことはない。

 それでも、彼女の表情を見れば、彼女の楽しそうな笑顔を見れば、そうなのかもしれない、と思わされることはあった。

 僕にとっては何でもなくても、少なくとも、彼女にとっては違うのだ。

 彼女にとっては、この世界はつまらなくなんかなくて、この世界は楽しいモノに溢れていて。

 彼女はそれを僕に教えてくれているようだった。

 

 

 

 掌をゆっくりと握ってから、僕は少女の横顔を見る。スクリーンを見上げながら、笑う少女の横顔を。

 

 

 

 

 ―――もうすぐ。もうすぐの筈だ。

 

 この子の姉が、この子の姉でなくなるのは。

 元から、それを見届け、アシストするのが僕の目的であった。そのためにここに来た筈なんだ。

 

 

 

 ―――だが、この気持ちはなんだ。

 

 胸の中に重くくすんだ煙が撒いてあるようなこの気持ちは、なんだ。

 

 どうして僕は、こんな想いをしているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 

 ……ネギ先生は、上手くやってくれただろうか。

 

 大学前には、私以外の人影は見えなかった。皆、世界樹広場の近くへと向かっているのだ。学園祭最後のイベントを、それぞれ楽しもうとしているのだろう。

 私は暗い空の下、遠くで優しく光る世界樹を、幾つもの虫籠を前にしたまま一人で見上げた。吹く風にはどこから運ばれてきてのか、ほんのり熱気が篭っていて、肌寒さは感じない。

 

 一匹のホタルが私の足元から飛び上がって、前を通りすぎていった。それもまた世界樹の方へと向かっていく。どうやら、まだ一匹虫籠の中に残っていたらしい。

 見送るそれの臀部に備える光は、野生のものと比べると規格外なほどに大きい。大きすぎる光はホタル自身をすっぽりと囲んでいて、まるで金色に光るシャボン玉がゆらゆらと浮かび上がっているように見えた。

 

 

 このホタル達は、去年長谷川さんに世界樹の話をしたときに、水槽で飼っていたホタルの幼虫が成虫になったものだ。

 

 幼虫期から世界樹の粉末入りの水槽内で過ごしたホタル達は、その頃から既に普通ではあり得ないほどの光りを発していた。

 ホタルは自身のATPを用いて光を灯す。 ATPは全ての生物に共通してあるもので、その重要性から生体のエネルギー通貨とも呼ばれるものだ。世界樹によって活動性や生命期間が伸びる昆虫に対して薬を適応させたら、それらの反応が活発に行われることは予想できた範囲だ。

 加えて、ホタルは自身達の光に対しての応答性がある。世界樹の薬を適応されたホタル達が、その世界樹本体の光へと向かっていくことも、なんとなく予測できた。

 

 強い光を放つホタルが近くに来たのなら、もしかしたら目眩ましとして使えるかもしれないし、超の気を引くくらいの活躍は出来るかもしれない。そう思って、この作戦を考えた。ホタルが成虫になる時期は大体5月から6月の間で、学園祭の時期が重なっているのも、運が良かった。

 

 

 世界樹を見上げる私の耳に、遠くから歓声が聞こえた。雄叫びのように響いたそれが、私に結果を知らせてくれる。

 イベントの関係上、他の参加者達にとって、超は最後のボス的な扱いだった筈だ。彼らが喜ぶということは、つまり、ネギ先生は勝ったのだ。

 

 

 ほっとして、自然と肺から息が出た。

 

 超は、これで思い止まってくれるだろうか。

 彼女が強い想いを持っていることは、皆が分かっている。それでも、思い直して欲しかった。一人で頑張ろうとせずに、私達を頼って欲しかった。

 

 彼女は、自分を止めてみろ、と私達に言った。

 そして、結果ネギ先生が勝ったことにより、少なくとも、今すぐにあの作戦を実行することはない筈だ。超はきっと、そういう所は義理堅い。

 

 超が、これからどうしていくかはまだ分からない。

 私達と一緒に未来を変える方法を考えるかもしれないし、もしかしたら、もう一度この世界に魔法をばらす方法を思索するかもしれない。

 

 

 

 だが、そんなことよりもまず、今日はこれから後夜祭だ。

 

 きっと、超が何かを考えることを忘れてしまうくらい、皆ははしゃぐだろう。色んないざこざをなかったことにするくらい、騒ぐことになるだろう。

 それが、私達のクラスメイト達だ。

 喝采の声が舞い上がり、うるさいほど楽しむ彼女達の姿が容易に想像できて、私は一人で笑った。

 

 

 そうだ。私も、皆の元へ向かおう。

 

 学園祭最後の日くらい、私も羽目を外して、いつもより少しくらい大きな声を出すのも良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、足元にある虫籠を片付けようと手を伸ばそうとした時、

 

 

 硬直が、私を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

「……っ! 」

 

 頭の芯から、急激に熱を帯びていく感覚がした。

 喉が、痛い。胸の内に不純物が入り込み、ぐるぐるとひっくり返るような、不安定さを感じる。

 あまりに突然の衝動に耐えきれず、腹は強張り、足の筋肉は震えはじめて、私は気付けば膝をついていた。

 

 

 

『……君は、なんともないのかい? 』

 

『何か、身体に変化はないですか? 』

 

 幼い二人の少年の声が頭に過る。

 

 体勢が崩れ、身体を支えていた手が何かを求めるように伸びる。倒れた身体の先に虫籠があって、誰もいない夜の中、がしゃん、と音を立てて虫籠が倒れた。

 

 

 

 ―――この感覚は、なんだ。

 

 まるで、自分が、自分でなくなるような。

 

 息遣いが、信じられないほど荒くなっていてた。指先に力が入り、地面に爪を立てて引っ掻く。がりがりと痛ましい音がなった。

 

 胸の中の不純物がどんどんと大きくなっている気がした。身体の底から恐怖が這い上がってくるような感覚がする。私はそれに耐えるために、無理矢理歯を食いしばった。

 頭には、絶え間なくノイズが走り、脳を引っ掻かれているような気分になった。

 

 

( ――おい! しっかりしろ! )

 

 ノイズの裏側で、声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声だ。しかし、朦朧とする頭では、それをいつどこで聞いたかは思い出せない。

 

 

(――意識をはっきり持て! 負けんじゃねぇよ! )

 

 男の声が、私に必死に声を掛ける。

 そうだ、この声は、確か、世界樹の世界で。

 

(――思い出せ! あんたがここで過ごした日々を! 乗っ取られてる場合じゃねぇだろ! )

 

 ……乗っ取られ、る?

 

 意味が、分からない。考えが、纏まらない。目に力が入らず、視界はどんどん狭くなっていく。どくどくと、脈が異常に強くなっている音だけが耳に入る。身体は信じられないほど熱くなっていき、見えない何かが私に覆い被さっているかのような重さを感じた。

 

 

 

 

 とっさに頭の中に思い浮かんだのは、私が生まれた病院の風景だった。

 それが引き金となって、突然、記憶が甦っていく。

 一つの記憶がまた別の記憶に繋がって、輪を作っていく。

 

 

 新しく生を受けた、この世界。

 妹の、ういが生まれ、幼稚園で、礼儀正しい少女のあやかと出会った。

 小学校では明日菜が転校してきて、クラス替えで、長谷川さんに会った。

 中学校でA組となり、子供っぽく騒がしいクラスに心配もしたが、このクラスは不思議な纏まりがあった。

 エヴァンジェリンと茶々丸に命を助けられて、友達になった。

 ネギ先生が、教師としてやって来たときは、流石に少し驚いた。試験勉強をクラス皆で頑張り、修学旅行では、木乃香と刹那が仲直りできたし、そのあと皆で、リゾートにも行って、それから、学園祭の準備もして、それから……。

 

 

 

 沢山。沢山思い出があった。

 短い間ではあったけれど、前世にも負けないくらいの、楽しい出来事が沢山あった。

 二度目の、私の人生は、誰にでも大声で自慢できるほどに素敵なもので、素敵な人たちに囲まれたものだった。

 

 

(――おい! )

 

 

 負けたくなかった。我が身を捉えている訳の分からないこの衝動に、この身体を譲りたくなかった。

 混乱し、波立つ身を、心で必死に抑える。

 落ち着け、落ち着け、と、胸を手で握り締めるように押さえながら、呟き続ける。

 私が、私だ。

 不安定なものかもしれない。前世から引き継いだ魂なんて、この世界からしたら異物かもしれない。それでも、私は今が好きで、大切にしていきたい。

 

 だから――。

 

 

 

 

 

 ――――あなた、負けないで。

 

 

 

 

 

 聴こえる筈のない、妻の声がした時。

 

 

 

 

 世界が、暗転した。

 

 


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